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おばあちゃんの知恵には向かない状況
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少しずつだが全てが順調に進みだしていた。工場の経営は軌道にのったようだし、貧民街の住民の食生活改善に伴い来院する患者数も激減している。通常ならば患者を多く呼び込むことで診療所が儲かるはずなのだが、診察費を請求しないため患者が減れば減るほど経営状態が改善していく。
「来月はあまったお金で診療所のカーテンを変えようかしら……」
そんな妄想と共に私は久々の午後の休日を楽しんでいた。
「キース先生!!!! 助けて!!!!」
しかし空気をつんざくようなリタの声にアッサリと現実に引き戻される。思わず持っていたティーカップを落としそうになる程だ。私は慌てて二階の窓から顔を出し
「今日は定期往診の日だからいないの!午後には帰ると思うわ」
とまた来るように伝えると、それでは遅いと言わんばかりにリタは大粒の涙を流しながら首を横に振った。
「レオのお姉ちゃんが大変なの!! 刺されちゃったの!! グレイスさん助けて!!」
『刺された』という言葉に私の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「多分、先生は市場で回復薬の買い出しをしていると思うわ。先生を呼んできて。私は診療所にある回復薬を持って先に行くから」
私はそう伝えて、勢いよく階段を降り診察室に入る。回復薬が何本か置いてあったはずだが……、その棚には清潔な布が数枚しか置いていない。
「だから買い出しをしてくるって言っていたんだ……」
とりあえず布を袋に詰めて私は娼館へと全速力で走った。
肩で息をしながら、レオ姉の部屋に入った瞬間私は息をのむ。そこには血まみれでお腹を押さえているレオ姉がいた。
「先生は?!」
「今、リタに呼んできてもらっています。直ぐ参りますので……」
そう言っている間にもレオ姉からはドクドクと血が流れ出ているのが分かった。切り傷に効く方法をおばあちゃんから教えて貰ったことがあるが、この血はどうみてもそれだけでは止まりそうにない。
「グレイスさん、助けて!! お金ならいくらでも払うから!!」
そう叫んだのはレオ姉を抱きかかえているリタ姉だった。ありったけの知識を総動員して、私は袋の中から取り出した布を腹部の傷があるであろう場所に押し当てる。中学校の時に習ったような気がする止血法だ。
この止血法を行う場合、感染症を予防するためにビニール袋などを手袋かわりにしてから傷口を押さえるのが理想だが、この世界にそんなもの存在しない。持っていた袋をその代わりにするが、布袋ということもあり、少しすると袋ごしに血がにじんでくるのが分かった。
「勘違いした客に刺されたんだよ。一緒に死ぬつもりだったんだろうけど、途中で怖くなったのか男は血まみれで部屋から逃げ出しやがった」
リタ姉の必死な声を聞きながらも頭をフル回転させる。授業では太ももを怪我した場合は、太腿の付け根のように心臓に近い場所を縛るといい……と習ったような気もするが、腹部の場合、それはどこになるんだろう。必死で考えるが答えは出てこず、手元の布は一瞬にして赤く染まる。止血できていないのだ。
止まって!!!!
お願い――止まって!!
死んじゃう!! 死んじゃう!!
止まれ!!!!
どれくらい経っただろう、それまで肩で息をしていたレオ姉が力なくリタ姉の腕に身をゆだねる。あぁ……間に合わなかったのだ。そんな私の絶望的な顔を見て、周囲からはすすり泣きが聞こえてきた。
「どいて!!」
最悪のタイミングだが、想像より早く登場したキースさんに押しやられるようにして、私はレオ姉から引き離される。
なんて無力なんだろう。
なんで誰も助けられないんだろう。
なんで回復魔法の基本ぐらい学んでおかなかったんだろう。
そんな絶望の淵にいる私の耳に、キースさんの「あれ?」という軽い声が届いた。
「どこを刺されたんですか?」
「え?お、お腹?」
リタ姉の言葉にキースさんは「失礼」と言って、勢いよくレオ姉の服を破るがそこには傷一つなく綺麗な褐色の肌があるだけだった。キースさんは他の場所も確認したが、特に回復魔法をかけるべき場所がないようだ。
「叫び声が聞こえて、この部屋に来たら血まみれでお腹を押さえているマーゴがいたからてっきり……」
確かに私も傷を確認しなかったが、彼女が腹部を押さえているので腹部に怪我があるのだとばかり思いこんでいた。さすが素人集団。
「マーゴ、マーゴ!」
名前を呼びながらキースさんが彼女の頬をたたくと少しして、「う――ん」とレオ姉が意識を取り戻した。周囲からは歓声よりもザワザワと訝しげな声が寄せられる。
「痛いところは?」
「お腹が焼ける……あれ?痛くない」
「他には?刺された場所とかは?」
「刺されたと思ったんだけど――」
レオ姉も自分の腹部を確認するが、傷一つないことに気付き不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ねぇ、あんた、もしかして男の返り血を浴びて、卒倒しただけじゃないの?」
