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第一話:異世界の厨房と味の影
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エリクサの賑やかな街角に佇む食堂「英雄の食卓」。店内は、柔らかな照明の下で、上品な香りが漂い、客たちの笑い声が心地よく響いていた。カウンターの向こうで、金髪に青い瞳の優雅な男性、アルフレッドが、洗練された手つきでワインを注いでいる。
年齢は四十路を少し越えた頃合いだが、地球でのシェフ経験がもたらす落ち着きと、異世界での苦労が刻んだ細かな皺が、彼をより魅力的に見せていた。そこへ、久しぶりの顔が現れた。黒髪の少女、アリスだ。日本から転生してきた彼女は、かつてこの店で住み込みの給仕として働き、最近は自分の雑貨屋を開店して忙しい日々を送っていた。
軽やかなサンダルを履き、いつもの明るい笑顔で店内に入ってきた。
店内の一角では、常連のザックが座っていた。穏やかな表情を浮かべ、料理を頬張っている。
ザックはアリスに気づくと、大きな手を振って声をかけた。「おお、姐ちゃん! 久しぶりじゃねえか。雑貨屋が繁盛してるって聞いたぜ。今日は客か? ここの新メニュー、試してみろよ。相変わらず絶品だぜ!」
アリスは笑って手を振り返した。「ザックさん、元気そうですね! そう、雑貨屋が忙しくて来れなかったけど、今日はゆっくり食べに来たよ。」アリスがメニューを眺めながらカウンターの席に着くと、アルフレッドは柔らかな微笑を返した。
「アリス、よく来てくれたね。君の笑顔を見ると、僕も元気が出るよ。雑貨屋の開店以来、忙しそうだね。今日は特別に、僕の新作を振る舞おうか。」
だが、その言葉を交わす間、アルフレッドの瞳には一瞬、遠い記憶がよぎった。この店を始めるまでの道のり――異世界への転移、そして人情味あふれる出会いと再建の物語。アルフレッドはグラスを磨きながら、静かに過去を思い出した。
それは、数年前の出来事。
フランスで一流レストランのベテランシェフとして忙しい日々を送っていたアルフレッドは、三十代後半の頃、ある夜遅く、厨房で新しいフランス料理のレシピを試作していた。
突然の眩しい閃光が視界を覆い、周囲が激しく揺れた。
次に目を開けた時、彼は見知らぬ世界にいた。
エリクサの街外れ、埃っぽい路地の裏庭。しかも、ただ彼一人ではなく、厨房ごと――重い鉄製の鍋、鋭い包丁、棚いっぱいの調味料の瓶、さらにはオーブンまで――が丸ごと転移してきていたのだ。
「ここは……どこだ? 夢じゃないよな……」
アルフレッドは周囲を見回し、混乱を抑えながら立ち上がった。空は青く、遠くに奇妙な形の塔が見え、街の喧騒が聞こえてくる。明らかに、地球ではない。中世ファンタジーのような世界――馬車が走り、魔法の灯りが浮かび、冒険者たちが剣を携えている。
その時、近くの古びた建物の扉が勢いよく開き、白髪の老人が飛び出してきた。老人は転移した厨房を見て、目を丸くし、杖を振り上げた。
「何じゃこりゃあ!? 突然厨房が現れるなんて、魔法のいたずらか? 魔物の仕業か!? ワシの店に何をするつもりじゃ!」
老人は「英雄の食卓」の店主で、名前をエドガーといった。店は古くからあるが、最近は客足が遠のき、潰れかけていた。アルフレッドは慌てて手を挙げ、落ち着いた声で説明した。「申し訳ありません。私はアルフレッドといいます。どうやら、この世界に迷い込んでしまったようです。厨房ごと転移したみたいで……害意はありません。むしろ、助けていただけるなら。」
エドガーは最初、疑いの目を向けたが、アルフレッドの誠実な態度に少し心を緩めた。
「ふん、異世界人か。珍しい話じゃのう。だが、ワシの店はもうおしまいじゃ。街の開発で、地上げ屋どもが毎日来て、追い出そうとしとる。こんなところで厨房が落ちてくるなんて、運が悪いわい。しかも、最近は味も分からなくなってきてのう……もう引退じゃ。」
エドガーの言葉が終わらないうちに、店の表扉が荒々しく開かれた。入ってきたのは、筋骨隆々とした男たち三人――地上げ屋の一味だ。
リーダーの大男、ザックは、にやりと笑ってエドガーに詰め寄った。
「爺さん、今日が最後通告だぜ。このボロ屋を明け渡せ。街の新しい区画開発で、こんな古い食堂は邪魔なんだよ。金は弾むから、さっさと出てけ。」
ザックの後ろにいる二人の手下も、威圧的に腕を組んで立っていた。
エドガーは肩を落とし、諦めたようにため息をついた。「もう、ワシには力がない……。」
しかし、アルフレッドは黙っていられなかった。転移してきた地球の調味料を手に取り、優雅だが力強い声で介入した。
「待ってください。判断を急がないで。まずは、この店の可能性を信じてくれませんか? 僕が特別な料理を作ります。もしそれで気に入らなければ、僕も一緒にこの店を去ります。でも、もし美味いと思ったら……店を残す価値があるかどうか、考えてみて。」
地上げ屋たちは嘲笑した。ザックが鼻で笑う。「はっ、料理でどうこうなるかよ? 爺さんのマズい飯なんか、食ったことあるぜ。まあ、暇つぶしに付き合ってやるよ。でも、今日じゃねえな。3日だけ待ってやる。その間に、俺たちを納得させる料理を作ってみろ。失敗したら、店は即刻潰すぜ。」手下たちも同意し、笑いながら店を出て行った。
