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第3話 お迎え

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「あ、あの、天様。お母さまとお姉さまは大丈夫なのでしょうか?」

「一時的に気を失っているだけですよ。それよりも、準備はできましたか?」

 突然起きた突風によって体を打ち付けたお母さまとお姉さまが気を失っているうちに、私は簡単な身支度を終えて、部屋の外で待っていてくれた天様と合流した。

 幸いなことに、いつかこの家から逃げ出そうと思っていたときに荷物整理をしていたことがあって、すぐに身支度を終えることができた。

 私は天様から一緒に暮らすことを提案されて、その誘いに乗ることにした。

例え、あやかしの使用人として生きることになっても、この家にいる以上の苦しみはないだろうと思ったからだ。

 この世界にはあやかしと言われる者たちが存在すると言われている。確かに、存在すると言われてはいるのだが、実際にあやかしにあったことのある人というのは極めて少ない。

 それこそ、あやかしにもよるけれど、天狗などの高位なあやかしは神に近いような扱いを受けることが普通である。

 それだけに、大天狗と呼ばれるあやかしを前に、緊張を隠せるはずがなかった。

 おそらく、お母さまもお姉さまもあやかしに関する知識がないがゆえに、あんなに気軽く大天狗様に触れようとしたのだろう。

 お父様からあやかしに関することを色々と教えてもらった私からすれば、気軽く大天狗様に触れるなんてことできるはずがなかった。

「天様。この度は私に救いの手を差し伸べて頂き、誠に感謝いたします。この日和、生涯をかけてこの恩を返させていただきます」

 私は身支度を終えた荷物を横に置いて、その場に三つ指をついて深く頭を下げた。

 何があって、大天狗様に助けてもらったのか分からないが、それでもこの家から出れるのなら何でもする。

 そんな思いから、私は頭を床に着けて深く頭を下げていた。

「日和様、私に頭を下げるのはおやめください。……その様子ですと、本当にご自分のことを聞かされていないのですね」

「私のこと、ですか?」

 私が深く頭を下げていると、天様は私のすぐ近くで片膝をついて私の頭を上げさせようとしてきた。

 私が天様の言葉に小首を傾げていると、天様はそのまま言葉を続けた。

「ええ。日和様のお父様に何か言われたりはしませんでしたか? それこそ、何か書置きを残されたりは?」

「どうでしょうか。お父様が亡くなるなり、私に関する書類などは全てお母さまが燃やしたことだけは覚えているのですが」

「燃やした。……はぁ、まさか三郎(さぶろう)の奥様がそこまでの人だったとは思いませんでした」

 天様は大きなため息まじりにそんな言葉を口にしていた。三郎というのは私を拾ってくれたお父様の名前で、その名を呼ぶときの表情から父と何かしらの関係があるのは明確だった。

「天様はお父様のことをご存じなのですね」

「ええ。三郎は私のことを命の恩人と言っていましたよ」

「命の恩人?」

 ますます分からなくなるお父様と天様の関係を前に、私は首の角度をさらに大きくさせていた。

 そんな私の顔を見て優しい笑みを浮かべていた天様は、私の体に優しく触れるとゆっくりと私の体を起こした。

「それよりも、私のことは天とお呼びください。日和様に様付けで呼ばれるなど、申し訳ないです」

「いえ、そんな恐れ多いことはできませんっ」

「では、せめて顔をお上げください。可愛らしいお顔を伏せたままなんて、もったいないですよ」

 ただのお世辞だと分かっていながら、至近距離で見つめながら言われてしまった言葉を前に、私は顔を熱くさせ得てしまった。

 そんなことはないと分かっているのに、優しい笑みに見つめられてしまった私は唇をきゅっと閉じることしかできずにいた。

「それでは、いったん参りましょうか」

 天様は私がまとめておいた荷物を手に持つと、私にそっと手を差し出してきた。

 天様に荷物を持たせるわけにはいかないと思って、その荷物を持とうとしたが軽くかわされてしまって、代わりに優しそうな笑みと共に手を差し伸べられた。

 自分が持つと言っているような表情を前に、何も言えなくなった私は、代わりに差し出された手の上に自分の手を少しだけ重ねた。

 私はそのまま天様に手を引かれるようにして、部屋を後にして玄関先まで歩いていった。そして、玄関を出てすぐにあった物を目にした私は、一瞬言葉を失ってしまった。

 そこには一部の富裕層しか持っていないと言われている、四輪の車があった。

 それも、初めて見るようなデザインの高級感漂う四輪車だった。

 家の前に停められている車に羨望の眼差しを向けていたこの街の住民は、その視線の先をこれからその車に乗り来む私達の方に向けてきた。

「日和様、足元にお気を付けてください」

 天様に手を引かれて、私はエスコートされるようにして、その車に乗ることになったのだった。

 車に乗り込んでも向けられ続ける視線を前に、私は少しだけ照れ臭くなってその視線に気づかないフリをするのだった。
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