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【4】年下ワンコの意外な能力
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ピンポーン~♪
灯里のアパートのチャイムが鳴る。
(わ、ほんとに来た――っ!? )
慌ててインターホンの画面を灯里が覗くと、少し緊張気味の叶多の顔が見えた。
灯里は深呼吸をして、平静さを装った。
「――いらっしゃい。ごめんね、夜勤明けなのに」
ガチャリとドアを開け、笑顔を浮かべ彼を出迎える。
内心、心臓はバクバクだった。
(宏哉以外の男の人を家に入れるなんて初めて……。それに相手は可愛い後輩。だらしない先輩だって、失望されたくない)
「こ、こちらこそ。自分から来たいって言ったものの、砂原さん、ゆっくり休みたかったんじゃないかって。あの、眠たかったら帰りますんで」
「へ? いやいや、帰らないで。どうぞ上がって?」
あまりに謙虚すぎる後輩に、灯里は先程の緊張も吹き飛んで、慌てて声をかける。
「は、はい! お邪魔します!」
リュックと大きなエコバッグを抱え、叶多が嬉しそうに部屋へ入ってきた。
「わぁ、すごい荷物」
「あ、今日は砂原さんに元気つけてもらいたくて、料理の材料を色々持ってきたら、こんなになっちゃって……」
にっこりと屈託のない笑顔を向ける叶多に、灯里は胸の奥がじんわり温かくなる。
リビングに入った叶多は、きちんと整った部屋を見回し、気づいたように言った。
「もしかして、俺が来る前に……お部屋、片付けてくれたんですか?」
「え、あ、うん。さすがに散らかしたままじゃ恥ずかしいし……」
「お部屋、凄く綺麗です。……すみません、疲れてるのに」
叶多は、自分のせいで灯里に余計な仕事をさせてしまったと、少し落ち込んだ様子を見せたが、すぐに顔を上げると、気を取り直すように力強く灯里に向かって言葉を述べた。
「じゃあ砂原さんは、ご飯ができるまでゆっくり休んでてください!」
「へ? いや、もう寝てたから大丈夫――」
「いえ、だめです! ……ベッドに横になってください。俺、マッサージします。得意なんです! 」
「えっ、いいってば。うわっ!?」
叶多は荷物を床に下ろすと、灯里を軽々と横抱きにし、寝室へ運んだ。
「――失礼します」
そして、灯里をうつ伏せに寝かせると、自分も灯里の身体を跨ぐように、ぎしりとベッドへと乗り上げた。
叶多の手が灯里の背中にそっと添えられる。
そして優しく灯里の身体を揉みほぐし始めた。
「んっ……!」
絶妙な力加減に、灯里が思わず声をもらす。
(確かに得意と言うだけあって、上手い……気がする)
「すごい、凝ってますね」
「ごりごりでしょ? 」
「もう少し力入れますね。痛かったら言ってください」
「うん、ありがとう……」
腰を強めにぐっと押される。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
「すみません! 痛かったですか?」
「ううん、気持ちいい……」
蕩けるように答えた灯里は、いつの間にか強烈な眠気に飲まれていく。
「ごめ……気持ちよすぎて寝ちゃいそう……」
「大丈夫です。そのまま眠って下さい。ご飯できたら起こしますから」
「ありが……と……」
灯里はあっさりと眠りに落ちた。
スースーと寝息が響く中、叶多はそっと髪を耳にかけ、寝顔を見つめる。
「砂原さん、いつも頑張り過ぎです。俺、砂原さんのために、美味しいご飯作りますから、今はゆっくり休んでてください」
灯里の耳元で小さく囁くと、叶多は彼女の寝ているこめかみにそっと口づけた。
◇
美味しそうな匂いに、灯里はふと目を覚ました。
(……宏哉?)
