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『医者』以上の存在
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神官学校から歩いて十分程経った頃だろうか。キースさんが言ったように貧民街の入口までたどり着いていた。診療所は貧民街の中にはないが、通うとなれば理想的な立地かもしれない。
「今日は本当にありがとうございます」
診療所の前でジゼル様に改めてお礼を言うと、彼女は何でもないというように手を振る。
「ただの修道女である私に『聖女』という地位を与えてくださったのは、叔父様なんですの。こんなことぐらいでしかご恩返しができないのが、心苦しいぐらいですわ」
確かに身分を隠して修道女として働くのは、元王族の彼女には辛い現実だったのだろう。
「それにキースの――」
ジゼル様が何かを言おうとした瞬間、私に抱き着くようにリタが飛びついてくる。
「グレイスさんいた!! ずっと探していたんだよ。これ!新商品考えたの!見て!!」
彼女の手には梅と液体が入った瓶が握られていた。
「兄ちゃんからあんずシロップの作り方を教わってね、梅にも応用できないかって考えたの」
『梅シロップ』を私に教わらずに彼女が考案していることに驚かされる。
「この前、梅肉シロップでジュースを作るのが面倒ってグレイスさん言っていたでしょ?もっと簡単に作れないか考えたの」
「凄いわ!リタ」
思わず感嘆の声を私はあげていた。梅干しの場合は塩で漬けるが、これを砂糖にすると『梅シロップ』ができあがる。
・梅…1kg
・グラニュー糖…1kg
砂糖の量に驚かされるが、梅干し同様、材料がシンプルだ。砂糖が溶けるまで一日に数回、瓶を動かす手間がかかるが十日から十五日で完成する手軽さも魅力として挙げられる。
「水で割って飲めば、梅肉エキスで作った梅ジュースのような効果も得られるし、それに美味しいわよ」
「俺も考えたんだ!!」
そう言って小さな瓶を私に差し出したのはレオだった。
「これは?」
「梅ジャム!梅干しはちょっと苦手だけど、要は梅を食えば健康になるんだろ?だからジャムにした。かあちゃんがジャムの名人なんだ」
パン食が主流のこの世界では、ジャムという発想は魅力的だ。一口舐めてみると微かな酸味と甘み、そして苦みが口の中に広がる。『ジャムの名人』というだけある見事な一品に仕上がっている。
「梅ジャムはお肉料理と合わせても美味しいの」
おばあちゃんもよく余った梅で梅ジャムを作ってくれた。肉料理をソテーする時に梅ジャムを使うと風味がよくなるのだ。
「それにジャムだったら保存がきくから遠方への出荷にもピッタリね」
私の称賛に二人は満足げに微笑む。
「グレイスさん!!」
その声の方へ振り向くとレオ姉が手を振りながら走って近づいて来る。
「神官学校に行っているって聞いたから探したわよ~~」
駆け寄ってきたレオ姉は肩で息をしている。ふと空を見上げると日が傾きかけており、そろそろ夜の仕事が始まるから焦っていたのだろう。
「こんなの貰っても嬉しくないと思うんだけどね、これ、この間のお礼。本当にありがとうね」
手渡されたのは白いハンカチで、端には私の名前とバラの花が刺繍してあった。
「すごい……これ数日で?」
「そんなの数時間あったらできるよ。ちょっと客が立て込んじゃってね。遅くなっちまったけど、本当にありがとう」
その繊細な刺繍を再現しようと思ったら、私なら数日かかるだろう。
「ねぇ、グレイスさん、これも売れないかな?」
リタは私の思案顔を見て、嬉しそうにその刺繍を覗き込む。
「う、売るって、こんなの売れないよ!」
レオ姉は顔を真っ赤にして、そう言うがまんざらではないようだ。
「そんなことないよ。『売れないものなんてない』ってディランさんが言ってたもん」
「そうね――。売り方だとは思うけど、本当に素敵だと思うわ。忙しいのにありがとうございます」
リタの言葉にうなずきながら、その可能性を頭の中でいくつか考えていた。この刺繍がほどこされた布で芳香剤や防虫剤を作ったら、売れるに違いない。問題は中身か――。
「すっかりこの町の住民になられていらっしゃいますのね」
その声に振り返ると、ジゼル様が呆れたように微笑んでいた。
「キースはグレイス様が神官学校に行かれることを望んでいるようですが、ここでお過ごしになるのも一つの選択肢じゃないかしら」
「私は……」
「医者はキースがいれば問題ないんじゃありません?グレイス様はお気づきではないかもしれませんが、あなたは既に『医者』以上の存在になられていましてよ」
私を囲む笑顔を見渡し、私がなりたかったものについて考える。
「グレイス様でしたら、いつでも神官学校も神殿も歓迎ですわ。でもね、人生一度ですので後悔のない選択をなさってくださいませね」
彼女は優雅にそういうと、颯爽と貧民街の出口へと向かって行った。そんな彼女の背中を見送りながら、私は自分がなすべきことについて改めて考えることになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【参考文献】
和光:梅ジュース・梅シロップの作り方(レシピ)(最終閲覧日:2019年5月25日)
http://www.nagomi-shop.jp/info/umesyrup.shtml
