【完結】片翼のアレス

結城れい

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55 酒

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 村に着いたのは、もう遅い時間だった。出歩いている人は誰もおらず、村には静寂が広がっている。
 ウルスとクニーへの報告は明日にして、2人は静かに自宅へと戻った。

「帰ってきたね」
「ああ」

 ルーカスはアレスを抱き上げながら居間に上がろうとした時に、それに気がついた。慌ててアレスをその場に降ろし、使い古しの布を取りに走る。

「あ、そういえばすぐにルーカスを走って追っていったから、かたづけてなかった……」

 布を片手に急いで戻ってきたルーカスは、自分の体でアレスの目線から汚れを隠し、拭き取った。

「よし、これで大丈夫だ」

 言いながら振り返ったルーカスにアレスも「うん」と頷き返す。

「じゃあ、もう遅いし寝よ――」

 アレスが話していると、ゴゴゴゴゴっと何かの音が部屋中に響き渡った。驚いて言葉を切ったアレスに、ルーカスが恥ずかしそうに腹を摩った。

「すまない。俺の腹の音だ」

 アレスは声を出して笑いながら、くりやへと降りた。きっと、帰ってきたときに言っていた夜ご飯を食べてきたというのは嘘だったのだろう。家に帰ってきて安心してお腹が空いたに違いない。
 干し肉を保管している籠からいくつか取り出してお盆にのせていく。ついでに木の実ものせて居間の机へと持っていった。

「食べよう!」
「ああ、アレスも一緒にいいのか? 先に寝ていてもいいんだぞ」

 確かにアレスは夕飯をちゃんと食べていたのでそこまでお腹は減っていない。それでも――

「ルーカスがいないとぐっすり眠れないよ」
「――そうか」

 嬉しそうに返事をして机の前に座ったルーカスの膝の上に座る。アレスはルーカスに寄りかかりながら一緒に夜食を食べた。


******


 次の日。朝早くからルーカスは村の外へ狩りに出かけた。

「ただいま」
「おかえり! うわ、おっきい猪!」

 すぐに帰ってきたルーカスは、巨大な猪をかついでいる。アレスは準備していた小さな籠を手に持った。中には美味しい果実がぎゅうぎゅうに詰まっている。

「よし、行こうか」
「うん」

 ルーカスが猪を持っていないほうの手を差し出してきたので、アレスは籠を反対の手で持ち直してルーカスの手を取った。



 家の扉を叩いて開くと、丁度クニーとウルスが居間に座っていた。

「あ、よかった! 仲直りできたんだね!」

 アレスとルーカスがつないでる手を見て、クニーが笑顔で話しかけてくる。

「うん。2人には昨日助けてもらって、本当にありがとう」
「いやいや、別に俺たちは別にそんなにしてないよ。なあクニー」
「うん、そうだよ」

 クニーとウルスがお互いに見つめあって照れくさそうに笑う。その仕草が2人はとても似ていた。

「ウルス、昨夜はアレスを連れてきてくれてありがとう。クニーも。お礼に食料を持ってきたから受け取ってくれないか」
「え、いいの?」
「お、悪いな。今日は狩りに行かなくて済むな」

 ルーカスはウルスに猪を、アレスはクニーに籠にはいった果実をそれぞれ渡した。

「折角なら一緒に食べようよ」
「ああ、確かにそうだな」
「え、でもお礼に持ってきたものなのに――」
「いいから、いいから! さあ、上がって」

 クニーが籠を片手にアレスの手を引っ張ってくる。アレスは一度ルーカスを振り返り、居間へと上がった。


 朝から豪華な食事が机の上に並ぶ。
 ルーカスの取ってきた巨大な猪と果実。それから干し肉と野菜も出してもらい、机の上いっぱいにご馳走が広がっている。

「じゃあ、2人の仲直り記念の宴だね」
「お、いいな。じゃあ酒も飲むか。朝から飲む酒は格別だぞ。2人もどうだ?」

 ウルスが大きな樽を持ってきて、机の横にドンッと音を立てながら置いた。

「いや、俺はいい」

 ルーカスが断っているのを聞いて、そういえば家でルーカスがお酒を飲んでいるのを見たことがない事に気がついた。そもそも、アレスはお酒を飲んだことがないので、そういう話になったことはない。
 ルーカスが飲めるのならば、今後は交換するか、もしかしたら自分で作ることができるのだろうか。作れるのならば作り方を習わなければとアレスは思考を巡らせる。

「なんでだ? 飲めないわけじゃないだろ? 獣族なんて酒好きしかいないだろうに」
「いや、ちょっと」

 断りを入れているルーカスがアレスを見てきたので、アレスは首を傾げた。ルーカスがお酒を飲まないこととアレスが関係するのだろうか。

「その、心配で――」
「アレスがか? どういうことだ?」
「ああ、僕分かったよ! 酔って手を出さないか心配なんでしょ!」

 クニーが元気よく声を上げたので、アレスはルーカスを見た。ルーカスは気まずそうに後頭部へ手をあて「ああ」と肯定した。
 獣族がお酒が好きというのも初めて知った。ずっとアレスに手を出してしまわないように飲むのを控えていたのか。ルーカスが飲めずにいることに申し訳なく思う気持ちと、理性がしっかりしていなければアレスに手を出してしまうほど求めてもらっており、気恥ずかしいが嬉しいという気持ちが入り混じる。
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