終わりなき進化の果てに──魔物っ娘と歩む異世界冒険紀行──

淡雪融

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「レヴィー、君は【鑑定】が使えたね」
「ええ。無生物に限りますが」
「いやいや何であれ【鑑定】は重要なスキルだよ。……それで忙しいところすまぬが、これらを鑑定してくれないかね?」
「了解しましたー」
レヴィー特有の間延びした声が執務室に響く。
グラノイアスから呼び出されると、レヴィーはすぐに執務室にやってきた。
俺がアイテムボックスから取り出した物をレヴィーが一つずつ鑑定していく。初めは少し面倒くさそうにやっていた彼女だったが、だんだんと積極的にやり始めた。
何となく彼女の気持ちがわかる。
【鑑定】によってある物の情報が脳内に次々浮かび上がってくる感覚には、何ともいえない快感があった。何度使っても飽きることがなく、むしろ好奇心を刺激されてもっと知りたいと思うようになるのである。
【鑑定】はそれなりにレアなスキルだから、ギルドであればこのスキルが使える者はたとえば換金所の鑑定係などを任されるはずだ。レヴィーが受付係をやっているのは【鑑定】スキルの有無は別にして、すでに優秀な鑑定係がいるか、あるいは容姿端麗な彼女はどちらかと言えば地味な裏方である鑑定係よりも広告塔的側面もある受付係のほうが向いていると判断されたからだろう。案外後者ではないかと思う。
ちなみに俺が【鑑定】を使えることは、この場では黙っていることにした。ヴェルも自分から言い出さない俺を見て察してくれたのか、何も言わないでいる。
別にグラノイアスやレヴィーを信用していないわけではないし、知られたからどうということでもない。だが俺も一介の冒険者だ。己の身一つで戦いの世界を渡り歩いていこうという冒険者が、みだりに自分の手札を晒すべきではない。この場で【鑑定】スキルを持つ者が俺だけだというなら仕方ないが、こうしてレヴィーが使えるわけだから黙っていることにしたのだ。
【アイテムボックス】の開示はやむを得なかった。コーボルトたちの縄張りから持ち帰った物を調べ直すことが、ネビュラス・コーボルトが現れた理由と、それまで平和な暮らしを営んでいたはずのコーボルトの群れが共食いを始めた原因を突き止める鍵になるかもしれない。この件は早急な解決が求められるから、俺個人のわがままを優先させるわけにはいかないのだ。
そして【アイテムボックス】の開示によって【次元魔法】が使えることもわかってしまうから、同じ系統の魔法である【次元の狭間】についても明かしたというわけである。まあ、縄張りに死骸が残されていないことを調査隊が報告すれば「誰が死骸を処理したのか」という疑問が出てくるのは間違いないわけで、だったら正直に言っておいたほうがいいだろう。
「助かるよレヴィー。私はそのスキルを持っていないからね。うらやましい限りだ」
手際よく物品の鑑定を進めるレヴィーを、本当に羨ましそうに眺めながらグラノイアスが呟く。
「いえいえ、お安い御用です」
微笑みながらレヴィーは作業を続ける。
そして――すべての鑑定が終了した。
「はーい。これで終わりです」
「ふむ、ありがとう。それにしても速いな。【鑑定】のスピードが上がっているようだね。……それで、どうだった?」
レヴィーは少し照れつつ答えた。
「それほどでも。……えーと、どの品も普通の、どこにでも売られているようなものでした」
「うーむそうか……いや、とにかくありがとう。しかし、ふむ……」
グラノイアスがレヴィーから視線を外して天井を見上げる。何か考えているようだ。
俺が持ち帰った品々の中にコーボルトの異常行動の原因となる特殊なものがあると推測していたのだろう。それが見当違いだとわかり、また別の考えをめぐらせているに違いない。
「……あの、ただ」
報告はまだ終わっていなかったらしく、レヴィーが再び口を開いた。
レヴィーに視線を戻すグラノイアス。
俺たちもレヴィーを見る。
「一つ気になるものがありました。……これ、です」
レヴィーが持ち上げて見せたのは、どうということのないただのびんだった。
「この瓶、【鑑定】の結果は何の変哲もないものだったんですが……これには『紋様』がありません。ご存じのとおりハーガニーにはガラス工房が一軒だけありますが、その店で製造される製品にはすべてある紋様が刻まれています。ですので紋様がないこの瓶は、ハーガニー以外で作られたものと思われます。しかし近隣の都市――アバディーンやフーバーには、確かガラスを扱う店はありません。少し前にそれらの都市から来た冒険者と世間話をしたことがあって、彼らは皆家族や知り合いへのお土産としてこの街のガラス細工を買っていました。『自分たちの街にはこういう店はない』と珍しがっていたのです。それでよく覚えていたんです。ですからこの紋様がない瓶は、それらの都市よりもっと遠方で作られ持ち込まれた可能性が高いと思います」
レヴィーは一気にそう喋った。
紋様のない瓶。
俺もこれを見つけた時、やはり気になった。
だが結局わからずじまいで、ひとまずアイテムボックスに仕舞い込んだまま半ば忘れていた。レヴィーも同じように変だと感じたらしい。やっぱり鍵はこの瓶か。
一体どこで作られたのだろう?
