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第1章
3 弟
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「翠、眼鏡じゃなくてコンタクトにすればいいんじゃね?」
話す話題がなかなか見つからない。
病室に入ってからずっと何を話そうか、と翠は考え込んでいた。
特に報告するような面白くて可笑しい事があったわけではないからだ。
口を開いたのは消毒液の匂いが染みた白いベットに横たわる蒼生だった。
何気ない弟の言葉を聞いて、果物ナイフを使って丸く瑞瑞しい赤い玉のようなリンゴを剥いてた手を止めた。
翠に取ってよくない考えの末の今の発言だと予想が出来て唇が自然と三角に尖る。
「…なんでよ」
「眼鏡っていうアイテムが翠の根暗部分を増幅させてんの。翠は眼鏡似合わない。根暗ブスじゃ誰も嫁にもらってくれねぇぜ」
ほら、来た。予感的中。
いつもなら、はいはい、どーせ私は根暗ブスですよって、軽く流すけど瞳の肩を抱いて教室を出ていった二人の姿と最後の卯木の得意気な顔が頭のなかでちらついて翠の苛々虫が暴れた。
「うるさいなぁ。眼鏡だろうが、コンタクトしようが私の根暗ブスは変わらないよ!!」
翠は眉間に皺を寄せた。
尖った声と言葉が出てしまう。
個室の病室だから余計に叫んだ声が響いてはっと、して翠は我に返った。
自棄になって叫ぶなんて。病気と戦っている弟にすることではない。
お姉ちゃんとして駄目だ。
優しくしよう、って思っているのに。
蒼生の前では弱音とか不満とか言わないようにしようと思っているのに。
リンゴを持つ手に力がなくなって膝の上に落ちる。
つん、と鼻先が痛くなる。
涙が浮かんで視界が白くぼやけた。
泣くなんて情けない。
八つ当たりするなんて、弱いのもほどがある。
涙を溢すのはしたくない、泣くのをぐっと奥歯を噛み締めて堪える。
「……っ、ごめん!悪かったって!翠は根暗ブスじゃない、根暗だけど顔は普通だよ。本当にブスだったらブスって言えねぇし。泣くなよ~」
蒼生は手を合わせて翠の顔を覗き込んだ。
必死な様子がささくれた翠の心を宥めてくれる。
顔は普通、っていう言葉にほっとする。
眉をハの字に下げる蒼生の顔が犬っぽくて可愛い。
翠の固くなった表情が柔らかくなる。
「……蒼生は悪くない。私が悪いの、ごめん。蒼生に八つ当たりしちゃった」
正直に話した。情けない、みっともない事。
本当は話すのは恥ずかしいけれど自業自得だ。
「八つ当たり?もしかして、瞳に彼氏とか出来たとか?」
葵は目を丸くして興味津々にきいてくる。翠は俯きながら首を横に振った。
瞳は教室で話してたように男の子に興味ないし、恋愛にそのものに興味がない。
好きな異性のタイプをガールズトーク中に聞かれても私以上の男って言ってはぐらかす。
「違う。瞳に、…私より仲が良い女の子の友達が出来たの」
口に出すと本当に幼稚だ。翠の顔が熱くなる。思わず頬を両手で押さえてしまい膝の上にあった林檎が転がり落ちそうになり、翠は慌てて受け止めた。
途中だった林檎の皮の残りを剥いてしまう。
皿に皮を剥いた林檎を並べて爪楊枝を刺した。
最近リンゴのウサギを作っていない。
明日、久しぶりにリンゴのウサギを作ろう。きっと蒼生は珍しく女子力大活躍って笑うに違いない。
「翠ってすげぇガキだなぁ。まさかここまでとは」
蒼生の呆れたという声に林檎から現実へと意識が戻った。
自分でもそう思うから何も言い返せない。
「瞳が男だったら良かったのになぁ。お前を嫁にもらってくれそうじゃん」
