女装悪魔のレイラさん

GOミル

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レイラさん、降臨7

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「ギャギャギャ!」
「ギャーッ!」

「ハァ…ハァ…」

 家から街へ向かう途中、亜麻色のローブを着た少年が、4匹の怪物に襲われていた。
 怪物は頭が大きく、身体が小さいずんぐりむっくりの三頭身で、肌の色がカビのような緑色。腰に布を巻いて、棍棒や錆びた斧などの粗末な武器を持っており、身体中に吹き出物などが出来ていて、醜い顔をも含めて醜悪な見た目だ。
 一方襲われているのは街で俺とぶつかったあの黒髪の少年だ。相変わらず頭はフードを被っているが、戦うために身体を包んでいるローブを開いているので、街では良く見えなかった服装が良く見える。上は黄緑と白のシャツを着てその上から茶色い皮の鎧を着ている。下は黄土色のハーフパンツで、そこから覗く足や半袖のシャツから覗く腕は日に焼けた健康的な肌をしている。

 少年は短剣を片手に何とか頑張って戦っているようだが、四体の怪物に囲まれてしまっている。多勢に無勢で身体中怪我をしていた。

「ギャーッ!」

 怪物の一匹が跳び上がって棍棒を振りかぶった。少年は足を怪我したのか避けることもできず、目をぎゅっと瞑って衝撃に備えている。俺はすかさず少年のもとへ駆けた。

__ドゴッ!

「ギャウッ!」

 駆けたスピードそのままに、少年を狙っていた怪物を蹴っ飛ばす。怪物は吹っ飛んで、木にぶつかってぐしゃっと潰れた。少し強く蹴りすぎたか。

「あ、あなたは……」

「ちょっと待ってな少年。すぐに終わる」

 白衣のポケットに手を突っ込んだまま、白いニーソに包まれた芸術品のごとき右足を持ち上げる。さっきの一撃でこいつらがあまり強くないことが分かった。魔力は使わず、体術で十分だろう。

__バキッ!

 右足を振るい、一番近くにいた怪物の手から錆びた斧を叩き落とす。振り切った足を切り返してかかと蹴りで怪物の頭を蹴り飛ばした。その間にもう一匹の怪物が飛びかかってきたので、かかと蹴りの遠心力を利用して身体を回転させ、今度は左足の蹴りを繰り出す。わき腹を思い切り蹴られたその怪物は地面に倒れ伏す。

「グギギ…ギャアッ!」

 最後に残った一匹が頭の上に棍棒を構えて突進してくる。俺はそいつに冷静に向き直り、地面に倒れている怪物を思い切り蹴ってシュート、見事怪物同士がゴールインして二匹仲良く地面に倒れた。

