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第3部 黒い剣士と宿敵の魔族メイズ
第9話
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神殿を出て、半日。
歩いているはずなのに、地面の感触が曖昧だった。
足が砂を踏んでいるのか、空を踏んでいるのか、よく分からない。
「ホワイト」
ナイルが、僕の歩幅に合わせて声をかける。
「・・・・・なに?」
「無理してるでしょ」
即答できなかった。
否定するほどの余裕もない。
「・・・・・少し、疲れただけだよ」
言った瞬間、自分でも分かった。
これは“少し”じゃない。
胸の奥が、妙に静かだ。
心臓の鼓動が、遠い。
魔法剣を使ったあとの、あの感覚。
それが、消えない。
「座りなさい」
ナイルは有無を言わせなかった。
岩陰に僕を座らせ、自分も隣に腰を下ろす。
「・・・・・魔法剣」
その一言で、全てを見抜かれた気がした。
「どれだけ使った?」
「・・・・・数えたこと、ない」
「馬鹿ねえ」
ナイルは短く言った。
「数えないんじゃなくて、数えたくないんでしょう」
図星だった。
「ねえ、ホワイト」
彼女の声が、少しだけ低くなる。
「あなたの身体、もう崩壊寸前な気配がするんだけど」
「・・・・・」
「削れてるの。体力じゃなくて、“寿命”が」
風が吹いた。
砂が、静かに舞う。
「あと、どれくらい保つの?」
答えるまで、時間がかかった。
「・・・・たぶん三日、だと思う」
ナイルの瞳が、揺れた。
「最大で、三日。魔法剣を使えば、もっと短くなる」
沈黙。
ナイルは、怒らなかった。
声を荒げることもしなかった。
ただ、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・・・やっぱり馬鹿ねえ」
責める言い方じゃなかった。
「でも、止めないんでしょう?」
「うん」
即答だった。
ナイルは、苦笑した。
「でしょうねえ。止められるなら、とっくに止まってるもの」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜。
焚き火は小さく、星はやけに近い。
ナイルは、珍しく酒を出さなかった。
代わりに、水を差し出す。
「飲みなさい」
「・・・・・ありがとう」
喉を通る水が、冷たい。
それだけで、少し生き返る気がした。
「ねえ、ホワイト」
「なに?」
「メイズと、何を話したの?」
少し、迷った。
だが、隠す意味はない。
「・・・・・似てるって言われた」
「ふぅん」
「選ばれなかった者同士、だって」
ナイルは焚き火を見つめたまま、言った。
「それ、正しいわよん」
「・・・・・え?」
「でも、決定的に違うのはあ、」
彼女は、こちらを見た。
「メイズは“役割”を求めた。あなたは、“誰かの隣”を選んだ」
胸が、きゅっと縮む。
「それは、弱さじゃないわよ」
「・・・・・」
「執着でもない」
ナイルは、はっきりと言った。
「それは――人族らしさよ。そこが魔族の限界なのかもねぇ」
ナイルはなぜだか遠くを見るような目でつぶやいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜半。
僕は、目を覚ました。
理由は分からない。
ただ、身体が勝手に起きた。
焚き火は、まだ小さく燃えている。
ナイルは、起きていた。
「眠れない?」
「・・・・・うん」
僕は、正直に言った。
「少し、怖くなった」
ナイルは、何も言わず、隣を空けた。
そこに座る。
「死ぬのが怖くなったのお?」
「・・・・・いや」
少し考えて、首を振る。
「目的を果たせないこと、かな」
声が、かすれた。
「英雄でもない。王でもない。最後まで、脇役のまま終わるってのがさ・・」
ナイルは、しばらく黙っていた。
そして、ぽつり。
「あなた、もう十分すぎるほど物語の中心に立ってるわよん」
「でも――」
「でも、じゃない」
ナイルは、珍しく強い口調だった。
「あなたは“選ばれなかった者”なんかじゃないわ」
「”過酷な道を選び続けた”のよ」
その言葉を聞いて胸の奥で、何かがほどけた気がした。
「・・・・・それでも」
「それでも?」
「それでも、僕は・・・・・」
言葉が、続かなかった。
ナイルは、静かに言った。
「最後を決めるのは、あなた自身よ」
「でも、覚えておいて」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「あなたが消えても、あなたが“歩いた跡”は消えないわ」
「それを、見届ける人たちがいる」
ラベンダー。
クラレット。
胸が、熱くなる。
「・・・・・ありがとう」
ナイルは、少しだけ笑った。
「礼はいらないわよお。あたくしは、同行者だから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
身体は、思ったより動いた。
軽いのだ。身体が。
しかし、それは力がみなぎっているからじゃない。
命の芯が、細くなっているのだ。
ナイルは、僕をじっと見て言った。
「今日から、あなたは“無駄な戦闘”、禁止」
「・・・・・分かったよ」
「魔法剣も、極力禁止」
「それは――」
「禁止」
有無を言わせない。
「使うなら、“決着の時”だけ」
僕は、黙って頷いた。
遠くで、風が鳴る。
進むべき方向は、分かっている。
メイズは、魔王の元へ向かう。
