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フェリシアの弱点 前編
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※ 作中、夏の風物詩「G」が出てきます。苦手な方はご注意ください。
フェリシアの弱点って何だろう。
いつものように、魔法師団団長室でお茶していたミランは、ふとそう思った。時刻はそろそろ真夜中になろうとしている。魔法師団のマネージャーとして、フェリシアと話し込んでしまい、こんな時間になってしまったのだ。
その話もまとまり、今や普通の貴族の女性に戻った恋人、フェリシアは、わさびせんべいをおいしそうにかじっている。
甘いものが苦手なんだよな、フェリシアは。だけど、それは「苦手」であって、弱点ってわけでもないよなあ。
僕は高所恐怖症だけど、フェリシアはそういうのって、あるのかな。
フェリクスとしても、フェリシアとしても、基本的にクールな態度を崩さない恋人に対し、ミランは首を傾げる。
マネージャーとしての話し合いが終わり、ほっとしているミランは、少しワインを飲んでいた。酔いが程よく回っている。
まさか、僕?
そう思いついて、ミランはにやけた。
そうだ。一年前も、僕が攻撃魔法に当たって死にかけたと思ったフェリシアが「死なないで、ミラン殿下」って言いながら、僕に縋り付いて泣きながら告白してくれたんだ。それに、フェリシアはいつでも僕のことを一番に考えて、大事にしてくれる。
間違いない。フェリシアに唯一の弱点があるとすれば、この僕だな。いやあ、まいったまいった。
「殿下、何考えていらっしゃるんですか」
ソファの対面に座るフェリシアは、面白そうな笑みを浮かべて、ミランに問うた。「頬が緩んでいますよ」
彼女はワインではなく、紅茶を飲んでいた。フェリシアはミランとは違い豪酒だが、わさびせんべいにワインは合わないのだろう。
「当ててごらん」
フェリシアの弱点が自分だと気がついたミランは余裕の表情。
「ええと、剣術の試合で勝ったことを思い出していた、ですか」
「とぼけちゃって」
ミランは王子らしく、颯爽とした動きで、フェリシアの隣に座ると、彼女を抱き寄せた。至近距離でミランを見つめるフェリシアの青い瞳が揺れている。いつもは静かな海のように落ち着いていて、魔法師団団長として雄々しく迷いなき光を放つその瞳も、今は恥じらいと期待が入り混じりあったように潤んでいる。ような気がする。
「ミラン殿下」
フェリシアが目を閉じたので、ミランは彼女の瞼をなぞるようにキスをした。その唇は頬を伝い、彼女の柔らかい唇に触れ、首筋にたどり着く。
今、この空間に、二人だけ。二人だけの時間――。
カサカサカサ。
ん?
カサカサカサ。
なんだこの音?
ミランより先に、フェリシアが体を離した。顔が真っ青になっている。
「どうしたんだフェリシア、なんなんだこの音。カサカサカ」
「言わないで下さい!」
フェリシアにぴしゃりと叱られ、ミランは口をつぐんだ。ただごとではない雰囲気だ。
フェリシアはミランそっちのけで、団長室を歩き回り、あっちこっちきょろきょろし、何かを探す素振りをした。
「何を探してるの、フェリシア」
「あ、いた!」
「え?」
「ミラン殿下、あそこ……天井の隅に『G』がいます!」
「え、GってあのG? 黒くて素早くてたまに飛ぶあのG?」
「説明しないで!」
「ご、ごめん」
エルドゥ王国は少し暖かい時期と少し寒い時期が交互にくる気候だ。湿度も年間を通してそれほど高くない。
だがときにGは出るのだ。
ミランだって、できればお会いしたくない相手。見たくない。
フェリシアはというと、Gを視界に入れたくはないが、視界に入れないと攻撃魔法をぶちかませない、と葛藤しているかのように思えた。
「ま、待てフェリシア、攻撃魔法をこの部屋で使うのはまずい。君らしくないぞ。冷静になれ」
ミランは慌ててフェリシアを制した。フェリシアの魔力の高まりは凄まじく、魔力のないミランでもまわりにピリついた空気を感じられるほどだ。今フェリシアが「G」に向かって攻撃魔法を放ったら、部屋が吹き飛ぶに違いない。自分の命もないかもしれない……。
カサカサカサ、ブーン。
「わああああ、飛んだ!!」
Gが飛んだ瞬間、フェリシアは団長室を脱兎のごとく飛び出した。
「ちょ、フェリシア」
ばたん。
「え、ちょっと!?」
団長室の扉は閉ざされた。
フェ、フェリシア、そんな、僕を置いていくのか?
扉の外からフェリシアの声がした。
「申し訳ありませんミラン殿下。私はもうGを視界に認めるのは限界です。ミラン殿下お一人でなんとかGを倒してください。これじゃあ私は今日眠ることができません」
フェリシアではなく、フェリクス・ブライトナーの口調だった。
ミランは扉を押したが、外からフェリシアが魔力で押さえつけているようで、びくともしない。
「フェリシアってGが苦手なんだね。いや、得意な人はそういないと思うけど」
「あれは忘れもしない、私がまだ幼かったころ、自宅のとても古い冷蔵庫がとうとう壊れまして。捨てるためにパパが、いえ父と兄が動かしたところ、う、後ろからGがいっぱい、いえ、大量にでてきまして、そのGが、外めがけて大量移動」
「わ、分かった分かったもういいよ。フェリシアもういい」
そのことがフェリシアのトラウマとなり、今でも彼女の弱点なのは明白だった。
だからって、僕を置いて自分だけGから逃げるなんて。
しかも口調は丁寧だけど要は「私が安心して眠れるようにGを早く倒せ」と言っている。
なんてこった。
ミランは意を決し、ドアから離れると、武器として空いたワインボトルを手に持った。
Gの姿が消えていた。
フェリシアの弱点って何だろう。
いつものように、魔法師団団長室でお茶していたミランは、ふとそう思った。時刻はそろそろ真夜中になろうとしている。魔法師団のマネージャーとして、フェリシアと話し込んでしまい、こんな時間になってしまったのだ。
その話もまとまり、今や普通の貴族の女性に戻った恋人、フェリシアは、わさびせんべいをおいしそうにかじっている。
甘いものが苦手なんだよな、フェリシアは。だけど、それは「苦手」であって、弱点ってわけでもないよなあ。
僕は高所恐怖症だけど、フェリシアはそういうのって、あるのかな。
フェリクスとしても、フェリシアとしても、基本的にクールな態度を崩さない恋人に対し、ミランは首を傾げる。
マネージャーとしての話し合いが終わり、ほっとしているミランは、少しワインを飲んでいた。酔いが程よく回っている。
まさか、僕?
