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【3】捨てる彼あれば拾う彼あり
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宏哉に突然の別れを告げられてから2ヶ月程経ったが、灯里は未だに宏哉に振られた傷を癒すことが出来ないでいた。
「はぁ~……」
ついつい重たい溜め息が灯里の口から漏れる。
「大丈夫ですか? 」
そんな灯里に声をかけてきたのは、同じ病棟に勤務する介護士の宇佐美叶多――灯里よりも5歳年下で、現在23歳の社会人2年目の若者だった。
「あ、ああ。ごめんね、仕事中に……」
「それは大丈夫ですけど。……このところ、砂原さん何か元気ないですよね? 」
「あ、バレバレ? 仕事では出さないように気を付けてたんだけど」
二人は夜勤中であり、灯里の勤務する病院は、老人施設を併設した医療院で、基本夜勤は看護師1名、介護士2名体制になっている。
現在、もう1人の介護士は仮眠中で、ナースステーションには二人だけが残っていた。
丁度疲労と眠気がピークとなる時間。
灯里は眠気覚ましと気晴らしに、叶多と話すことにした。
「叶多君だから話すけど、他の人には内緒にしててね? 私、職場ではあんまりプライベートな話しないからさ」
「はい。俺で良かったら話聞きます。俺、砂原さんから聞いた話は一言一句、絶対誰にも話しません! 」
灯里からの内緒話に、叶多は信頼されたような気持ちになり、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そんな叶多を見て、灯里は『まるで尻尾を振ってるワンコみたい』と、ふふと穏やかな笑顔を彼へと向けた。
途端、叶多の頬がカァッと赤く染まる。
(あー、もう。ほんと、可愛いな……)
そんな叶多の姿を見て、密かに灯里は心の中で呟いた。
この叶多という青年は、この医療院の中でも評判の好青年で、若い子……特に男性不人気の介護職に於いて、本当に熱心に介護職に向き合って働いていた。
入職して3年目となるが、未だに先輩職員に対して謙虚な姿勢を忘れない。
当然入院中の高齢者にも優しく、親切だ。
何より、彼の見た目も灯里の好感度を上げていた。
細身ながらスラッと伸びた手足に、まだ少年ぽさの残る中性的な顔立ち。
髪の毛はふんわりパーマのかかるオリーブアッシュの髪色。
流石に仕事中の彼しか知らないが、こんなに素材の良い介護士を灯里は未だかつて見たことがなかった。
(叶多君がその気になればモデルとかにでもなれそうだけど……それは無理か)
灯里が思うのも無理はなく、この叶多という青年。見た目は良いのだが、かなりの人見知りで普段は顔を隠すように分厚い眼鏡を掛けており、なおかつ仕事柄、マスクで口元は覆われており、彼の素顔をまともに見ている職員は少ない。
彼が病院で眼鏡を外し、素顔を堂々と晒すのは不思議なことに灯里の前だけであった。
「えっとね、私つい最近まで同棲していた彼氏がいたんだけど……その彼氏とつい最近別れてしまって、それでずっと立ち直れなくて、落ち込んでいるの」
「そ、うだったんですか……。あの、別れた理由聞いてもいいですか? 」
灯里のリアルなプライベート話に、叶多が遠慮がちに質問する。
当然、全てを聞いて貰いたい灯里は頷くと言葉を続けた。
「恥ずかしい話、私、家事力がほぼゼロでね? 仕事の疲れもあって、料理とかもいつもお惣菜で済ませたり、アパートも休みの日しか片付けないからなんとなく散らかりっぱなしでね。そういうのきちんとして貰いたい彼氏だったから、愛想尽かされちゃったみたい。それでね、私とは全く正反対の女の人選んで、私は振られちゃったってわけ。……はは、情けないでしょ? 」
なるべく感情を入れずに客観的に説明しようとしたが、やはり心のダメージは大きく、話ながら灯里の目にじわりと涙が滲んだ。
「そんな……! 全然情けなくなんかないですよ! 砂原さんが誰よりも一生懸命仕事しているの、俺知ってます。残業だって多いし、そんなに疲れてたら、家事なんてする気力あるわけないじゃないですか! 家帰ったらバタンキューですよ。医療福祉の現場なんてそれが当たり前じゃないですか、……え? 」