『ちゃんとした飯食わせろよ』
不機嫌そうな元カレの顔が浮かび、慌てて頭を振る。
「……のわけないか!」
我に返って起き上がると、慌ててリビングへと向かう。
「叶多君、ごめん!」
そう言って目にした光景に、灯里は息をのんだ。
ダイニングテーブルの上にはいっぱいの料理が並んでいた。彩り豊かなサラダに、カセットコンロに乗せられたぐつぐつと煮えた土鍋、食席の前に整えられた食器と冷えたビールまで。
それはまるで、動画の中の理想の食卓だった。
「うわぁ……」
灯里の口から思わず感嘆の声がもれる。
「あ、砂原さん、起きましたか。ちょうど呼びに行こうと思ってたんです」
キッチンの奥からエプロン姿の叶多が現れる。
「え、これ全部作ったの?」
「はい。ちょっと張り切りすぎちゃって……」
灯里はぽかんと口を開けた。
「いや、すごすぎだよ。もう“ちょっと料理好き”とかいうレベルじゃないよ、これ」
「そんな、褒めすぎですよ」
照れたように笑う彼に、胸がきゅうっと締めつけられる。
(何この子……可愛すぎるし、完璧すぎる……)
「――じゃあ、食べましょう。冷めないうちに」
「……うん!」
二人で並んで腰を下ろす。
プシュッ、とビールを開け、注ぎ合い、鍋を挟んで視線を合わせる。
「「いただきます」」
声が重なり、自然と笑みがこぼれた。
(ああ、私、今すごく幸せだ)
憧れていた“動画の中の食卓”が、目の前にあった。
「お鍋、取り分けますね」
熱々の具材をよそって灯里へと差し出す叶多。
細やかな彼の気配りに、灯里は脱帽する思いで手を伸ばした。
「ありがとう」
また感謝の言葉がこぼれる。
「じゃあ……夜勤お疲れ様でした」
「お疲れ様」
グラスを合わせ、二人でごくりとビールを飲む。
「……美味しい!」
あまりの美味しさに、灯里の声が弾む。
灯里は料理へと箸を伸ばすと、また驚きの声が口をついて出た。
「これ……本当に美味しい」
「よかった。砂原さんの口に合って」
彼の屈託のない笑顔に、灯里はなんだか胸がいっぱいになった。
(本当に……幸せだ。誰かと食べる食事がこんなに楽しいものだなんて、ずっと忘れていた気がする)
宏哉と別れて数日。
灯里はようやく、心から幸せな食事を味わえたのだった。
灯里のアパートのチャイムが鳴る。
(わ、ほんとに来た――っ!? )
慌ててインターホンの画面を灯里が覗くと、少し緊張気味の叶多の顔が見えた。
灯里は深呼吸をして、平静さを装った。
「――いらっしゃい。ごめんね、夜勤明けなのに」
ガチャリとドアを開け、笑顔を浮かべ彼を出迎える。
内心、心臓はバクバクだった。
(宏哉以外の男の人を家に入れるなんて初めて……。それに相手は可愛い後輩。だらしない先輩だって、失望されたくない)
「こ、こちらこそ。自分から来たいって言ったものの、砂原さん、ゆっくり休みたかったんじゃないかって。あの、眠たかったら帰りますんで」
「へ? いやいや、帰らないで。どうぞ上がって?」
あまりに謙虚すぎる後輩に、灯里は先程の緊張も吹き飛んで、慌てて声をかける。
「は、はい! お邪魔します!」
リュックと大きなエコバッグを抱え、叶多が嬉しそうに部屋へ入ってきた。
「わぁ、すごい荷物」
「あ、今日は砂原さんに元気つけてもらいたくて、料理の材料を色々持ってきたら、こんなになっちゃって……」
にっこりと屈託のない笑顔を向ける叶多に、灯里は胸の奥がじんわり温かくなる。
リビングに入った叶多は、きちんと整った部屋を見回し、気づいたように言った。
「もしかして、俺が来る前に……お部屋、片付けてくれたんですか?」
「え、あ、うん。さすがに散らかしたままじゃ恥ずかしいし……」
「お部屋、凄く綺麗です。……すみません、疲れてるのに」
叶多は、自分のせいで灯里に余計な仕事をさせてしまったと、少し落ち込んだ様子を見せたが、すぐに顔を上げると、気を取り直すように力強く灯里に向かって言葉を述べた。
「じゃあ砂原さんは、ご飯ができるまでゆっくり休んでてください!」
「へ? いや、もう寝てたから大丈夫――」
