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第三章 悪役令嬢は学院生活を送る

109.悪役令嬢の母親は観察する

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 娘をとりあえず護衛付きで家に帰したわけだけど、急遽のお茶会なのに幾つかの家は準備万端といった雰囲気な者達がいた。元々予定していて準備していたのか、それとも恰も準備していましたを装っているのか。

 私はそんな事を考えなら、周囲をよく観察する。

「母上、僕も何か役立てることはあるかな?」

 ディランがそう言うけど、私は「特にありません」と答えた。無くはないのだけど、今日に関しては私達が動いて何かが変わるか? と、言われればそんな事は無いと断言出来る。それにディランの同年代の子達は本日の催しには参加していないハズだ。

 アイザックの同年代は幾人かいるようだけど、少し下のディランの年代は学園から帰ってきている人間は少ないと予想していた。この子も久しぶりに我が家へ帰って来た――と、いうレベルで多くの者達は学園都市から出る事はあまり無く、帰るとしても長期休暇の間くらいだ。

「特に何もありませんが、全体を俯瞰するように見る事を心がけなさい。貴方は少し抜けているところがありますからね」
「手厳しいなぁ。まぁ、兄上やエステリアに比べれば僕は特に凄いところがないから」

 ディランはそう言いますが、苦手な事が無いだけで劣っているところは何も無いという、どちらかと言えば完璧超人みたいな子なんですけど、何故か自己評価が低いのです。まぁ、欠点といえば性格的なところ、変なところで抜けているところでしょう。

「あら? アイザックやエステリアは苦手な分野が存在するけど、貴方にはそれが無いだけで優劣で言えば貴方の方が凄いと思うのだけど」
「いやぁ、正直言って、ただの器用貧乏だと思うんだよね。確かに周囲と比べると僕は突出していると自覚はあるけど、兄上の世代や妹の世代と比べられると厳しいなぁ。と、いうのが僕の見立てなんだよね」

 そう言われれば確かにですけど、兄を支える存在としてはそういう人材はとても有用だと私は思う。旦那様も同様に考えていると思いますけど。

「そういえば、僕は王族とは全く関りを持っていないので分かりませんが、最近中々に面白いヤツと知り合いになりまして」
「面白い……ですか?」
「ええ、ゲオルグ・リーデンバルト――爵位でいえば騎士爵家です」

 リーデンバルト家と言えば古参の騎士爵家ですね。あそこはとても子沢山で現在も騎士団にあの家の者が複数いましたね。

「何が面白いのですか?」
「彼は随分と最近は休みのたびに魔導洞窟ダンジョンへ通っているんですよ」
「普通では無いのですか? 特に下位貴族では学費を稼ぐために魔導洞窟ダンジョンへ通う子達は結構いると思うのですけど?」
「まぁ、確かにそうなんですがアイツは近衛を目指していると言いながら、冒険者として活動してるんですよね。しかも、どうやら最近は『黒狼』殿に弟子入りしたと言っていました」

 あら、それは面白いというより、大丈夫? と、心配しないといけない話では無いかしら? 近衛に入るには学園でもある程度優秀な成績か、王族や上位貴族、騎士団での活動で認められることが求められるのは確かだけど、『黒狼』殿ね――最近は少し派手に動きすぎじゃない? 後でしっかりと言い含めておかないとダメみたいね。

「近衛を目指している割には悠長ね。リーデンバルト家だから大丈夫と思っているのかしら?」
「そういう節は確かにあると思うんですよね。いい奴ではあるんだけど、さすがに近衛は難しいんじゃないかと」
「そうね。でも、貴方が面白いと思うのであれば良い関係を保ちなさい」

 私は息子にそう言うと楽しそうに微笑んだ。自称器用貧乏の息子ディランの良くないところでもあるけれど、謀が好きなタイプの子なのよね――どこの誰に似たのやら。そんな事を考えていると人の流れがおかしい事に気が付く。

