私が生け贄では不満ですか?

久留茶

文字の大きさ
6 / 11

【5】アメリアの祈り

しおりを挟む
 (何だ……?  久方振りにとても清々しい気持ちだ……)

 リュミエールは自分に向かって祈りを捧げる目の前の裸の女を見下ろした。

 癖が強めの赤毛の髪に、白い肌に浮かぶそばかす。身体を縮込めて隠してはいるが、隠しきれない痣の跡。伯爵令嬢とは到底思えないみすぼらしい様相にリュミエールは目を細めた。
 しかし、そんなアメリアから注がれる祈りの力は今迄に味わったことのない程上質なものであった。

 (神力が次々に湧いてくる……)

 リュミエールは身体に流れ込むアメリアの祈りの力の心地良さにうっとりと目をつぶった。
 

    しばらくして、アメリアからもたらされる祈りの力でリュミエールの神力が満たされた頃。
    リュミエールは空に向かっておもむろに両手を伸ばした。


 ポツ……


 一心に祈りを捧げるアメリアの肩に、雨粒が一滴落ちた。水に濡れた感触にアメリアはハッと顔を上げる。


 ポツ …  ポツ …     ――――サァー……


 やがて水滴は、アメリアを包み込むように優しい雨へと姿を変えた。

 数ヶ月振りの雨を身体に受けながらアメリアは目の前のリュミエールを凝視した。
 腰まである長い青色の髪の毛の隙間から、目を閉じていても端正なリュミエールの顔が覗く。

 (何て綺麗で神々しいのだろう……)

 雨に濡れたリュミエールは、芸術的で美しく、まるでその姿は絵画のようで、アメリアは思わず目を奪われた。

    雨が二人を静かに濡らす。

 リュミエールが閉じていた瞼をゆっくりと開くと、自分を凝視するアメリアが視界に映った。
    自分があんなにも渋っていた雨を降らせた事実に、リュミエールはばつが悪そうにアメリアの視線から目を反らすと、言い訳がましく口を開いた。


「……お前が雨雨とあまりにもしつこく言うから、少しばかり降らせてやったぞ。これで暫くそのうるさい口を閉じていろ」
「あ、ありがとうございます、龍神様!!」

 
    不器用なリュミエールの物言いにもアメリアは感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、目には喜びの涙が滲んだ。涙を見せたらまたリュミエールに鬱陶しがられると思ったアメリアは、涙を隠すようにリュミエールに向けて深々と頭を下げた。
    
   そんな素直な反応を返すアメリアに、リュミエールの捻れた心が僅かに揺れた。

「……リュミエールだ」
「え?」
「私にも名がある」

 言い捨てるように名を告げたリュミエールは、沸き上がる甘酸っぱい感情に堪えきれず、雨に紛れてそそくさとそ泉の中へと姿を消した。

「リュミエール……様……」

 アメリアは聞いたばかりの龍神の名をゆっくりと口にした。
 とくりとくりとアメリアの心臓が脈を打つ。
    アメリアはリュミエールの消えた泉を不思議な気持ちでしばらくの間見つめていた。



 * * *



 一方、山の麓では数ヶ月振りに降った雨に人々は歓喜に沸いた。

 ラングラム伯爵はその光景を二階の屋敷の窓から眺めながら、一口ワインを口にした。

「良くやった、アメリア」

  伯爵は自分の為に犠牲となった娘の死を嘆くどころか、まるで乾杯でもするかのようにグラスを雨空に向けてかざすと、己の地位が守れたことに安堵し、あろうことかその口元には笑みさえも浮かべていたのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

能ある妃は身分を隠す

赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。 言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。 全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

公爵さま、私が本物です!

水川サキ
恋愛
将来結婚しよう、と約束したナスカ伯爵家の令嬢フローラとアストリウス公爵家の若き当主セオドア。 しかし、父である伯爵は後妻の娘であるマギーを公爵家に嫁がせたいあまり、フローラと入れ替えさせる。 フローラはマギーとなり、呪術師によって自分の本当の名を口にできなくなる。 マギーとなったフローラは使用人の姿で屋根裏部屋に閉じ込められ、フローラになったマギーは美しいドレス姿で公爵家に嫁ぐ。 フローラは胸中で必死に訴える。 「お願い、気づいて! 公爵さま、私が本物のフローラです!」 ※設定ゆるゆるご都合主義

 怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~

美袋和仁
恋愛
 ある夜、一人の少女が婚約を解消された。根も葉もない噂による冤罪だが、事を荒立てたくない彼女は従容として婚約解消される。  しかしその背後で爆音が轟き、一人の男性が姿を見せた。彼は少女の父親。  怒らせてはならない人々に繋がる少女の婚約解消が、思わぬ展開を導きだす。  なんとなくの一気書き。御笑覧下さると幸いです。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

ついで姫の本気

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。 一方は王太子と王女の婚約。 もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。 綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。 ハッピーな終わり方ではありません(多分)。 ※4/7 完結しました。 ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。 救いのあるラストになっております。 短いです。全三話くらいの予定です。 ↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。 4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。

処理中です...