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東の果ての国

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 やっと心臓のバクバクが治まり、落ち着いて来ると綺麗な景色が目に入る。

「凄い景色、こんなの初めて見たよ」

「そりゃそうっスよ、鉄鳥でしか観られない景色っス !」

「景色っス、じゃないよ !! 本当に死んだと思ったよ !!」

「まぁまぁ、無事に飛行してるから良いじゃないっスか」

「もぉー」

 このようなやり取りがありながらも、鉄鳥は緩やかに降下しながら飛行を続けていた。無理すれば白龍の覇気で飛翔する事は出来るけど、ここまでの高度は出せない。まさか、雲と同じ高さに迫るとは金星も中々のモノだ。


 数時間後、眼下に海とそれに付随する岬が見えてくる。

「おっ、いよいよ見えて来たっスよ。東の果ての国手前の街バゴテン、観光業が盛んな興行都市っスよ ! 本当は鉄鳥で送ってあげたいっスけど、東の果ての国の上空は気流が渦巻いてて近づけないっス」

 ソッチ曰く、気流だけでなく東の果ての国の海岸線も海流も変則的であり、島に辿り着く為には東の果ての国の民で熟練した技術が必要らしい。
 バゴテンの海岸にある広い砂場へと降り立つと、強い海風に乗って磯の香りが鼻を擽る。地上に降り立つと金星はテキパキと鉄鳥畳み込み、手配していた荷車へと積み込む。

「お2人ともここ迄で、申し訳ないっス。後は東の果ての国専用の渡し船でお願いするっス !!」

 そう言い残し、ソッチは颯爽と去って行ってしまった。ポツンと残され途方に暮れるかと思ったが、流石は故郷というべきか早速船の手配を開始していた。

「お待たせー、なんか大時化で渡し船が出るのは明日だって」

「大時化 ?  あまり、荒れてないように思うのだけどーーー 」

「ただでさえ、海流が変則的だから少しの時化でも船が出ないんだよ。それに、多分今から荒れるよ」

 少し経つと穏やかだった海面が次第に荒れて行き、あっという間に大時化へと変わったのである。

「シラユリ、とりあえず一日泊まれるトコロを探そうよ」

「そうね、これじゃぁ仕方ないものね」

 本当なら直ぐにでも東の果ての国へ行きたいけど、天候ばかりはどうしようもない。近くの手頃の宿を見つけ、私達はひとまずそこに腰を据えた。
 コシが日課の素振りに行ってしまい、部屋にポツンと残された私はクロツツジの言葉を思い出し考えていた。「お連れの方にくれぐれも気をつけなさいーーー 」つまり、コシのことである。確かに前コシが放った蒼気を纏ったあの技、キンカモミジの天龍覇を一刀の元に両断した。

 蒼気を纏っていたとはいえ、覇気の攻撃を斬り伏せたのだ。一般の武芸者等では、普通ありえない現象だ。それから翌日の出発までの間、コシの居ない時を見計らって枢車の糸を編み込んでいた。闘糸に覇気を無理やり捩じ込んだ、超硬度の糸。赤色の闘気と白い覇気が混ざるため、鮮やかな桃色へと変色する。仮に闘糸ならぬ、桃糸とうしと呼ぼう。

 翌日、ギリギリまで桃糸を編んでいた為、はっきり言って寝不足だ。重い瞼をなんとか開きつつ、朝食のパンへと手を付ける。

「なんか、凄い眠たそうだねシラユリ ?」

「一応、色々と準備してたらいつの間にか朝になってたわ。はぁ~、zzzーーー」


 虚ろ虚ろとしていた為、気が付くといつの間にか東の果ての国へと渡す船の上に乗っていた。

「ーーーzzz、はっ ! あれ、私いつの間に渡し船に乗ってたの ?」

「まさか、ここ迄無意識で来るなんて、ある意味才能だよ」

 人が四人程乗れる小型の手漕ぎ船、東の果ての国へ渡る唯一の移動手段である。何でも海流を知り尽くしている熟練の船頭でなければ、一瞬で海の藻屑へと消えるらしい。

「後どのくらい掛かりそう、エンガイ ?」

「波の調子も良いから、後一時間も掛からない位で着きますよお嬢ーーー 」

「着いたら起こすから、もう少し寝てなよ」
 
コシの言葉に甘え、東の果ての国へ着くまでの間に仮眠をとる事にした。


「シラユリっ ! シラユリ ! 着いたよ、ほら起きて !」

重い瞼を擦りながら開けると、自然豊かな港へと着岸していた。木造の建物が建ち並ぶ港町で、小さい島国だと言うのに帝都にも負けない程の活気だ。

「あっ、そうそう。お嬢、姐っさんが帰ってくるなら、顔を見せに来いって話ですよ」

「えっ、ホントにーーー。 嫌だなぁ~、まぁ別に一回戻るつもりだから良いけど」

 ボチボチと歩き出し、町の中へと入って行くと「お嬢、お嬢」とコシに声が掛かる。

「コシってもしかして、結構なお嬢様だったり ?」

「そんな事ないよ。ただちょっと家が大きかったり、少し多目に土地があるくらいで」

 内心、それはお嬢様なのではと思いながらも歩を進める。最初に向かうのは、初代龍姫が幻神龍と契約した場所だ。歩きながら街中に目を向けると、大工や刀鍛冶の文字が至るトコロにある事に気づく。

「そんなキョロキョロしてないで、さっさと行くよー」

「ちょっ、置いてかないでよ」

 コシの案内によりしばらくすると、ふじ桜の大木の根元へと辿り着く。祠などば無く、ただ小さな石碑があるだけだ。

「どう、シラユリ何か感じる ?」

「特に何も感じないけどーーー 」

 そう言いつつ石碑に触れた瞬間、不思議な事が起きる。舞っていたふじ桜の花びらが空中で停止するどころか、私以外の時間がピタリと停止したのである。
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