【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

文字の大きさ
3 / 29
第1章「追放聖女、旅に出る」

03:聖女は、追放を宣告される

しおりを挟む
 聖女セレスティアが腕力のみでミノタウロスを屠った日。アークライト王国の歴史は、静かに、しかし確かに軋みを上げた。その軋みは波紋のように広がり、王都に住まう人々の心に、それぞれ異なる模様を描き出していった。


  ◇   ◇   ◇


 まず、最も単純で、最も熱狂的な反応を見せたのは、王都の民衆だった。
 彼らにとって、聖女とは雲の上の存在だった。美しく、清らかで、自分たちのために祈りを捧げてくれる、ありがたい象徴。しかしその姿はどこか遠く、現実感に乏しいものでもあった。

 だが、セレスティアは違った。
 大神殿に魔物が乱入したという絶望的な報せ。誰もが恐怖に震える中、彼女はただひとり、敢然と立ち向かった。そして、祈りでも結界でもなく、自らの細い腕で、脅威を打ち払ったてみせたのだ。

 王都の酒場や路地裏では、連日その話題で持ちきりだった。噂は人々の口から口へと伝わるうちに、原型を留めないほどに脚色され、一種の英雄譚として昇華されつつあった。子供たちは「聖女様ごっこ」と称して、友達にラリアットを仕掛けるのが流行り始めていた。セレスティアがそれを知ったなら「やめておけ、首が折れるぞ」とツッコミを入れたに違いない。

「聞いたか? 聖女様が、たった一撃で魔物の首を刎ねたそうだ」
「素手じゃない、祈りの力だ。聖女様が腕を振るうと、まばゆい光が迸り、魔物は塵と化したそうだ」
「俺が聞いた話だと、魔物があまりの神々しさにひれ伏し、自ら頭を垂れて改心したって話だが……」

 交わされる噂は、日を追うごとに荒唐無稽なものになっていったが、その根底にある感情は同じだった。それは、畏怖と、親近感と、そして何より強烈な「頼もしさ」への称賛である。民衆は、自分たちを守ってくれる、力強い聖女の登場に熱狂していた。


  ◇   ◇   ◇


 一方、大神殿の最高位に立つアークビショップ・オルコットは、民衆の熱狂とは真逆の感情を抱いていた。深く冷たい苦悩にさいなまれていたのである。
 あの日、彼は目の前で起きた出来事が信じられなかった。聖女が、祈りの言葉ではなく、獣のような膂力で魔物を屠る。その光景は、彼の長年の信仰を根底から揺るがすものだった。

「あれは……本当に、神の御業なのか……?」

 自室で、彼は何度も自問自答を繰り返した。
 聖女の力とは、慈愛の顕現であるはずだ。傷を癒し、心を慰め、邪を浄化する、清らかな光。暴力とは、破壊とは、最も対極にあるべきもの。

 しかし、セレスティアの力は、あまりにも物理的で、暴力的だった。
 彼女自身は、その力を「神より与えられたもの」だと言う。民衆はそれを「新たな奇跡」だと讃える。
 だがオルコットの目には、それが神聖なものとは到底思えなかった。むしろ、古文書に記される、神の教えに背く「異端の力」に近いのではないか。
 彼の心には、セレスティアに対する畏れと、理解できないものへの強い拒絶感が芽生えていた。このままでは、神殿の秩序が、いや、王国の信仰そのものが歪んでしまう。その危機感が、老いた聖職者の心を重く縛り付けていた。


  ◇   ◇   ◇


 王宮の奥深く。謁見の間では、ひとりの少女が震えていた。
 少女の名はリリアナ。宰相のデューク・ヴァルトによって辺境から見出され、王都へと連れてこられた、もうひとりの「聖女」である。

 彼女の力は、純粋な「治癒」。その手から放たれる光は、まさしく人々が思い描く聖女の奇跡そのものだった。宰相は彼女を「真の聖女」として担ぎ上げ、セレスティアを排除するための駒として利用しようとしていた。

(怖い……。あの人、本当に人間なの……?)

