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中学生編
10 千夜子の決意
しおりを挟む「そ、そんな……」
晃の幼少期時代からの悲惨な体験を聞いた千夜子は、先程流した涙も引っ込み、青ざめた顔で晃を凝視した。
予想通りの反応に晃が自虐的な微笑みを浮かべる。
「親父と親子どころか兄弟だなんて、マジキモいよな。終わってるだろ、俺」
「え? 何で兄弟? 」
「……分かんねーならいい」
晃の言っている意味が分からないものの、どうして晃がこんなにも歪んだ性格になってしまったのかを理解した千夜子は愕然とした。
(あ、ダメだ私……)
目の前で感情を殺して自分の反応を窺っている晃の姿に、千夜子はぎゅっと胸が締め付けられた。
(私、もうこの人を憎めない……)
自分よりも二歳年上だけど、今の晃は10歳から時が止まった子供のように思えた。
見た目だけで勝手に『推し』にして、勝手に自分の『好き』を押し付けた。
見た目だけを褒めた一番目の母親と、見た目だけで晃を弄んだ二番目の母親と一体何が違うというのだろう。
晃にとっては自分の見た目だけで寄ってくる女達は皆同じ。トラウマを刺激する不快で邪魔な存在でしかないのだ。
(可哀想……)
千夜子は晃に心から同情した。
こんなに格好良いのに。こんなに全てを持ってるのに。
間違った愛情しか貰ったことがないなんて。
晃の過去を聞いて、千夜子の中で一つの決意が固まった。
(……この人は幸せにならなきゃ駄目だ )
千夜子は強く思った。
誰よりも愛情に飢えているのに、愛し方も愛され方も知らない。
(私がこの人の家族になったことはきっと意味があるんだ)
千夜子は突如として湧いた謎の使命感に燃えると、勝手に一人で盛り上がっていた。
晃はそんな千夜子の様子を興味深くじっと眺めていた。晃の過去を聞いた後で、青ざめた表情をしていたかと思えば、今度は哀れむような視線を向けられ、今は一人で拳を握り締めながら、何だか謎の闘志を燃やしているようだった。
(もっと引かれると思ったんだけど……)
晃は予想に反して一人で百面相している千夜子に対し、上手く言い表せない不思議な感情を抱き始めていた。
「……変な女」
「――先輩。いや、お兄ちゃん!! 」
ボソリと呟いた晃の声を掻き消すように、千夜子の力強い声が重なった。
言葉と同時に、千夜子が自分よりも一回り大きい晃の手をガシっと両手で握り締める。
「私、お兄ちゃんのいい家族に、いい妹になる。もう二度とお兄ちゃんを邪な気持ちで見ないから安心して。私の人生をかけてお兄ちゃんを絶対に幸せにするから! 」
千夜子の突飛な決意表明に、晃はポカンと間抜けな表情を千夜子の前に晒しながら、千夜子の言葉を頭の中で反芻した。
(え? 何だ? 俺、今こいつにプロポーズされたのか? いや、邪な気持ちはないって言ったから違うか……)
千夜子の言葉を理解しかねて晃は不審な目を千夜子に向けた。
「今後お兄ちゃんに変な虫が付かないよう、私が守ってあげる。あ、お母さんは絶対に大丈夫だから安心して! お母さん自分で言ってたけど『おじ専』なんだって。10歳以上年上じゃないと男の人に魅力を感じないって言ってた。だから、お兄ちゃんは全然対象外だし、そもそもお母さん常識ある人だから……」
「おい」
一方的に捲し立てる千夜子を晃が呆れ気味に眺めていた。
(こいつ、今まで……というか、さっき俺にやられていたこと忘れたのか? 『もう許して』って泣いてたよな? それなのに、なに急に距離詰めてきてんだよ)
先程から連呼される『お兄ちゃん』呼びと急なタメ口がムズ痒くて仕方ない。
(でも、そうか……)
自分の過去の話を聞いて引くどころか、同情した後で、最終的に『良い家族になろう』とは。
単純で馬鹿がつく程のお人好し。
晃の人生に於いて初めて出会うタイプの異性に晃は興味を引かれた。
(どこまでこいつが『良い家族』に、『良い妹』になれるか見物だな。……本当に面白いオモチャを見つけた気分だ)
晃の退屈でくだらない人生に突如として現れた三番目の家族。初めての妹。
晃の中で千夜子の存在が特別なものへと変化し始めていた。
(なら、どこまでやれるか見せて貰おうか。
お前があいつらのようにまた俺を裏切ったらただじゃ置かない。
それまでは俺もお前の家族ごっこに付き合ってやるよ)
家族だが血の繋がりのない不安定で歪な関係。
(お前が俺の所に飛び込んできたんだ。絶対に逃がさない――)
歪んだ感情を隠すように、晃は千夜子に初めて満面の笑顔を向けた。
「今までごめんな、千夜子。俺も今度からはお前の良い兄になれるよう努力するよ」
「お、お兄ちゃん……」
初めて耳にする素直で優しい晃の言葉に、人を疑うことを知らない千夜子は、ようやく晃と分かり合えた喜びに、釣られるように晃へと笑顔を返した。
蜘蛛の巣に掛かった蝶のように。
この千夜子の決意が、後に二人を苦しめることになるとは、この時の二人にはまだ知る由もなかった。
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