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①
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「スノウ様はまだ戻っていないのですか」
男は鏡に向かい合ったまま訊ねた。器用な長い指が漆黒のクラバットを結んでいく。
「まあ、そうですね」
「連れ戻しなさい。次期領主が何日も家を空けるなど外聞が悪い」
振り返った男は、ジャックに命ずる。黒のスーツにダマスク柄のベストを身に着けた長身の男は、微塵も動かず闇色の目を向けていた。
艶やかなシルバーブロンドの長髪を一つにまとめ、すらりと伸びた手足を優雅に配置して真っすぐと立つ姿はどこからどう見ても高貴なお貴族様だ。唯一欠点と言えば、美しい顔の半分を覆い隠す前髪だろうか。
ジャックは彼がそうせざるを得なくなった理由を知っている数少ない人物の一人だ。彼が少年のころから見てきたジャックは、部下であると同時に唯一の友人なのである。
「連れ戻したって、どうせ三日と経たないうちに出て行っちまう。無駄だと思いますけどね」
「私が良く言いきかせます。いつまでもフラフラしていられては困る。いいかげん跡取りとしての自覚を持ってもらわねば」
「坊ちゃまには領主なんざ務まらないでしょう。グリンバルド様こそ諦めたらどうです? あちらの家は坊ちゃまを婿にほしいと言ってるんだし、くれてやればいい。領土もたくさん保有しているたいそう裕福なお貴族だ。融資も期待できるでしょうに」
グリンバルドは目を眇め、低い声で答える。
「そういうわけにはいきません」
「貴方だってこの家の人間じゃないですか」
「……とにかく、直ぐに向かいなさい。手土産は途中で鹿でも撃って持っていけばいい。お前の本業なのだから」
「鹿の死体なんぞを引きずって行ったら、お嬢様方が卒倒しちまう」
「とにかく頼みましたよ。私は夜まで戻らないので」
肩をすくめるジャックの横を颯爽と通り過ぎ、グリンバルドは出ていった。麝香に似た残り香が部屋に漂う。ジャックは跳ねる赤髪を掻き、ため息をついた。
男は鏡に向かい合ったまま訊ねた。器用な長い指が漆黒のクラバットを結んでいく。
「まあ、そうですね」
「連れ戻しなさい。次期領主が何日も家を空けるなど外聞が悪い」
振り返った男は、ジャックに命ずる。黒のスーツにダマスク柄のベストを身に着けた長身の男は、微塵も動かず闇色の目を向けていた。
艶やかなシルバーブロンドの長髪を一つにまとめ、すらりと伸びた手足を優雅に配置して真っすぐと立つ姿はどこからどう見ても高貴なお貴族様だ。唯一欠点と言えば、美しい顔の半分を覆い隠す前髪だろうか。
ジャックは彼がそうせざるを得なくなった理由を知っている数少ない人物の一人だ。彼が少年のころから見てきたジャックは、部下であると同時に唯一の友人なのである。
「連れ戻したって、どうせ三日と経たないうちに出て行っちまう。無駄だと思いますけどね」
「私が良く言いきかせます。いつまでもフラフラしていられては困る。いいかげん跡取りとしての自覚を持ってもらわねば」
「坊ちゃまには領主なんざ務まらないでしょう。グリンバルド様こそ諦めたらどうです? あちらの家は坊ちゃまを婿にほしいと言ってるんだし、くれてやればいい。領土もたくさん保有しているたいそう裕福なお貴族だ。融資も期待できるでしょうに」
グリンバルドは目を眇め、低い声で答える。
「そういうわけにはいきません」
「貴方だってこの家の人間じゃないですか」
「……とにかく、直ぐに向かいなさい。手土産は途中で鹿でも撃って持っていけばいい。お前の本業なのだから」
「鹿の死体なんぞを引きずって行ったら、お嬢様方が卒倒しちまう」
「とにかく頼みましたよ。私は夜まで戻らないので」
肩をすくめるジャックの横を颯爽と通り過ぎ、グリンバルドは出ていった。麝香に似た残り香が部屋に漂う。ジャックは跳ねる赤髪を掻き、ため息をついた。
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