夫の心に私はいない

久留茶

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19 元カレの後悔 ☆

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 透子は目の前に立つ華やかなイケメンを目を見開いて凝視した。

 彼は高校の頃より透子とは真逆で、自分の魅力を全面に出し、自ら目立つことを好むような人物だった。

 高校の頃の爽やかな雰囲気は消え、どこか垢抜け、遊び慣れた大人の男のような赤城を前に、透子は彼から背を向け猛ダッシュで逃げ出したい衝動に駆られた。
    赤城はスタイリッシュなストライプ柄のスーツを着こなし、短髪ながらパーマをかけた赤茶色の髪の毛に、耳には数個のピアスを身に付けており、まるでちょっとした芸能人がそこにいるかのようなオーラを放っていた。
 
 実際、彼の後ろでは、彼に声を掛けようと待ち構えている女性集団が透子の視界の端に映っていた。

 (ああ、早くこの場から立ち去りたい……)

 何となく周囲からの注目を浴びているような気がして、透子はいてもたってもいられない気持ちになった。

 そんな透子の心情を知らない赤城は、ぐいぐい透子と距離を詰めるかのように、かつての彼氏面で馴れ馴れしく話し掛けてきた。

「元気だった?  見ないうちになんか綺麗になったじゃん。俺と付き合ってた頃は顔は可愛かったけど、どこか田舎臭さが抜けなかったからな、お前」

 相変わらずな物言いで透子の古傷をバンバン抉ってくる赤城に、透子はぐっと堪えると、にっこりと作り笑顔を浮かべ、その場をやり過ごすことを決めた。

「お久し振りです。赤城君は全然変わらないですね」

 成長しない彼の無神経さに透子は嫌味を込めて挨拶を行う。

「ああ、俺年の割に若く見られるからな。そろっと落ち着いた大人の雰囲気出したいところなんだけどさ」

 透子の言葉をそのまんまポジティブに受け取る辺りが頭が緩い。

「んで、お前今彼氏いんの? 何かめっちゃ色気出てるけど。ちょっとあっちで飲もうぜ」

 そう言いながら赤城は透子の返事も聞かずに、透子の肩に強引に手を回す。
 赤城の手が身体に触れた途端、透子の全身にぞわりと悪寒が走る。

「わ、私結婚したんです! 」

 透子は赤城の手から逃れようと、咄嗟に結婚したことを告げた。

「は? 結婚? 」

 透子の狙い通り、赤城は透子の言葉にポカンとした表情を浮かべると、透子に回した腕の力が一瞬緩む。その隙に透子は赤城の腕から身体をスルリと抜け出した。

「り、離婚しましたけど……。だから、その、今は心の傷がまだ癒えていないので、昔私を手酷く振った赤城君となんて話したくありません」
「え? 離婚? 」

 次々に聞かされる透子の驚きの事情に赤城の頭が追い付かない。

「え?  ってことはお前バツイチってこと? 」

 グサリ――

 歯に衣着せぬ物言いで赤城が透子の傷をいっそう広げる。

「……はい。な、なので、私には構わないで下さい」
「いやいやいや、何言ってんの。それじゃ今フリーってことじゃん。バツイチなんて、やべー! めっちゃ興奮するわ! お前、ちょい前まで人妻だったってことだろ? それでそんなに色気出てたのかー」

 引かれる予定が逆に何かが赤城の琴線に触れてしまったらしい。

 (何この人……)
 
 赤城の嬉しそうな様子に透子の方がドン引きする。

「そしたらさ……」

 大分アルコールを含んでいるのだろう、透子の耳元に顔を近付けてこそっと囁くように話し掛けてきた赤城の吐息がやけに熱を帯びている。

「夜、身体が疼いて仕方ないだろ?  俺が別れた旦那の代わりに慰めてやるよ」
「なっ……! 」

 昔振った女を平気で口説いてくる赤城の節操の無さに、透子は真っ赤な顔で彼を睨み付けた。
 そんな透子の表情に赤城はゾクリと情欲が掻き立てられる。

 
 赤城は高校の頃、何度か透子にこんな表情をさせては密かに興奮して楽しんでいた。
 
 当時から大の女好きだった赤城は、エプロン姿で汗水流して働く透子の姿を見て欲情した。
 
 (この女を滅茶苦茶に抱き潰してヒイヒイ言わせたい)
 
 周りにはいなかったタイプの透子に赤城は興味を引かれた。

 しかし実際透子と付き合ってみたらどうだ。
 赤城は透子の身持ちの堅さに内心舌打ちした。

 キスする度に固まる身体。恥ずかしそうに真っ赤になる顔に、赤城の征服欲が刺激され、赤城は何度も透子を押し倒そうと試みた。
 しかし、その度に透子は頑なにその行為を拒んだ。おそらく赤城が他の女ともヤっていることを知っていたからだろう。彼女としてのプライドで自分もその一人になるのが嫌だったに違いない。

 思い通りにいかない透子に、赤城は八つ当たり気味に、わざと浮気話をするようになった。

 あの女はヤる時の声が大きいとか、あの女は胸を触るとアソコをすぐ濡らすとか。

 透子を抱き寄せながら、赤城は透子の耳元で透子の反応を楽しむように卑猥な話をした。

 赤城の横で透子は身体を震わせながら、今のように泣きそうな顔で赤城を睨んでいた。

 そんな透子の表情に、ぞくぞくと赤城の身体に震えが走る。

 (やっぱり、この女たまんねぇ……)