 リリアナは、伝え聞いたセレスティアの武勇伝に、ただただ恐怖を感じていた。
 魔物をラリアットでなぎ倒す聖女? そんな話、聞いたこともない。
 自分とはあまりにも違う異質な存在に、彼女はただ怯え、震えるしかない。

 そんな彼女をなだめ、懐柔するかのように、宰相は囁く。

「あれは偽り。お前こそが、神に選ばれた真の乙女なのだ」

 リリアナはその言葉に縋りついた。そうすることで、彼女はかろうじて自らの正当性を保っていた。自分の方が聖女にふさわしい。自分の方が、人々に求められている。そう信じなければ、恐ろしくてたまらなかった。

 やがて、セレスティアを追放するための謁見が開かれると知らされる。その時のリリアナは、安堵と罪悪感の入り混じった複雑な気持ちを抱く。だが彼女は、その日を待つことしかできることがない。


  ◇   ◇   ◇


 そして、運命の日が訪れる。
 セレスティアが王宮に呼び出され、国王と、居並ぶ閣僚や貴族らと謁見する。彼女は様々な思惑が飛び交う権力闘争のひとつとして、今回の出来事を利用された。
 本物の聖女がこの国を支えるのだ、という用意された台本の通りに、玉座に座る国王がセレスティアの追放を宣告する。

「そなたを聖女の任から解き、『偽りの聖女』として王都からの追放を命じる」

 謁見の間に集った貴族たちは、侮蔑の視線をセレスティアに送る。オルコットは苦悩の表情で目を伏せ、リリアナは悲劇のヒロインを演じるように俯いた。

 誰もが、セレスティアが泣き崩れ、許しを乞う姿を想像していた。
 だが。

「――謹んで、お受けいたします」

 返ってきたのは、予想を完全に裏切る、晴れやかな声だった。

 顔を上げたセレスティアは、満面の笑みを浮かべていた。それはまるで、長年の重荷から解放されたかのような、心からの、一点の曇りもない笑顔だった。

 その場にいた全員が、思考を停止させた。国王は呆気に取られ、貴族たちは囁きを忘れ、リリアナは信じられないものを見る目でセレスティアを見つめた。
 追放されるのだ。偽りの聖女と罵られ、すべてを奪われるのだ。それなのになぜ、これほどまでに嬉しそうな顔ができるのか。
 誰ひとりとして、彼女の笑顔の理由を理解できなかった。


  ◇   ◇   ◇


 誰もが戸惑うなかで、ただひとり、宰相デューク・ヴァルトだけが、冷静にその光景を観察していた。彼の銀縁の眼鏡の奥の瞳は、セレスティアの笑顔の裏にあるものを探ろうと、鋭く細められている。

(……フン。虚勢か、あるいは狂ったか。どちらにせよ、これで計画通りだ)

 宰相にとって、セレスティアの存在は、自らの計画における最大の障害だった。
 彼の目的は、国王を傀儡とし、この国を完全に掌握すること。そのためには、人心を掌握する「聖女」という駒が不可欠だった。彼の意のままに動く完璧な駒として、新たな聖女たるリリアナを用意したのだ。

 セレスティアの力は、あまりにも規格外で、制御不能だ。民衆が彼女個人に心酔すれば、王家や貴族の権威は相対的に失墜する。それは宰相の描く支配構造を、根底から覆しかねない危険な火種だった。

(排除しなければならん。だが、殺せば民が黙っておるまい。英雄を殺したとなれば、大規模な反乱に繋がりかねん)

 だからこそ、彼は「追放」という手を選んだ。
 彼女から聖女の地位を剥奪し、「偽物」の烙印を押す。そして王都から遠ざける。そうすれば、民衆の熱狂もいずれは冷め、人々は「真の聖女」であるリリアナへと心を移していくだろう。

 セレスティアが笑顔で追放を受け入れたのは予想外ではあった。だが好都合でもある。抵抗されれば、それだけ後処理が面倒になるのだから。

「これで、障害は消えた」

 宰相は、セレスティアの意味不明な笑みを思い返しながら、冷たく呟いた。
 これで彼の計画は、新たな段階へと移行する。そしてその先にあるであろう、自らの栄光を想像して、笑みを浮かべた。

 しかし、彼はまだ気づいていなかった。
 自分が排除したと思っている障害が、ただの障害ではなく、あらゆる計画や常識を粉砕する、歩く天災であったことを。
 そして、野に放たれたその天災が、いずれ自分の喉元に牙を剥く――いや、鉄拳を叩き込んでくる運命にあることを。この時の彼は、まだ知る由もなかった。


 -つづく-






ゆきむらです。御機嫌如何。

とりあえず、第1章にあたる区切りのいいところまで書けたので。
更新を再開します。今日が第3話で、第8話まで。

第2章になる第9話以降は、現在執筆中。
もっとアクション描写が増やせるといいなぁ。

感想や評価などいただけると嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。

imu
ファンタジー
病院の帰り道、歩くのもやっとな状態の私、花宮 凛羽 21歳。 今にも倒れそうな体に鞭を打ち、家まで15分の道を歩いていた。 あぁ、タクシーにすればよかったと、後悔し始めた時。 「—っ⁉︎」 私の体は、眩い光に包まれた。 次に目覚めた時、そこは、 「どこ…、ここ……。」 何故かずぶ濡れな私と、きらびやかな人達がいる世界でした。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

処理中です...