「いえ、だめです! ……ベッドに横になってください。俺、マッサージします。得意なんです! 」
「えっ、いいってば。うわっ!?」
叶多は荷物を床に下ろすと、灯里を軽々と横抱きにし、寝室へ運んだ。
「――失礼します」
そして、灯里をうつ伏せに寝かせると、自分も灯里の身体を跨ぐように、ぎしりとベッドへと乗り上げた。
叶多の手が灯里の背中にそっと添えられる。
そして優しく灯里の身体を揉みほぐし始めた。
「んっ……!」
絶妙な力加減に、灯里が思わず声をもらす。
(確かに得意と言うだけあって、上手い……気がする)
「すごい、凝ってますね」
「ごりごりでしょ? 」
「もう少し力入れますね。痛かったら言ってください」
「うん、ありがとう……」
腰を強めにぐっと押される。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
「すみません! 痛かったですか?」
「ううん、気持ちいい……」
蕩けるように答えた灯里は、いつの間にか強烈な眠気に飲まれていく。
「ごめ……気持ちよすぎて寝ちゃいそう……」
「大丈夫です。そのまま眠って下さい。ご飯できたら起こしますから」
「ありが……と……」
灯里はあっさりと眠りに落ちた。
スースーと寝息が響く中、叶多はそっと髪を耳にかけ、寝顔を見つめる。
「砂原さん、いつも頑張り過ぎです。俺、砂原さんのために、美味しいご飯作りますから、今はゆっくり休んでてください」
灯里の耳元で小さく囁くと、叶多は彼女の寝ているこめかみにそっと口づけた。
◇
美味しそうな匂いに、灯里はふと目を覚ました。
(……宏哉?)
『ちゃんとした飯食わせろよ』
不機嫌そうな元カレの顔が浮かび、慌てて頭を振る。
「……のわけないか!」
我に返って起き上がると、慌ててリビングへと向かう。
「叶多君、ごめん!」
そう言って目にした光景に、灯里は息をのんだ。
ダイニングテーブルの上にはいっぱいの料理が並んでいた。彩り豊かなサラダに、カセットコンロに乗せられたぐつぐつと煮えた土鍋、食席の前に整えられた食器と冷えたビールまで。
それはまるで、動画の中の理想の食卓だった。
「うわぁ……」
灯里の口から思わず感嘆の声がもれる。
「あ、砂原さん、起きましたか。ちょうど呼びに行こうと思ってたんです」
キッチンの奥からエプロン姿の叶多が現れる。
「え、これ全部作ったの?」
「はい。ちょっと張り切りすぎちゃって……」
灯里はぽかんと口を開けた。
「いや、すごすぎだよ。もう“ちょっと料理好き”とかいうレベルじゃないよ、これ」
「そんな、褒めすぎですよ」
照れたように笑う彼に、胸がきゅうっと締めつけられる。
(何この子……可愛すぎるし、完璧すぎる……)
「――じゃあ、食べましょう。冷めないうちに」
「……うん!」
二人で並んで腰を下ろす。
プシュッ、とビールを開け、注ぎ合い、鍋を挟んで視線を合わせる。
「「いただきます」」
声が重なり、自然と笑みがこぼれた。
(ああ、私、今すごく幸せだ)
憧れていた“動画の中の食卓”が、目の前にあった。
「お鍋、取り分けますね」
熱々の具材をよそって灯里へと差し出す叶多。
細やかな彼の気配りに、灯里は脱帽する思いで手を伸ばした。
「ありがとう」
また感謝の言葉がこぼれる。
「じゃあ……夜勤お疲れ様でした」
「お疲れ様」
グラスを合わせ、二人でごくりとビールを飲む。
「……美味しい!」
あまりの美味しさに、灯里の声が弾む。
灯里は料理へと箸を伸ばすと、また驚きの声が口をついて出た。
「これ……本当に美味しい」
「よかった。砂原さんの口に合って」
彼の屈託のない笑顔に、灯里はなんだか胸がいっぱいになった。
(本当に……幸せだ。誰かと食べる食事がこんなに楽しいものだなんて、ずっと忘れていた気がする)
宏哉と別れて数日。
灯里はようやく、心から幸せな食事を味わえたのだった。
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