如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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消えた囁き声

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洞窟の最奥、暗闇の中で――この一連の影のやりとりを、呆然と見守って
しまわれたのは私と同じだったと思うのですけれど……ユーマさんは再び
瑠璃灯を掲げて、ゆっくりと更に近づかれました。怖いですけれど、私も
一緒です。というか、荷物のように背中の羽袋の中ですので……。
「ユーマ殿? それに――近づくな! なぜ戻ってきたのじゃ」
揺れる明かりに気付いて、でしょうか。お爺さんがすぐ私たちへと叫んだ
声はやっぱり少し恐ろしく、鋭いものでした。
「すいません! やっぱりどうしても、最後まで見届けたくて」
ユーマさんの声だけが、落ち着く響きです。でも私は、瑠璃灯の眩しさの
向こうに並ぶ影たちに目を奪われたまま、何も喋れずにいました。

『――ククク――』

頭に声が響きました。すかさず動いた影はお爺さんで、倒れている男から
バッと距離を取り剣を構えなおしていました。

『――我ながら、愚かなものだな。これほど醜く弱い人間の体に、必死に
なってしがみつくなど……滑稽滑稽、五十年の歳月で少しおかしくなって
いたらしい。クク……ヒひ、ギヒヒ……痛いな。蛇と病気に怯え、クズを
必死になって育てた悲しさよ。だが――』

黒い、嫌な予感。これって魔法と関係する光なのでしょうか。ピクリとも
しない影から、もやのような黒いものが立ち上りはじめました。影は全く
動きませんのに、声だけは饒舌に……身が竦むほどの音量で響き渡ります
のが奇妙でした。本当に、あの影が喋っているのかしら?

『殺してやったぞッ! 今まで一番多くな! ギッひヒ……そうさ、最後
なのだ。執念深い老いぼれめ、後一つ見せてやろう。最後――お前などの
思う通りには、何一つならぬと教えてやるためだけにな――』

「何か来るぞ! 何でも良い、魔法を使って身を守るのじゃ!」
お爺さんの叫びに、緊張が走ります。何かって何でしょうか。怪我などを
するから魔法を使ってというわけではなくて……そういえば、いつの日か
習ったことがありました。そう、あれは学校ではなく王立魔法大学院での
ことでした! 「もし、他者の魔法が自分の身に危害を加えそうになった
ときは、己の使える魔法を、強さも対象もでたらめで良いから使うこと」
――多分そのことですわ。え……でも、ユーマさんは魔法が使えません。
二人分みたいなことって、可能でしたっけ。それに、今は女神像がどこに
あるのか分かりません。もし遠くでしたら、私の力は半減してしまうわけ
ですし……ど、どうしましょう。ユーマさんは前を見据えたまま動かれる
こともなく、その表情も見えません。お願い! どうかユーマさんが怪我
されることありませんように……でも、でもどうすれば――

そのときでした。淡い緑色の光が洞窟の中、天井へと伸びる手ような岩の
上に、ぽっと優しく灯りました。あれは……少し距離がありますけれど、
緑色の魔法の光とくれば間違えようもありませんでした。女神像です!
何だか分かりませんけれど、これでしたら確実にユーマさんをお守りする
ことができそうですわ!

『――余の力を以って、致命の一撃を顕現せよ。首筋を一針、それだけで
充分だ――余の力を調べ、捕らえたいと思う老いぼれの浅はかさめ。今は
一時の勝ちを譲ってやる。だが、余は必ずお前の墓を荒らし、人間どもを
もっと殺してやる……ギひひ、あいつらと同じようになあッ――』

ズバブビャンッ

これ以上ないほど、嫌な音でした。その音と共に――
「ッ……レプリーさん、目を閉じて!」
ユーマさんの声は、間に合いませんでした。私の見ましたのは、黒い人影
であった者の首が引き千切れて一瞬空を舞い、そして岩場を転がり落ちる
一部始終でした……それもこちら側に転がり落ちてきたために、月の光と
女神像の光とで影ではなく、はっきりと見えてしまった気がします。黒く
毛深いヒゲに、片目の潰れた恐ろしい表情の首でした。

