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中学生編
11 晃の下僕
しおりを挟む晃の良い妹になると宣言した日から、千夜子は宣言通り、それはもう晃に尽くした。
食事は勿論、晃が部活で疲れたと言えば、晃の為にマッサージをしたり、受験勉強で腹が減ったと夜中に起こされれば、眠い目を擦りながら夜食を差し入れしたり。
晃がファンから貰ったプレゼントの処分を頼まれれば、一つずつ丁寧に謝りながら、かつての自分を投影し泣きながら処分した。
晃が買い物に行くと言えば、晃の荷物持ちに付き合わされ、出掛けに晃が逆ナンされそうになれば、身体を張って晃を助けた。
「何よ、このガキは。ブスは引っ込んでなさいよ」
逆ナンを阻止する際、酷い言葉を浴びたりもしたが、逆に『お兄ちゃんがこんな酷い事を言う人に付いていかなくて良かった』と、千夜子は悪い人間から晃を守れたことを心から安堵した。
「……ねえ、ちゃこちゃんて晃のボティガードにでもなったの? 」
「そーゆー訳では……」
晃と一緒に街に遊びに来ていた恭が、晃と千夜子を交互に見ながら不思議そうに尋ねた。
「千夜子がどーしても付いて来たいって言うからさ」
晃がしれっと恭に説明する。
そんな晃に千夜子は反論の目を向けた。
(嘘つき。逆ナンされたら断れないから付いて来いって言ってたくせに……)
「あ、ねえ千夜子。俺、さっきの店に帽子忘れて来たみたいだ。取りに行ってくれない? 」
「え? うん、分かった。ちょっと行ってくる。お兄ちゃん達はここで休んでて? 」
晃の頼みを千夜子が素直に従うと、先程来た道をタタと小走りに戻って行った。
やがて千夜子の姿が見えなくなると、広場のベンチに腰を降ろしながら、じろりと恭が晃に非難の目を向け、責めるように真意を問い質した。
「……どーゆーつもり? あれじゃあ、ボディガード兼まるで奴隷か召し使いじゃんか。何でちゃこちゃん、あんなにお前の言いなりになってんだよ」
「知らねーよ。嫌なら断ればいいのに、千夜子が勝手に俺の言うこと何でも聞いてるだけだっつーの。断らないアイツが悪い」
「お前、弱味でも握ってるのか? 」
「相変わらず人聞きの悪い。そんなんじゃねーよ」
恭の質問に晃は僅かに不愉快そうに眉根を寄せるも、恭から見た晃はどこか楽しそうに見えた。
「――あ、ねえねえ、また会ったね? さっきの小蝿みたいな女いなくなったね。二人共これから私らと遊びに行かない? 」
先程逆ナンしてきた女達が再び晃と恭に声を掛けてきた。多分ずっと声を掛ける機会を窺って跡をつけていたのだろう。
晃は声を掛けてきた女をジロリ睨むと冷たい表情で、氷のように切れ味鋭い言葉をぶつけた。
「しつけーんだよブス。お前みたいなウジ虫ごときがアイツを小蝿呼ばわりするんじゃねーよ」
「な、何ですって……!」
「よぉし、ちゃこちゃん迎えに行くか! 」
一発触発な危うい雰囲気をいち早く察知し、事の成り行きを見守っていた恭がすくっと立ち上がる。
そのまま恭は、有無を言わさず晃の腕を引っ張ると、ナンパ女から遠ざける為千夜子の後を追うようにその場から逃げように立ち去った。
◇
「お前ね、いくら顔良くたって、あんなに態度悪けりゃいつか刺されるよ? 」
女達が見えなくなると恭が引っ張っていた晃の腕を離し、歩みを緩めた。
「……何か無性に腹が立って」
先程の晃の態度を注意する恭に対して、恭から視線を外しながら面白くなさそうに晃がボソリと呟いた。
「え?」
晃の意外な言葉に思わず恭が聞き返す。
「あーゆー、図々しいタイプの女が一番嫌いだ」
「……それだけ? 」
恭は、それ以外の理由を晃の口から聞き出そうと、不機嫌丸出しの晃の顔をじっと見つめる。
「それ以外あるか?」
「あるでしょ。一番大事なやつが」
「一番大事なやつ? 」
恭の意味深な言葉に心当たりのない晃が、考えるように眉間に皺を寄せる。
「何だよ、無自覚? 」
「だから――」
「――お兄ちゃ~ん! 」
恭が呆れ気味に溜め息を吐く。そんな恭の態度に焦れた晃がムッとして口を開くのと同時に、聞き慣れた軽やかな声が晃の声と重なった。