レヴィーが言うように、フーバーやアバディーンよりも遠いどこかでなのだろうか。
ハーガニーに発展をもたらした大河ハーグは東に流れ、やがて大海へとたどり着く。
河の終着点であるその河口にはハルヴェリア三大都市の一つコーデポートが栄えているが、このコーデポートとハーガニーの間にも、豊かな水量をたたえるハーグ河の恩恵にあずかって発達した中都市があった。
それがアバディーンとフーバーである。
ハーガニーやコーデポートほどではないにしろ、その規模は立派なものだそうで、他国の大都市と比べても遜色そんしょくないと言われている。
もちろん俺はまだ行ったことはないが、俺が愛読してやまないS級冒険者ギルバートの紀行録でもこの二都市については触れられているので少しは知識がある。まあギルバートの頃と今とでは、街の様子も多少変わってしまっているかもしれないが。
レヴィーの推論を聞いたあと、グラノイアスは瓶を手に取って「ふむ」と呟きながら、ためつすがめつしていた。高価な宝石でも調べるような仕草だ。
瓶は割れていて底をはじめ一部分が欠けてしまっている。口と、底に続くネックの部分、そしてやや広がった本体が半分ほど残っているために瓶だということはわかるのだが、中身が何であったのか判別することは難しそうだ。底がないし、見たところ内側に何かが付着しているわけでもない。
髭をしきりにいじりながらしばらく瓶を眺めていたグラノイアスは、もう一度「ふむ」と言ってから、手にしていたものをレヴィーに返した。
「見たところ、この瓶は『グレーフィーダー』で作られたもののようだ」
「グレーフィーダー……ドワーフの地、ですか?」
思わず俺が聞く。本で読んだだけだが、その地名は知っていた。
グラノイアスが頷く。
「そう、鍛冶と酒の民ドワーフの地。ここハルヴェリア王国の南西にそびえる険しい山脈の先にある一際ひときわ巨大な火山、その麓に存在する自治領だ。その近くにある都市コニーデとの間を繋ぐトンネルが開通してからは、かの地から世界中にドワーフが移住しているがね。この街にもドワーフが何人かいる。会ったことはあるかな?」
ドワーフ――背が低く、毛むくじゃらで、いかつい体つきの男たち。
もちろん会ったことはある。
一昨日、クエストの帰りに知り合ったベテラン冒険者のオルバさんに連れていってもらった、武器屋のおっちゃんだ。
そういえばおっちゃんに注文した武器は「三日」でできるって話だったな。
明日か。
あれから色々ありすぎてほとんど忘れかけていた。取りにいかないとな。
「ええ会いました。すぐそこの、武器屋の」
「あの店かあ、すっごくくさいお店だったねー……」
ヴェルが何か苦いものでも食べたような顔になった。
その顔が面白かったのか、グラノイアスは「くっくっく」と小さく笑い出し、やがて堪えきれなくなったのか声を立てて笑った。
恐ろしく豪快な笑い声。
彼の肉体の強さを象徴しているみたいだ。
「ガッハッハッハ……臭いか、これはまた率直な感想だ! その店のドワーフには私も何度か世話になったことがある。彼は『自分はまだ鍛冶師としては未熟者だ』などととぼけているが、すでに一流の腕前といっていいからね」
そう言いながらまた「くっくっく」と笑いをかみ殺している。「臭い」というヴェルの感想に、彼自身思い当たる節があったのだろう。
俺たちはしばらくの間、一人でひざを叩いているグラノイアスをぽかんと見つめていた。
少ししてようやく笑いの波が収まったらしい彼が、目尻に浮かぶ涙を袖で拭いながら言った。
「ドワーフの作るものは、ほとんどの場合人間の作ったものを遥かに上回る品質を誇る。相応に高価ではあるがね。冒険者たる者、己の肉体を鍛えることに邁進まいしんすべきではあるが、身につける武具、防具の質を惜しんでもいけない。君たちも機会があれば一つ頼んでみるといい。……さて、それでは今回のネビュラス・コーボルト出現、群れの異常行動、およびこの瓶をはじめとする残留物については、各主要都市の冒険者ギルドにも伝えておくとしよう。特に瓶に関しては優先的に調べてもらうようお願いしておく。……ふむ、今日のところはこれで終了としようか。なかなか有意義な時間だった」
そう言ってグラノイアスが立ち上がる。
続いてレヴィー、そして俺たちも席を立った。
会釈して失礼しようとした俺たちをグラノイアスは順に見つめ、最後にキルケで止まった。
そして何かを思い出したように「ポン」と手のひらを叩いた。
「いかんいかん忘れていた。そういえばキルケ殿のギルドカードを作るんだった。レヴィーもいることだし、ここですべて手続きを済ませてしまうのがよいだろう。なあレヴィー。よし、それではこの紙に必要事項を記入してくれ」
そう言ってグラノイアスは机の引き出しから一枚の紙を引っ張り出し、キルケに手渡した。