『――なん……だと……老いぼれが斬ったのか? いや、違う――』

地獄からの声が再び響きました。けれど、何か変です。

『――余の力で、首の血管一つだけを傷つけた。それだけのはずなのに、
なぜ、こうなったのだ――』

知らないですわよ! 全く意味が分かりません。怖くて口には出せないの
ですけれど、頭の中に直接響く声には涙目でそう応えたいところでした。

『――まあ……ギひ……い……さらば……――』

声が小さく、消えてゆきました。どこから聞こえているか分からなかった
それは、どこへ消えていったのかも全く分からないままに……急に枯れる
ように途絶えてしまいました。後には、暗闇に転がり月の光に照らされる
首と胴の離れた死体だけです。
「死におったのか……?」
お爺さんはスチャリと剣先を後ろに構えなおすと、空いている左腕一本で
倒れていた胴の部分を、胸元から持ち上げて掲げました。ああ、血が……
血がまだ流れ出し、影から地面へと滴っています。かなりの惨憺たる光景
でした。目を瞑り、ユーマさんの体にしがみついて吐き気をこらえます。
首の無い胴のあちこちには、ギラリと光るナイフのようなものがいくつも
突き刺さっていました。首からだけではなく、既に全身が血塗れだったの
ですわね……って、お爺さんは一体どうなのでしょう。それに今でしたら
もしかして、私にもできることがあるのかもしれません。

「やはり、死におったようじゃな」
再び目を開けると、お爺さんは胴体を首の横へ持ってきたあとに次は首を
調べているようでした。
「その男は、何者だったんでしょう」
「分からぬ。人間に教える名などない、今回もそう繰り返すだけじゃった
……囁くものウィスパー、儂はそう勝手に呼んでおった。長い長い悲願の末に、遂に
仇は討ったわけじゃが……結局何も分からんかった」
お爺さんの体もまた、血塗れでした。返り血を浴びているだけではなくて
擦り傷や火傷を中途半端に治したような跡が、剥き出しの腕をはじめ頬や
頭の色々な場所についていました。
「部下みたいな二人からは、魔王って呼ばれていたみたいです」
「悪意の芽じゃな。それも聞いたが名前ではなく、この世界の真の王だと
戯言を抜かしておっただけのようじゃ。三十年ほどか、今回こそは確実に
殺せたが、それでも、この手ごたえか……」

――どうか彼の者の傷を癒し、疲れを取りたまえ――
強い緑色の光がお爺さんを包み、そして弾けました。
「おお……これはありがたい。やはりブレイパスご領主のお力となれば、
ポーションとは比べ物になりませぬな」
「いくつか質問させていただきたいのですけれど、よろしいかしら?」
今しか聞けないと思いました。こんなところから早く出たいです、という
気持ちを我慢しながら勇気を出して、お爺さんに声をかけてみます。
「なんなりと」
「まずは、あなたのお名前を」
「当然ですな……ご無礼、平にご容赦を。儂はエルヴィス=ティラヴァと
申しまする」
「ティラヴァ。他領からいらしてたのですね。その、ここでは……」
何をしていたのですと聞くのは何となく違う気がして、口ごもると小さな
沈黙に襲われてしまいました。
「ここ、いえ、そう。彼らは何者だったのでしょう」
「……ユーマ殿からは、まだ全くお聞きになっておりませんでしたか」
「ああ。すいません、つい話す機会がなくて」
「いや、いや。すまなかったの。できれば知られずに終わらせたいと儂が
申したのじゃった。その口の堅さに感謝して、我が名前でご存知なければ
それは秘密……というわけにも行きますまいか」

お爺さんはそこで改めて私――を背負ったユーマさんの方に向き直ると、
膝をついて頭を下げ、見えなくなるほどの低い姿勢になって続けました。
「卑しき顕制ケンセイの身にて、悪意の芽を摘んでおりました」
その向こうに、無造作に置かれた真王……いいえ、"囁くもの"の首と胴とが
またはっきりと見えてしまいました。先ほどお爺さんが背中の向こうへと
さりげなく隠していたのでしょう……。
「ああ、あの。よその世界から来た俺には分かんないかもっすけど、要は
悪いやつをやっつける警察みたいなもので、って警察はダメか……そう、
正義の味方なんすから、卑しいなんて。頭を上げたほうが良いっすよ!
あ、でもケンセイって聞いて、最初はすごい剣の強い人かと勘違いしたん
ですけど、それは違うんすよね」

ユーマさんがまた珍しく慌てたように後ずさりながら、瑠璃灯を低い位置
へと下げられました。きっと、あの死体が私に見えないように……でも、
もう大丈夫ですわ。もちろん気を使っていただけるのは嬉しくて、死体を
見るのは気分の良いものではありませんけれど――ケンセイという特殊な
職業は、聞いたことだけはありました。悪いものが顕れないようにする、
場合によっては人を殺すことさえあるという職業です。過去に一度だけ、
その報告だか何かの書類があって、読もうとしましたら父上に取られた上
誤魔化された記憶がありました。

そして悪意の芽――あれは、おとぎ話の考察だったかしら……うろ覚えの
記憶だけはありました。人でありながら、人を傷つけることにためらいを
もたないとか……その辺りも、もう少し詳しく訊ねておきたいですわね。
でも――

「ここを出てから、もっと詳しいお話を伺いたいのですけれど。でもその
前にもう一つ……それを、治してもよろしいかしら」

これは今しか、言えないとも思ったのでした。
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