出来損ないの下剋上溺愛日記

にじいろ♪

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不出来な僕

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「おい、アルトが来たぞ」

「あんな細い腕じゃあ、モサ鳥さえ捕れないだろう」

「出来損ないに嫁なんてもっての他だ。家族を餓死させちまうのが関の山だ」

ヒソヒソと陰口を叩かれるのは、今に始まったことじゃない。僕は生まれつき身体が細くて弱かったから、周りからは、すぐに死ぬと思われていたらしい。今も体型は大して変わらないけれど。
何の因果か死に損なって、今に至ってしまった。そう、出来損ないの僕は成人してしまった。

この一帯の村では16歳で成人。まあ、僕は他の村に行ったことなんて無いけど。僕の暮らすリマ村でも成人すると同時に所帯を持つのが習わしでもある。つまり、結婚が成人の儀式。
大抵、村の中で相手候補を小さい頃から決めておいて、成人と同時に親が家を建て、村長が見届人となっての結婚式が通例だ。稀に相手が見つからない場合は、他の村で探す者もいるのは、いる。
でも、僕の場合はと言えば。

「アルト········隣村にも掛け合ったが、見つからなかった」

村長から呼び出された父が、夕飯の後に、低い声で僕に告げた。
僕達の家はリマ村では、かなり大きい方だ。草を編んで造られた立派な家。風でビュウビュウと煽られて揺れるのが大きな証拠。
隙間から強い風が吹き込むけれど、我が家は中から毛皮で隙間を覆っているから、他の家よりも暖かくなっている。
でも、なんだか今はいつもより寒く感じた。床も我が家は草を幾重にも編んだ床敷と毛皮を敷いているから、他よりも遥かに暖かくなっているはず。だけど、なんだか脚が震える。
それは僕の目から大量の水が溢れているからかもしれない。

「·······ごめんなさい、父さん」

「アルトは悪く無い。神が試練をお前に与えているのだ。挫けずに乗り越えろ、アルト」

何をどう乗り越えたら良いのか、何て言えない。
父さんは、ごっつい指で僕の頭をガシガシと撫でた。痛い。いつも通り、めちゃくちゃ痛い。余計に涙が出るけど、父さんの優しさだから甘んじて受ける。

「でも、隣村でも見つからなかったって·······」

「今度は、その反対側の村にも掛け合ってもらうことにした。そこまで広げれば誰か居るだろう。いいかアルト。見つかるまで、諦めるな」

言外に、諦めたら終わりだと言われているのを感じた。
成人しても、どうしても相手が見つからない場合、どうなるか。
言葉にするのも恐ろしい。考えただけで身体が震えて指先が冷たくなる。横に座る母さんが、僕の手を優しく強く握り締めてくれた。痛い。僕の枯れ枝のように細い指は折れそうです。

「でも········それでも、もし、見つからなかったら」

「そんなことにはさせない。村長にも頼んだ。お前は心配するな」

ニッと薄暗がりの中で父さんが笑った。皺が刻まれた目元は、優しいけれど悲しみに満ちていた。僕の手に重ねた母さんの手も痛いくらいに力強いのに微かに震えていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから、半年が経った。
僕は、成人前の子供でも出来るような薪割りさえ禄に出来ない。皆はどんな大木でも、三度も斧を打ち込めば倒せるのに、僕は3時間も掛かる。
身体は薄くて細くて風が吹けば飛ばされると揶揄されている。情けない。家族は良く僕を褒めてくれるけれど、それは僕に甘い家族だけだ。
僕は力が無いから、いつも草を編んだり毛皮を縫い付けたりという子供の遊びのような事しか出来ない。それで我が家を暖かく保つ工夫はしているけれど、それを褒めてくれるのも家族だけ。周りからは女々しいと非難されて、元々低い評判は下がる一方。男は力。力は金、が当たり前。
僕にもっと力があればと何度も神に願ったけれど、僕の腕は枯れ枝のまま。