そう思いついて、ミランはにやけた。
そうだ。一年前も、僕が攻撃魔法に当たって死にかけたと思ったフェリシアが「死なないで、ミラン殿下」って言いながら、僕に縋り付いて泣きながら告白してくれたんだ。それに、フェリシアはいつでも僕のことを一番に考えて、大事にしてくれる。
間違いない。フェリシアに唯一の弱点があるとすれば、この僕だな。いやあ、まいったまいった。
「殿下、何考えていらっしゃるんですか」
ソファの対面に座るフェリシアは、面白そうな笑みを浮かべて、ミランに問うた。「頬が緩んでいますよ」
彼女はワインではなく、紅茶を飲んでいた。フェリシアはミランとは違い豪酒だが、わさびせんべいにワインは合わないのだろう。
「当ててごらん」
フェリシアの弱点が自分だと気がついたミランは余裕の表情。
「ええと、剣術の試合で勝ったことを思い出していた、ですか」
「とぼけちゃって」
ミランは王子らしく、颯爽とした動きで、フェリシアの隣に座ると、彼女を抱き寄せた。至近距離でミランを見つめるフェリシアの青い瞳が揺れている。いつもは静かな海のように落ち着いていて、魔法師団団長として雄々しく迷いなき光を放つその瞳も、今は恥じらいと期待が入り混じりあったように潤んでいる。ような気がする。
「ミラン殿下」
フェリシアが目を閉じたので、ミランは彼女の瞼をなぞるようにキスをした。その唇は頬を伝い、彼女の柔らかい唇に触れ、首筋にたどり着く。
今、この空間に、二人だけ。二人だけの時間――。
カサカサカサ。
ん?
カサカサカサ。
なんだこの音?
ミランより先に、フェリシアが体を離した。顔が真っ青になっている。
「どうしたんだフェリシア、なんなんだこの音。カサカサカ」
「言わないで下さい!」
フェリシアにぴしゃりと叱られ、ミランは口をつぐんだ。ただごとではない雰囲気だ。
フェリシアはミランそっちのけで、団長室を歩き回り、あっちこっちきょろきょろし、何かを探す素振りをした。
「何を探してるの、フェリシア」
「あ、いた!」
「え?」
「ミラン殿下、あそこ……天井の隅に『G』がいます!」
「え、GってあのG? 黒くて素早くてたまに飛ぶあのG?」
「説明しないで!」
「ご、ごめん」
エルドゥ王国は少し暖かい時期と少し寒い時期が交互にくる気候だ。湿度も年間を通してそれほど高くない。
だがときにGは出るのだ。
ミランだって、できればお会いしたくない相手。見たくない。
フェリシアはというと、Gを視界に入れたくはないが、視界に入れないと攻撃魔法をぶちかませない、と葛藤しているかのように思えた。
「ま、待てフェリシア、攻撃魔法をこの部屋で使うのはまずい。君らしくないぞ。冷静になれ」
ミランは慌ててフェリシアを制した。フェリシアの魔力の高まりは凄まじく、魔力のないミランでもまわりにピリついた空気を感じられるほどだ。今フェリシアが「G」に向かって攻撃魔法を放ったら、部屋が吹き飛ぶに違いない。自分の命もないかもしれない……。
カサカサカサ、ブーン。
「わああああ、飛んだ!!」
Gが飛んだ瞬間、フェリシアは団長室を脱兎のごとく飛び出した。
「ちょ、フェリシア」
ばたん。
「え、ちょっと!?」
団長室の扉は閉ざされた。
フェ、フェリシア、そんな、僕を置いていくのか?
扉の外からフェリシアの声がした。
「申し訳ありませんミラン殿下。私はもうGを視界に認めるのは限界です。ミラン殿下お一人でなんとかGを倒してください。これじゃあ私は今日眠ることができません」
フェリシアではなく、フェリクス・ブライトナーの口調だった。
ミランは扉を押したが、外からフェリシアが魔力で押さえつけているようで、びくともしない。
「フェリシアってGが苦手なんだね。いや、得意な人はそういないと思うけど」
「あれは忘れもしない、私がまだ幼かったころ、自宅のとても古い冷蔵庫がとうとう壊れまして。捨てるためにパパが、いえ父と兄が動かしたところ、う、後ろからGがいっぱい、いえ、大量にでてきまして、そのGが、外めがけて大量移動」
「わ、分かった分かったもういいよ。フェリシアもういい」
そのことがフェリシアのトラウマとなり、今でも彼女の弱点なのは明白だった。
だからって、僕を置いて自分だけGから逃げるなんて。
しかも口調は丁寧だけど要は「私が安心して眠れるようにGを早く倒せ」と言っている。
なんてこった。
ミランは意を決し、ドアから離れると、武器として空いたワインボトルを手に持った。
Gの姿が消えていた。
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