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第0章

死ぬ我が子

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今、私の子供が死のうとしている。
瞳に輝きが失われてからもう随分と経つ。

弱々しく呼吸を繰り返し小さな胸を上下に動かしている。懸命に息を吐き出して、心臓を脈打たせているのだ。

13才、子供の力も必要だと争い事に奪われた。
毎日毎日息子の無事を願っていた。
胸が潰れるような苦しさで眠れない日々を過ごしていた。

「母さん、いってまいります」

うとうとと眠りかけるとあの日の息子の声が聞こえる。
息子は虫も殺せない心優しい持ち主だった。
綺麗な花を見つけると手折らず、その花の絵にかいてプレゼントしてくれた。
不安な気持ちなど見せず、立派に息子は家を出た。
戦へと向かう小さな背中を見送ると家の中で私は泣き崩れた。

争いが終わると息子は帰ってきた。
よほど怖い思いをしたのであろう。
よほど醜いものを見たのであろう。

冷たい鉛を撃ち込まれて息子はその傷から様々なものを内から外から壊していった。

ベットから起き上がれなくなり、息子は細い身体を丸めて眠っている。

「……死なないでおくれ。死なないで」

涙で私の声が震える。小さな手を掴んで指を絡めた。ぽつり、ぽつり、と涙が滴り落ちる。

あの日、私の全身全霊をかけて息子を離さなかったら。奪われなかったら。小さな手を掴んで逃げていたら……後悔の波に何度も飲まれて溺れている。

「……いいこ。今度生まれたら、手を離さないよ。可愛い私の坊や…今はゆっくりおやすみ」

前髪を掻き分けて額に唇を押し付けた。
愛しさの行き場がない。
この子に届かない。
微笑みを浮かべて母さん大好き、と抱き付いてくれない。
流れて私のところに戻ってくる。
この子の心臓の音がゆっくりと脈打つ。
段々と弱々しくなり、やがて止まった。
その死に顔は眠っているようで、私は安心した。

「私の愛しい坊や、…今度は必ず私が守るよ」

次こそは必ず幸せにする。

髪をゆっくりと撫でた。

もう目を覚まさない。

だけど、私は死ぬまでこの子が目を覚まして母さん、おはよう、と頬笑む夢を見るだろう。
そして私は何度も泣くのだろう。

死とは悲しい。寂しい別れ。
どんなに息子は死んだのだと言い聞かせても夢の中で息子は生きている。

夢の中では私も笑える。
楽しく平凡な日々の中に戻って母と子の何気ない会話をしている。

この子を生んだとき、まさか自分が置いていかれるなんて思っていなかった。

様々な想いが溢れて涙が次から次へと出る。

息子の頬が私の涙で濡れて、まるで息子が泣いているようだ。私は親指で息子の目元を拭った。

「母さんは強くなるよ。誰よりも強く。お前を守れるほど強く」

私は誓った。

私の誓いはもう深く遠くに埋もれてもう思い出される事はない。

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