ぽんぽん、と蒼生は翠の頭に手を置いて撫でた。
弟と言っても翠と蒼生は双子で何秒かの差で生まれただけだ。慰めるより慰められた方のが多い。
「……瞳が男の子だったら、もっと遠い存在になってた。私なんか幼稚園を卒園したら相手にされてなかったよ」
「それもそーか!」
「納得するな!」
声を出して笑う蒼生の口に皮を剥いたら林檎を突っ込んでやる。
むぐぐ、と低く呻いて頬を動かすのはリスっぽい。
蒼生は翠と双子なのに全然似ていない。
顔も声も考え方も違う。双子でも繋がっているっていう感覚がないのだ。
サッカーボールを追い掛ける活発な男の子だった。
翠が知るなかでは誰よりも強くて優しい男の子。
なんで、病気になっちゃったんだろう。
「……私が病気だったら、蒼生が健康だったら。なんて、君は嫌がるけど考えちゃう」
「100パーセント治らないっていう病気じゃない。それに、しゃべれるし飯食えるしアホな話だってできる。俺は確かに病気だけどさ、病気にのまれたりしねぇよ。つーか、絶対健康な身体を取り戻すから俺の事でくよくよ悩んだりすんなよ。翠は翠の事で悩んどけよ、ちいせぇ脳みそなんだからさ」
「小さい脳みそは余計!…でも、君はいいやつ。翠がまた走れるようになったら一緒にサッカーやろうね」
きゅっと手を握った。蒼生も私の手を握り返す。こうやってやっと繋がることができる。
双子なのにアナログ。
「翠の運動神経切れてんじゃん。クレープ一緒に食うとかでもいいぜ。翠の奢りで!」
この時の私の全ては、蒼生と瞳だった。
この二人が私の世界を作り上げていた。
平凡な何の取り柄もない私は変わりたい、とも思っていない甘えた子供だったのだ。
このままでいいわけがない、それに気がつくのは辛かった。痛みを伴う事だったけど私が大人になるには必要な事だった。
今なら分かる。その時は必死で分からなかったけど。
「翠、眼鏡じゃなくてコンタクトにすればいいんじゃね?」
話す話題がなかなか見つからない。
病室に入ってからずっと何を話そうか、と翠は考え込んでいた。
特に報告するような面白くて可笑しい事があったわけではないからだ。
口を開いたのは消毒液の匂いが染みた白いベットに横たわる蒼生だった。
何気ない弟の言葉を聞いて、果物ナイフを使って丸く瑞瑞しい赤い玉のようなリンゴを剥いてた手を止めた。
翠に取ってよくない考えの末の今の発言だと予想が出来て唇が自然と三角に尖る。
「…なんでよ」
「眼鏡っていうアイテムが翠の根暗部分を増幅させてんの。翠は眼鏡似合わない。根暗ブスじゃ誰も嫁にもらってくれねぇぜ」
ほら、来た。予感的中。
いつもなら、はいはい、どーせ私は根暗ブスですよって、軽く流すけど瞳の肩を抱いて教室を出ていった二人の姿と最後の卯木の得意気な顔が頭のなかでちらついて翠の苛々虫が暴れた。
「うるさいなぁ。眼鏡だろうが、コンタクトしようが私の根暗ブスは変わらないよ!!」
翠は眉間に皺を寄せた。
尖った声と言葉が出てしまう。
個室の病室だから余計に叫んだ声が響いてはっと、して翠は我に返った。
自棄になって叫ぶなんて。病気と戦っている弟にすることではない。
お姉ちゃんとして駄目だ。
優しくしよう、って思っているのに。
蒼生の前では弱音とか不満とか言わないようにしようと思っているのに。
リンゴを持つ手に力がなくなって膝の上に落ちる。
つん、と鼻先が痛くなる。
涙が浮かんで視界が白くぼやけた。
泣くなんて情けない。
八つ当たりするなんて、弱いのもほどがある。
涙を溢すのはしたくない、泣くのをぐっと奥歯を噛み締めて堪える。
