5 / 11
【4】生け贄失格
しおりを挟む
アメリアはリュミエールの放った言葉が一瞬理解できず、ぱちくりと目を瞬かせた。
「おい、聞こえなかったのか? 何でお前のような醜い者が私の生け贄として用意されたんだ? 確か伯爵の娘は四人いると聞いたが、皆お前みたいな感じなのか?」
不快を露にムスっとした表情で腕を組みながらリュミエールがアメリアに尋ねた。
「はい? えっと、他の三人は私とは違って確かに金髪碧眼の美人ですけど……」
リュミエールの質問に素直に答えながらアメリアはベラ、ロージー、クロエの三人を頭の中に思い浮かべた。
確かに自分以外の三人は母親のセレスティアに似て上流階級の高貴な美しさを漂わせていた。そしてそんな姉妹達は貴族の間でも評判で、伯爵家の女神三姉妹として縁談の話がひっきりなしに来ていた。
それに比べて自分はと言うと……。
今は亡き母親譲りのくるくると巻かれた赤髪に、うっすらと肌に浮かぶそばかす。三人とは違う土色の混ざった雑草のような緑色の瞳。
(醜い……、とは思ったことはなかったけど。でも龍神様に比べたら確かに醜いと思われても仕方ないのかも……)
アメリアは生まれて初めて異性から己の容姿の醜悪さを指摘され、些か落ち込んだ。
「お前以外の娘を連れてこい。出なければ伯爵との約束は無かったことにする」
落ち込むアメリアに対し、更にリュミエールがとどめとばかりにきつい言葉を投げつける。
「そ、それだけは! どうか私で我慢して下さい!」
アメリアは胸の前で手を組み、リュミエールに必死で懇願した。
「他の姉妹達には貴族令息からの縁談話もあります。た、確かに三人に比べたら見た目は美しくはないかもですけど、でも食べてしまえば食べてるものは一緒ですし、きっとそんなにお味は変わらないかと思いますので……」
「……お前は何か勘違いしているようだが、そもそも私は人間など食べない」
「はい?」
アメリアに対して冷たく向けられるリュミエールの眼差しを正面から受け止めながら、アメリアは再び目をぱちくりと瞬かせた。
その様子にリュミエールは苛立ちを一層強くすると語気荒くアメリアに指を突き立てた。
「おい、俺に二度とその間抜け面を向けるな!」
「も、申し訳ありません……。で、では私はどうすれば宜しいのでしょうか……」
この身を食糧として龍神に捧げるつもりだったアメリアは途方に暮れた。
「知らん! お前も伯爵同様、家に帰ればいいだろう。そしてお前以外の別の娘を私に差し出せ」
「で、ですが私以外の人間を差し出したとて、食べる気は無いのですよね? それでどうやって龍神様のお力を取り戻すおつもりなのですか?」
アメリアの質問に、やれやれと首を振りながら面倒臭そうにリュミエールは口を開いた。
「何度も言わせるな。私は私の存在を忘れ、信仰されなくなったから力が無くなったのだ。美しい娘が私に信仰心を持って身も心も捧げてくれれば力は取り戻せる。それはつまり--」
リュミエールは口元を緩めると、うっとりとした様子でポカンとしているアメリアを見た。
「私の番になるということ」
「つ、番とは何ですか?」
聞き慣れない用語にアメリアは首を傾げた。
「人で言うところの嫁だ」
「嫁……ですか……」
きっぱりと答えたリュミエールに、アメリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして少し考えた後、意を決したようにリュミエールに向かって深々と頭を下げた。
「分かりました。ふつつか者ですがどうぞ宜しくお願いいたします」
「お前では駄目だと言っただろうが!!」
話の通じないアメリアにとうとうリュミエールは顔を真っ赤にし、声を荒げて怒り出した。
「私の何処が駄目なのですか? 龍神様の好みに少しでも近付けるように努力致します! ですから今すぐ雨を降らせて下さい!」
「お前、ふた言めには雨、雨と。えぇい、話を聞け この馬鹿女が! お前は醜くて私の嫁に相応しくないと言っただろう! 神である私の番になるからには身も心も全てが美しくなくては釣り合わないと言っているのだ」
「そ、そこまで醜いとは思えませんが……」
自身の顔に手を当てながら食い下がらないアメリアに、業を煮やしたリュミエールは何を思ったかアメリアに向けて手をかざすと、神力でアメリアの着ていた服をビリビリに引き裂いた。
「あっ」
切り裂かれた服が地面にヒラヒラと落ち、アメリアの肢体がリュミエールの目の前に晒された。
生け贄用として持っていた服の中で一番高価なドレスを身に纏っていたアメリアだったが、そのドレスの下ではまともに食事が摂れずに痩せこけた身体と、日々の義姉妹達からの嫌がらせで受けていた暴力の生々しい痣と傷痕が浮かび上がっていた。
「――そんな身体をしたお前の何処が美しいと言うのだ」
リュミエールはうんざりしたように目を細めアメリアの身体から視線を背けた。
「も、申し訳ありません…」
アメリアは己の貧相で傷だらけの身体を恥じ、慌てて両手で身体を隠すとその場に蹲った。
確かに龍神様のお供え物としては自分の身体は余りに貧相過ぎた。服で隠してはいたものの、それを瞬時に見破ったリュミエールにアメリアは心底驚いていた。
(流石、神様……。隠し事など出来ないわ)
