赤ずきんと猟師

すなぎ もりこ

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悪臭③

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「メイジー、縄はねぇか? 何か縛るもんが欲しい」
 ジャックは気絶した男の身体を蹴って転がし両腕を背中でまとめる。
 すると、横からにゅっと麻縄が差し出された。
 顔を向ければ、濡れた黒い鼻がある。ジャックは動きを止め、こちらを見つめている琥珀の瞳と目を合わせた。
 灰茶の毛に覆われた耳をピンと立て、縄を口に咥えていたのは狼だった。
「仕事が早ぇな」
 ジャックは、ありがとよ、と礼を言って頭を撫でると、大きな口から縄を抜き取る。狼は満足そうにお座りをすると、舌を出してはっはと息をした。
 縄で男の手首を締め上げながら、ジャックは狼に微笑む。
「賢いな、いい子だ」
「そいつをどうするんだ?」
 藪から出てきたメイジーが狼の傍らに屈んで訊ねた。ジャックは男の両脛を掴んで曲げると、手首と一緒に縄で括る。
「とりあえず縛っとく。めんどくせぇから……それにしても本当に臭ぇなこいつ」
 ジャックは眉間に皺を寄せた。男の身体からは、汗や垢とも違う独特の腐敗臭のようなものが立ち昇っていた。
「さて、母ちゃんはどうするかな」
「母様にはあっては駄目だ」
 メイジーは先ほど言った言葉を繰り返す。狼はメイジーに視線をやった後、ジャックの袖を噛む。どうやら引き留めているらしい。
「そうは言ってもよ」
「母様はコイツのことをいずれ殺すつもりでいたんだ。飲み物に薬を注いでいるのを見たからね。いつまで経っても役に立たないコイツを見限って別の男を誘い込むつもりだったんだ」
「なんだって?」
「男ならだれでもいいんだ。母様が欲しいのは、子種。母様は妊娠したがっている」
 メイジーは狼を抱き寄せ、首に頬を擦りつける。
「私たちが出来損ないだったから、今度こそ完璧なモノを作りたいんだ」
 狼はジャックの袖を離すと、クゥンと鼻を鳴らした。
「そうなると、きっと母様はペローも利用する。新しい狼を捕まえるのは簡単じゃないからだ」
 ジャックは厳しい表情で、寄り添い合う獣耳の少女と人語を解す狼を見つめる。
「母様のやろうとしていることは許されないことだ。私にだってわかる。母様はおかしい。だから、こんな森の奥へ追いやられてしまったんだ」
 メイジーは毛皮に顔を埋め、くぐもった声で続けた。
「誰の判断か知らないが、下手な情けなどいらなかった。いっそのこと母様を亡き者にしてくれれば、私たちが生まれることもなかったのに」
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