指輪は鳥居でした

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 その後、オレが目覚めたのはひと月後のことだった。
 さらに床上げにひと月かかり。
 今、ようやく庭を散歩出来るまでに体力が回復した。
 回復したのだが、一人にするのはまだ心配だと常に誰かが付き添ってくれている。お小言付きで。
 今日のお小言係はお蝶ちゃんだ。
 恋人同士のように腕を組みながら立派に整えられた日本庭園を少しずつ進む。こんなふうに娘と歩けるなんてとても幸せだ。
 ・・・が。
 
「血まみれになったお母様を見た時の私の気持ちがわかりますか?」
「う、うん。ごめんね」

 お蝶ちゃんのお小言が止まらない。ここでその話はもう何度も聞いたよ、とでも言おうものなら倍になって返ってくるので素直に謝っておく。

 オレとしては勝算があっての行動だったのだ。
 肉を切らせて骨を断つ、的な。
 痛いのも、耳を一つ失うこともちゃんと想定内だった。
 まぁ、あまりの痛さにのたうち、自分で耳を引きちぎれなかったのは想定外だったが。でもその後、すぐに風雅が来てくれてスパッと刃物で処置をしてくれたおかげで(多分。あまり良く覚えていないが)右耳の切り口はとても綺麗だ。
 人界で小学生の頃、野球をやっていたからね、真芯を掴むという感覚を体が忘れていなかったんだ。

「ひと月も目を覚まさないで。その間、私たちがどんなに心配したか・・・」
「・・・うん。弱っちいよな、この体」
「なにを他人事のように!」
「あ、いや、・・・」

 ──今日もやはり怒らせてしまった。


 深景の毒牙をオレが仕留めた後のこと。
 目覚めて少し経ってから風雅に聞いたのだが。
 毒と失血の多さで気を失ってしまったオレは、風雅に抱きかかえられあの素晴らしい跳躍で家に連れ帰られたらしい。そしてすぐにお医者様を手配してもらえ、一命を取り留めた。
 命に関わるような大事になっていたとは、と後で聞いて身震いしたが。風雅救急車、ありがとう。
 大神様がいたならその場である程度は治癒してもらえたのだろうけど、あいにく久しぶりの自由を得た大神様は、はっちゃけて遠い空へ旅立っていたからな。
 ───風雅は未だに納得していないようだが、大神様は狼ではなく龍なので。

 深景の夫であり、黒丸神社の宮司の叶翔様は未だに行方知れずのままだ。
 オレが意識のない間、大捜索が行われたようだが、見つけることはできなかったらしい。
“深景が喰っちまったのかもな”
 風雅がポツリと漏らした言葉が頭から離れない。
“俺も目を覚まさないお前を喰っちまいたくなる時があったよ”
 愛情も極まると恐ろしい。
 パートナーには過度なストレスをかけない方が良い。

 白夜は、大神様と天狗の首領により人界へ修行に出されたと聞いた。
 刑罰を、との話も出たらしいけど(お蝶ちゃんから)、そもそも事を起こした深景はもうこの世にはいないし、オレの失踪に深景が関わっていたことも公にはなっていない。
 事件そのものがないのだ。
 オレが帰って来て、やれめでたいと、あやかしの世界はそんな感じなのだ。
 今さら何があったか語るのも億劫だし。
 白夜の手引きで18年前の悲劇が起きてしまったが、でも白夜だって被害者だ。耳に式神を仕込まれていたのだ。もちろん、風雅やお蝶ちゃんが言うように、付け込まれた心の弱さは否定できないけど。
 でもなあ、白夜とオレ、逆の立場だったらオレが白夜のように行動していたかもしれない。
 子供のオレは白夜を頼りっぱなしで、白夜だって子供だったのに、そんなオレの面倒をひたすらみてくれた。いつの間にかお互いがお互いに甘えて頼り切って。歪んだ関係だったと今なら思う。
 だけど、こちらの真白にとって唯一の家族と思える大事な人だったのだ。

 今頃、人界のどの辺りにいるのかな。天狗だからな。日本の山奥かな。オレの暮らしていた辺りにいたら面白い。オレの家族と仲良く交流してたりして。
 修行の期間は?と大神様に聞いたら百年くらい?と返ってきた。
 長いと思ったけど、どうかな、この世界ではそんなこともないのかも。
 白夜が帰ったら色々話したい。
 今度会う時にはきっと、オレのよく知る真っ白な翼を持った白夜だと思うから。

「お母さま?」

 つい立ち止まってしまったオレの腕から一歩先に出た娘の手が外れた。
 オレよりも少し背の高い娘が振り返り微笑う。

 “ありがとう”と言いたくて、でも脈絡がないなと口を噤んだ。
 生きていてくれて、こんなに素敵な子に育ってくれて、姿の変わっていたオレを母だと見抜いてくれて、育てていないのに母だと慕ってくれて、オレのために怒ってくれて、好きだと言ってくれて。

 ──どうかどうか、たくさんたくさん幸せになれ、と願う。

 伸ばされた手を握り、オレも娘に笑顔を向けた。
 



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