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第2部 大地の勇者はかく戦えり
第15話
しおりを挟むアリザリン討伐を終えたラベンダーたちは、隣国クラウド王国へ足を延ばした。
目的はただ一つ――ゴールド王国の王太子クラレットに、討伐の報告をするためだ。
王都の王宮では臨時の論功行賞が行われ、ラベンダー一行は功績に見合う褒美を受け取った。
スレートとベルフラワーは貴族の地位を望み、それぞれ男爵位を授かった。
功績を重ねれば、さらなる昇進もあるだろう。
聖女ケイトは所属教会への寄付金を希望した。
六武威ミモザは何も求めず、「これも六武威の責務の範囲内だ」とだけ言った。
その言葉の硬さが、まだ胸の内を整理できていない証に見えた。
キース・マリーゴールドはもともと伯爵家の三男。
嫡男ではない以上、通常は家督を継げない身だった。
だが今回、事情は変わった。
邪神封印の監視という“家に残るべき務め”が生まれたからだ。
結果、キースは上の兄たちを差し置いて家督を継ぐことになった。
もちろん、兄たちが路頭に迷わぬよう、別家の後継に回す手配も整えたという。
――マリーゴールド家は、これから長く「封印」を守る一族になる。
スレートは「シルバーナ男爵」、ベルフラワーは「プラチアーナ男爵」。
新たな名を拝領し、二人は誇らしげに胸を張った。
しかし。
シャドウだけは、何も受け取らなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラウド王国の王都、王宮。
臨時の論功行賞のあと、ささやかな慰労の席が設けられた。
主催者は王太子クラレットと、その婚約者セピア女王。
二人は勇者ラベンダーと仲間たちへ、ひとりずつ丁寧に労いの言葉をかけていった。
ラベンダーから始まり、ミモザ、サンドベージュ、スレート、ベルフラワー。
そして最後に聖女ケイト。
それを終えると、クラレットとセピアは一礼して退席した。
本来ならこの場には、もう一人いるはずだった。
黒い鎧の剣士――シャドウ。いや、ホワイト。
彼の姿は、どこにもなかった。
本人から「具合が悪いので部屋で休ませてほしい」と申し出があった、と皆は聞かされていた。
だから誰も深くは気にしなかった。
けれど――本当の理由を知っている者は、一人だけいた。
サンドベージュである。
ラベンダーがホワイトへ向ける視線。
それが“親愛以上”であることを、サンドベージュは知っていた。
死んだと聞かされていた。だから、忘れたはずだった。
それなのに目の前に戻ってきたとき、胸の奥に沈めていた感情が、醜く息を吹き返したのだ。
サンドベージュは笑っていた。
笑顔のまま、ホワイトにだけ低い声で告げた。
「――今日は休め。お前は出ない方がいい」
ホワイトは、その言葉を疑わなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クラウド王宮、ホワイトが休息している部屋。
「入るよ」
軽快な声とともに扉が開き、クラレットが顔を出した。
そして、ホワイトを見るなり、目を潤ませて笑った。
「ホワイト。良く生きていたね!!」
抱きしめる。
勢いが強すぎて、ホワイトは思わず呻いた。
「ぐぇ! おい、あ、相変わらず馬鹿力だな。もうちょっと優しくしてくれ」
「あ、ごめん!」
クラレットは慌てて離れ、それでも嬉しさを隠せないまま言った。
「本当によかったよ。ぼくは、うれしい!!」
ホワイトは苦笑して、胸元のペンダントに触れた。
「正直、僕も駄目だと思った。・・・・たぶん、これのおかげで命拾いしたんだ」
「ラベンダーからもらったペンダントだ。身代わりの効果があったらしい。今も、ここにある」
クラレットはそれを見つめ、何度も小さく頷いた。
「・・・・聞いたよ。大地の勇者がいなくなったって」
「ホワイトは今後どうするの? よかったら、ぼくと一緒に来ない?」
ホワイトは少し俯き、短く息を吐いた。
「ありがとな。気を遣ってくれているんだろ」
「でも大丈夫。・・・・・やることがある。僕にしかできないことがあるらしい」
「あるらしい、って何それ」
クラレットが眉をひそめると、ホワイトは誤魔化すように笑った。
「まあ、そんな話は後でいいじゃん」
「久しぶりに、こうして二人で話せる機会なんてないんだから」
「もちろん。ぼくもだよ。死んだって聞かされた時は、どれだけ――」
そこから先は、積もる話が止まらなかった。
笑って、ため息をついて、少しだけ黙って。
それでも会話は尽きず、二人は久しぶりの時間を過ごした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。
ラベンダーたちはクラウド王国で英気を養い、次なる目標へ向けて準備を整えた。
魔王討伐。
そのために、魔王が活動している地域へ進軍する必要がある。
勇者ラベンダー一行は、王都から元気よく旅立った。
その雄姿を一目見ようと、王都中の国民が集まり、歓声で見送った。
――しかし、その中に黒い鎧の剣士ホワイトの姿は、なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ラベンダー旅立ちの前日。
ホワイトは、王宮の一室でサンドベージュの前に立っていた。
背筋を伸ばし、礼を尽くすように深々と頭を下げる。
「サンドベージュ団長。短い間でしたが、お世話になりました」
どんな事情があろうと、挨拶はきちんとしたい。
それがホワイトの流儀であり矜持だ。
「僕がいることでラベンダーの足を引っ張るというのなら、僕は喜んで距離を置きます」
「そして――団長の言う通りの任務を受けたいと思います」
「ただ、ひとつだけ。お願いがあります」
声音だけが、妙に落ち着いている。
「この身体、僕が思っているより、ずっと限界が近いみたいなんです」
そう言って、左腕の手首あたりを――鎧の内側から押さえる。
指先が一瞬だけ震えた。
「戦えば戦うほど、酷くなっていく。回復魔法も効かない」
「だから、“治す手がかり”を探したいんです」
サンドベージュの視線が、ホワイトの押さえた腕へ向いた。
「僕、あの爆発のあと目が覚めた時には、知らない場所にいました」
「そこにいた誰かが僕を見つけて、生きる方法を教えてくれたんです」
記憶の底を撫でるように、言葉を選ぶ。
「でも、顔が思い出せない。名前も、声も・・・・輪郭だけが曖昧で」
「それでも、追えば見つけられる気がするんです」
ホワイトは、もう一度だけ深く頭を下げた。
「団長。任務の合間に、その人物を追う許可をください」
「任務をおろそかにするつもりはありません。必ず期待に応えて見せます」
しばらく沈黙が落ちた。
サンドベージュは短く息を吐いて、視線を逸らす。
「・・・・・好きにしろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜。
クラウド王国の王宮の一室。
ホワイトは小さな紙片を一枚だけ切り取り、迷いなく書いた。
宛名は――クラレット。
『探し物を見つけに行く。必ず戻るから』
それだけ。
丁寧に畳み、机の上に置く。
ペンダントを握り、深く息を吸った。
胸の奥が痛む。
それでも、行かないと。
ホワイトは音を立てずに扉を閉めた。
廊下に灯る明かりが、黒い鎧を一瞬だけ照らし――
次の瞬間には、もう影しか残っていなかった。
第2部 本編 終わり
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