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じゅうそく

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 その日は結局あと1人を裁いて終わった。カードの枚数には限りがあるし、立て続けに元クラスメイト同士が事故に合うと、不審に思われる可能性がある。
 今日最後に裁いたのは、女担任教師だ。鉛筆の先に瞬間接着剤を大量に付け、すばやく奴に塗りたくってやった。脳無しは動かずに、おとなしくしていろ。
 少し経って、やかんの熱湯でもお見舞いしてやればよかったと思ったが、時すでに遅く、カードはとっくに真っ黒な状態になっていた。
 なにか物足りない気持ちを横へ押しやり、私は明日への期待に胸をいっぱいにして眠る準備をすることにした。
 まだ母親は帰ってこない。病院で妹に足止めをくわされているのだろう。
 まず下に降りて、お風呂を沸かして入ることにした。何日ぶり、いや何週間ぶりのお風呂だろう。

 服を脱いで、ふと、洗面所の鏡を見た。何日も洗っていないため脂ぎったぼさぼさの髪、ふきでものだらけの顔、色気も何もない、痩せぎすの体がそこには映っていた。
 そのなかに、血走った目だけが、らんらんと鋭く輝いていた。獲物を見つけた肉食動物のような目だ、と私は思う。一瞬、胸の中になぜか渇いた風が吹いたかのように感じ、心をぽっかりと空しくさせたが、私は自らそれを打ち消した。これは勝者、いや強者の姿なのだ。

 お風呂を出ると、母親が帰宅していた。お風呂をでて、小ざっぱりした私を、この子一体どこの子かしらという感じで呆然として見つめていた。私はそれを横目に出来上がっていた夕飯を、いつものように自室に運んだ。

 こんなにおいしい食事があっただろうか。

 自室の勉強机で私はとんかつを頬張る。
 明日は、また、3人くらい裁ける。
 胸が高鳴った。
 満たされた気持ち。

 でも……でも。ひとつ、いや、ふたつだけ、私の充足をさまたげるものがある。

 それは。

 私は、傍に置いてある、巻き毛の少女のケースにそっと目を合わせた。

 ひとつは、裁き終わったカードはすぐに真っ黒になってしまうので、裁きを受けた奴らの喚き喘ぐ醜態が堪能できないということ。ひとつ罰を与えると、カードは真っ黒になってしまう。せめて裁きを受けてのたうちまわる奴らをじっくり観察できるぐらいの時間が欲しい。妹のように、いつでも裁きの結果がわかるわけではないのだから。
 ふたつめは、カードの枚数に限りがあるということ。このペースで裁いてゆくとクラス全員を裁き終えるのに10日かからない。そして、残りのカードが18枚。
 この18枚のカード、クラスの奴らのなかからもう一度一等許せないやつを18人選んで使ってもいいし、今後のために取っておいてもいい。
 ただ、どちらにしろ、カードの枚数に限りがあることは変わらない。

 トランプカードがすべて真っ黒になれば、私の正義の裁きも終わる……。

 夕食を食べ終え、もう下に降りるのは面倒なので、巻き毛の少女をそのまま机に置いて、私は布団に入った。
 明日は誰にどんな罰を下そう?そう思うだけで、明日という日が待ち遠しくなる。
 けれども、このトランプカードを全て使い終ったとき、一体私はどうなるんだろう?
 復讐が、裁きが終わって満足するのだろうか。 
 考えないことにした。
 それよりも、明日が待ち遠しかった。
 それに、雨が降っている。轟々と、まだ降り続いている。余計な考えは流してしまおう。ね? そうでしょ、優しい巻き毛の少女。

(こわくないの?)

 え? 誰かなにか言った? こわい? なにが? 今の私にこわいものなんて。
 あえていうならこわいのは、カードを無くすことよ。そのほかに怖い理由なんて、あるわけない。
 あるわけないの。
 私はうなる雨の音を聞きながら、深い眠りへと落ちていった。
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