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「そうと決まれば、練習開始だ。フェリクス殿、ついて来てくれ」
ミランはフェリクスからようやく離れた。
フェリクスは我に返りほっとして、胸の鼓動を落ち着かせようと、呼吸を整える。
……「僕がついてる」なんて言うから、一瞬でも、頼もしく感じてしまった。ミラン殿下は明日から学校だし、王子だし、私の歌の練習になんて、付き合ってる暇はないのに。
「フェリクス殿? 聞いてる? ついて来てってば」
「え……? え? どこに行くんですか」
「歌の練習場所だよ」
ミランは迷いなく颯爽と廊下を進み、階段を上がっていく。フェリクスには彼がどこに向かおうとしているのか全く見当がつかなかった。ただついて行くのみである。
渡り廊下を渡って、こことは別の、今はあまり使われていない王宮の建物へと移動する。そしてまた階段を上がると、屋上へ出た。フェリクスの目の前には無数の星が瞬いている。目を凝らして辺りを見回すと、まわりはちょっとした庭園のようになっているようだった。冷たい夜風が顔を撫でていく。
「ここは……」
はじめて見る場所に、フェリクスはぽかんとした。
ミランは振り返って、どこか得意げに説明した。
「限られた人間しか知らない、秘密の場所だよ。歌の練習や、なんとなく叫びたいときにぴったりの場所さ。僕も子供のころ叱られてむしゃくしゃしたときによく来た。最近だと、無性にマルガレーテの名を叫びたくなって、ここで連呼したよ」
「そ、そうなんですか、マルガレーテ様の名前を連呼……。確かに、ここでなら、まわりを気にせず思いっきり歌えますね。ありがとうございます、ミラン殿下。あれ? でも、ミラン殿下は高所恐怖症じゃなかったんですか」
フェリクスの言葉を、心外とでもいうように、ミランは言い返した。
「ば、ばかにしないでくれ。これくらい広ければ大丈夫だよ。ま、まあ、あまり端っこの方には行きたくないけど」
「すみません、ミラン殿下。失礼なことを」
「いいよ、別に。謝らないでくれ。君がやる気になったからね。本番まで、ここで僕と一緒に練習しよう」
「え? 一緒に、ですか」
「朝の訓練のお礼だよ。とはいえ、僕は学校から帰った後からしか、来られないけど。それとも、僕と一緒は嫌かな?」
「い、いいえ、嫌じゃないです」
フェリクスは即座に大きくかぶりを振った。一人で大声出して歌うより、百倍いい。心強い。
……嬉しい。
「リステアード兄上も五年前、団長に就任するとき、ここで練習してたんだよ、こっそりとね。偶然僕と鉢合わせしちゃったら、滅茶苦茶慌てて、黙ってろって、小遣いを握らせてくれた」
ミランはそう言って、意地の悪い顔つきをした。
あの、リステアード王太子殿下が……。何の苦労もなく、さらっと歌ったように思ってたけれど、努力してたんだ。
私も、ああ言ってしまった以上、やるだけのことはやろう。
やれるだけやって、思いっきり歌おう。
フェリクスは決心した。
ミラン殿下が、ついていてくれる。
「ようし、手始めに二人で思いっきり歌うぞ!」
「い、今歌うんですか」
「当然だよ。さんはいっ」
ミランの歌声は、思ったより大人っぽく落ち着いていて、フェリクスをびっくりさせた。自分でうまいというだけある、夜空によくとおる、澄んだ歌声だった。
ミランはフェリクスからようやく離れた。
フェリクスは我に返りほっとして、胸の鼓動を落ち着かせようと、呼吸を整える。
……「僕がついてる」なんて言うから、一瞬でも、頼もしく感じてしまった。ミラン殿下は明日から学校だし、王子だし、私の歌の練習になんて、付き合ってる暇はないのに。
「フェリクス殿? 聞いてる? ついて来てってば」
「え……? え? どこに行くんですか」
「歌の練習場所だよ」
ミランは迷いなく颯爽と廊下を進み、階段を上がっていく。フェリクスには彼がどこに向かおうとしているのか全く見当がつかなかった。ただついて行くのみである。
渡り廊下を渡って、こことは別の、今はあまり使われていない王宮の建物へと移動する。そしてまた階段を上がると、屋上へ出た。フェリクスの目の前には無数の星が瞬いている。目を凝らして辺りを見回すと、まわりはちょっとした庭園のようになっているようだった。冷たい夜風が顔を撫でていく。
「ここは……」
はじめて見る場所に、フェリクスはぽかんとした。
ミランは振り返って、どこか得意げに説明した。
「限られた人間しか知らない、秘密の場所だよ。歌の練習や、なんとなく叫びたいときにぴったりの場所さ。僕も子供のころ叱られてむしゃくしゃしたときによく来た。最近だと、無性にマルガレーテの名を叫びたくなって、ここで連呼したよ」
「そ、そうなんですか、マルガレーテ様の名前を連呼……。確かに、ここでなら、まわりを気にせず思いっきり歌えますね。ありがとうございます、ミラン殿下。あれ? でも、ミラン殿下は高所恐怖症じゃなかったんですか」
フェリクスの言葉を、心外とでもいうように、ミランは言い返した。
「ば、ばかにしないでくれ。これくらい広ければ大丈夫だよ。ま、まあ、あまり端っこの方には行きたくないけど」
「すみません、ミラン殿下。失礼なことを」
「いいよ、別に。謝らないでくれ。君がやる気になったからね。本番まで、ここで僕と一緒に練習しよう」
「え? 一緒に、ですか」
「朝の訓練のお礼だよ。とはいえ、僕は学校から帰った後からしか、来られないけど。それとも、僕と一緒は嫌かな?」
「い、いいえ、嫌じゃないです」
フェリクスは即座に大きくかぶりを振った。一人で大声出して歌うより、百倍いい。心強い。
……嬉しい。
「リステアード兄上も五年前、団長に就任するとき、ここで練習してたんだよ、こっそりとね。偶然僕と鉢合わせしちゃったら、滅茶苦茶慌てて、黙ってろって、小遣いを握らせてくれた」
ミランはそう言って、意地の悪い顔つきをした。
あの、リステアード王太子殿下が……。何の苦労もなく、さらっと歌ったように思ってたけれど、努力してたんだ。
私も、ああ言ってしまった以上、やるだけのことはやろう。
やれるだけやって、思いっきり歌おう。
フェリクスは決心した。
ミラン殿下が、ついていてくれる。
「ようし、手始めに二人で思いっきり歌うぞ!」
「い、今歌うんですか」
「当然だよ。さんはいっ」
ミランの歌声は、思ったより大人っぽく落ち着いていて、フェリクスをびっくりさせた。自分でうまいというだけある、夜空によくとおる、澄んだ歌声だった。
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