「す、すごい……」

「ふぅ、片付いたな。少年、大丈夫だったか?」

「っ! う、うん、大丈夫だよ…」

 何か呟いていた少年は、俺が振り返るとビクッと身体を跳ねさせて、またローブのフードをぎゅっと握りしめた。そんなに頭を見られたくないのだろうか。

「あ、あの…その肩の…」

「ん? こいつか? ヒューイだ。さっき森で拾った」

「フィー」

 少年は俺の肩に乗るヒューイが気になる様子だ。ヒューイを少年に紹介して、額を人差し指で撫でると気持ちよさそうに目を細める。

「アルミラージを手懐けてる……」

「へぇ、”アルミラージ”っていうのかお前」

 魔物としてのヒューイの分類名か。その名で呼ぶと撫でられて嬉しそうにしていたヒューイが途端に怒り出す。

「フィッ! フィーッ!」

「分かった分かった、お前はヒューイだよ」

「フィー♪」

 俺が改めてヒューイと呼ぶと、満足気に頷いた。それにしても、少年が多少なりとも驚いていたということはアルミラージというのは珍しい魔物だったりするのかな。

「あ、あの…」

「ん?」

「助けてくれてありがとう。僕はレン……っ!」

「っとと、大丈夫か」

 立ち上がってお礼を言おうとした少年、レンは急に顔をゆがめてガクンと前のめりに倒れた。地面に倒れてしまう前にその身体を抱きとめる。

「大丈…っ!」

「大丈夫じゃなさそうだな。ちょっとこっちに来い」

 俺から離れて立とうとしたレンは、左足を地面に付けるとまた顔をゆがめてガクンと体勢を崩す。歩けそうにないレンを抱っこして近くの倒木まで運んで座らせた。

「失礼するぞ」

「え? あっ…」

 一言声をかけてレンの左足の靴と靴下を脱がせる。あらわになったレンの左の足首は、皮膚が青く変色していた。

「捻挫だな」

「平気だよ、これくらい」

「何言ってる、この足じゃ満足に歩けないだろ。身体もあちこち怪我してるし、治療してやるからそのままでいろ」

「い、いいよ治療なんて」

「よくない」

「だって僕、治療代なんて払えない…」

「金なんていらねぇから、じっとしてろ」

 白衣のポケットから医療道具を取り出してレンを治療していく。足首の捻挫には冷たい湿布を貼ってやり、身体中の怪我も診た。主に腹部や腕などに切り傷や打撲をしていたので、消毒して、包帯を巻いて処置をしていく。

「はい、これでおしまい」

 最後に頬っぺたの小さな傷に絆創膏を貼って治療は終わりだ。レンは照れくさそうに顔を背けている。

「あ、ありがとう…」

「気にすんな。しばらくは安静にしてろよ」

「………うん」

 答えるまで間があった。決して外さないローブといい、何の事情があるのか分からないが多分こいつは俺の言いつけを守らないな。

「あの…あなたの名前は……?」

 レンは上目遣いにこちらを見ると俺の名を聞いてきた。

「言いそびれてたな。オレはレイラ、医者の真似事をしているしがない研究者だ」

「レイラさん……治癒士の人じゃないの?」

 レンは医者という言葉が聞き慣れない様子だ。ポーションやら回復魔法やらがあるこの世界では医者というものは存在しないのかもしれない。

「治癒士とは違うな。オレは回復魔法なんて使えねぇし、医療ギルドにも入ってないからな」

「そうなの……?」

 レンはいまいちピンときてない様子。

「ま、治療してくれた親切なレイラさんとでも覚えてくれりゃあいい。それよりレン、これから街に戻るだろ?」

「うん、もう暗いし、今日はもう戦えそうにないしね…」

 レンは包帯だらけの自分の身体を見下ろしてシュンと落ち込んでいる。あの怪物どもにやられたのが悔しいのだろうか。

「じゃあ、ほら」

 俺はそんなレンの前に後ろ向きでしゃがみこんだ。

「レイラさん?」

「その足じゃ帰れないだろ? おぶってやるから乗れ」

「えっ! でも……」

「ほら、早く」

 遠慮していたレンは、俺が急かすと恐る恐る俺の背中に寄りかかった。レンの両足の膝の裏に手を入れて固定し、ゆっくりと立ち上がる。レンが落ちないように俺の首に手を回したので、肩に乗っていたヒューイは俺の頭の上に移動した。

「よし、体勢はキツくないか?」

「…………」

 レンにそう聞いたのだが、返事がない。

「レン?」

「ひゃっ! な、何?」

「出発するけど体勢はキツくないか?」

「う、うん。大丈夫だよ……」

 何故かしどろもどろなレンは囁くように答えると俺の背中に顔をうずめた。まぁ、大丈夫ならいいか。
 俺はヒューイを頭に、レンを背中に背負ってウィーブラの街へ歩いた。













 何事もなく街へ到着した。頭の上のヒューイを見て南門の門番がびっくりするというトラブルがあったものの、俺に懐いていて言うこともちゃんと聞くということを説明してやっと街へ入れてもらえた。家を出た時は夕方だったが、街へ着くともう夜だ。昼間あった活気は静まり、待ち行く人は皆帰り道である。

