男装魔法師団団長は第三王子に脅され「惚れ薬」を作らされる 両思い編

コーヒーブレイク

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もし……の話

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「あ、先輩だー」

 高校からの帰り道、聞き覚えのある声に呼び止められて、僕は振り返った。

 電柱に設置されたLEDライトの明かりの下、後輩の女子が立っていた。

「先輩も明日の文化祭の準備で遅くなったんですか? 一緒に帰っていい?」

「もちろん。送るよ」

 彼女は本条綾乃という。同じ高校の、僕より一学年下の二年生。

「よかったー、先輩と家同じ方向で」

 綾乃が柔らかそうな天然パーマの髪を揺らしながら、僕の隣に並ぶ。彼女は高校の後輩であると同時に、僕の小学校からの幼馴染でもある。

「私のクラスはクレープ屋さんやるんだよ。先輩のクラスは文化祭何やるの」

「お化け屋敷」

「え、先輩お化けやるの」

「いや、僕は裏方」

 そう言って、眼鏡のフレームを押し上げた。
 時刻は夜七時を回っている。秋から冬へ変わろうとしている今、数メートルおきに設置されている電灯だけが明るい。

「こうやって話すの、久しぶりだねー」

「確かに」

 結局、綾乃とは小中高と同じ学校だった。小学校のときは一緒に遊んだりしたけれど、中学に上がってからは自然とそれぞれ、同性の友人と遊ぶようになった。高校に入ったら僕は進学コースで、綾乃は普通コースだったから、同じ学校でもほとんど会わなくなっていた。

 話すのは……本当に、いつぶりだろう。

「ね、先輩。今から私のお気に入りの場所に行かない?」

 綾乃が突然そう言った。

「なんで」

「先輩、なんだか疲れてそうだから」

「だったら早く帰るべきでは」

「ついてきてー」

 僕の言葉を無視して、綾乃は手招きしながらどんどん先を歩いていく。
 仕方なくついていくと、そこはもう誰も住んでおらず、立ち入り禁止になったマンションだった。

「こっちだよー」

「ちょ、不法侵入だろ」

「誰も来ないから大丈夫だよ、先輩、はやくはやく」

 制服のスカートをひらひらさせながら、リズミカルに外階段を駆け上がっていく後輩を、僕は心の中でため息をつきながら追いかける。

 まったく。思いついたらすぐ行動するところ、変わっていないな。



「さむーい」

 マンションの屋上にたどり着くと、開口一番、綾乃はそう叫んだ。

「大声で叫ぶなよ。誰かに気づかれたらどうする」

 六階分の階段を上がり、僕の息は上がっていた。運動はあまり得意じゃない。綾乃の方はなぜか元気いっぱいだ。

「はーい、先輩。大丈夫、大丈夫、私、今まで何度も来たけどバレなかったもん。ここ、人通り少ないし」

 そうか。まあ、バレなければいいか。って、そうじゃなくて。

「何度も来たって、一人で? 女性が一人でこんなところ、何度も来るなよ。危ないだろ」

「過保護だなあ、先輩は。いつもはもっと早い時間だよ。今日は先輩と一緒だから、来たの」

「こんなところに一体何が」

「見て、先輩」

 綾乃が空を見上げる。つられて僕も見上げると、そこにはたくさんの星たちがあった。とはいえ、ここは何もない自然の真っただ中でない。そこそこ都会の住宅街だ。満天の星空というには程遠かった。

「あ、あれ、オリオン座かな?」

「全然違うと思うぞ。星にはあまり興味がないから詳しくはわからないけど、方向がちがう」

「でもでもきれいでしょ、来てよかったでしょ」

「綺麗だけど。うん、まあまあ」

「えー、それだけー? 先輩勉強で疲れてるんじゃないかと思って、連れてきてあげたのに。ここ、夕方は夕日が沈むのが見えて、とってもきれいなんだよ。だーれもいないし、一人占めできるの」