生け贄としても出来損ないだということをアメリアはまざまざと思い知らされ、そして『食べられるなら誰であろうと問題ないのでは』と神様に対して高を括っていた自分を責めた。
(まさか嫁にしようとしていたとは思いもしなかったけど……)
しかし、服の下のこの身体を見抜かれていたのなら確かに龍神様には相応しくない。
腐って傷んだ食材を捧げたも同然だ。
アメリアはがっくりと肩を落とし、分かりやすく落ち込んだ。
(お父様ごめんなさい。私、お父様やこの国のお役に立つことは出来そうもありません……)
「申し訳ありませんでした。私のような醜悪な者が龍神様の目の前に姿を現すことすらも恐れ多いことでした」
「あ、ああ。分かればよいのだ」
リュミエールの言葉以上に自分を卑下するアメリアにリュミエールは僅かに怯む。
「ですが! お嫁さんにはなれませんが、何でもするのでどうかほんの僅かでも雨を降らせて下さいませんか?」
一旦引き下がったと見せかけたアメリアであったが、再び胸の前で手を合わせるとリュミエールに懇願し始めた。
(この女……)
アメリアの図々しさにリュミエールはひくりと口元を引きつらせる。
「これから毎日龍神様に誠心誠意心を込めてお祈りを捧げます。山を散策して供物も差し出します。この草だらけの祠も綺麗にします」
(……何だ?)
アメリアの懇願に無視を決め込んでいたリュミエールだったが、彼女の祈りに呼応するように、リュミエールの枯渇していた身体の奥底の神力の器にピチャンと一滴の雫が落ちたような不思議な感覚にとらわれた。
(この娘から注がれる祈りの力か?)
リュミエールは目の前のアメリアに対して、初めて興味深そうに視線を向けた。
「おい、聞こえなかったのか? 何でお前のような醜い者が私の生け贄として用意されたんだ? 確か伯爵の娘は四人いると聞いたが、皆お前みたいな感じなのか?」
不快を露にムスっとした表情で腕を組みながらリュミエールがアメリアに尋ねた。
「はい? えっと、他の三人は私とは違って確かに金髪碧眼の美人ですけど……」
リュミエールの質問に素直に答えながらアメリアはベラ、ロージー、クロエの三人を頭の中に思い浮かべた。
確かに自分以外の三人は母親のセレスティアに似て上流階級の高貴な美しさを漂わせていた。そしてそんな姉妹達は貴族の間でも評判で、伯爵家の女神三姉妹として縁談の話がひっきりなしに来ていた。
それに比べて自分はと言うと……。
今は亡き母親譲りのくるくると巻かれた赤髪に、うっすらと肌に浮かぶそばかす。三人とは違う土色の混ざった雑草のような緑色の瞳。
(醜い……、とは思ったことはなかったけど。でも龍神様に比べたら確かに醜いと思われても仕方ないのかも……)
アメリアは生まれて初めて異性から己の容姿の醜悪さを指摘され、些か落ち込んだ。
「お前以外の娘を連れてこい。出なければ伯爵との約束は無かったことにする」
落ち込むアメリアに対し、更にリュミエールがとどめとばかりにきつい言葉を投げつける。
「そ、それだけは! どうか私で我慢して下さい!」
アメリアは胸の前で手を組み、リュミエールに必死で懇願した。
「他の姉妹達には貴族令息からの縁談話もあります。た、確かに三人に比べたら見た目は美しくはないかもですけど、でも食べてしまえば食べてるものは一緒ですし、きっとそんなにお味は変わらないかと思いますので……」
「……お前は何か勘違いしているようだが、そもそも私は人間など食べない」
「はい?」
アメリアに対して冷たく向けられるリュミエールの眼差しを正面から受け止めながら、アメリアは再び目をぱちくりと瞬かせた。
その様子にリュミエールは苛立ちを一層強くすると語気荒くアメリアに指を突き立てた。
「おい、俺に二度とその間抜け面を向けるな!」
「も、申し訳ありません……。で、では私はどうすれば宜しいのでしょうか……」
この身を食糧として龍神に捧げるつもりだったアメリアは途方に暮れた。
「知らん! お前も伯爵同様、家に帰ればいいだろう。そしてお前以外の別の娘を私に差し出せ」
「で、ですが私以外の人間を差し出したとて、食べる気は無いのですよね? それでどうやって龍神様のお力を取り戻すおつもりなのですか?」
アメリアの質問に、やれやれと首を振りながら面倒臭そうにリュミエールは口を開いた。
「何度も言わせるな。私は私の存在を忘れ、信仰されなくなったから力が無くなったのだ。美しい娘が私に信仰心を持って身も心も捧げてくれれば力は取り戻せる。それはつまり--」
リュミエールは口元を緩めると、うっとりとした様子でポカンとしているアメリアを見た。
「私の番になるということ」
「つ、番とは何ですか?」
聞き慣れない用語にアメリアは首を傾げた。
「人で言うところの嫁だ」
「嫁……ですか……」
きっぱりと答えたリュミエールに、アメリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして少し考えた後、意を決したようにリュミエールに向かって深々と頭を下げた。
「分かりました。ふつつか者ですがどうぞ宜しくお願いいたします」
「お前では駄目だと言っただろうが!!」
話の通じないアメリアにとうとうリュミエールは顔を真っ赤にし、声を荒げて怒り出した。
