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一章 女王の学徒

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「お前か!?裏切り者は!!」
「ち、違いますよ!佐野君!」
「なら、お前かぁぁ?!」


 まさに、鬼の錯乱。
 黒髪を振り乱し、佐野が怒声を浴びせながら暴れ回る。
 第一次、佐野の乱、と名付けよう……と雪凪は遠い目をして見つめた。


「……さ、佐野君、どうしちゃったの!?」


 北清さんが怯えながら委員長に問いかける。


「はるちゃんは、決闘のとき居なかったもんね……実は……。」



 


 今更だが、宗治郎の決闘相手の名はミハエルと言う。自分で申し込んだくせに、勝負に逃げたミハエルに、学園の皆は冷たかった。

 ミハエルは、勝負当日、何者かに監禁され気を失っていたのだ、と主張した。勿論、誰からも相手にはされなかった。さまざま要因はあったが、一番は「ミハエルの日頃の行い」これに尽きた。ミハエルは万年グレード1の落ちこぼれ。授業を無断で欠席するなどしょっちゅうで素行の悪さから監督生にされる常習犯だった。

 、宗治郎に決闘を挑んだものの、当日になり怖気ついた。しかし、行かないわけにも……と、思いついた監禁事件なのだろうと誰もが思った。

 ミハエルは後ろ指をさされ、学園中の笑い者となり、そうして、彼は学園を去っていった。事件が起きてから二週間も持たなかった。しかし、誰も彼に…同情はしなかった。


 平穏な日々の中で起きた、少しだけ風変わりな出来事。一ヶ月もすればみんな忘れる……そういう事件のはずだった。しかし、事態は思わぬ方向へ転がっていく。


 が流れ始めたのだ。
 初めは誰も真剣に取り合わなかった。
 しかし、徐々にその噂は広がり……やがて、ほぼ全ての生徒が知るところとなると、風向きが変わってくる。いかに屈指のエリート達といえど、彼らはまだ幼い。「何が正しいことなのか自分で判断する」ことは難しいことであった。


 その噂とは、
 あの決闘の日、東の国出身と思われる少年少女たちが、ミハエルが監禁されていた、と主張していた倉庫付近を彷徨いていた、というものである。そしてそれは、留学生会のメンバーだった……というものだった。




 

「ならあ!!おまえかああああ!!!!」


 佐野の御乱心は続く。
 しゃくれあがった顎と眉間の皺がすごい。もはや顔芸の域である。某千年のパズルをかちゃかちゃする漫画に出てきた白い髪の人のようだ……と雪凪は思った。


「ひいッ……。」
「…………。」
「あ、あちゃー……。」


 見ていられない、というように北清春香は両手で顔を覆った。委員長でさえ、腰が引いている。普通に恐怖なので逃げたいが、逃げたら追って来られそうで動けない。


「ね、ねえ?佐野君、どうしてあんなに怒ってるの?」
「そ、そうだよな?まだ噂が本当って決まったわけでもないのに……。」


 塚本絢子と竹本理人の瞳も怯えの色が隠せていない。


「……それが、今日、周君が、学園長に呼ばれたって……。」
「え、」
「が、学園長に!?何で??」
「………………分からないから、悪い方に考えて、ああなってるのよ。」



 女王の学徒クイーンズ・スカラーとは、頂点であるからして、女王の学徒なのだ。頂きに登る人物は、配下の人間をする必要がある。つまり、この度のことは、周宗治郎の監督不行き届き、として処理されるのではないかという上級生の考察を、佐野は間に受けているのである。


(……というか、留学生会の面々は、宗治郎君の手下でも親衛隊でもないはず、なんですが…………。)


 しかし、佐野達はそう思っていなさそうだ。勝手に自分たちをと思い込んでいる。そんなこと、宗治郎は望んでいない。雪凪は、生徒会役員室で夕陽を背に、宗治郎が言った言葉を思い出していた。


(うん、やっぱり……宗治郎君は、佐野君たちと………。)



 しかし、物思いに耽っている場合ではなかった。



「ハア……ハア……ハア……おいっ!!誰でもいい!誰か!見たやつはいないのか!?」


 佐野はぎらぎら輝く瞳で周囲をぐるり見回す。


「おいっ!なら!貴様ら全員有罪だあああああ!!!」


 そんな無茶苦茶な、と雪凪は思った。普通なら誰も相手にしないだろう。むしろ全員からひんしゅくを買って終わりだ。しかし、集団の力、この場を包む熱……それが、人間の判断力を低下させる。


「そ、そういえば……あの日、かもしれない。」
「ぬぅあに!!ほんとうかァ!!誰だァ!!」
「女子だったと思う!」
「あ、ああ、そういえば見たかも……。」
「わ、わたしも!!」


 一人が言い出してしまえば、「何も言わないと自分になってしまうかもしれない」という恐怖心から、次から次へと発言が出てくる。初めは、女子かもしれない、次に、女子だった、さらに茶色の髪…長い髪……と物語は膨れ上がっていく。


「……となるとォ………………犯人はお前かあ!西川ァァァ!!!」


 十分に間を開け、ぐりん!と後ろを振り返った佐野。目が血走り、口からは少し、泡を吹いている。


「な、な、あ、あたし、あの日、みんなと一緒に会場にいたじゃない!ね、ねえ!夕子!麻里恵!」
「…………。」
「…………。」
「ウソはァ良くないぞぉ!!そういえば、お前は前にもウソをついたなあ???」
「ひ、ち、ちが……あ、あたしは嘘なんて…………。」
「うそつき!うそつきうそつきうそつき女ァァァァ!!!」


 腕を掴まれ壁に背中を叩きつけられる。


「かはっ!」


 杏奈は、愕然とした気持ちで周囲を見回した。


「ね、ねえ……。じょ、冗談でしょ?ね、ねえってば。」
「自白しろ。」
「え……?」
「自白しろ。自白しろ自白しろ自白しろ!!」


 背の高い佐野にぬ、と上から覗き込まれるのは、恐怖以外の何者でもない。


「自白しないなら…………させるまでだ!!!」


 佐野が手を振り上げる。


(な、なんでこんなことに……?!)


 友人たちを見ても、誰も目を合わせてくれない。みんな分かっているはずなのに――


(あ、あ、だ、誰か……助け……)






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