夏が終わった、そのあとに〜吟遊詩人とすみれの恋〜

楢川えりか

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【PART 2】2年生、秋

10. 共犯者たち

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 窓の外の街路樹は勢いをなくし、夜になれば涼しいというより肌寒い。すっかり秋になった。
 おれは都真の部屋のベッドに腰かけて、フランス語の問題集を解いていた。
「これってどういう意味?」
 隣で辞書を引き引き洋書を読んでいた都真が、おれの手元を覗き込んでくる。
「えっと、そこは再帰代名詞の半過去だから、『私たちは愛し合っていた』」
「あー、ありがと」
 淡々とした都真の答えを聞いて、おれはちょっと気まずい。
 愛し合っていたとかしれっと入れてくんなよ、フランス語の例文。愛の話が多い。
 別におれたちの間には、「愛し合っていた」ってほどの何かがあったわけじゃないけども。
「一夜、フランス語検定受けるの?」
 おれの手元を見て都真がたずねた。
「あーまあ、せっかく夏休みに行ったしな。忘れないうちに、形にしとこうかなって。都真は受けた?」
「うん、去年の冬に準二級はね」
「やっぱ、都真は早いよな」
「まあ、フランス文学科だし」
 都真はそう言って肩をすくめた。
 おれは結局、フランス語検定に申し込んだ。申し込みを決めたのは、やっぱり宮村の言うように、形にしておこうかなというのがひとつだけど、実はもうひとつ理由がある。
 おれも、交換留学に行けないかなとか、そんなことをうっすら考えてしまって、その可能性を諦めることができないからだ。
 わかってる。別におれが留学できたとして、それでもおれと都真は付き合うって話になるわけじゃないだろう。都真はもう一生、フランスにいるかもしれないんだし。
 だからどっちかっていうと、試験に落ちて、都真のことを完全に諦めるために受けているっていうか。後ろ向きだけど。
「それに、都真に会いにいくかもしれないじゃん」
 そうつぶやいて、おれは都真の肩に自分の頭を乗せた。
「ん、ありがとう」
 おれの頭を、都真の大きな手が撫でた。
 あー、胸がきゅんとしてしまう。上目遣いで都真の顔を窺うと、端正な顔が目に入った。おれが顔を上げると、都真の指がおれの頬をなぞる。
 唇が触れ合う。
 見つめあって、おれはまた彼の肩に自分の頭を預けた。都真がおずおずと、おれの肩を抱く。おれたちは最近、無言でこうやって過ごしている。
(あーダメだ……)
 わかってる。さんざん泣いて、おれたちは友達でいるって話になった。おれは喫茶店では泣かなかったけど、帰ってからは相当泣いた。
 それなのに。
 おれは夏の終わりに、自分で言ったことを思う。
『おれとしては、好きじゃない人とはこんなことはしないんだけど』
 友達とはキスしないよな。
 いつのまにかおれの中で、どこまでが友達なのか、変わってしまった。
 都真もたぶんそうだ。
 おれたちはこういうときに、何も話さないようになった。話さなければ存在しないみたいに、黙ってキスをする。
 キス以上のことは、さすがにしてない。でも部屋に泊まらせてもらうときには、同じベッドで寝てる。ベッドはひとつしかないからだ。抱きつくことも、抱きしめられることもある。
 なんでこんなことになったのか、おれにはよくわからない。都真から始めたわけではないと思うけど、おれからだったのかと言われると、そのつもりはなかったんだ。
 たぶん、おれの距離があんまり友達の距離じゃなかったような気もするし、都真だって、それをいやがらなかった。
 今だって、都真の腕の中にぴったりとおさまって、おれはいやじゃないんだ。れられたられられるだけ、もっとさわってほしいし、おれからもれたい。
 こんなふうな関係でいるのはつらいのに、喜びも生まれてしまって、これ以上、彼と距離が生まれるのはいやだ。
 どうしたらいいのかわからない。
 おれたちはすっかり、共犯者みたいになってしまった。
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