思わず灯里を熱くフォローする叶多であったが、灯里の目を伝う涙に気付き、言葉を止めた。
「す、すすすみません! 俺なんかが砂原さんを知った気になって話してしまって――! 」
叶多は椅子から立ち上がると、慌てたように灯里に駆け寄った。
「……や、違うの。全然その逆。叶多君がそう思ってくれていたことが嬉しくて……。なんか少し気持ちが楽になった」
心配そうな顔で灯里を覗き込む叶多に向かって、灯里は思わず溢れた涙を指で拭うと、叶多の柔らかな髪の毛越しに頭を撫でた。
「本当に叶多君は優しいね。……いつもありがとね」
ふふ、と照れたように微笑む灯里に、叶多は意を決したように口を開いた。
「あ、あの! 砂原さんが嫌じゃなかったら、今日の夜勤明けたら、夜とか砂原さんのアパート行ってもいいですか!? 」
「へ? 」
叶多の大胆な提案に、灯里は思わず間抜けな声を漏らした。
ポカンとする灯里を見て、叶多がハッと我に返る。
「あ、いや、決して不純な動機とかではなくてですね! 実は俺、料理を作るのが好きで、ついでに掃除も。それで、日頃仕事で散々砂原さんから助けて貰ってるお礼がしたいと言うか……」
勢いのあまり言ってしまった内容に、叶多はしまったと思いつつも、全力で灯里に本心を伝えた。
なおも無言で叶多を見つめる灯里に、叶多がしょんぼりと肩を落とす。
「ダメ、ですよね……。急に図々しいこと言ってすみませんでした。あの、今俺が言ったこと、忘れて下さい。そして、願わくば俺を嫌いにならないで下さい……」
灯里よりも一回り大きな身体を縮めて、叶多が弱々しい声で嘆願する。
叶多の頭に、しょぼくれた耳が見えた気がした。
(私を元気付けようとしてくれてるんだよね……)
「えっと、……お願いしてもいいかな? 」
灯里の口から自然とそんな言葉が漏れる。
「はい? 」
灯里の言葉に、項垂れていた叶多が反射的に顔を上げた。
「さっきの提案。夜勤明け後、お互いに一眠りした後、うちに来てくれる? 」
大胆な話をしていると我ながら思った灯里は、照れ隠しに頬をカリカリと掻きながら、チラリと叶多へと視線を向けた。
さっきまでしょげていた叶多の瞳が、キラキラと輝きを取り戻していた。
「……は、はいっ! 喜んで! 」
力強く返事をする叶多に、灯里は喜びに尻尾を振るワンコの姿が重なった。
「はぁ~……」
ついつい重たい溜め息が灯里の口から漏れる。
「大丈夫ですか? 」
そんな灯里に声をかけてきたのは、同じ病棟に勤務する介護士の宇佐美叶多――灯里よりも5歳年下で、現在23歳の社会人2年目の若者だった。
「あ、ああ。ごめんね、仕事中に……」
「それは大丈夫ですけど。……このところ、砂原さん何か元気ないですよね? 」
「あ、バレバレ? 仕事では出さないように気を付けてたんだけど」
二人は夜勤中であり、灯里の勤務する病院は、老人施設を併設した医療院で、基本夜勤は看護師1名、介護士2名体制になっている。
現在、もう1人の介護士は仮眠中で、ナースステーションには二人だけが残っていた。
丁度疲労と眠気がピークとなる時間。
灯里は眠気覚ましと気晴らしに、叶多と話すことにした。
「叶多君だから話すけど、他の人には内緒にしててね? 私、職場ではあんまりプライベートな話しないからさ」
「はい。俺で良かったら話聞きます。俺、砂原さんから聞いた話は一言一句、絶対誰にも話しません! 」
灯里からの内緒話に、叶多は信頼されたような気持ちになり、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そんな叶多を見て、灯里は『まるで尻尾を振ってるワンコみたい』と、ふふと穏やかな笑顔を彼へと向けた。
途端、叶多の頬がカァッと赤く染まる。
(あー、もう。ほんと、可愛いな……)
そんな叶多の姿を見て、密かに灯里は心の中で呟いた。
この叶多という青年は、この医療院の中でも評判の好青年で、若い子……特に男性不人気の介護職に於いて、本当に熱心に介護職に向き合って働いていた。
入職して3年目となるが、未だに先輩職員に対して謙虚な姿勢を忘れない。
当然入院中の高齢者にも優しく、親切だ。
何より、彼の見た目も灯里の好感度を上げていた。
細身ながらスラッと伸びた手足に、まだ少年ぽさの残る中性的な顔立ち。