そして「ちょっと失礼」とドアを開けて出ていった。トイレにでも行ったのだろう。
キルケは渡された紙をじっと見つめている。俺とヴェルも傍にいって覗き込んだ。
それは数日前に俺とヴェルが初めてこのギルドに来た時、レヴィーから受付で渡されて書いたのと同じものだった。
必要項目は、名前、出身、年齢、使用武器。
ソファに掛け直したキルケに、レヴィーがペンを差し出す。
「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ったキルケだったが、何かに気づいて俺とヴェルにすがるような目を向けてきた。
あ、そうか。
字が書けないんだな。
そりゃそうだ。キルケは昨日までコーボルトとして暮らしていたんだから。
ちなみに俺の実家で何年も過ごしていたヴェルは普通に読み書きができる。けど、そういえば俺たち二人がギルドに登録した時は、俺がまとめてヴェルの分まで記入したんだった。
俺は笑って頷き、キルケのペンをとる。
レヴィーは俺がヴェルの分まで記入しても何も言わなかったからな。今回も代筆して問題ないだろう。
俺は時折キルケに確認しているふりをしながら必要事項を埋めていった。
名前──キルケ。
出身──ハーラ村。どうしようか悩んだが、「暗い森」のすぐ北西に位置するこの村にするのが自然だろう。
年齢──十八歳。昨晩俺自身が「キルケは見た目が十八くらいに見えるな」と言ったからな。俺の目にそう映るのであれば、他の人にとっても同じに違いない。
武器──未定。昨日までコーボルトだったキルケに、さすがに人間の使う武器の知識はない。下手なことを書いて突っ込まれたりしては危険だから、ここは正直に書くのが得策だろう。
記入を終えた紙を改めて見直しているところへ、グラノイアスが戻ってきた。ハンカチで手を拭いているから、やはりトイレだったらしい。キルケが紙を彼に渡す。
グラノイアスは書かれた内容に目を通し、「ふむ」と呟いて机の前に座り直した。
レヴィーが慌てて「私がやります」と申し出たが、グラノイアスは「これは私がやることなのだよ」と言って聞かなかった。レヴィーはわけがわからないようで、ぽかんとしていた。
俺たちはレヴィーと共にグラノイアスの作業を見守った。
そして「ふう」とため息をついたグラノイアスが立ち上がり、キルケに手を伸ばす。
その手には、真新しいギルドカードが。
カードを受け取るキルケ。
彼女の手の平に乗ったそのカードは──真っ白だった。
純白のイメージのキルケによく似合う、どこまでもシンプルな白。
「えっ……ギルドマスター、その色は……」
キルケが顔を近づけてまじまじ見入っているカードを横から見て、レヴィーは信じられないといった表情で呟いた。
「ん? ああ、彼女はCランクからのスタートだ。私がそう判断した」
それを聞いて、レヴィーが今度はキルケの顔を食い入るように見つめた。
「まさか、どうして……?」とでも言いたげだ。まるで値踏みでもしているかのように、キルケの頭のてっぺんからつま先まで眺めている。
はたからみれば失礼な態度であるが、この場合、誰もレヴィーを非難できないだろう。
白い髪と肌はどちらかといえばか弱い印象を見る者に与えるし、腕や脚もしなやかに伸びてはいるものの決して筋肉質には見えない。何というか、全体的にはかない雰囲気の女性なのだ。
そんな彼女がギルドに登録して冒険者になるというだけでも驚きなのに、スタートからCランク、しかもそれをギルドマスターが直々に認めてしまったのだ。一体彼女のどこをどう見てそんな判断がなされたのか、レヴィーでなくとも不思議に思ってしまうに違いない。
「それからレヴィー。レンデリック殿とヴェロニカ殿も、今日からCランクに昇格だ。その手続きもよろしく頼んだよ」
「あ、はい、かしこまりました。……って、えっ、えっ、ええええええええ!?」
いきなりとどろいたレヴィーの叫び声は、グラノイアスの豪快な笑い声よりも大きかった。



第三章 パーティとファミリエ


「こちらは、更新が完了した二人の新しいギルドカードだ」
レヴィーの悲鳴に似た叫びが収まったあとで、グラノイアスはキルケのものと同じ純白に輝くカードを俺とヴェルにくれた。
Cランク冒険者の証である。
俺はそれを目の前に掲げてみた。
執務室の窓から差し込む朝日に照らされて煌めくそのカードを眺めながら、俺は喜びに打ち震える。
FからCに更新されたギルドカード。それを俺はいつまでも眺めていたかった。
だがグラノイアスの視線に気づき、俺は慌ててカードをポケットにしまい彼を見て言った。
「ありがとうございます!」
隣のヴェルも俺に続いた。
「ありがとうございますっ」
言ったあと、ヴェルは俺のほうを向いて満面の笑みを見せてくれた。ヴェルも嬉しいのだろう。
「うむ」
