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無知

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俺の提案に、反対意見は一つも出なかった。

皆、ギアを傷付けることはしたくなかったんだ。
それくらいギアは落ち込んでいた。
俺達の天使の涙は一滴たりとも見たくない。

ダンジョンを閉鎖すると言っても、俺たちは、ここの魔物だから、ここから出て他のところになんて行けない。
俺やヒグは出られるが、ダンジョンから出られない奴らだってたくさんいるんだから、置いていくことなんて絶対に出来ない。

だから…ダンジョンの表の入口を閉鎖することにした。
ほんの隙間位しかないウォンバットの通用口以外を大岩でがっちり塞いで、大きく『ダンジョン閉鎖、毒充満』と血のような赤い染料で書いた。

これなら雨でも落ちないから安心。

街道からダンジョンへ向かう道にも『この先のダンジョン閉鎖。魔物死滅。毒充満。近寄るナ』という看板を立てて、更に大岩で道を塞いだ。

本当は裏道から入れるけど、勇者たちはそんなこと知らないから、これで大丈夫だろ。

会議でも、閉鎖のことよりも、みんなの頭は、どうやってギアの心の傷を癒すかだった。

ギアは、家の中にこもってしまっている。
食事も、前の1/10程度しか食べていない。
みんな心配で、むしろ魔物の方がやつれている。

「ギ、ギア?」

ギアの家のドアから、そっと声をかける。
返事はない。
俺の家とドアが繋がっているけど、そこから入るのは、やっぱり違うと思って外から声をかけ続けている。

「みんな、お前のことを心配してる。昼ごはんも、1人前しか食べなかったってな?体は大丈夫か?どっか悪いとこないか?欲しいものあったら、何でも用意するから言ってみろ」

後ろでは、最下層にいるはずのキマイラのマイティが俺にくっついて俺たちの会話に耳を澄ませている。
暑苦しいな、と気が付いたら、ここにダンジョン村の奴らが全員揃っていた。
こいつら、働け!と内心思うものの、俺もギアが閉じこもってからは何も手につかない。 

ギアの笑顔がないと、俺たちは既に息も出来ないのかもしれない。
そんなことを考えていると、なんと5日かぶりにドアが開いた。

ギアが、俯きながらだが、ドアから出てきた。

「ギア!!!」

後ろの奴らも、涙を流して手を取り合って喜んでる。

「何でも…叶えてくれるの?」

久しぶりに聞くギアの声は、小川のせせらぎよりきれいで、俺達の心を満たしてくれる。

「うん?ああ、望みがあれば、ギアの願いなら何だって叶えてやる!」

ドンと胸を叩いて俺は答える。
当たり前だ!ギアの願いなら、なんだって!

「僕を強くして」 

キッと俺を見上げたギアの目は、以前のような朗らかな天使だが、その瞳は燃えていた。

「は?つよ、く?」

俺は魂が抜けたような声しか出なかった。

「僕、勇者よりも強くなって、また勇者たちが来た時に、みんなを守るんだ!!!」

ギアは手を高く掲げて打倒勇者を誓っている。

うん…ギア…そういう方向に行ったか。
こんなにちっこいのに、俺達を勇者から守るって…
あんなに憧れてた勇者よりも、俺達を守るって…

あ、ジョルアが泣いてる。
ジョーイも泣いてる。
つーか、みんな泣いてんのかよ。
は?ちげーよ、俺のは汗だから。


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あれから5年経った。
ギアは、今年で12になる。
目の前で起きていることに、俺はめまいを覚えている。


最近の会議で、ギアにはゆくゆくは商人を目指してもらおう、ということで満場一致となった。

商人が一番身の危険も少なく収入も得やすく、身体への負担も少ないのではないか、ということで。

ギアは、俺達の提案にもすんなり了承してくれた。
本当に良い子なんだ、ギアは。

「昔に、商家で下働きしてた時は、ほとんど給料貰えなかったけど。僕は、相手が小さい子供でも、ちゃんと給料を払う商人になりたい」

ギアの言葉に、みんな泣く。
俺達、泣きすぎて干からびてんじゃねぇのか。

そんなこんなで、セイラが必要な教材を街で毎日のように買い占めてギアに届け続けている。
いや、もはや貢いでいる。
物覚えも早いギアは、相当優秀な商人になるだろう。
親バカじゃない。
事実だ。


なのに、なのに…だ。
ここはダンジョン村の外の畑。
ここで目の前に立つのは、だいぶ成長したギア。
つまり、俺達の天使が今、やったことと言えば。

ただの棒切れで、地面を裂いた。
しかも、長さは俺の背ほど。
掘った訳じゃない。
斬撃で、裂いたんだ。

おい!どーなってんだ!人間ってやつは!
俺は、とりあえず森に向かって小さめに叫んだ。

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ギアの朝は早い。

毎朝、誰よりも早く起きて村の手伝いをする。
ジョーイなんて、そろそろほんとに腰が曲がって来てるから畑のほとんどをギアがやってくれている。
種まきも、ギアが丁寧にやってくれるおかげか、最近、魔素が少し含まれる植物が手に入るようになった。
俺たちには最高だが、ギアにはあんまり良くないだろ。

だから、ギアの食事には街からセイラが買い集めた物とダンジョンの外で作ったものを使っている。
相変わらずギアは大食いだが食べる姿は眼福なので、どれだけ食べても文句を言う奴なんていない。
むしろ居たら、ソイツを埋めて肥料にする。

そうして村の手伝いをして朝ごはんを食べたら、ギアは毎日必ず訓練をしている。

この訓練。
あの5年前、ギアに頼み込まれて始めたけれど。
俺もヒグも、ギアが将来、最低限、自分の身を守れるくらいの強さを身に付けさせれば良いと思っていた。
いや、今もそう思っている。

だがギアは、俺とヒグと棒切れを打ち合ったり、素振りしたりという単純な訓練にも関わらず、何故だか、どんどん強く速くなっていった。

人間て、こんなに速く動けたの?
なんで?
という俺やヒグの戸惑いをよそに、かわいい天使なギアは、素手で野グマを倒して担いで来ることもあった。

…もはや、俺やヒグより強くなってねぇか?

20mはある木を易々と遥か上から飛び越えるジャンプ力。
キック1発で、ヒグ5人分位ある巨木もなぎ倒す。
あれ?人間て、こんなに凄いの?

俺たちは、人間を誤解していた。
あの勇者御一行を、人間の標準だと思っていたが、違ったのだ。
あいつらは、人間の中でも、驚異的な弱さだったのだ。
なんてこった。
ギアで標準的な人間を知ることになるとは。
俺たちは、これまで本当に無知だったんだ。

そうヒグと俺は思い知った。
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