だが、3日の猶予は短い。異世界の厨房で、何ができるのか……。
年齢は四十路を少し越えた頃合いだが、地球でのシェフ経験がもたらす落ち着きと、異世界での苦労が刻んだ細かな皺が、彼をより魅力的に見せていた。そこへ、久しぶりの顔が現れた。黒髪の少女、アリスだ。日本から転生してきた彼女は、かつてこの店で住み込みの給仕として働き、最近は自分の雑貨屋を開店して忙しい日々を送っていた。
軽やかなサンダルを履き、いつもの明るい笑顔で店内に入ってきた。
店内の一角では、常連のザックが座っていた。穏やかな表情を浮かべ、料理を頬張っている。
ザックはアリスに気づくと、大きな手を振って声をかけた。「おお、姐ちゃん! 久しぶりじゃねえか。雑貨屋が繁盛してるって聞いたぜ。今日は客か? ここの新メニュー、試してみろよ。相変わらず絶品だぜ!」
アリスは笑って手を振り返した。「ザックさん、元気そうですね! そう、雑貨屋が忙しくて来れなかったけど、今日はゆっくり食べに来たよ。」アリスがメニューを眺めながらカウンターの席に着くと、アルフレッドは柔らかな微笑を返した。
「アリス、よく来てくれたね。君の笑顔を見ると、僕も元気が出るよ。雑貨屋の開店以来、忙しそうだね。今日は特別に、僕の新作を振る舞おうか。」
だが、その言葉を交わす間、アルフレッドの瞳には一瞬、遠い記憶がよぎった。この店を始めるまでの道のり――異世界への転移、そして人情味あふれる出会いと再建の物語。アルフレッドはグラスを磨きながら、静かに過去を思い出した。
それは、数年前の出来事。
フランスで一流レストランのベテランシェフとして忙しい日々を送っていたアルフレッドは、三十代後半の頃、ある夜遅く、厨房で新しいフランス料理のレシピを試作していた。
突然の眩しい閃光が視界を覆い、周囲が激しく揺れた。
次に目を開けた時、彼は見知らぬ世界にいた。
エリクサの街外れ、埃っぽい路地の裏庭。しかも、ただ彼一人ではなく、厨房ごと――重い鉄製の鍋、鋭い包丁、棚いっぱいの調味料の瓶、さらにはオーブンまで――が丸ごと転移してきていたのだ。
「ここは……どこだ? 夢じゃないよな……」
アルフレッドは周囲を見回し、混乱を抑えながら立ち上がった。空は青く、遠くに奇妙な形の塔が見え、街の喧騒が聞こえてくる。明らかに、地球ではない。中世ファンタジーのような世界――馬車が走り、魔法の灯りが浮かび、冒険者たちが剣を携えている。
その時、近くの古びた建物の扉が勢いよく開き、白髪の老人が飛び出してきた。老人は転移した厨房を見て、目を丸くし、杖を振り上げた。
「何じゃこりゃあ!? 突然厨房が現れるなんて、魔法のいたずらか? 魔物の仕業か!? ワシの店に何をするつもりじゃ!」
老人は「英雄の食卓」の店主で、名前をエドガーといった。店は古くからあるが、最近は客足が遠のき、潰れかけていた。アルフレッドは慌てて手を挙げ、落ち着いた声で説明した。「申し訳ありません。私はアルフレッドといいます。どうやら、この世界に迷い込んでしまったようです。厨房ごと転移したみたいで……害意はありません。むしろ、助けていただけるなら。」
エドガーは最初、疑いの目を向けたが、アルフレッドの誠実な態度に少し心を緩めた。
「ふん、異世界人か。珍しい話じゃのう。だが、ワシの店はもうおしまいじゃ。街の開発で、地上げ屋どもが毎日来て、追い出そうとしとる。こんなところで厨房が落ちてくるなんて、運が悪いわい。しかも、最近は味も分からなくなってきてのう……もう引退じゃ。」
エドガーの言葉が終わらないうちに、店の表扉が荒々しく開かれた。入ってきたのは、筋骨隆々とした男たち三人――地上げ屋の一味だ。
リーダーの大男、ザックは、にやりと笑ってエドガーに詰め寄った。
「爺さん、今日が最後通告だぜ。このボロ屋を明け渡せ。街の新しい区画開発で、こんな古い食堂は邪魔なんだよ。金は弾むから、さっさと出てけ。」
ザックの後ろにいる二人の手下も、威圧的に腕を組んで立っていた。
エドガーは肩を落とし、諦めたようにため息をついた。「もう、ワシには力がない……。」
しかし、アルフレッドは黙っていられなかった。転移してきた地球の調味料を手に取り、優雅だが力強い声で介入した。
「待ってください。判断を急がないで。まずは、この店の可能性を信じてくれませんか? 僕が特別な料理を作ります。もしそれで気に入らなければ、僕も一緒にこの店を去ります。でも、もし美味いと思ったら……店を残す価値があるかどうか、考えてみて。」
地上げ屋たちは嘲笑した。ザックが鼻で笑う。「はっ、料理でどうこうなるかよ? 爺さんのマズい飯なんか、食ったことあるぜ。まあ、暇つぶしに付き合ってやるよ。でも、今日じゃねえな。3日だけ待ってやる。その間に、俺たちを納得させる料理を作ってみろ。失敗したら、店は即刻潰すぜ。」手下たちも同意し、笑いながら店を出て行った。
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