グラノイアスはそう頷いてから、両腕を上げて大きく伸びをした。
「では今日のところはお開きとしよう。すまなかったね、朝早くから呼び出してしまって。あとはレヴィーが色々と説明してくれる。レヴィー、頼んだよ」
グラノイアスがレヴィーをちらりと見る。
それに気づいた彼女が「承知しました」と返事をして彼に軽く会釈した。
すっと、手が差し出される。
グラノイアスの手だ。
彼の目は俺を見据えていた。
一瞬遅れて、俺は自分が握手を求められているのだと理解した。
はっとして、その手を握りしめる。
ゴツゴツした、硬く、大きい手だった。
長年の鍛錬と実戦によって創り上げられた熟練者の手。
強さの証である。
放す時にもう一度見えた手の甲には、いくつもの傷跡が走っていた。
傷だらけのその手が、俺には美しい彫刻のように輝いて見えた。

  †

「はーい、ちゅうもーく。次は私から『ファミリエ』について説明させてもらうわよ」
グラノイアスの執務室をあとにした俺たちは、レヴィーと共に一階の仲介所カウンターへと戻った。
それから彼女にカウンターの奥の小部屋へと案内され、今は四人で小ぶりの円卓を囲んでいる。
「ファミリエ?」
俺と同じくヴェルとキルケも何のことかわかっていない様子なので、代表して俺が聞いた。
「そう、ファミリエ。ほんとは必要になった時にでも説明しようかと思ってたんだけど……キミたち二つもランクを飛び越えてCに上がっちゃったから」
レヴィーのそんな話を聞きながら、俺はふいに思い出した。
ファミリエ――。
聞き慣れないその言葉を、俺は知っている。前世の、竜胆冬弥としての記憶の中にそれはあった。
なにぶん十三年も前の記憶なのでどこまで信頼に値するか定かではないが、ファミリエというのは確かドイツ語で「家族」、つまり「ファミリー」を意味する単語だ。MMORPGにしばしば見られ、そうしたゲーム内では冒険者たちの集まりとかそういう意味だったと思う。
「ファミリエはねー、簡単に言えば冒険者同士のグループみたいなものよ」
思ったとおりだ。
さすがMMORPGに似た世界――オーギュスタットだ。似てるって、冥界で出会ったあの「フハハハ」のオッサンも言ってたしな。そういえばなんか懐かしいなあのオッサン。元気してるかな?
「冒険者はEランクに昇格して初めてファミリエに加盟できるの。そして中位冒険者、つまりDランクになってようやくファミリエを設立することが許されるのよ。大所帯のファミリエであれば、大勢の冒険者が登録しているわけだから、たとえば様々な情報が得やすくなったり、パーティのメンバーを探しやすかったり、ファミリエ内のメンバー専用の電話を利用できたりといったメリットがあるわ。デメリットは……そうね、あんまり思い浮かばないわね。加盟の際に自身のランクを申告しないといけない、とかその程度かしらね。とにかく一気にCランクに上がったキミたちは、ファミリエへの加盟も設立もできるというわけ。……まあどちらも必須ではないから、するしないはキミたちの自由だけどね」
レヴィーは話をそう締めくくった。
……うーむ、どうしようか。
まず加盟だが……どこか既存のファミリエに加盟するという選択肢はあり得ない。
今レヴィーが言ったように、ファミリエに加盟するにはランクを明かさなければならないからだ。それはグラノイアスから控えるように念押しされたばかりである。
仮にしばらく経ってランク公開が許されたとしても、他にも加盟によるデメリットはありそうだ。
たとえばファミリエ内の冒険者たちとパーティを組むことになったりすると、魔物であることを隠さなければならないヴェルとキルケは本来の戦い方ができなくなる可能性が高い。
これまでは俺の【混沌魔法】の【混沌の変幻へんげん】でヴェルの触手をカムフラージュすることができたが、この魔法の効果はあくまでも「遠くから見ている相手をだます」のみ。よって戦う相手であるとか共闘する仲間など、近距離にいる者には効果がない。
というか、もし近距離でも効果を発揮する魔法だったとしても、パーティメンバーをあざむきながら行動を共にするなんて心苦しいことこの上ない。だから俺たち三人以外とパーティを組んだら、ヴェルとキルケの正体を明かせる場合を除いて、二人は本領発揮できないまま戦わなければならなくなる。それは当人はもちろん、パーティ全体のリスクを意味する。
よって既存ファミリエへの加盟はなしだ。
だから俺たちにはどこのファミリエにも所属しないフリーの冒険者として活動するか、あるいは新たに自分たちのファミリエを設立するか、その二択しかない。
――俺は後者にしたいと考えていた。
ファミリエにもメリットはある。
たとえば盗賊をはじめとする犯罪者たちに対する牽制けんせいである。