Precious.jp:「最高級の梅ジャム」ってどんな味?プロに教わる、完熟梅の美味しい食べ方(最終閲覧日:2019年5月25日)
https://precious.jp/articles/-/6212
「今日は本当にありがとうございます」
診療所の前でジゼル様に改めてお礼を言うと、彼女は何でもないというように手を振る。
「ただの修道女である私に『聖女』という地位を与えてくださったのは、叔父様なんですの。こんなことぐらいでしかご恩返しができないのが、心苦しいぐらいですわ」
確かに身分を隠して修道女として働くのは、元王族の彼女には辛い現実だったのだろう。
「それにキースの――」
ジゼル様が何かを言おうとした瞬間、私に抱き着くようにリタが飛びついてくる。
「グレイスさんいた!! ずっと探していたんだよ。これ!新商品考えたの!見て!!」
彼女の手には梅と液体が入った瓶が握られていた。
「兄ちゃんからあんずシロップの作り方を教わってね、梅にも応用できないかって考えたの」
『梅シロップ』を私に教わらずに彼女が考案していることに驚かされる。
「この前、梅肉シロップでジュースを作るのが面倒ってグレイスさん言っていたでしょ?もっと簡単に作れないか考えたの」
「凄いわ!リタ」
思わず感嘆の声を私はあげていた。梅干しの場合は塩で漬けるが、これを砂糖にすると『梅シロップ』ができあがる。
・梅…1kg
・グラニュー糖…1kg
砂糖の量に驚かされるが、梅干し同様、材料がシンプルだ。砂糖が溶けるまで一日に数回、瓶を動かす手間がかかるが十日から十五日で完成する手軽さも魅力として挙げられる。
「水で割って飲めば、梅肉エキスで作った梅ジュースのような効果も得られるし、それに美味しいわよ」
「俺も考えたんだ!!」
そう言って小さな瓶を私に差し出したのはレオだった。
「これは?」
「梅ジャム!梅干しはちょっと苦手だけど、要は梅を食えば健康になるんだろ?だからジャムにした。かあちゃんがジャムの名人なんだ」
パン食が主流のこの世界では、ジャムという発想は魅力的だ。一口舐めてみると微かな酸味と甘み、そして苦みが口の中に広がる。『ジャムの名人』というだけある見事な一品に仕上がっている。
「梅ジャムはお肉料理と合わせても美味しいの」
おばあちゃんもよく余った梅で梅ジャムを作ってくれた。肉料理をソテーする時に梅ジャムを使うと風味がよくなるのだ。
「それにジャムだったら保存がきくから遠方への出荷にもピッタリね」
私の称賛に二人は満足げに微笑む。
「グレイスさん!!」
その声の方へ振り向くとレオ姉が手を振りながら走って近づいて来る。
「神官学校に行っているって聞いたから探したわよ~~」
駆け寄ってきたレオ姉は肩で息をしている。ふと空を見上げると日が傾きかけており、そろそろ夜の仕事が始まるから焦っていたのだろう。
「こんなの貰っても嬉しくないと思うんだけどね、これ、この間のお礼。本当にありがとうね」
手渡されたのは白いハンカチで、端には私の名前とバラの花が刺繍してあった。
「すごい……これ数日で?」
「そんなの数時間あったらできるよ。ちょっと客が立て込んじゃってね。遅くなっちまったけど、本当にありがとう」
その繊細な刺繍を再現しようと思ったら、私なら数日かかるだろう。
「ねぇ、グレイスさん、これも売れないかな?」
リタは私の思案顔を見て、嬉しそうにその刺繍を覗き込む。
「う、売るって、こんなの売れないよ!」
レオ姉は顔を真っ赤にして、そう言うがまんざらではないようだ。
「そんなことないよ。『売れないものなんてない』ってディランさんが言ってたもん」
「そうね――。売り方だとは思うけど、本当に素敵だと思うわ。忙しいのにありがとうございます」
リタの言葉にうなずきながら、その可能性を頭の中でいくつか考えていた。この刺繍がほどこされた布で芳香剤や防虫剤を作ったら、売れるに違いない。問題は中身か――。
「すっかりこの町の住民になられていらっしゃいますのね」
その声に振り返ると、ジゼル様が呆れたように微笑んでいた。
「キースはグレイス様が神官学校に行かれることを望んでいるようですが、ここでお過ごしになるのも一つの選択肢じゃないかしら」
「私は……」
「医者はキースがいれば問題ないんじゃありません?グレイス様はお気づきではないかもしれませんが、あなたは既に『医者』以上の存在になられていましてよ」
私を囲む笑顔を見渡し、私がなりたかったものについて考える。
「グレイス様でしたら、いつでも神官学校も神殿も歓迎ですわ。でもね、人生一度ですので後悔のない選択をなさってくださいませね」
彼女は優雅にそういうと、颯爽と貧民街の出口へと向かって行った。そんな彼女の背中を見送りながら、私は自分がなすべきことについて改めて考えることになった。
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【参考文献】
和光:梅ジュース・梅シロップの作り方(レシピ)(最終閲覧日:2019年5月25日)
http://www.nagomi-shop.jp/info/umesyrup.shtml
Precious.jp:「最高級の梅ジャム」ってどんな味?プロに教わる、完熟梅の美味しい食べ方(最終閲覧日:2019年5月25日)
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