愛しい、けもの。

遊虎りん

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第一章 

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和やかな空気を壊すものは突然来る。
遠くで獣が血で興奮している凶暴な鳴き声と人間が助けを求める悲鳴がするのをリズの耳がとらえた。

「…っ、ロジ!こわいこえとたすけて!って、こえがきこえた」

緊張感で張りつめた声でリズはロジに告げる。
ロジは瞬間的に炎が胸に燃え上がりテントから飛び出した。
冷静な行動ができなくなる。
熱く燃え盛る怒りの炎に包まれて胸が苦しい。
悲鳴と吠える獣の声がロジの耳にも届いて顔を歪めた。
走れよ僕の足、もっとはやく!もどかしい気持ちでロジは血の気配がする方向へと向かう。

「ロジ!いやじゃなかったらわたしのせにのって」

リズは白い獣の姿になっていた。
風に白い鬣が靡いている。一見すると狼のようである。瞳は静かな夜空に浮かぶ月のようで穏やかだ。
人間を一人背中に乗せれる程の大きさだ。ロジに声をかけた。

「…ありがとう、リズ」

ロジはリズの背中に飛び乗った。
リズは風を切って疾風の如く4本の足で走った。命が消える前に、幼い瞳ではない。一匹の獣の強い光がリズの瞳には宿っていた。

「痛い、助けてくれ!!」

男は獣に足を食われている。深々と牙を突き立てて噛みつく獣にリズは体当たりした。ロジは飛び降り獣が目を怒らせ攻撃を仕掛けてくるのに備えた。
間合いを取り剣を構える。

「我の邪魔をするな!」

魔獣は言葉を操る。牙を剥き出して、ブオンと不気味な音を響かせ魔術を発動させる。
不自然な黒い風。
ふと、魔獣は赤々と光る目をリズに向けた。

「……神獣の小娘は何故人間を助ける?こちらに来い。我と共に生きた方が楽だぞ。人間は愚かで餌に過ぎぬ」

「人間は餌じゃない!」

リズは片目の黄金に光輝く瞳を怒らせて吠えた。
悲しいと同時に感じて瞳を潤ませる。

「人間は餌だ。人間は血肉の塊……そして、我々の模造品、なんの力を持たぬ脆弱な存在」

魔獣はなおも人間は餌だと言い、不快な気分にさせる嫌な感じの笑い方をわざとした。
ロジはその挑発にまんまと乗ってしまい剣を乱暴に振りかざした。
ふ、と魔獣は精神的に未熟なロジを嘲笑うと攻撃を余裕で避ける。
殺したい、という想いとは裏腹に剣は敵にかすりもしないのに苛立つ。

「黙れ!僕がお前らよりも強くなって人間を餌にしないように躾てやる!!」

ロジの瞳は憎しみと怒りで爛々と輝いていて触れもいないが熱を放っていた。魔獣は面白い、と喉を低く鳴らした。

「ふん、口だけは一人前の生意気な小僧だな。皇子であった者の傲慢さが見える」
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