冒険者は比較的高価な武具、防具を身につけていたり、クエストで得た魔物の素材を携えていたりすることが多い。そのため多少腕が立つゴロツキたちからしてみれば、場合によっては労せずしてお宝を得られる格好の獲物なのだ。
特に、当然ながらどこのファミリエにも属さないフリーの冒険者は狙われやすい。
ファミリエに所属している冒険者をうっかり襲ったりすると、ほとんどの場合そのファミリエのメンバーから報復を受けることになる。どの冒険者がどこのファミリエに属している、あるいはいない、という情報はもちろん傍から見てわかるわけではないのだが、冒険者を狙って襲うような輩はそれなりに用意周到であるから、事前にある程度ターゲットの周囲を調べて当たりをつける。
その際ファミリエに所属しているということが伝われば、それだけで連中に対する抑止力になるのだ。
……まあ、俺が前世でプレイしていたMMORPGでの経験談にすぎないが。
とはいえ俺も、そしてヴェルもキルケも、そんなものに頼らずとも盗賊のような奴らにおくれをとるとは思わない。おごりでも何でもなく俺は己を鍛えてきたという自負があるし、これからも鍛え続ける。ヴェルとキルケはその点ちょっと違うかもしれないが、二人とも抜群の資質を持った魔物っ娘で実力は折り紙つきだ。何せ冒険者の最高峰と言っても過言でないグラノイアスに、ひと目で力を認められたのだから。
つまりフリーの冒険者を狙う悪人どもを牽制するために、俺はファミリエを新設したいわけではない。
ではどうしてか?
簡単なことだ――それは、俺の個人的な希望なのである。
夢、と言ってもいい。
かつて前世の日本で俺が愛してやまなかった、VRMMORPGを主題としたぼうアニメにも、ファミリーという概念があった。
このアニメにおいて数々の伝説を築いてきた英雄である主人公は、当代最強と謳われた著名なファミリーの創設者にして統率者だった。
俺は転生して十三年が経った今でもあのアニメを心底愛している。俺は、あの主人公のようになりたいのである。
だから彼がアニメの中でそうしたように、俺もファミリエを立ち上げ、またリーダーとして仲間を率いてみたいのだ。
これ以上ないほど個人的な理由だが……そうであるがゆえにどうしても譲れないのである。
「で、どうするー?」
長々と黙考していた俺にしびれを切らしたのか、それとも表情から俺の考えを読んだのか、レヴィーがそう言って円卓の中央に一枚の紙きれを置いた。
「ファミリエを新設するならこの書類の要項に目を通して、ファミリエ名を書き込んで、一番下の欄にサインすればオッケーだから」
……どうやら考えを読まれていたらしい。彼女の勘が鋭いのか、俺がわかりやすいのか……。
俺はヴェルとキルケを見る。
二人ともじっと俺を見返し、小さく頷いてくれた。
賛成してくれているのだ。
俺も二人に頷き返す。
「じゃあファミリエ、立ち上げようと思います」
「了解ー」
レヴィーは驚きもせずそう返事して、ポケットからペンを取り出して紙の上に載せた。
手を伸ばしてペンを握り、紙に書かれた要項に目を通す。一種の規約だが、何ら特別なことは記されていない。
問題は――ファミリエの名前である。
規約を読む限り名前はあとで変更可能なようだが、設立時に名無しというのも何だか悲しい。
さてどうしたものか――などと考える間もなく、俺の頭に例のアニメのことが浮かんだ。
――「聖盟連軍せいめいれんぐん」。
同アニメの主人公が創立したファミリーの名である。
この名称を考えたのは当然主人公ではなく製作陣なのだが、当時の俺はそんなことには気づかず純粋に「なんてかっこいいネーミングセンスなんだ!」とますます主人公に憧れてしまった。
ならば俺もこの名前にならって──。
「なあ二人とも。俺さ、こういうファミリエ名にしたいんだけど……」
「私はレンがいいなら、どんな名前でもいいよっ」
考えた名称を書類の裏に書いて示そうとする俺を笑顔で制して、ヴェルが言った。
「私もです」
キルケも同じように、にっこり微笑んでそう言ってくれた。
「わかった。ありがとう……じゃあこれで決まりだ!」
俺は名称欄とその下の署名欄にそれぞれ書き込み、書類をレヴィーに手渡す。
レヴィーはざっとそれを確認したあと、ギルドの判を書類にした。
「はい、これで登録完了よー。……どうせキミたち、三人でパーティやってくんだろうから、今ここでパーティ名も決めちゃったら?」
パーティ名。
そうだな、この際だからパーティ名も考えてしまおうか。レヴィーの言うとおり、俺は当面この三人でパーティを組んでやっていくつもりだし。
また例のアニメから知恵を拝借しよう……と思ったものの、考えてみるとそのアニメではパーティに特に名称はなかった。
いや、なかったというのは正確ではない。ファミリー名がそのままパーティ名になっていたのだ。製作陣の手抜きだろうか?
