【完結】片翼のアレス

53 隠した感情

　しばらくして落ち着いたアレスは、ルーカスへとあの時のことを包み隠さず話し始めた。

「あの時、川を流された時にオレの翼はもう千切れかけていたんだ。それを自分で引きちぎってルーカスに食べさせたの。だから、ルーカスは何も悪くないの。オレが全部やったんだ」
「アレス――」

　アレスの言葉をゆっくりと理解したルーカスは、驚きに目を見張った。

「俺に食べさせるために、自分で翼を引きちぎったのか！？」

　アレスの肩を掴み、真剣な顔で確認してくるルーカスに、アレスは頷いた。

「そんな――」
「だから、ルーカスは悪く」「アレス！」

　また謝りかけたアレスに、ルーカスが声をかけて遮さえぎった。

「どうして謝るんだ。アレスは何も悪いことをしてないだろう。むしろ謝るのは俺の方じゃないか」
「え、でも、ルーカスは鳥人族の肉は食べないって言ってたし、オレの翼を……」
「俺の目が覚めなかったから、どうしようもなくなって決断したんだろ！　そんな決断をさせてしまってすまない」
「……えっ」
「――痛かっただろう。自分で自分の翼を引きちぎるなんて。相当な覚悟を持ったとしてもできることじゃない。しかも俺に食わせるためには、俺の口元に当てて、自分の翼が食べられるところを見なければならなかっただろうに――早く目を覚ますことができずに、そんな辛い思いをさせてしまって本当にすまない」

　ルーカスの謝罪に、アレスはあの時のことを思い出す。ただただルーカスに起きてほしくて、助かって欲しくて夢中だった。そのためならなんだってするつもりだったし、実際にできた。
　でも、辛かった。自分の翼を取らなければならないことが、食べられてしまうことが。翼を取るときのあの嫌な感触や、食べられるときのあの音は今でも忘れることができなかった。

「お、オレ、痛かった――」

　誰にも話せなかった。ずっと心の奥深くに沈めていた感情だった。ルーカスが助かったからいいんだと思う感情とともに、ずっと一緒にあったもの。
　それが涙とともに、溢れ出た。

「オレの大事な翼が、飛べなかったけど大事な翼が――」
「ああ、綺麗な翼だったもんな、すまない」
「でも、でも、ルーカスが助かるならって、ルーカスがいなかったら、死んでいたからって、思って」
「ありがとう。俺の命を救ってくれて。アレスがいなければ俺はあそこで目覚めずに死んでいたかもしれない」
「――うん、うん」

　ずっとルーカスには隠していくつもりだった。だが、隠すということは、アレスの翼の件に関しては誰にも言うことができないということだ。
　あの時の痛みも辛さもすべて一人で抱えて行かなくてはならなかった。

　それでもよかった。だが、本当は知ってほしかったのかもしれない。

　大切なアレスの翼の行方を――

　アレスはルーカスにしがみつきながら泣いた。最初の謝罪の時とは違う涙がアレスの両頬を伝い流れていく。ルーカスはアレスが落ち着くまで背中の翼のあった部分を優しく摩り続けた。まるで過去の痛みをとるかのごとく何度も何度も。



　落ち着いてきたアレスはルーカスにしがみつきながら、話しかけた。

「ルーカス、体調は大丈夫なの？」
「ん？　体調か？」
「家で吐いちゃってたから……」
「ああ、大丈夫だ。あの時は俺が逃げるアレスを追い詰めて、翼をもぎ取り食べたと確信してたんだ。一番守りたかったアレスを一番傷つけたのが自分だと思い、ショックで吐いてしまった。結局あんまり変わらなかったんだがな……俺のせいでアレスは決断する羽目になったんだから」
「ルーカスのせいじゃないよ」
「アレスの翼をもらってしまって、一体何を返せばいいのか……」

　ルーカスの言葉にアレスは急いで返した。

「違うよ！　ルーカスに助けてもらった分を翼で返したんだ」
「いや、しかし……」

　納得できていないルーカスの様子に、アレスは少し悩んだ後に顔を上げた。

「それじゃあ、お返しにずっと一緒にいてよ」
「――ああ、そうだなアレス。ずっと一緒にいよう」

　ルーカスのくぐもった返事が聞こえた。抱きしめているルーカスの体が震えていたので、今度はお返しにアレスが背中を撫でた。