 そんな人々を眺めながらギルドへ到着した。暗闇の中、部屋から零れるランプの灯りでぼんやりと明るいギルドは昼間とは違った雰囲気だ。
 扉を開けて中に入ると受付カウンターに座っていたルネスが真っ先に声をかけてくる。

「レイラさんっ! 遅かったじゃないですか! 心配してたんですよ!」

「すまん。薬草探しに存外夢中になってしまってな」

「あれ? その背負ってる子は…、ってえっ!? アルミラージッ!? どういうことですかレイラさんっ!」

「フィーッ!」

「ひぇっ!?」

「……一つ一つ説明するから落ち着いてくれ」

 わたわたして混乱するルネスに、俺はギルドを出てからのことを丁寧に順を追って説明した。説明の途中でスタリアもやって来て、ヒューイを見てまたびっくりしていたので二人を相手に説明会をする羽目になった。あんまり騒ぐんじゃねぇよ、レンの傷に響くだろうが。
 薬草探しに夢中になったこと、森に入ったらヒューイを拾ったこと、ヒューイに案内されて森の中で家を見つけたこと、その家を住めるように掃除して帰る途中にレンを見つけたこと、怪我をしてたレンを治療しておぶって街まで帰ってきたこと。
 すべて話し終えるとようやく二人は落ち着いたようだ。

「そういうことだったのね…」

「レイラさ~ん、ただの薬草採取なのに色々持ってきすぎです」

 二人は少しばかり疲れた様子だ。スタリアはこめかみを押さえ、ルネスはテーブルに脱力している。

「レン、ヒューイはそんなに危ない魔物なのか?」

 門番にルネスにスタリア、ついでにここに来るまでに多くの人が俺の頭の上を注目していた。疑問に思った俺は背中のレンに聞いてみる。

「えっと、危ないというより珍しい魔物だよ。めったに姿を現さなくってすごく希少性が高いんだ。性格も獰猛で肉食、決して人に懐こうとはしないんだ。ランクは高いわけじゃないけど、人を襲うことだってある危険な魔物だよ」

「フィーッ! フィッ!」

「ひっ!? ご、ごめん…」

 レンの解説にヒューイが怒って声を荒げる。レンはヒューイを怖がってまた俺の背中に顔をうずめた。ヒューイは俺の頭から受付テーブルに降りると、すりすりと俺の腹に顔を擦り寄せる。決して人に懐かない猛獣ねぇ、とてもそんな風には見えないけど。

「じゃ、これが依頼のゴールドクレセントだ。確認してくれ」

「はい、ただいま」

 白衣のポケットから今日採取したゴールドクレセントをドサッと出し、テーブルに置く。それをスタリアが受け取って数を数え始めた。数えてないけど、ざっと30本くらいは採ったんじゃないかな。

「……はい、ゴールドクレセント32本、確かに納品いただきました。報酬320ルラ、そこから依頼料300ルラをひきまして、20ルラが今回の報酬になります」

 スタリアから銅貨を二枚手渡される。ゴールドクレセントは一本10ルラで取引される薬草らしい。『セクト・ストーリー』でも特にレアな薬草ってわけでもなかったし、そんなものか。
 まぁ偶然にも家をゲットしたわけだし、今日森を歩き回って採取した植物の中に食べられるものもある。今の俺はそれほど金を必要としていない。少なくとも今すぐ欲しくはないので問題はなかった。

「…それでですね、レイラさん。あのポーションのことなんですけど……?」

 銅貨二枚をポケットに仕舞っていると、おずおずとスタリアが話し出した。

「? どこか性能に不備でもあったか?」

「いえっ、そんなことはないです!」

 俺がそう聞くと、スタリアは慌てて否定した。何故彼女はこんなに慌てているんだろう。

「むしろその逆で、調べてみたところレイラさんのポーションは通常のポーションよりも効果がうんと高いことが分かったんです。あれってただのポーションなんですよね?」

「まぁそうだな」

 厳密には回復薬なのだがスルーしておく。スタリアの言わんとしていることは分かる。特別効果が高いものではなく、ただの回復薬ポーションなのかということだろう。もちろんそうだ。回復薬の上に、上回復薬や最上回復薬なんてものもあるが、俺が渡したのは最も安価で効果も低い普通の回復薬だ。