でも俺は手抜きなんかしたくない。パーティ名も、どうせならちゃんと考えたい。
だから――。

  †

「はーい、それじゃ今日もクエスト受注する?」
仲介所のカウンターでレヴィーが笑顔を見せる。
奥の小部屋でファミリエ創立の手続きを済ませた俺たちは、ロビーに戻っていた。
「もちろん!」
俺はそう答え、ヴェルとキルケと三人でさっそく入り口付近にあるクエストボードに掲示された依頼を品定めする。ボードは入り口の両側に計三つあり、今俺たちが見ているのはCとDランク向けのボードだ。
「ランクを口外しない」というグラノイアスとの約束を考えればこのボードから依頼書をとるという行為も本来は控えるべきである。ここにある依頼を受注するということは、つまり自身のランクがCまたはDであることを意味するからだ。
だが幸いなことに今ロビーには他の冒険者は数人しかおらず、その人たちも奥の椅子に座りこちらに背を向けて談笑している。ボードの前に長時間いなければ気づかれる心配はないだろう。
俺たちはささっとボードを眺め、その中からCランクの依頼書を一つ選んでカウンターに持っていった。
俺は初めて冒険者ギルドを訪れた時よりも、遥かに気分が高揚していた。
ざっと見たCランクの依頼の討伐対象はどれも今までとは違い、一般的に「強い」とされる魔物ばかりだ。
ネビュラス・コーボルトは強かったが、あの魔物はあくまでイレギュラーである。望んで遭遇できるわけではない。
だがこれからは違う。ランクの高いクエストをどんどん受注することで、次々に強敵たちと戦うことができる。
レベルの上昇にともなって活動できる世界が広がっていくRPGゲームが大好きだった俺にとって、これほど嬉しいこともなかなかない。
「それにしても、キミたちがこーんなに強いなんて思わなかったわ。私もまだまだねぇ。Eランクのクエストに出かけたキミたちを心配してた昨日がなんだか馬鹿みたい。でも、冒険者としての道のりはまだまだこれからよ。とーっても期待してるからねー、『黒盟こくめい』さんっ」
レヴィーが俺たちを見て言い、にっこり笑う。
――「黒盟」。
それが俺たちのパーティ名だ。
ヴェルは本来闇に生きる魔物。
そして俺は人間で、魔物の討伐を半ば生業なりわいとする冒険者だ(ヴェルもだけど)。
でも、俺とヴェルの仲は絶対に切れることはない。
そんな想いを込めて、俺はこの名に決めた。
キルケも賛成してくれた。闇に生きる魔物であることは彼女も同じだからだ。
それにこの名前、かっこいいだろ?
前世でさんざん育て上げた俺の厨二心はまったく失われていなかった。むしろ、今になってまた膨らんできた。
どの時代でもどんな世界でも、ファンタジーというものは人に子供の頃の記憶を思い出させてくれるようだ。
そして、俺たちのファミリエ名は――。
かの神アニメに倣った名前。
俺が愛した最強のファミリー、「聖盟連軍」。
主人公とヒロインが共に笑い、戦い、そして成長していった最高のファミリー。
そんな素晴らしいファミリーに並ぶ、いやしのぐほどのファミリエに育てたいという思いから俺がつけたのは。
――「黒盟連軍」。
アニメのそれとはメンバーも言語も世界も異なるが、俺は憧れの聖盟連軍を引き継ぐつもりで自分たちのファミリエにこの名をつけた。
五月の、草花も若々しくえる頃。
今日が俺たちのパーティ、そしてファミリエの誕生日だ。

  †

今さらだが、ここオーギュスタットは実在する異世界であって、ゲームの中にある仮想の世界ではない。
だがオーギュスタットの世界観は、いわゆるVRMMORPGに酷似している。
だから俺たち――つまりこの世界の人々は、脳内に自分や他者、さらにはアイテムなどの情報を表示させることができる。
非常にゲーム的な世界なのだ。
そしてゲームに、特にRPGゲームに欠かせない……と俺が強く考えるものがある。
それは──ドロップアイテム。
すなわち、魔物が落とすアイテムである。
ものの本によればドロップアイテムには二種類あるらしい。
「らしい」というのは俺はまだそのうちの一種類しか見たことがないので、「二種類ある」と断言できないからだ。
俺が見たことのある、というか入手したことのある種類とは、魔物がその種族によらず共通して持っているとされるもの――魔核である。
倒した魔物から魔核を得られる確率は、自身のLUK(幸運度)の値、つまり運によって決まる。ちなみにLUK値が9999である俺は、これまで魔核を逃したことがない。あいにくネビュラス・コーボルトの魔核は、俺たちの仲間になる前のキルケが偶然見つけて食べてしまったのでこの目で見たわけではないのだが。
そして俺が得たことのない、魔核とは別のいわば狭義きょうぎのドロップアイテムとは何か。