だから、今日も父さんや母さんが獲って来た獣の毛皮を鞣して縫い合わせ、新しい父さんの上着を作っていた。こんなことしか僕には出来ないから。

「アルト·······話がある」

懸命に上着作りをしているうちに、気付いたら父さんが真後ろにいた。内心びっくりしながらも、平静を装って頷く。

「はい、父さん」

僕は毛皮を片付けながら、背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。おかしい。
これまで父さんが僕の目を見ないことなんて無かった。母さんは、このひと月、実家へ帰ったきり戻って来ない。身体が悪いと言っていたけれど、僕は何となく理由が分かってしまっていた。

僕には優しい兄が3人いる。
もうとっくに皆、成人して、村の中に所帯を持って大きな子供もいる。僕と違って身体が大きく力も強い立派な兄達だ。皆、父さんと同じで狩りの達人で、村の中でも尊敬されているし、大きな家があって家畜もたくさん持っている。
僕と全く違うけれど、皆、優しくて大好きな僕の家族だ。

もう、会えないかもしれないけれど。

「その·······アルト、落ち着いて聞いて欲しい」

「大丈夫です。心の準備は出来ています」

父さんが、その分厚くて大きな手で、僕の頭をそっと撫でた。いつもは痛いくらいガシガシするのに、本当に優しく、そっと撫でられた。
優しさに胸がギュウッと引き絞られた。

「その·······すまない·······見つからなかった」

「·······はい」

何のことかなんて聞かなくても分かってる。僕の結婚相手だ。

僕は俯いて拳を握り締めた。
この村では、新しく結婚する家に番の牛と山羊が与えられる。住まいと家畜を手に入れて、あとは狩りが出来れば飢えずに暮らして行けるという寸法だ。
逆に言えば、結婚しなければ生計を立てられないし、当然独り立ちは出来ない。そして、この村では成人したら必ず育った家を出なければならないしきたりがある。
この村に僕の新しい住処は貰え無いし、結婚しないと家畜も与えられない。
村に家の無い人間は当然、住まわせられない。
つまり、これから僕は無一文で、一人きりで村を出なければならない。それが村の掟だ。

「それで······このままアルトが一人で村から出たらすぐに死んでしまう、と村長に何度も相談したんだ。そうしたら、80年前に·····特例があったそうだ」

「特例····?」

ゴホン、と咳払いをした父さんは、瞼を閉じて深呼吸をした。額を汗が滴っている。

「·····母さんに、これを話したらショックで寝込んでしまった。父さんだって、本当はアルトにこの村で幸せになって欲しかった。だが、どこからも断られて·····それで、旅商人からの情報で、山二つ向こうのパッカ村という村にも売れ残りがいると村長が聞いたらしい。誰も行ったことが無い村だが、そこ以外には居なかったから、それで良いだろうと話がついた」

『売れ残り』という響きが僕の胸を抉る。
けれど事実だし、どうやら遠いけれど相手が見つかりそうだ。
不安を隠しながらも、少しほっとして笑顔になって話の続きを促す。

「じゃあ、その山二つ向こうの相手がこっちの村に来てくれるの?それとも、僕が行けばいいの?」

不安に押し潰されそうだった僕の心が少しだけ和らいで、思わず普段の軽い口調に戻るが、父さんの眉間に深い皺が刻まれる。どうやら、問題はそう簡単では無いらしい。

「その、あれだ······向こうもパッカ村からは出なければならなくて·······アルトも、リマ村から出なければならない。だから、互いのちょうど真ん中の山の中で暮らしてはどうか、となった」

「え·······?なんで?」

結婚すれば、どちらかの村で暮らせるはず。家を建てて、結婚式をして、家畜が与えられる。それが当然、でしょ?