晃が声のする方を振り返る。
先程用事を頼んだ千夜子が、お店に忘れてきたという晃の帽子を大事そうに手に持って、二人の元へと駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。わざわざ近くまで迎えに来てくれたの? 私遅かった? 」
「いや……鬱陶しい女から逃げてきただけ」
「え? また逆ナンされたの? 私が離れた途端それ? 本当、二人が揃うとゴキブリホイホイみたいに女の人が寄ってくるね」
「何だよそれ」
「え、知らないの? あ、そっか。ゴキブリなんてお兄ちゃんの住んでる家に出ることなさそうだもんね。あのね、……あ、ほらこれ! 」
晃の疑問に答えようと、千夜子が真剣にスマホでゴキブリの画像を検索する。
そしてその画像を開くと、千夜子はパッと画面いっばいにゴキブリが映し出された画像を晃の目の前へと掲げて見せた。
「やめろ! 気持ち悪いの見せんじゃねーよ! 信じらんねー!! ふざんけんな、お前!! 」
突然おぞましい映像を目の前に突き付けられ、晃は千夜子へ悲鳴混じりの怒号を響かせた。
「えー……、ご、ごめんなさい」
良かれと思ってやった行為を激しく非難され、千夜子は叱られた子供のようにしゅんと項垂れると、小さい声で晃へ謝罪した。
「ぶはっ!! 」
そんな二人のやり取りに恭が堪らず吹き出した。
「やっべー、ちゃこちゃん。晃にゴキブリの画像見せてくる女の子なんて俺、初めて見たわ」
「俺も初めて見せられたわ」
「え、えー……? 」
「いや、マジツボるわ。ふはっ、……俺、暫くこれ思い出して吹き出すかも」
そう言って恭は暫くの間、お腹を抱えて本気で笑い転げ、晃は逆に虫を見るような冷たい目でじろりと千夜子を睨んでいた。
「……買い物済んだし、千夜子はもう帰っていいぞ。俺と恭は後はもう少し適当に遊んで帰るから」
それから晃は不愉快加減が収まらず、自分が無理矢理連れてきた分際で千夜子に先に家へと帰るよう命じた。
「え、それは全然いいけど、大丈夫? またナンパされたらちゃんと断れる? 」
(ちゃこちゃん、晃のおかんになってるよ……)
晃を心配する過保護丸出しの千夜子に呆れつつ、恭はこれ以上おかしな兄妹関係を見せつけられる前に、諭すように千夜子へと声を掛けた。
「大丈夫だよちゃこちゃん。俺もいるし、上手くそこは対処するから。これ以上、ちゃこちゃんの貴重な時間を晃なんかの我が儘に付き合わせて、潰すわけにはいかないし。ね? 」
「おい、恭――」
正論を述べる恭に、晃が反論するように口を挟むも、恭が『何だよ、文句あるか』と視線で晃の反論を黙らせる。
千夜子は自分がいなくなることでまた逆ナンされることを心配したが、恭に諭され、後ろ髪引かれながらも確かに用事が済んだのなら自分がいても二人の邪魔になるだけだと思い、素直に家へと戻ることにした。
* * *
千夜子がいなくなってから、晃と恭の二人はスタバに立ち寄ると、恭がドリンクを飲みながら再び千夜子の話題を持ち出した。
「やっぱ面白いなちゃこちゃんて。確かに今迄晃の周りにはいなかったタイプだわ。すげー素直だし天然記念物並みにピュアな子だな」
「……ついこの間初潮迎えたばかりのガキなだけだよ」
「……何でお前がそこまで知ってるんだよ。生々しいこと言うの止めて? つーか、さっきの逆ナンの時もさ、お前ちゃこちゃんが馬鹿にされたから腹が立ったんだろ? 」
「は? 何言ってんだよ、恭」
「お前以外のやつにちゃこちゃんが馬鹿にされて、小蝿呼ばわりされたのがムカついたから、その発言した女に怒ったんだろ? 」
「そんなんじゃ……」
ない、と言いきる前に晃が押し黙る。そんな晃の様子に恭が嬉しそうに微笑んだ。
「良かったじゃん。お前の本性知っても尚、お前に寄り添ってくれる妹が出来てさ。もしかしたら、お前の女嫌いも少しは良くなるんじゃないか? 」
「…………」
恭の言葉に晃は黙ったまま苦いコーヒーを静かに口にした。
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