「それは良かったな」

「先輩、感動薄すぎ……はっくしゅん!」

 綾乃が盛大にくしゃみをした。ここはまともに風を受けてしまうので、寒い。

「風を引かないうちに、帰るぞ。おばさんが心配する」

 まだくしゃみを連発している綾乃を促す。綾乃は「大丈夫だよ。ママに連絡したもん」とふくれっ面をした。

 綾乃と階段を下りながら、言おうか言うまいか逡巡したが、結局言うことにした。

「あの、ありがとう、綾乃」

 いつの間にか僕を追い越し、僕の前をリズミカルに階段を下りていた綾乃が「ん?」と振り返る。
 大きな黒目がちな目が、僕を見上げる。

「ああ、その、やっぱり僕は少し疲れていたから。……星を見て、ええと、なんというか、和んだよ」

「本当? だったら良かったー。先輩、東京の大学の医学部行くんでしょ? ママから聞いたよ。すごいね。お医者さんになるの、夢だって前から言ってたもんね」

 母親同士の情報共有力はすごいな。

 そう、医者になるのが僕の子供のころからの夢だ。僕は……まあ受かってからだけど、東京に行く。医者を目指す。

「綾乃は和菓子屋を継ぐのか」

 階段を下りきったところで、何気なく聞いた。綾乃の家は200年前から続くという和菓子屋なのだ。僕は甘いものが苦手なのだが「わさびせんべい」だけはうまかった記憶がある。

「それがさー、聞いてよ宗ちゃん! あ、宗ちゃんって呼んじゃった。もう宗ちゃんでいいよね」

「いいけど」

 長谷宗太郎というのが僕の名前だ。小学生の頃は、僕のことを「宗ちゃん」と綾乃は呼んでいた。

「私は和菓子屋を継ぐ気満々なわけ。和菓子職人になりたいの。なのにばあ様は弟に継がせたいみたいなの。弟って、和菓子のセンスゼロなんだよ? それなのに、やっぱり継ぐのは長男じゃなきゃって雰囲気なの。おかしくない?」

 ばあ様、というのは綾乃の曾祖母のことだ。生きてきた時代が違うから、そういうこともあるだろう。

「今の時代、男も女もないよ。綾乃が継いだって、全然いいと思うけど」

 正直にそう言った。本気でそう思う。

「でもでも、ばあ様は200年の伝統を、女に任せられないって言うの。時代錯誤もいいところだよ。女って損。女っていうだけではじかれちゃう。いいなー男は。体力もあるし、子供産まなくていいし、生理もないし」

「おい、声が大きいぞ」

 相当不満が溜まっているらしい。家が老舗というのも大変なんだな。良かった、僕の家は普通のサラリーマン家庭で。

「私、もし生まれ変わったら男に生まれたいわ。まじで。自由に色々できるもん」

「それは偏見だぞ」



 綾乃を自宅である和菓子屋まで送り、自分の家まで引き返す。綾乃は「またねー、宗ちゃん」と言いながら大きく手を振っていた。「私が和菓子屋を継いだら、宗ちゃんの好きなわさびせんべい、メイン商品にするからね!」
 小学生のときから変わらない、前向きさ。きっと立派な和菓子職人になって、店を継ぐだろう。

 それにしても、生まれ変わったら……か。

 綾乃の言葉を思い出す。生まれ変わりなんて信じていないけれど……綾乃が来世、男に生まれ変わったら困るな。
 
 綾乃にとって、僕はただの幼馴染。
 僕にとって、綾乃は……。

 好きなんだと思う。綾乃のことが。
 久しぶりに話せて、本当にうれしかった。

 医者になるために東京に行ったら、もう綾乃にはほとんど会わない気がする。
 僕は医者になるのが夢だ。綾乃は和菓子屋。そのうち婿をとるのだろう。
 僕と綾乃の道は違う。その道は、今世では交わらない。

 来世だったら?
 来世があるとしたら、綾乃と僕の生きる道も、また違った道になるかもしれない。

 冬の訪れを感じさせる、冷たい風が吹いて、自然と早足になる。

 生まれ変わりなんて信じていない。ばかばかしい。
 ばかばかしいけれど、もし、もしの話、綾乃が来世、男に生まれ変わるのだったら、


 きっと僕は……。




 もし……の話   終わり。



宗太郎→フェリシア、綾乃→ミラン

二人に前世があったら、のお話です。
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