「私の何処が駄目なのですか? 龍神様の好みに少しでも近付けるように努力致します! ですから今すぐ雨を降らせて下さい!」
「お前、ふた言めには雨、雨と。えぇい、話を聞け この馬鹿女が! お前は醜くて私の嫁に相応しくないと言っただろう! 神である私の番になるからには身も心も全てが美しくなくては釣り合わないと言っているのだ」
「そ、そこまで醜いとは思えませんが……」
自身の顔に手を当てながら食い下がらないアメリアに、業を煮やしたリュミエールは何を思ったかアメリアに向けて手をかざすと、神力でアメリアの着ていた服をビリビリに引き裂いた。
「あっ」
切り裂かれた服が地面にヒラヒラと落ち、アメリアの肢体がリュミエールの目の前に晒された。
生け贄用として持っていた服の中で一番高価なドレスを身に纏っていたアメリアだったが、そのドレスの下ではまともに食事が摂れずに痩せこけた身体と、日々の義姉妹達からの嫌がらせで受けていた暴力の生々しい痣と傷痕が浮かび上がっていた。
「――そんな身体をしたお前の何処が美しいと言うのだ」
リュミエールはうんざりしたように目を細めアメリアの身体から視線を背けた。
「も、申し訳ありません…」
アメリアは己の貧相で傷だらけの身体を恥じ、慌てて両手で身体を隠すとその場に蹲った。
確かに龍神様のお供え物としては自分の身体は余りに貧相過ぎた。服で隠してはいたものの、それを瞬時に見破ったリュミエールにアメリアは心底驚いていた。
(流石、神様……。隠し事など出来ないわ)
生け贄としても出来損ないだということをアメリアはまざまざと思い知らされ、そして『食べられるなら誰であろうと問題ないのでは』と神様に対して高を括っていた自分を責めた。
(まさか嫁にしようとしていたとは思いもしなかったけど……)
しかし、服の下のこの身体を見抜かれていたのなら確かに龍神様には相応しくない。
腐って傷んだ食材を捧げたも同然だ。
アメリアはがっくりと肩を落とし、分かりやすく落ち込んだ。
(お父様ごめんなさい。私、お父様やこの国のお役に立つことは出来そうもありません……)
「申し訳ありませんでした。私のような醜悪な者が龍神様の目の前に姿を現すことすらも恐れ多いことでした」
「あ、ああ。分かればよいのだ」
リュミエールの言葉以上に自分を卑下するアメリアにリュミエールは僅かに怯む。
「ですが! お嫁さんにはなれませんが、何でもするのでどうかほんの僅かでも雨を降らせて下さいませんか?」
一旦引き下がったと見せかけたアメリアであったが、再び胸の前で手を合わせるとリュミエールに懇願し始めた。
(この女……)
アメリアの図々しさにリュミエールはひくりと口元を引きつらせる。
「これから毎日龍神様に誠心誠意心を込めてお祈りを捧げます。山を散策して供物も差し出します。この草だらけの祠も綺麗にします」
(……何だ?)
アメリアの懇願に無視を決め込んでいたリュミエールだったが、彼女の祈りに呼応するように、リュミエールの枯渇していた身体の奥底の神力の器にピチャンと一滴の雫が落ちたような不思議な感覚にとらわれた。
(この娘から注がれる祈りの力か?)
リュミエールは目の前のアメリアに対して、初めて興味深そうに視線を向けた。
53
あなたにおすすめの小説
旦那様は、転生後は王子様でした
編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。
まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。
時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。
え?! わたくし破滅するの?!
しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
公爵さま、私が本物です!
水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。
しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。
フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。
マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。
フローラは胸中で必死に訴える。
「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」
※設定ゆるゆるご都合主義
怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~
美袋和仁
恋愛
ある夜、一人の少女が婚約を解消された。根も葉もない噂による冤罪だが、事を荒立てたくない彼女は従容として婚約解消される。
しかしその背後で爆音が轟き、一人の男性が姿を見せた。彼は少女の父親。
怒らせてはならない人々に繋がる少女の婚約解消が、思わぬ展開を導きだす。
なんとなくの一気書き。御笑覧下さると幸いです。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる