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おまけ 66話のその後4
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「ミラン殿下は、今日はお休みなんですね」
少年団員の声で、フェリクスは昨日の回想から我に返った。そう、ミランは昨日のやけ酒がたたって、二日酔い。今日の訓練には来ていなかった。
フェリクスはのど飴を口の中で転がしながら、しれっと嘘をついた。
「殿下はお忙しいからね」
……今頃自室のベッドの中で頭を抱えてうなっているだろう。マネージャーが聞いてあきれる。フェリクスの方はなんともなく、もちろん、酒はすっかり抜けている。
「おつかれー」
「おつかれーっす、団長」
朝の自主訓練を終えた団員たちが、次々に訓練場をあとにする。
「俺もそろそろ行きますね」
のど飴をくれた少年団員が敬礼した。
「ああ。昼から忙しくなるけど、よろしく頼む……げほ、ごほっ」
「大丈夫ですか? のど飴、全部あげますよ、俺いっぱい持ってますから」
「すまない、ありがとう」
「団長は剣術も魔法もすごいけど、なんだか放っておけないですね」
少年団員は、のど飴の袋をフェリクスに渡すと、からかうように、笑いながら去って行った。
……私ってば、団長としての威厳がないのかなあ。
ちょっとへこみつつ、昼からのスケジュールを思い出し、そんなこと言ってられない、と思い直す。
給料三割増と、今後の就職のために、男装しながら魔法師団をやって行くと決めたんだから。
昼から午後にかけてのゲリラパフォーマンスを終えて、王宮に戻ってくると、廊下でミランが待っていた。夕方からは王宮の一室で、月刊・魔法師団通信のインタビューが行われるのだ。ピックアップされた団員の個別インタビューで、フェリクスのインタビューは一番最後の予定となっていた。
「フェリクス殿……二日酔いとは、辛いな……」
ミランはしみじみとそう言いながら、フェリクスの傍に寄って来た。他の団員がミランに敬礼していく。
「あんなに飲むからですよ。酒はすっからかんだったじゃないですか」
フェリクスは怒っているわけではなかったが、一応釘を刺した。酒に強くないミランが、今後失敗しないようにと思ってだ。
「うん。ユリアン兄上にも言われた。次からは気をつけるよ。フェリクス殿、君が僕を背負ってくれたらしいね。何度目だか分からないけど、迷惑をかけた。ごめん」
「ミラン殿下、のど飴、貰ったんです。どうぞ」
「ありがとう。お互いひどい声だな」
のど飴を口に放り込むと、ミランが苦笑した。
「あれだけ滅茶苦茶に歌えば当然です」
フェリクスもひとつ、口に入れた。
「僕は滅茶苦茶だったけど、君は上手かったじゃないか」
「団員たちの間では『昨日の昼、恐ろしい魔物の雄たけびが王宮の外れの方から轟いてた』って、専らの噂ですよ」
「だから、それは泥酔いだった僕の声! フェリクス殿の歌はちゃんとしてたよ」
「泥酔いだったのに、覚えてるんですか?」
フェリクスはちょっと意地悪をしたくなって、そんなふうに言った。しかし、ミランは不意打ちを返してきた。
「覚えてるよ、レディー・フェリシア」
ごくん。
「――っ!!」
のど飴、そのまま呑み込んじゃったーー!!
フェリクスは慌てて自分の胸を拳で何度も叩く。
「え? のど飴詰まらせたの? なにやってんの、フェリクス殿、おっちょこちょいだなあ」
ミランは心配しているというより、可笑しそうにフェリクスを見上げた。フェリクスは恨めし気にミランを見やる。
給料三割増と、後に安定した職を得るため、魔法師団団長として、ミランに振り回される日々が続きそうだ。昨日、ずっとついて行くと言ったから、しょうがない。
けど、私の気持ちに全く気がつかないくせに不意打ちをくらわすこの王子に、私の心臓がもつだろうか、とちょっとフェリクスは心配になるのだった。
おまけ66話のその後 おわり。
少年団員の声で、フェリクスは昨日の回想から我に返った。そう、ミランは昨日のやけ酒がたたって、二日酔い。今日の訓練には来ていなかった。
フェリクスはのど飴を口の中で転がしながら、しれっと嘘をついた。
「殿下はお忙しいからね」
……今頃自室のベッドの中で頭を抱えてうなっているだろう。マネージャーが聞いてあきれる。フェリクスの方はなんともなく、もちろん、酒はすっかり抜けている。
「おつかれー」
「おつかれーっす、団長」
朝の自主訓練を終えた団員たちが、次々に訓練場をあとにする。
「俺もそろそろ行きますね」
のど飴をくれた少年団員が敬礼した。
「ああ。昼から忙しくなるけど、よろしく頼む……げほ、ごほっ」
「大丈夫ですか? のど飴、全部あげますよ、俺いっぱい持ってますから」
「すまない、ありがとう」
「団長は剣術も魔法もすごいけど、なんだか放っておけないですね」
少年団員は、のど飴の袋をフェリクスに渡すと、からかうように、笑いながら去って行った。
……私ってば、団長としての威厳がないのかなあ。
ちょっとへこみつつ、昼からのスケジュールを思い出し、そんなこと言ってられない、と思い直す。
給料三割増と、今後の就職のために、男装しながら魔法師団をやって行くと決めたんだから。
昼から午後にかけてのゲリラパフォーマンスを終えて、王宮に戻ってくると、廊下でミランが待っていた。夕方からは王宮の一室で、月刊・魔法師団通信のインタビューが行われるのだ。ピックアップされた団員の個別インタビューで、フェリクスのインタビューは一番最後の予定となっていた。
「フェリクス殿……二日酔いとは、辛いな……」
ミランはしみじみとそう言いながら、フェリクスの傍に寄って来た。他の団員がミランに敬礼していく。
「あんなに飲むからですよ。酒はすっからかんだったじゃないですか」
フェリクスは怒っているわけではなかったが、一応釘を刺した。酒に強くないミランが、今後失敗しないようにと思ってだ。
「うん。ユリアン兄上にも言われた。次からは気をつけるよ。フェリクス殿、君が僕を背負ってくれたらしいね。何度目だか分からないけど、迷惑をかけた。ごめん」
「ミラン殿下、のど飴、貰ったんです。どうぞ」
「ありがとう。お互いひどい声だな」
のど飴を口に放り込むと、ミランが苦笑した。
「あれだけ滅茶苦茶に歌えば当然です」
フェリクスもひとつ、口に入れた。
「僕は滅茶苦茶だったけど、君は上手かったじゃないか」
「団員たちの間では『昨日の昼、恐ろしい魔物の雄たけびが王宮の外れの方から轟いてた』って、専らの噂ですよ」
「だから、それは泥酔いだった僕の声! フェリクス殿の歌はちゃんとしてたよ」
「泥酔いだったのに、覚えてるんですか?」
フェリクスはちょっと意地悪をしたくなって、そんなふうに言った。しかし、ミランは不意打ちを返してきた。
「覚えてるよ、レディー・フェリシア」
ごくん。
「――っ!!」
のど飴、そのまま呑み込んじゃったーー!!
フェリクスは慌てて自分の胸を拳で何度も叩く。
「え? のど飴詰まらせたの? なにやってんの、フェリクス殿、おっちょこちょいだなあ」
ミランは心配しているというより、可笑しそうにフェリクスを見上げた。フェリクスは恨めし気にミランを見やる。
給料三割増と、後に安定した職を得るため、魔法師団団長として、ミランに振り回される日々が続きそうだ。昨日、ずっとついて行くと言ったから、しょうがない。
けど、私の気持ちに全く気がつかないくせに不意打ちをくらわすこの王子に、私の心臓がもつだろうか、とちょっとフェリクスは心配になるのだった。
おまけ66話のその後 おわり。
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