なら――僕も、そこへ行く。
残された時間は、短い。
けれど。
(間に合う)
なぜか、そう思えた。
歩いているはずなのに、地面の感触が曖昧だった。
足が砂を踏んでいるのか、空を踏んでいるのか、よく分からない。
「ホワイト」
ナイルが、僕の歩幅に合わせて声をかける。
「・・・・・なに?」
「無理してるでしょ」
即答できなかった。
否定するほどの余裕もない。
「・・・・・少し、疲れただけだよ」
言った瞬間、自分でも分かった。
これは“少し”じゃない。
胸の奥が、妙に静かだ。
心臓の鼓動が、遠い。
魔法剣を使ったあとの、あの感覚。
それが、消えない。
「座りなさい」
ナイルは有無を言わせなかった。
岩陰に僕を座らせ、自分も隣に腰を下ろす。
「・・・・・魔法剣」
その一言で、全てを見抜かれた気がした。
「どれだけ使った?」
「・・・・・数えたこと、ない」
「馬鹿ねえ」
ナイルは短く言った。
「数えないんじゃなくて、数えたくないんでしょう」
図星だった。
「ねえ、ホワイト」
彼女の声が、少しだけ低くなる。
「あなたの身体、もう崩壊寸前な気配がするんだけど」
「・・・・・」
「削れてるの。体力じゃなくて、“寿命”が」
風が吹いた。
砂が、静かに舞う。
「あと、どれくらい保つの?」
答えるまで、時間がかかった。
「・・・・たぶん三日、だと思う」
ナイルの瞳が、揺れた。
「最大で、三日。魔法剣を使えば、もっと短くなる」
沈黙。
ナイルは、怒らなかった。
声を荒げることもしなかった。
ただ、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・・・やっぱり馬鹿ねえ」
責める言い方じゃなかった。
「でも、止めないんでしょう?」
「うん」
即答だった。
ナイルは、苦笑した。
「でしょうねえ。止められるなら、とっくに止まってるもの」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜。
焚き火は小さく、星はやけに近い。
ナイルは、珍しく酒を出さなかった。
代わりに、水を差し出す。
「飲みなさい」
「・・・・・ありがとう」
喉を通る水が、冷たい。
それだけで、少し生き返る気がした。
「ねえ、ホワイト」
「なに?」
「メイズと、何を話したの?」
少し、迷った。
だが、隠す意味はない。
「・・・・・似てるって言われた」
「ふぅん」
「選ばれなかった者同士、だって」
ナイルは焚き火を見つめたまま、言った。
「それ、正しいわよん」
「・・・・・え?」
「でも、決定的に違うのはあ、」
彼女は、こちらを見た。
「メイズは“役割”を求めた。あなたは、“誰かの隣”を選んだ」
胸が、きゅっと縮む。
「それは、弱さじゃないわよ」
「・・・・・」
「執着でもない」
ナイルは、はっきりと言った。
「それは――人族らしさよ。そこが魔族の限界なのかもねぇ」
ナイルはなぜだか遠くを見るような目でつぶやいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜半。
僕は、目を覚ました。
理由は分からない。
ただ、身体が勝手に起きた。
焚き火は、まだ小さく燃えている。
ナイルは、起きていた。
「眠れない?」
「・・・・・うん」
僕は、正直に言った。
「少し、怖くなった」
ナイルは、何も言わず、隣を空けた。
そこに座る。
「死ぬのが怖くなったのお?」
「・・・・・いや」
少し考えて、首を振る。
「目的を果たせないこと、かな」
声が、かすれた。
「英雄でもない。王でもない。最後まで、脇役のまま終わるってのがさ・・」
ナイルは、しばらく黙っていた。
そして、ぽつり。
「あなた、もう十分すぎるほど物語の中心に立ってるわよん」
「でも――」
「でも、じゃない」
ナイルは、珍しく強い口調だった。
「あなたは“選ばれなかった者”なんかじゃないわ」
「”過酷な道を選び続けた”のよ」
その言葉を聞いて胸の奥で、何かがほどけた気がした。
「・・・・・それでも」
「それでも?」
「それでも、僕は・・・・・」
言葉が、続かなかった。
ナイルは、静かに言った。
「最後を決めるのは、あなた自身よ」
「でも、覚えておいて」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「あなたが消えても、あなたが“歩いた跡”は消えないわ」
「それを、見届ける人たちがいる」
ラベンダー。
クラレット。
胸が、熱くなる。
「・・・・・ありがとう」
ナイルは、少しだけ笑った。
「礼はいらないわよお。あたくしは、同行者だから」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
身体は、思ったより動いた。
軽いのだ。身体が。
しかし、それは力がみなぎっているからじゃない。
命の芯が、細くなっているのだ。
ナイルは、僕をじっと見て言った。
「今日から、あなたは“無駄な戦闘”、禁止」
「・・・・・分かったよ」
「魔法剣も、極力禁止」
「それは――」
「禁止」
有無を言わせない。
「使うなら、“決着の時”だけ」
僕は、黙って頷いた。
遠くで、風が鳴る。
進むべき方向は、分かっている。
メイズは、魔王の元へ向かう。
なら――僕も、そこへ行く。
残された時間は、短い。
けれど。
(間に合う)
なぜか、そう思えた。
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