【完結】ツンな猫君の恋愛事情

結城れい

文字の大きさ
53 / 77

53 移動

しおりを挟む
 迅が寝かせようとしてくるが、樹は寝すぎていたため横になるだけで眠れない。クローゼットの中に敷いている布団に横たわった樹を、胡坐あぐらをかいて横に座った迅が見つめてきた。クローゼットの扉はすべて開け放たれている。
 迅の隣には、大きな袋が置かれており、そこから新しい冷却シートを出した迅は、樹の額に貼っていた冷却シートを貼りなおした。ひんやりとしたシートが気持ちいい。

「最近、とっても暑かったし、それに、試験勉強であんまり寝てなかったこともあって、体調崩しちゃったけど、もう大丈夫だから」
「ああ」

 迅は昨日からずっと看病してくれているのだろう。樹が目覚めた時、迅は樹の手を握りしめながら床に横になり寝ていた。慌てて枕の代わりになりそうなぬいぐるみを頭の下に入れたが、ゆっくり眠れていないだろう。先ほどのゼリーを食べる勢いを見ても、ろくに食事すら取らずに、樹の様子を確認してくれていたに違いない。
 樹は申し訳なく思い、眉を下げながら迅へ話しかけた。

「本当にありがとう。もうお家帰って大丈夫だよ。ゆっくり休めてないでしょ? 元気になったら連絡するから」
「――嫌だ」

 樹の提案に、迅は頑として首を縦に振らなかった。
 困った樹は、上半身を起こし説得しようと試みるが、すぐに迅が肩を抑えて樹を寝かせてくる。

「迅くん…………」

 樹を見る迅の顔は真剣だ。絶対に帰らないとの決意が全身からにじみ出ている。
 きっと不安なのだろう。どうしてそう思ったのかは分からないが、迅は樹が愛情不足で亡くなると本気で思い込んでいたようだった。誤解は解けたものの、まだ不安がすべて拭えていないのだろう。
 不安を解消するためにも一緒にいてあげたいが、このままこの場所で看病を続けてしまうと迅が体調を崩してしまうかもしれない。布団をクローゼットから出しても一緒に寝ることのできる幅はないし、枕も1つしかないので遠慮されてしまうだろう。

 樹はどうすればいいか考えて、1つの解決策を思いついた。

「じゃあ、僕が迅くんのお家に行かせてもらうのは? 迅くん家だったら大きなベッドが――」「――そうしよう。タクシー呼ぶから」

 樹の提案に、耳をピンと立ち上がらせて食い気味に返事をしてきた迅は、樹が止める間もなく立ち上がり部屋を出て行ってしまった。
 樹の部屋で迅に看病してもらうよりも、迅のマンションにお邪魔して看病してもらう方がいいだろう。迅のベッドを使わせてもらうことになってしまうが、迅の負担は減るはずだ。

 迅が出て行ってしまった部屋で1人になった樹はゆっくりと上半身を起こし、立ち上がった。迅のマンションに行くなら着替える必要がある。部屋の隅に置いている箪笥たんすからギリギリ外に出られそうな寝間着を出した樹は、ノロノロと着替え始めた。


「タクシーが――」

 勢いよく開いた部屋の扉は、それ以上の速さで閉まり、迅の声も途中で途切れた。

 丁度ズボンを履いている途中だった樹は、履き終えた後に扉をこちらから開けた。

「ごめん、着替え終わったよー。タクシーもう来たの?」
「い、いや、ノックをするべきだった――別に着替えなくてよかったのに、タクシーで行くからそのままでも」
「結構、汗かいちゃってたからねー。迅くん家のベッドを使わせてもらうんだから着替えとかないと」
「いや、そのままでいいが――あ、いや、タクシーは後5分くらいで着くらしい」
「そっか、ありがとう」

 脱いだ服を脱衣所の籠に入れた樹は、家を出る準備をする。額の冷却シートはそのままでいいだろう。部屋の隅に置いていた肩かけバッグを手にしたところで、スマホの存在を思い出した樹は、バッグから取り出す。充電を確認しようとスマホの画面をつけた樹は驚いた。迅からの着信が山のように入っている。試験時間にマナーモードにしていた設定を戻していなかったようで、着信に全く気がつかなかった。