「……っ、ごめん!悪かったって!翠は根暗ブスじゃない、根暗だけど顔は普通だよ。本当にブスだったらブスって言えねぇし。泣くなよ~」
蒼生は手を合わせて翠の顔を覗き込んだ。
必死な様子がささくれた翠の心を宥めてくれる。
顔は普通、っていう言葉にほっとする。
眉をハの字に下げる蒼生の顔が犬っぽくて可愛い。
翠の固くなった表情が柔らかくなる。
「……蒼生は悪くない。私が悪いの、ごめん。蒼生に八つ当たりしちゃった」
正直に話した。情けない、みっともない事。
本当は話すのは恥ずかしいけれど自業自得だ。
「八つ当たり?もしかして、瞳に彼氏とか出来たとか?」
葵は目を丸くして興味津々にきいてくる。翠は俯きながら首を横に振った。
瞳は教室で話してたように男の子に興味ないし、恋愛にそのものに興味がない。
好きな異性のタイプをガールズトーク中に聞かれても私以上の男って言ってはぐらかす。
「違う。瞳に、…私より仲が良い女の子の友達が出来たの」
口に出すと本当に幼稚だ。翠の顔が熱くなる。思わず頬を両手で押さえてしまい膝の上にあった林檎が転がり落ちそうになり、翠は慌てて受け止めた。
途中だった林檎の皮の残りを剥いてしまう。
皿に皮を剥いた林檎を並べて爪楊枝を刺した。
最近リンゴのウサギを作っていない。
明日、久しぶりにリンゴのウサギを作ろう。きっと蒼生は珍しく女子力大活躍って笑うに違いない。
「翠ってすげぇガキだなぁ。まさかここまでとは」
蒼生の呆れたという声に林檎から現実へと意識が戻った。
自分でもそう思うから何も言い返せない。
「瞳が男だったら良かったのになぁ。お前を嫁にもらってくれそうじゃん」
ぽんぽん、と蒼生は翠の頭に手を置いて撫でた。
弟と言っても翠と蒼生は双子で何秒かの差で生まれただけだ。慰めるより慰められた方のが多い。
「……瞳が男の子だったら、もっと遠い存在になってた。私なんか幼稚園を卒園したら相手にされてなかったよ」
「それもそーか!」
「納得するな!」
声を出して笑う蒼生の口に皮を剥いたら林檎を突っ込んでやる。
むぐぐ、と低く呻いて頬を動かすのはリスっぽい。
蒼生は翠と双子なのに全然似ていない。
顔も声も考え方も違う。双子でも繋がっているっていう感覚がないのだ。
サッカーボールを追い掛ける活発な男の子だった。
翠が知るなかでは誰よりも強くて優しい男の子。
なんで、病気になっちゃったんだろう。
「……私が病気だったら、蒼生が健康だったら。なんて、君は嫌がるけど考えちゃう」
「100パーセント治らないっていう病気じゃない。それに、しゃべれるし飯食えるしアホな話だってできる。俺は確かに病気だけどさ、病気にのまれたりしねぇよ。つーか、絶対健康な身体を取り戻すから俺の事でくよくよ悩んだりすんなよ。翠は翠の事で悩んどけよ、ちいせぇ脳みそなんだからさ」
「小さい脳みそは余計!…でも、君はいいやつ。翠がまた走れるようになったら一緒にサッカーやろうね」
きゅっと手を握った。蒼生も私の手を握り返す。こうやってやっと繋がることができる。
双子なのにアナログ。
「翠の運動神経切れてんじゃん。クレープ一緒に食うとかでもいいぜ。翠の奢りで!」
この時の私の全ては、蒼生と瞳だった。
この二人が私の世界を作り上げていた。
平凡な何の取り柄もない私は変わりたい、とも思っていない甘えた子供だったのだ。
このままでいいわけがない、それに気がつくのは辛かった。痛みを伴う事だったけど私が大人になるには必要な事だった。
今なら分かる。その時は必死で分からなかったけど。
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