リタ姉の言葉に、今度は周囲からはドッと笑いが起きた。
「嘘……やだ……」
「グレイスさんなんて泣きながら応急処置してくれたんだからね」
「あぁ……よかった……」
私は思わずそう言ってレオ姉に抱きついていた。
「来月はあまったお金で診療所のカーテンを変えようかしら……」
そんな妄想と共に私は久々の午後の休日を楽しんでいた。
「キース先生!!!! 助けて!!!!」
しかし空気をつんざくようなリタの声にアッサリと現実に引き戻される。思わず持っていたティーカップを落としそうになる程だ。私は慌てて二階の窓から顔を出し
「今日は定期往診の日だからいないの!午後には帰ると思うわ」
とまた来るように伝えると、それでは遅いと言わんばかりにリタは大粒の涙を流しながら首を横に振った。
「レオのお姉ちゃんが大変なの!! 刺されちゃったの!! グレイスさん助けて!!」
『刺された』という言葉に私の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「多分、先生は市場で回復薬の買い出しをしていると思うわ。先生を呼んできて。私は診療所にある回復薬を持って先に行くから」
私はそう伝えて、勢いよく階段を降り診察室に入る。回復薬が何本か置いてあったはずだが……、その棚には清潔な布が数枚しか置いていない。
「だから買い出しをしてくるって言っていたんだ……」
とりあえず布を袋に詰めて私は娼館へと全速力で走った。
肩で息をしながら、レオ姉の部屋に入った瞬間私は息をのむ。そこには血まみれでお腹を押さえているレオ姉がいた。
「先生は?!」
「今、リタに呼んできてもらっています。直ぐ参りますので……」
そう言っている間にもレオ姉からはドクドクと血が流れ出ているのが分かった。切り傷に効く方法をおばあちゃんから教えて貰ったことがあるが、この血はどうみてもそれだけでは止まりそうにない。
「グレイスさん、助けて!! お金ならいくらでも払うから!!」
そう叫んだのはレオ姉を抱きかかえているリタ姉だった。ありったけの知識を総動員して、私は袋の中から取り出した布を腹部の傷があるであろう場所に押し当てる。中学校の時に習ったような気がする止血法だ。
この止血法を行う場合、感染症を予防するためにビニール袋などを手袋かわりにしてから傷口を押さえるのが理想だが、この世界にそんなもの存在しない。持っていた袋をその代わりにするが、布袋ということもあり、少しすると袋ごしに血がにじんでくるのが分かった。
「勘違いした客に刺されたんだよ。一緒に死ぬつもりだったんだろうけど、途中で怖くなったのか男は血まみれで部屋から逃げ出しやがった」
リタ姉の必死な声を聞きながらも頭をフル回転させる。授業では太ももを怪我した場合は、太腿の付け根のように心臓に近い場所を縛るといい……と習ったような気もするが、腹部の場合、それはどこになるんだろう。必死で考えるが答えは出てこず、手元の布は一瞬にして赤く染まる。止血できていないのだ。
止まって!!!!
お願い――止まって!!
死んじゃう!! 死んじゃう!!
止まれ!!!!
どれくらい経っただろう、それまで肩で息をしていたレオ姉が力なくリタ姉の腕に身をゆだねる。あぁ……間に合わなかったのだ。そんな私の絶望的な顔を見て、周囲からはすすり泣きが聞こえてきた。
「どいて!!」
最悪のタイミングだが、想像より早く登場したキースさんに押しやられるようにして、私はレオ姉から引き離される。
なんて無力なんだろう。
なんで誰も助けられないんだろう。
なんで回復魔法の基本ぐらい学んでおかなかったんだろう。
そんな絶望の淵にいる私の耳に、キースさんの「あれ?」という軽い声が届いた。
「どこを刺されたんですか?」
「え?お、お腹?」
リタ姉の言葉にキースさんは「失礼」と言って、勢いよくレオ姉の服を破るがそこには傷一つなく綺麗な褐色の肌があるだけだった。キースさんは他の場所も確認したが、特に回復魔法をかけるべき場所がないようだ。
「叫び声が聞こえて、この部屋に来たら血まみれでお腹を押さえているマーゴがいたからてっきり……」
確かに私も傷を確認しなかったが、彼女が腹部を押さえているので腹部に怪我があるのだとばかり思いこんでいた。さすが素人集団。
「マーゴ、マーゴ!」
名前を呼びながらキースさんが彼女の頬をたたくと少しして、「う――ん」とレオ姉が意識を取り戻した。周囲からは歓声よりもザワザワと訝しげな声が寄せられる。
「痛いところは?」
「お腹が焼ける……あれ?痛くない」
「他には?刺された場所とかは?」
「刺されたと思ったんだけど――」
レオ姉も自分の腹部を確認するが、傷一つないことに気付き不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ねぇ、あんた、もしかして男の返り血を浴びて、卒倒しただけじゃないの?」
リタ姉の言葉に、今度は周囲からはドッと笑いが起きた。
「嘘……やだ……」
「グレイスさんなんて泣きながら応急処置してくれたんだからね」
「あぁ……よかった……」
私は思わずそう言ってレオ姉に抱きついていた。
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