「迅くん、昨日、電話くれてたんだね、ごめんね。テストの時通知切ってて、そのまま戻してなくて気づかなかった……」
「ああ、そうだったのか」

 樹の説明を聞いて納得したような素振りを見せた迅は、樹の持っていたバッグに手を伸ばす。

「俺が持つよ」
「え、あ、ありがとう」

 必要最低限の持ち物を入れた肩掛けバッグを迅に渡すと、迅は受け取ったバッグを自分の肩にかけて、おもむろに樹の前にしゃがみ込んだ。そのまま両手を後ろに回す。

「――え、どうしたの?」
「タクシーまで運ぶから」
「……え?」

 迅の言葉と行動に、ようやく意味を理解した樹は全力で首を横に振った。

「いやいや、僕、自分で歩けるから!」
「いや、玄関には段差もあるし、危ないから――」

 2人が言い合っていると、迅のスマホがピコンと音を立てた。スマホを確認した迅が「タクシーが来た」と呟いたのが聞こえた樹は、迅の体を避けて部屋の入口まで向かった。

「あ……」

 迅も慌てて立ち上がり追いかけてくる。急いで玄関に向かい、靴を履いた樹は、扉を開けて外に出た。朝方なのでそこまで熱くはない。アパートの前の道に朝日に照らされた黄色いタクシーが止まっているのが見える。きっとあれが迅の呼んでくれたタクシーだろう。
 急に動いたので少し眩暈がしたが、数秒間じっとしていると、すぐにおさまった。迅が出てくるのを待って鍵を閉めた樹は、一緒にタクシーまで歩く。
 迅は余程心配のようで、タクシーまでの短い距離でも尻尾を樹の胴に巻きつけて、いつでも動けるように樹の動きに注意を払いながら進んだ。

 タクシーに乗っている時も尻尾はそのまま巻きついており、マンションの部屋に着くまで離れることはなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】自称ワンコに異世界でも執着されている

水市 宇和香
BL
「たとえ異世界に逃げたとしたって、もう二度と逃さないよ」 アザミが高校二年生のときに、異世界・トルバート王国へ転移して早二年。 この国で二十代半ばの美形の知り合いなどいないはずだったが、 「キスしたら思いだしてくれる? 鳥居 薊くん」 その言葉で、彼が日本にいたころ、一度だけキスした同級生の十千万堂 巴波だと気づいた。 同い年だったはずのハナミは、自分より七つも年上になっていた。彼は王都から辺境の地ーーニーナ市まではるばる、四年間もアザミを探す旅をしていたらしい。 キスをした過去はなかったこととして、二人はふたたび友人として過ごすようになった。 辺境の地で地味に生きていたアザミの日常は、ハナミとの再会によって一変し始める。 そしてこの再会はやがて、ニーナ市を揺るがす事件へと発展するのだった…! ★執着美形攻め×内弁慶な地味平凡 ※完結まで毎日更新予定です!(現在エピローグ手前まで書き終わってます!おたのしみに!) ※感想や誤字脱字のご指摘等々、ご意見なんでもお待ちしてます! 美形×平凡、異世界、転移、執着、溺愛、傍若無人攻め、内弁慶受け、内気受け、同い年だけど年の差

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

【BL】僕(18歳)、イケメン吸血鬼に飼い慣らされる。

猫足
BL
地下室に閉じ込められていた吸血鬼の封印が解け、王族は絶体絶命。このままでは国も危ないため、王は交換条件を持ちかけた。 「願いをひとつなんでも聞こう。それでこの城と国を見逃してはくれないか」 「よかろう。では王よ、お前の子供をひとり、私の嫁に寄越せ」 「……!」 姉が吸血鬼のもとにやられてしまう、と絶望したのも束の間。 指名されたのは、なんと弟の僕(18)で……?! ※諸事情により新アカウントに移行していましたが、端末の不具合のためこのアカウントに戻しました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

ひろいひろわれ こいこわれ ~華燭~

九條 連
BL
さまざまな問題を乗り越え、ヴィンセントの許で穏やかな日常を送る莉音に、ある日、1通のハガキが届く。 それは、母の新盆に合わせて上京する旨を記した、父方の祖父母からの報せだった。 遠く離れた九州の地に住む祖父母の来訪を歓迎する莉音とヴィンセントだったが、ふたりの関係を祖父に知られてしまったことをきっかけに事態は急変する。 莉音と祖父、そして莉音とヴィンセントのあいだにも暗雲が立ちこめ―― 『ひろいひろわれ こいこわれ』続編

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

処理中です...