それは主に魔物の種族または形態ごとに固有とされる武具、防具、装飾品などのアイテムである。
これも本で読んだのだが、こうしたアイテムをゲットできる確率は自身のLUK値ではなく魔物ごとに決まっているらしい。
俺が前世でやり込んだRPGゲームでも、モンスターがアイテムをドロップする確率は、たとえばあるモンスターは10%、別の奴は5%、ボスキャラになると2%などと設定されていた。
さすがにこの世界は一応「リアル」なので、どこかに製作者がいて魔物ごとのアイテムドロップ率を一覧化してくれているということはない。
だが先人たちの遺してくれた記録などから、ある程度はその確率を知ることができるのだ。
しかし……俺はいまだに、そうしたアイテムにお目にかかったことがない。
獲得にLUKは関係ないとわかってはいるのだが……なまじ9999もあるので、やっぱり入手できないのは悔しくてしょうがないのである。

  †

「じゃあランクアップして初めての依頼はこれにするのねー。……あら、意外だわ。キミたちのことだから、もっとハードなクエストにするかと思ったのに」
レヴィーは俺が手渡した依頼書を眺めている。
「そうですね、できればそうしたかったんですが……やっぱり昨日の今日でちょっと疲れも残っている気がするので」
俺の説明を聞いてレヴィーが頷く。
「いいと思うわよー。この討伐対象の魔物は、たぶんキミたちにとっては弱いほうだから苦戦する心配もないだろうしね。……でも昨日みたいなことがないとも限らないわ、油断は禁物よ」
ネビュラス・コーボルトの件を言っているのだろう。
確かにそうだ。昨日のクエストはEランクだった。油断してはいけない。
「……まあ、といってもギルドマスターが認めたキミたちだから、大丈夫だと思うけど」
頭をきながら小声でレヴィーが言う。
「ありがとうございます、レヴィーさん」
「えへへ……ありがとうございますっ」
レヴィーの褒め言葉に照れたらしいヴェルは、陶器のように白い頬をほんのり赤くしている。
ヴェルのそのいじらしい姿は俺だけでなく、レヴィーもほっこりさせたらしい。
レヴィーは微笑みながらヴェルを見つめ、それから「気をつけてね」と言って俺たちを送り出してくれた。
「それじゃ行こうか」
「うんっ」
「……はい」
俺たちは受注の完了を確認し、顔を見交わした。
さっきと比べて、キルケの表情が少しばかり沈んでいるように見える。だが俺はCランクとして挑む初クエストに胸の高鳴りを抑えることができず、深くは考えなかった。
「どうしたの、具合でも悪いの?」
ヴェルも気づいたらしく、キルケにそう聞いた。
「いえ……何でもないです」
キルケは曖昧あいまいに笑って答える。
どうしたんだろう? 
俺はキルケを見つめる。
ヴェルも不思議そうに彼女の顔を覗き込む。
「あ、そういえば!」
俺たちの様子に気づいていないらしいレヴィーが、何かを思い出したようでいきなり声をあげた。驚いて俺たちは三人とも彼女のほうを見る。
「……あ、えーとね、そんなに重要なことじゃないかもしれないけど……今回のターゲットはアイテムを落とす確率が高いのよー。獲得できるといいわね」
ドロップアイテムという言葉に、俺はキルケの異変も瞬間的に忘れてしまった。
「本当ですか? よし、絶対ゲットしてやるぞ!」
「ドロップアイテムって魔核以外まだ見たことないよね? 楽しみだなーっ」
ヴェルも俺と同じように瞳を輝かせている。
予想外のCランク昇格の日に、ドロップアイテム獲得まで経験できるかもしれないというサプライズが重なり、俺はたとえようもなく嬉しくなってしまった。
そしてレヴィーに礼を言い、ヴェルとキルケと三人、ギルドをあとにした。

  †

クエストに向かう前に寄るところがあった。
麦穂亭だ。
俺たちの、ハーガニーにおける拠点。
昨夜帰れなかったために、女将さんやネーファが心配しているかもしれない。昨日電話で無事を伝えておけばよかったのだが、冒険で疲れていたし、突然グラノイアスと話をすることになったためにすっかり忘れてしまっていたのだ。
それに――。
「なあキルケ、どうしたんだ?」
大通りを歩いて宿へ向かう途中、道端に止まり、俺はキルケに聞いた。
ギルドを出てからも、キルケはどこか無理して笑みを作っているように見えたからだ。やっぱりおかしい。ついさっきまで俺やヴェルと同じように、あんなに楽しそうにしていたのに。
「……」
黙ったまま俯き、答えようとしないキルケ。
ヴェルが心配そうにその顔を見上げる。
俺とヴェルは彼女をかさずにじっと待った。
朝の大通りを埋め尽くす雑踏の音だけが聞こえる。通りは今日も賑わっているようだ。
