如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

文字の大きさ
1 / 33

領主のお仕事~その1~

しおりを挟む
領主ロードの朝は早いのですわ。朝日が昇り始めると同時に目を覚ませば、すぐ
寝巻きを脱ぎ捨てて髪を梳かし、結い上げます。私は大体いつも、左右を
均等の二本に分けて頭の高い位置でまとめるだけの"ツインテ"という髪型
です。もっと手の込んだ髪型にしても構わないのですけれど……とにかく
朝は忙しいのですわ。それにこれってウサギさんみたいで、一番可愛いと
思っています。私の特別な髪ならでは、ですわね。

髪を結い終えて普段着のドレスに着替えた私が、まず真っ先に向かうのは
食堂として使われる"グレートホール"と呼ばれる部屋でした。空腹だから
ではありませんわよ? ここは領主の家族ばかりでなく、お城周りで働く
多くの人が朝食をとる場所でして――その人数は、述べ400人から500人
にも及びます。朝食は一日の活力の元と言いますし、何か不備があっては
いけません! ですから誰よりも先に、吟味に向かうのです。

「ん……今日のシチューはニンジンも充分柔らかくなってますし、お塩も
しっかり効いてありますわね。合格ですわ」

ま、食べることに変わりはないのですけれど。朝一番のグレートホールは
隣の台所から漏れてくる焼きたてのパンの匂いに満ちていて、とても食欲
をかきたてられるのです。領主家族のためだけに作られた"ダイス"という
小さな高台にある上等の"ヘッドテーブル"で朝食をいただくのは、希望に
満ちた至福の時と言えるかもしれませんわね。私以外の怠け者達はなぜか
ここで朝食をとろうとせず、部屋に運ばせてばかりみたいですけど。まあ
遅くに起きてきて、人のごった返している中だと見世物みたいになるのが
嫌なのかもしれませんわね。私はそうならないために早起きして――役割
として、色々なところに目を光らせます。例えば、この丸パンの裏側!

「ちょっと、このパン! 裏に黒焦げが付いてますわね。パン焼き担当の
コックに、かまの掃除を念入りにするように伝えなさい」
私はすぐ横に控える三人の給仕の内、近い位置にいた短髪をソバージュに
している子に手に取った丸パンの裏側を見せながら、そう注意します。

「黒コゲ、です? あー……えっと、このくらいなら――」
「申し訳ありません、レプリオーネ様。後ほど必ず申し伝えておきます」
若い給仕のいぶかしむような声に、私の眉がピクッとなる――と同時に、さっ
とその子の体を制して、一番遠くにいたはずの中年の給仕長、カトゥアが
表情一つ動かさず私に謝りました。思うところはありましたけれど、私は
寛大に「よろしくお願いしますわね」と、食事を続けます。

朝食を終えると散歩の時間ですが、その前に家族にかつを入れておきます。
「お父様、お父様! 私は散歩に出かけますが、お父様も、もう起きては
いかがかしら?」
まずはノックして、返事が無いのを確認してからドアを開けようとすると
ゴトゴトという音。仕方なく、持ってきました鍵でカチャリと開けます。
「お父様、おはようございます」

「むぅ……」
ごそごそと動く、ベッドの上の羽毛布団。いつも通りですわね――いえ、
私はすぐに気付きました。この臭いは!
「お父様! 昨晩もお酒を多く飲まれましたわね!?」
「いやいや、大して飲んどらんよ……」
「嘘ばっかり! 全く私の親ですのに、どうしてこんなに怠け者なのです
か。人の前に立ち、人の先を行く――それが領主というものですわ。朝は
もっと早く、起きてくださいまし!」
「人は、それぞれ違うのじゃ……色んな考えがあっていいのじゃよ……」
「いいことを言った風にしてもだめです。ほら!」
無理やり揺り起こすと、父は手を伸ばして、その上半身だけをゆっくりと
持ち上げます。真っ白の頭髪とお髭はフサフサとしていて、見た目だけは
充分貫禄がありますのに……どうしてこんなに情けないのかしら。

「ふぁぁ……のう、レプリオーネや。お前は確かに立派にやっておるとは
思うが、あまり気負いすぎてもいかんぞ。我らはあくまで、ただ一人の王
たる"神人かみびと"より封ぜられた公爵、そのたった一世代にすぎぬ。じゃから」
「一世代? 今はお父様から私へと直系で継承されたのですから、ここに
いますのは二世代でしょう? 寝ぼけているのかしら」
怠け者のくせに隙あらばお説教しようとする父の口は、先手先手をもって
潰すに限ります。

「ああ。いや、いくら連続で継承されようとな、公爵家は常に一世代限り
と言いたかったのじゃ。家族は皆が公爵家となっても、その子世代は元来がんらい
平民に下らねばいかんことはお前も知っておるじゃろう? その子たちが
肩身の狭い思いをせぬよう、もっと柔和にゅうわにふるまった方が」
「子どもどころか夫さえありません私にとっては、関係ありませんわね。
そもそも、ありがたい"公爵家継承"のおかげで、私はそんなことになった
わけですし」
「……むぅ」

この話題を出せば、父は大抵押し黙るのです。便利ですわね。ただ――私
自身の胸にもチクリと棘が刺さる、諸刃もろはつるぎではありますけれど。ここで
ぱっと父に背を向け部屋を出ると、真っ直ぐに廊下つきあたりの階段へと
向かいます。その途中に、私の残りの家族である妹夫婦の部屋の前を通る
のですが、ここは華麗に通り過ぎます。彼女たちも怠け者には変わりない
ものの――もうすぐ二歳の可愛い盛りである乳幼児と一緒に、よろしくは
やっているのでしょう。それを邪魔する無粋さは、さすがに持ち合わせて
おりませんわ。……ああ! このイライラを早く散歩で解消しないと! 

階段前で警備している兵士が立ち上がるのを横目で返礼してから、ふわり
とスカートを持ち上げ一階へと駆け下りてゆく――今朝二回目ですわ。
「レプリオーネさま~」
と。その足が不意に、のほほんとした声に止められてしまいました。私の
侍従であるクロナです。声に続いて階段上からパタパタと追ってきた彼女
は、途中で「あっ」と躓づいて――「とっと」と私の隣で何とか持ち直し
ました。いつも通りのそそっかしさです。

「全く危なっかしいですわね」
「えへへ……あ、えっとですね。ベッドメイクとお部屋のお掃除は、もう
終わりましたよう」
そんな当たり前のことを伝えに、追いかけてきたのかしら。
「そう。ご苦労様――それだけ?」
「あっ、いいえ! 実はですね。昨晩のことなんですけどぉ」
さすがにそんなはずはありませんでしたね。でも……今の私には、却って
そちらの方が不都合なのです。
「ごめんなさいクロナ、その話は長くなりそうかしら?」
「はい! ちょっと長くなると思います~」
「でしたら、また夕方のお茶のついでにでも伺いますわね」
「あっ。はーい! 行ってらっしゃいませ、お気をつけてっ」

私は今度こそ振り返らずに、お城の門へと向かいます。今日は水曜日――
確か課外授業のある日ですから、急がなければもぬけの殻になってしまう
恐れがあるのでした。お城からそう遠くない距離ではあるのですけれど、
徒歩の場合は決まりによって門兵から一人を護衛に選ばないといけないの
が面倒だったりしますし……馬車を使います。初老の御者であるポールは
さすが、既にいつでも出せるように待機してくれていました。

さあ、学校へと急ぎましょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処理中です...