「それが、その·····い、忌みの婚儀となるから、どちらの村にも住まわせることは出来ないと言われた。何度も村長に頼んだが、村に住むことは認められ無かった。そもそも、忌みの特例を認めること自体、80年ぶりだからと重役達から散々反対された·····すまない」

何を言われているのか、さっぱり分からなかった。

「忌みの婚儀······?何?それ」

「忌みの婚儀とは、その······相手が、その、それは·····」

父さんは、とうとう頭を抱えてしまった。大きな身体から苦悩が溢れていて、僕は酷いことを聞いてしまったのだと気付いた。
こんな僕の為に村長や重役と掛け合って、ようやく一筋の光明を見出してくれたんだ。感謝しなければ。

「えっと、とにかく、僕はそのパッカ村の人と結婚して暮らせるってことだね?良かったよ、行き先が決まって!家畜は、その、貰える···のかな?」

父さんは、俯いて頷いた。 

「ああ。山羊を二頭、番を持って行きなさい。必ず役に立つ」

「うん。父さん、ありがとう」

それは村からのお祝いでは無く、父さんからの山羊だろう。きっと、リマ村で暮らせない穀潰しの僕には何も与えられない。村へ何も恩返しが出来ないのだから。
出来損ないに世間は冷たい。

「早速、旅支度をして、明日の朝には発つぞ。途中までは、父さんが送るから安心しろ」

「あ、明日?······分かった。すぐに用意するね」

僕が成人してから、半年も家に居て、どれ程の迷惑を父さん達に掛けているかは分かっていた。村人からの冷たい目や父さん母さんへの村長や重役達からの圧力。兄さん達も庇ってくれていたけれど、出来るだけ早く村から出なければいけないのは、僕自身が一番分かっていた。
でも、明日······追い出されるように村を出なければいけない。そして、きっと二度と戻ることは許されない。
その夜は、慌ただしさのせいか、なんだか寝付けなかったから、作りかけの上着を朝までに完成させてから、僕は家を出た。
父さんに似合うと良いな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌朝、空はどんよりと曇っていた。少し風も冷たい。雨が降らなかっただけ良かったと自分に言い聞かせる。徹夜明けの瞼が重くて頭も痛い。けれど、笑顔をどうにか作る。瞼がピクピク痙攣してる。

「じゃあ、お世話になりました。今まで·····ありがとう。父さん、兄さん·····母さんもね」

僕は僅かな荷物と番の山羊、それに仔馬一頭を連れて残りの山道を歩く。
なんと兄さん達から仔馬が贈られたのだ。

「アルト、辛かったら村へこっそり帰っておいで。我が家で匿うから心配するな」

そんな兄達は、物凄く貴重で、普通は誰かに贈るなんて考えられない仔馬の手綱を僕に握らせた。これ一頭で何軒もの家を建てられる価値があるのに!村長達に怒られないだろうか。

「えっ、いいの?!仔馬だよ?!出来損ないの僕なんかに?!」

兄達は黙って、順番に僕の頭を優しく優しく撫でていった。その優しさに泣かないのは至難の業だった。目の前が、すぐに歪むんだもの。

「·····あ、皆、まだいる」

しばらくテクテクと歩いてから振り返ると、送ってくれた父さんが、泣きながら手を振っている。兄さん達も、一緒に泣いている。木の陰には泣き崩れる母さん。完全に見えてるけど、隠れてるつもりなんだろうな。最後はしっかり挨拶したかった。
皆、ここまで見送りに来てくれてありがとう。約束の場所は、もうすぐだ。
でも、結局、僕の相手のことは何一つ教えて貰えなかった。聞くと全員が泣き始めるから、ついに聞けなかった。

「まさか、人食いでもあるまいし」

僕は独り言ちながら、山道を下る。ここからは下りだけで、麓までは、あっという間に着くらしい。父さん兄さん曰く。
仔馬と山羊達は、道端の草を食みながら、のんびりと歩く。

「はあ·······僕みたいな役立たず、相手も嫌だろうなぁ」

目指すは山の麓。リマ村から山一つ超えた先の山の麓。そこが、僕の新しい住処、になる予定·····だけど、不安しか無い。

「······僕だって、僕が嫌だもの」

山羊と仔馬が、低く鳴きながら草を食べている。
僕も、出来損ないの人間なんかじゃなくて、いっそ山羊か仔馬だったら良かったのに。
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