 態々こちらには来ないと思っていたのだけど、こちらに来そうな雰囲気ね。そんな事を思っていると旦那様が気配を消しながら私の側に戻って来た。

「おや、エステリアは帰らせたのかい?」
「ええ、丁度いい護衛が来てくれたので家に送らせました」
「ククッ、彼も災難だね。私が挨拶に行った時は陛下達も居たので何も言わなかったのだが、ついさっきになって殿下がエステリアが挨拶に来ないと文句を言い出したみたいだよ。どうやら、こちらに文句を言いに来ると言っていたようなので戻って来たよ」
「陛下達はなんと?」
「ちょうどパルプスト公と歓談している時だったから、先程気が付いたようだけど、時すでに遅しだね。ただ、何か言ったとしても婚約者なのだから挨拶に来るのは当然だと正論を言われたらさすがに陛下でも何も言い返せないよ」

 それは確かにその通りだ。ただ、帰った理由も何とでも言えるのでそこは問題無い。無茶な屁理屈でもバンバン付けてしまっても、いくら相手が不愉快に感じようが出来る手は全て打つのが正解だ。

 しばらく様子を見ていると、やはり殿下本人がこちらへ来たようだ。

「ハーブスト公爵、エステリアはどこにいる? 何故、彼女は私の元に挨拶へ来ないのだ?」

 相変わらず、冷静に怒る子供だ。感情の機微を表情に出すのが本当に苦手なのね。私はそう思いつつ、私と旦那様、ディランは深々と最敬礼をする。ここは臣下の礼は取らないのが基本だ。我々は陛下の臣下であって、その子供の臣下では無いから。

「これはクリフト殿下、大変申し上げ難いのですが我が娘は体調が悪く、途中で帰らせました。私が我が家を代表してご挨拶に向かった際にも言ったのですが……」

 と、旦那様が言う。たぶん、言った言ってないはどうでも良くて、言ったハズと言っておけば水掛け論になるので、相手も下手な事は言えなくなる強引な方法。ここを涼し気な顔をで言えるのが流石若くして家督を譲られた奇才と言えるわ。素敵な旦那様よ。

「む、聞いてお――いや、そうだったか?」

 殿下は聞いていないと言いかけて止めて、すぐさまに首を傾げた。うん、とても優秀な子だわ。すぐに水掛け論になりそうだったので否定せずに曖昧にする事で着地させたわ。

「しかし、婚約者である私に直接言っても良かったのでは無いか、公爵」
「もし、殿下にうつるような病であれば、問題がありましょう。娘はとても心優しい子なのです。迷惑を掛けるのであれば、誰にも告げずソッと会場から消えた方が良いと判断したのでしょう。私達はその心を大切にしたのです」

 殿下はそれを聞いて黙ってしまう。ただ瞳には苛立ちの色がかなり色濃く出ているわね。我が旦那様の狸っぷりも随分と板について来て、私もとても安心。と、いうか惚れ直してしまいます。

「そうだ、殿下。気になるのであれば我が娘に手紙でも書いてみたら如何ですか?」

 旦那様はニコリと微笑み、殿下はムッとした雰囲気を見せつつ小さく息を吐く。

「そうだな、考えておくよ。それではな、邪魔をした――」

 そう言ってその場を逃げるように去って行った。当然、周囲は騒めきと様々な視線が飛び交うけれど、私達は素無視を決め込み何事も無かったように振る舞います。

「こんな感じでよかったかな?」
「さすが旦那様ですわ。殿下も公爵家が如何に面倒な相手か理解したでしょう。それにとても優秀な子ですから、マシになってくれれば……と、思うのですけどね」
「優秀なのは確かだけど、どうかな……人間関係の構築には色々と失敗をしているようにも見えるよ。特に貴族派の人間が周囲をウロウロとしていたからねぇ、心配なところだけど、我々が何を言っても聞いては下さらないだろう」
「そうねぇ、陛下やランパード閣下にしても、中々言えないようだし――難しいでしょうね」

 と、私と旦那様は王家の者達が集まっている付近を見つつ、溜息を吐くのであった。
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