「比較調査をしたところ、あのポーションは使われている材料はポーションでありながら、効果はハイポーションに匹敵する程高いものでした。材料を安価に抑えつつ、あれほどのものを作成できるレイラさんの腕前が信じられず__」

「スタリア」

「__は、はい」

「結局何が言いたいんだ?」

 何やら興奮した様子でしゃべり続けるスタリアを止める。

「あぁ、ごめんなさい。とにかく、レイラさんのポーションはとても質の良い品だということが分かりました。こちらが買取価格の3000ルラになります」

 さっきとは打って変わってお札を三枚スタリアから受け取る。何気なく眺めたギルド前の薬屋ではポーションは1瓶500ルラで売られていた。安全性テストの手数料を差し引いてもその6倍の値段とは随分回復薬を高く評価してくれたらしい。

「それでですね、レイラさん。ものは相談なんですけど……」

「ん? どうした?」

 スタリアが大変言いにくそうに切り出す。

「もし良ければこれからもあのポーションを冒険者ギルドに売っていただけないかなぁと…。無理なお願いなのは分かっているんですけど、冒険者さん達の命を守るために__」

「いいぞ」

「__え? いいんですか?」

 いいに決まっている。片手間で作れるものだからむしろちょくちょく売りに来るつもりだった。回復薬1瓶で3000ルラも貰えるなら尚更だ。

「何で無理なお願いだと思ったんだ?」

「…昼間にも説明しました通り、やっぱりポーションは医療ギルドに登録してもらった方が断然高く売れます。今回レイラさんが売ってくださったポーションも、あれ程の効果ならもっと高くてもいいんですよ。冒険者さん達はいつも命懸けですし、冒険者ギルドは常にポーションを求めています。質の良いポーションを少しでも安く入荷するために是非ともレイラさんにお願いしたいのですけど…、レイラさんも正当な価格で売りたいでしょうし、無理ですよね?」

 なるほど、そういう理由だったか。確かに普通の薬師なら自分が作ったポーションはできるだけ高く売りたいだろうし到底無理なお願いだろう。だが俺はさっき住居を手に入れてある程度生活に目途が立ち、それ程お金を求めていない。それにいざお金が必要になったらさらに上の効果の上回復薬を売ろうという次の策もある。俺の回復薬がギルドの役に立つのならそれで構わない。

「さっきも言っただろう。構わない」

「いいんですか!?」

「ああ、定期的に売りに来るようにしよう。量が必要な時は早めに言ってくれ」

「ありがとうございます!」

 スタリアが俺に深く頭を下げた。隣のルネスも一緒に頭を下げている。まだちらほらとギルド内に残っている冒険者達からも注目され、むず痒い気持ちになったので、受け取ったお札をポケットにねじ込んでさっさとギルドを去ることにする。


「さて、レン。お前の家はどこだ?」

「……………」

「…レン?」

 ギルドを出て、次はレンを家に送り届ける番なのだが、そのレンが言葉を発しない。家の場所を尋ねても、すっと俺の背中に顔をうずめるだけだ。レンがそんな調子なので、俺はあてもなく街をぶらぶら徘徊する。レンを背負って歩くその様は、傍から見たら子連れ狼のように見えるだろう。

「あ、あのっ…レイラさん」

「ん~?」

 しばらくそうしていると、意を決してレンが話しかけてきた。

「そのっ…えっと…」

 俺の背中で、レンはかなりもじもじしている。落ち着かせるように彼のお尻をポンポンと叩いてやる。すると決心したようで改めて俺に声をかけた。

「あの、もし嫌じゃなければ…レイラさんのお家に泊めてくださぃ……」

 その何とも可愛らしい頼み事は、最後の方の声が小さくて聞こえにくかった。











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