髪の毛はふんわりパーマのかかるオリーブアッシュの髪色。
流石に仕事中の彼しか知らないが、こんなに素材の良い介護士を灯里は未だかつて見たことがなかった。
(叶多君がその気になればモデルとかにでもなれそうだけど……それは無理か)
灯里が思うのも無理はなく、この叶多という青年。見た目は良いのだが、かなりの人見知りで普段は顔を隠すように分厚い眼鏡を掛けており、なおかつ仕事柄、マスクで口元は覆われており、彼の素顔をまともに見ている職員は少ない。
彼が病院で眼鏡を外し、素顔を堂々と晒すのは不思議なことに灯里の前だけであった。
「えっとね、私つい最近まで同棲していた彼氏がいたんだけど……その彼氏とつい最近別れてしまって、それでずっと立ち直れなくて、落ち込んでいるの」
「そ、うだったんですか……。あの、別れた理由聞いてもいいですか? 」
灯里のリアルなプライベート話に、叶多が遠慮がちに質問する。
当然、全てを聞いて貰いたい灯里は頷くと言葉を続けた。
「恥ずかしい話、私、家事力がほぼゼロでね? 仕事の疲れもあって、料理とかもいつもお惣菜で済ませたり、アパートも休みの日しか片付けないからなんとなく散らかりっぱなしでね。そういうのきちんとして貰いたい彼氏だったから、愛想尽かされちゃったみたい。それでね、私とは全く正反対の女の人選んで、私は振られちゃったってわけ。……はは、情けないでしょ? 」
なるべく感情を入れずに客観的に説明しようとしたが、やはり心のダメージは大きく、話ながら灯里の目にじわりと涙が滲んだ。
「そんな……! 全然情けなくなんかないですよ! 砂原さんが誰よりも一生懸命仕事しているの、俺知ってます。残業だって多いし、そんなに疲れてたら、家事なんてする気力あるわけないじゃないですか! 家帰ったらバタンキューですよ。医療福祉の現場なんてそれが当たり前じゃないですか、……え? 」
思わず灯里を熱くフォローする叶多であったが、灯里の目を伝う涙に気付き、言葉を止めた。
「す、すすすみません! 俺なんかが砂原さんを知った気になって話してしまって――! 」
叶多は椅子から立ち上がると、慌てたように灯里に駆け寄った。
「……や、違うの。全然その逆。叶多君がそう思ってくれていたことが嬉しくて……。なんか少し気持ちが楽になった」
心配そうな顔で灯里を覗き込む叶多に向かって、灯里は思わず溢れた涙を指で拭うと、叶多の柔らかな髪の毛越しに頭を撫でた。
「本当に叶多君は優しいね。……いつもありがとね」
ふふ、と照れたように微笑む灯里に、叶多は意を決したように口を開いた。
「あ、あの! 砂原さんが嫌じゃなかったら、今日の夜勤明けたら、夜とか砂原さんのアパート行ってもいいですか!? 」
「へ? 」
叶多の大胆な提案に、灯里は思わず間抜けな声を漏らした。
ポカンとする灯里を見て、叶多がハッと我に返る。
「あ、いや、決して不純な動機とかではなくてですね! 実は俺、料理を作るのが好きで、ついでに掃除も。それで、日頃仕事で散々砂原さんから助けて貰ってるお礼がしたいと言うか……」
勢いのあまり言ってしまった内容に、叶多はしまったと思いつつも、全力で灯里に本心を伝えた。
なおも無言で叶多を見つめる灯里に、叶多がしょんぼりと肩を落とす。
「ダメ、ですよね……。急に図々しいこと言ってすみませんでした。あの、今俺が言ったこと、忘れて下さい。そして、願わくば俺を嫌いにならないで下さい……」
灯里よりも一回り大きな身体を縮めて、叶多が弱々しい声で嘆願する。
叶多の頭に、しょぼくれた耳が見えた気がした。
(私を元気付けようとしてくれてるんだよね……)
「えっと、……お願いしてもいいかな? 」
灯里の口から自然とそんな言葉が漏れる。
「はい? 」
灯里の言葉に、項垂れていた叶多が反射的に顔を上げた。
「さっきの提案。夜勤明け後、お互いに一眠りした後、うちに来てくれる? 」
大胆な話をしていると我ながら思った灯里は、照れ隠しに頬をカリカリと掻きながら、チラリと叶多へと視線を向けた。
さっきまでしょげていた叶多の瞳が、キラキラと輝きを取り戻していた。
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