 赤城は興奮で喉をごくりと鳴らした。
 バツイチなら、とっくに処女ではないはずだ。
 赤城は面倒臭い女が嫌いだったので、今の透子なら人生経験を積んだ分、自分が本気で口説けば容易にその股を開くだろうだろうと、浅はかな考えに心を躍らせた。

「なあ、透子二人で抜けようぜ」

 赤城が強引に透子の腕を引く。

「嫌です。手を離して下さい」

 透子が掴まれた腕を振り払おうと身体を捻る。

「嫌がんなって。たっぷり可愛がってやるからさ」
「おーい、どこの悪役の台詞だよ」

 突如として、赤城の耳に知らない男の声が聞こえてきた。それと同時に透子の腕を掴んでいる赤城の腕が何者かの力強い手に掴まれる。
    ミシリとまるでこのまま赤城の腕の骨をへし折るのではないかと思うほどにその腕に力が込められる。

「っぅ! 」

 赤城は自分の腕を掴んでいる手元の人物に視線を巡らせた。透子の背後でスーツ姿の見知らぬ青年が、赤城をまるで視線で射殺そうとしているかのような物凄い形相で、そこに立っていた。

「じ、純太君!? 」

 後ろを振り返った透子が青年を見て驚きの声を上げた。どうやら透子の知り合いらしい。

「あんた、透子ちゃんの元カレ? 残念だけど、透子ちゃんはあんたになんか渡さないよ。てか、そもそも透子ちゃんはあんたなんて選ばないから。ほら、彼女の顔見てみなよ。めっちゃ迷惑そうな顔してるじゃんか」

 赤城よりも背が高く、僅かに少年ぽさが残る甘いルックスの青年の登場に、会場の赤城目当ての女性達から「きゃあ」という黄色い歓喜の声が聞かれた。その女達の様子に、赤城がチッと面白くなさそうに舌打ちをする。

「誰だよ、お前。うちの高校の出身じゃないだろ。何勝手に会場に入って来てんだよ」

 純太に腕を掴まれた状態の赤城が純太を見上げるように睨み付ける。

「透子ちゃんのお友達から、透子ちゃんがピンチって連絡を貰ったんで駆け付けたんだけど。確かにこのままあんたに連れていかれて今にも襲われそうだったから、部外者だとしても緊急事態ってことでオッケーでしょ」 

 (い、いつの間に私の友達と仲良くなったの? )

 純太の言葉に透子の方がぎょっとする。チラリと友人達のいる席に目をやると、友人達が透子に向かって親指を立てて合図をしていた。一人は赤城に対して中指を立てている。

「ねぇ、あんたさ、透子ちゃんの元カレなんでしょ?  透子ちゃん振って惜しい気持ちは分かるけど、残念ながら透子ちゃんは既に身も心も俺のものだから――」

 そう言うと純太は透子の背後から赤城と同じように、透子の耳元に自分の口を近付けた。そして赤城にわざと見せつけるように、透子の耳をその場でベロリと舐め上げた。

「っ!!! 」

 突然の純太の行動に透子は声にならない悲鳴を上げる。
 様子を見守ってた周りの連中からもどよめきの声が聞こえる。
 透子の耳に純太の熱い吐息とぴちゃりと卑猥な唾液の音が響く。逃げたくても純太に後ろからがっしりと抱き締められており、透子は動くことすらままならない状態で、ひたすらに純太にされる行為に耐えるしかなかった。
     あまりの恥ずかしさに透子は顔に熱が集中し、その瞳にじわりと涙が浮かんだ。

 ゾクリ――
 
 透子の羞恥の表情に赤城の目が釘付けになる。

「や、……見ないで……」
 
 透子が自分を食い入るように見つめる赤城に、涙目で見ないでと懇願する。

「と、透子……」

 透子の必死でお願いするその姿は、赤城の劣情を更に駆り立たせた。

 尚も執拗に耳を舐める純太の行為に透子はすっかり腰砕け状態となり、ガクガクと膝を震わせた。膝が折れる直前に純太はすかさず透子の身体を支えると、そのまま透子を横抱きにした。
    純太は透子を腕に抱えると、情けない表情の赤城に向かって勝ち誇ったように口を開いた。

「あんたにこんな表情させられないだろ」

 ふふん、と純太は得意気に赤城に向かって鼻で笑うと、そのままぐったりする透子を連れて、会場から出ていった。

 (あ、あいつ俺よりもやべー奴じゃねーか)

 赤城は謎の敗北感に襲われてその場にがっくりと膝を突いた。
 会場では女を横取りされた赤城の惨めな姿に失笑が漏れていた。

「赤城のヤツ。いい気味。いつも自分が一番って思ってたからざまぁ、だわ。」
「でも、マジであいつ誰だよw」
「皆がいる前でなんつーことしてんだ」
「や~ん、あの人めっちゃカッコ良かったんだけど~」
「村瀬さん、羨ましい~! 」

 ついでに純太のファンも密かに出来てしまっていたことを透子は知る由もなく。
 
「透子、無事に帰れるかな……」
「純太君、呼んだの間違いだった?」
「いやいや、赤城に比べたら全然オッケーでしょ」
「だよね。……しっかし、透子って何でこうヤバい奴等に惚れられるかね~」

 透子の友人達はお互いの顔を見合わせながら、純太に連れていかれた透子の身を案じたのだった。
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