だがそんな賑やかさの中で、キルケの表情は沈んでいた。下を向いたまま、言いたいことを我慢しているかのように口を一文字に結んでいる。
ヴェルが俺を見た。瞳には不安の色が浮かんでいる。
ヴェルもどうしていいのか、わからないのだ。
俺はヴェルに微笑みながら頷いた。「キルケが自分から言ってくれるのを待とう」、目でそう伝えながら。
「……ごめんなさい」
雑踏にかき消されそうな声で、キルケが言った。
俺たち二人は思わず身を乗り出す。
「あの……私……やっぱり参加しないほうが……」
キルケは下を向いたまま、絞り出すように呟く。
「それって……パーティにっていうことかな」
俺が聞く。
「はい……」
キルケは一度顔を上げたものの、俺たちと目が合うとまた俯いてしまった。その顔には申し訳なさがにじみ出ていて、ファミリエ創立を喜んでいた時の彼女とは別人のようだ。
俺たちはしばらく沈黙した。
あまりに突然のキルケの申し出に、俺も何と言えばいいのかわからない。
「そっか。……やっぱり、昨日のことかな」
重苦しい沈黙を破ったのはヴェルだった。
キルケがゆっくり顔を上げ、彼女を見る。
ヴェルもキルケを見つめている。
「……はい。私、魔物と戦う自信がなくて……さっきはお二人の昇格やファミリエの立ち上げの話が次々に進んで凄く嬉しかったんですが……少し落ち着いてみたら、やっぱり無理かもしれないって……」
俺は浅はかだ。
キルケの話を聞きながらそう思った。
自分から仲間に誘っておきながら、キルケのことをまるで考えられていなかった。キルケの身になって考えることが、まったくできていなかった。
昨日キルケは何を経験した?
群れの、共食いだ。
家族同然だった仲間の手によって、同じく家族同然である友を、そしてまさしく家族を殺された。
最後に残った族長――ネビュラス・コーボルトも、俺たちに敗れて死んだ。
キルケは昨日、すべてを失ったのだ。
その顔に笑みを浮かべるだけでも、俺たちには想像もできないほど大変なことだったに違いない。
キルケは昨日俺たちと出会った時からずっと、心の傷と戦っていた。
そのことに、俺はほんの少し想像をめぐらせることもできなかった。
そして突然のランク昇格に浮き足立ち、当然キルケも同じ思いでいるのだと考えてしまっていた。
俺は馬鹿だ。
何がファミリエのリーダーだ。
仲間の気持ちを、苦しみを、これっぽっちも理解してやれていなかったじゃないか。
「……キルケ、ごめん」
俺の謝罪に、キルケが驚く。
「え、あ、あのっ――」
「キルケちゃん、ごめんなさいっ!」
行き交う人々が足を止めてこちらを振り向くくらいの声とともに、いきなりヴェルが頭を下げた。
「え……あの、ヴェル……ちゃん?」
一瞬ぽかんとしたあと、キルケは不思議そうにヴェルを見つめた。
「私、キルケちゃんのこと全然考えてあげられてなかった! キルケちゃんは辛い思いをしたばかりなのに、自分とレンの昇格とか、ファミリエのこととかでわくわくが抑えられなくなっちゃって……友達なのに、ひどいよね。……キルケちゃん、本当にごめんなさいっ!」
ヴェルは一度顔を上げて一気にそう言い、再び深々と頭を下げる。彼女の頬を涙が伝っているのが見えた。
その瞬間、俺の口と体は自然に動いていた。
「キルケ、俺も、本当にごめん!」
ヴェルに負けないくらいの大声で言い、目いっぱい頭を下げた。立ち止まる通行人たちの視線なんて少しも気にならなかった。
俺はキルケが許してくれるまで、ずっとこのままでいるつもりだった。
隣のヴェルも同じ思いでいるのだと、なぜか確信していた。
「……顔を上げてください、二人とも」
キルケの言葉に、俺とヴェルはゆっくり顔を上げる。
キルケは微笑んでいた。
昨日始まったばかりの付き合いだが、それが心からの笑みだとわかった。
「私……レンさんとヴェルちゃんに出会えて、本当によかった」
微笑みながら言うキルケの目は、涙でうるんんでいる。
「キルケちゃんっ!」
ヴェルが胸に飛び込むようにして、キルケに抱きついた。
「私も、私もだよ! キルケちゃんと友達になれて、本当に嬉しいっ!」
「ヴェルちゃん……ありがとうございます。それにレンさんも」
ヴェルの頭を撫でながら、キルケが俺のほうを向いて言う。
「俺はキルケに感謝されることなんか何もしてないよ。……でも、俺はキルケのこと仲間だと思ってる。それはパーティだろうがそうじゃなかろうが、変わらないからな」
「レンさん……」
キルケはまた目に涙をためてにっこり笑った。
そうだ――何があろうと、俺たちはずっと仲間だ。
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