如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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領主のお仕事~その2~

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城門を抜けると、どこまでも緑の絨毯ジュウタンの見晴らし良く広がっていますのが
我が国ブレイパスの日常風景です。お城から真っ直ぐに伸びる道の左右は
平原でも森でもなく、人の手による畑ばかり――それも景観と安全のため
背の低い茶畑が中心となっています。ええ、素直に綺麗だと思いますわ!
特にちょうど今、春から夏にかけての時期は新緑がますます輝いていて、
どこからか常に花の香りもただよってきます。薄暗いお城の中とは大違い
ですわね……早速気分も晴れてゆくというものです。ただ、こうした景色
を眺めるのはあくまで、散歩の主目的ではありませんけれど。

お城から離れてゆくにつれ、野菜畑やお花畑の比率が上がってゆきます。
ところどころに朝食前のお仕事をなさっている方がいて、中でも気さくな
方たちは作業の手をとめて、私に挨拶して下さいます。声の種類にも色々
ありますように、中にはそこそこ素敵な方もいらっしゃるのでしょうね。
でも――女性ならともかく、男性だと私にはさっぱり分からないのです。

分かれ道から南東に進んで10分ほど……到着ですわ! 白くて可愛い校舎
が浮かぶ芝生の運動場には、朝食を終えてすぐにも遊びに出ているらしき
可愛い子どもたちの姿がちらほら見えます。ここはブレイパスの中央学校
――幼児から小児までが通う学び舎です。私は校舎前ではなく、即ここで
馬車を降りると運動場を横切り校舎へと向かいます……なぜって、子ども
たちの喚声を少しでも近くで聞いて、子どもたちの笑顔を少しでも近くで
眺めて、子どもたちの膝小僧を少しでも近くで楽しむためです。

「あー!」
まだ5歳か6歳くらいの小さな男の子が、追いかけてきたボールそっちのけ
で私を指差しながら大きな声をあげました。
「ぼくね、ぼくね、このと知ってる! えっとね、おー」
ふふふ。とても可愛いですわ! お名前は覚えてませんけれど、一昨日も
お会いしましたわよね。子どもたちには、私のことをレプリオーネ様とか
お姫様ではなく、"お姉ちゃん"と呼ぶようにいつも言ってあるのです。
「おー。おー……」
お姉ちゃんですわよ。がんばって!
「おばっけぴんく!!」
は?

この子を追いかけてきた14,5歳くらいの前髪が特徴的な男の子が、この子
の大声を聞くと同時に、私と同じように固まりました。あー、なるほど。
そういうことね? 私の明晰な頭脳は、瞬時に状況を解析します。まず、
ピンクと言えば唯一無二である私の髪の色のことですわね。それを前提に
して"ゴースト"とも呼ばれる「お化け」と「おば毛」をかけているのだと
思われます。で、最後の謎は「おば」って何? ですけれど……ま、十中
八九「おばさん」の短縮形でしょうね。簡単ですわ――あらあら、前髪が
目にまで掛かって半分しか見えませんけど、あなたのお顔がいつの間にか
冷や汗でいっぱいになってますわね。もしかして……おばっけぴんくとは
だったりするのかしら……? 見た目ならまだまだ
可愛いですのに本当、残念ですわ。どのようにぶっころしてやろうかし――

「わぁっ!?」
そのとき突然、右手側から声がして目をとられると――ズシャリ。金髪の
別の男の子が、顔から地面へと着地していました。ほんの数秒でガバっと
起き上がるものの、ああ。額が……じわり、とその子の目から涙が溢れる
と同時に、切れているらしい額からも血が流れ出してきました。
「うわ……うわああああんっ」
「あ……? わああああん!」
泣き声はあっという間に目の前の子にも連鎖して、場が混乱します。
「た、大変あなた! でも、大丈夫ですわ! ちょっと、動かないでね」
私はすぐに、額に怪我して棒立ちで泣きじゃくる子に駆け寄ります。

そして、血の流れ出ています額に直接は触れないよう手をかざして、心を
集中させます――どうかこの子の傷を癒したまえ、彼に健康あれ――! 

淡い光が額の傷をすうっと一瞬で治して、同時にすぐ金髪の男の子は泣き
やみます。傷跡どころか、流れ出た血さえも跡形なく元通りです。涙の跡
だけは残してしまいましたけど……完璧ですわ。これが当代の領主の実力
というものです! 金髪の男の子はというと――この子は10か11歳くらい
かしら――少しきょとんとしたあと、ぱあっと、とても可愛らしい満面の
笑みを浮かべながら私に抱きついてきました。
「お姉ちゃん! ありがとう~!」

コツンと彼の頭が私の顎に当たりましたけど全く痛くはなく、ふわふわの
感触と太陽の匂いがしました。私、先ほどは朝食を至福のときなんて表現
したかもしれませんけれど……子どもたちと触れ合う幸せに比べれば、何
てことのないものでしたわね。お散歩の主目的は、達成されました。それ
どころかいつも以上の役得に、私の活力は全開ですわ……!

「あ……ありがとうございます! おいフィノ、お前もお礼を言いな」
「ありがとー! お」
「お姉ちゃん! じゃあボク戻るね、バイバイ!」
ボールを回収して、子どもたちは校舎の方に戻ってゆきます。あら? 唇
の上に何か生ぬるいものが――鼻血でした。そして、お恥ずかしいことに
腰も軽く抜けていたようです。もちろんさくっと自分で治します。

「サンキューな、ジョバーニ……助かったよ」
「ふふ、一つ貸しだからね。でもレイネの言ってた通り、おばっけピンク
ってやっぱり、結構ちょろいね」
「ああ、違いねーだろ? でもなぁ、お前はマジですげぇよ」

遠くで今の子どもたちが何か話しているみたいですけれど、きっと他愛の
ないおしゃべりか、それか私を褒め称えているのでしょうね。ふふふ……
あら? そういえば何かを忘れているような気がしますけど――まあいい
でしょう。あっ そうでしたそうでした。立ち寄る建前として、教材用に
貸し出した本を回収するのでしたわね。

この中央学校は、私が幼少時代を過ごした場所でもあります。あの頃は、
妹エリーゼシアも、そして……トゥローテも、皆がただ「子ども」という
身分でしたわね。あ、そういえばクロナもそのときからの仲だったかも。
まあ、今となってはどうでも良いことですけれどね――私には、もう随分
遠い場所になってしまいました。でも、あの頃に通いましたこの場所こそ
……本物の学校でしたと、今では強く思います。

私は学園長と少しお話してから本を回収すると、お揃いの小さなリュック
を背負って東の林へと課外授業に行く子どもたちの姿を充分堪能してから
――こほん、辛く厳しい公務へと戻るのでした。

まだ朝も半分。お城の時計は、午前10時に近いところを指していました。
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