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俗世

オンナを捨てる覚悟とは

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洋服の多くを処分した恵美子は前日に紳士服のチェーン店で女性用スーツを購入した。

 早朝の四時に起きると、スーツに着替えて佑太の家を出た。

 紺色のスーツにスカート、黒いヒールという出で立ちだった。

 恵美子は朝一番の新幹線に乗り込み、小山駅に着くと改札口を出ると由美子が待っていた。

 笑顔で大きく手を振る由美子の姿が見える。

 紺色のスーツにスカート姿だった。

 恵美子は由美子に駆け寄った。

「お久しぶりですね、恵美子さん」

「こちらこそ」

 お互い両手を握り合い久しぶりの再会を喜んだ。

 二人は小山駅に停めておいた軽自動車に乗り込んだ。

 由美子がハンドルを握り、成願寺へと向かう。

 数十分ほど走ると町の郊外にある成願寺に着いた。

 寺に入ると多くの僧侶が得度式のために集まっている。

 二人は控室に入った。

 六畳ほどの畳の部屋に鏡台が置かれている。

「恵美子さんに見届けてもらうのは嬉しい」

「私も由美子さんの得度式に参加させてもらえるなんて光栄よ」

「写真を撮ってもらえますか?」

「写真?」

「そう、女性最後の日だから撮って欲しいの」

 そう言うと、バッグからカメラを取り出して恵美子に渡した。

「これで撮るの?」

「そう、ここのボタンを押せば撮影できるから」

 由美子は恵美子が持つカメラの電源を押した。

「じゃあ、ポーズをとって」

 由美子に呼びかける。

 右手を腰において由美子はポーズをとる。

「じゃあ、はい!」

 恵美子はカメラのシャッターを切った。

「髪も随分伸びたね」

「そう、以前、会ったときは肩くらいだったけど、得度を決心したときから切る気になれなくて、背中の真ん中くらいまで伸びちゃった」

「綺麗な髪ね」

 恵美子は由美子の艶やかな髪を撫でる。

「恵美子さんも綺麗な髪」

 由美子は羨望の眼差しで見る。

「有難う、お互い得度式を過ぎたらツルツルだけどね」

「そうね」

 二人は大笑いした。

 由美子はスーツを脱ぎだした。
 
 ブラウス、スカート、パンスト、ブラジャー、パンティーと順番に脱ぐと由美子の裸体が露になった。

 由美子は150センチほどと小柄な身体だが、学生時代は長距離走をしていたので引き締まっていた。

「私の裸も撮ってくれます?」

「いいわよ」

 カメラを構えてシャッターを切った。

 由美子最後の女性としての写真を撮り終えた。

 長い髪をゴムでポニーテイルにした。

 写真を撮り終えると、由美子は得度式に臨むため白装束に着替えた。

 一連の儀式を終えると、別室で剃髪する。

 部屋の真ん中に白い敷物が敷かれている。

 そこに正座して由美子が座ると、近所の床屋さんが鋏を持って後ろへと回る。

 床屋さんは60を過ぎたおばさんだった。

 ポニーテイルの結び目に鋏を入れる。

 ジョキジョキと音が部屋に響き渡った。

 切り終えた髪の束を白い包み紙に丁寧にしまった。

 ショートボブくらいの長さになった由美子の表情は涙で溢れている。

 霧吹きで由美子の髪を濡らした。

 おばさんが右手に持つ、電動のバリカンがけたたましい音を立てている。

 由美子が目を瞑ると、真ん中からバリカンが入っていく。

 まるで雪を掻き分ける除雪車のように、一気に黒髪が剥がれ落ち、頭の地肌が姿を現す。

 正座している由美子の上には容赦なく黒髪が落ちていき、黒い塊が大きくなっていく。

 女性から俗世を捨てた僧侶へと変貌を遂げていくのだった。

 丸坊主姿になった由美子はまるで、高校野球の球児のような清々しい顔になっている。

 次に蒸したタオルが頭に載せられ、シェーヴィングクリームを塗ると、丁寧に時間を掛けて青々とした剃髪姿になっていく。

 剃髪を終えると、白装束から黒い法衣に身にまとった姿を恵美子の前に見せた。

 由美子から慈妙と名を変えた尼僧姿は神々しさすら感じるのだった。

 得度式を終えて帰途に就く途中の車の中

「今日はありがとうございました」

「いえ、由美子さん、いえ、慈妙さんも剃髪姿がお似合いですね、頭の形がいいんでしょうね」

「ううん、恵美子さんのほうが似合ってるよきっと、私も得度式に呼んでくださいね」

「分かった、きっと呼ぶから」



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