【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

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第1章「追放聖女、旅に出る」

07:聖女は、仲間(パシリ)を拾う

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 黒百合騎士団と名乗る物騒な連中を、念入りな対話(物理)の末にお引き取り願ってから、数日が過ぎた。

 ポプラ村には以前と変わらない、穏やかな日常が戻ってきた。幸い村人たちは、あの夜に何があったのか何も知らない。ただ村の周辺でイノシシや狼を見かけなくなったことを、「村の守り神様のおかげかねぇ」なんて言って不思議がっているだけだ。私は「なんででしょうねぇ」とすっとぼけている。

 まあその原因は、私が夜な夜な村の周囲をパトロールして、近づいてくる魔物や獣を片っ端からシメて森の奥に追い返しているからなのだが。それは私だけの秘密、っていうやつだ。平穏なスローライフを守るため。これくらいの労力は惜しくない。

 しかし、私の心の中には、小さいけれど無視できない棘が刺さったままだった。

 あの陰険な宰相のことだ。
 彼はきっと、また刺客を送ってくるだろう。

 次はどんな手で来るのか。もっと腕の立つ暗殺者が襲ってくるのか。あるいは、今度こそ村ごと焼き払うために、正規の軍隊を動かしてくるかもしれない。
 そんなことになれば、いくら私でも、この村に留まり続けるのは難しい。私の存在が、この村にとって災厄の種になってしまう。

 いつまでも、ここにいるわけにはいかないのかもしれない。
 そんな考えが、ふと頭をよぎるようになった。
 この村での生活は、本当に心地いい。
 だからこそ、私のせいで、この場所を失いたくなかった。

 そんなある日の午後。
 私は村の子供たちに頼まれて、森の奥にしか生えていないという珍しい薬草を採りに出かけていた。採りに行こうとしていた村の長老が、少し風邪をこじらせてしまったらしい。
 私の身体能力にかかれば、森の奥地など庭のようなものだ。目的の薬草はすぐに見つかり、私は鼻歌交じりで村への帰路についていた。

 その時だった。
 森の開けた場所で、ひとりの男が巨大なグリズリーに襲われていた。

「うおおおおっ! く、来るな、このクマー!」

 錆びついた長剣を構えているが、その足は恐怖でガクガクと震えている。身に着けているのは、ところどころが擦り切れた革鎧。その男は、とても手練れの戦士には見えなかった。

 対するグリズリーは、体長三メートルはあろうかという堂々とした巨体。鋭い爪を振りかざし、まさに男に飛びかかろうとしていた。

 ああ、また面倒ごとだ。
 私は、思わずため息をついた。
 しかし、見殺しにするわけにもいかない。あの爪で一撃でも食らえば、人間など一瞬でミンチだろう。見ず知らずの人とはいえ、目の前で惨殺死体になる様をみるのはちょっと気分がよろしくない。

「――そこの熊さん、ちょっと待った!」

 私が大声を上げると、グリズリーはピタリと動きを止め、血走った目でこちらを睨みつけてきた。男の方も、突然現れた私を見て目を丸くしている。

「お嬢さん! 危ない、逃げろ!」

 男が親切にも叫んでくれる。まぁ常識的な反応だね。
 私は、そんな彼ににっこりと微笑みかけると、グリズリーに向き直った。

「あなた、ダメじゃないですか。そんなに大きな身体で弱い者いじめをしちゃ。お母さんに、そう教わりませんでしたか?」
「グルルルルル……!」

 もちろん、グリズリーに私の言葉が分かるはずもない。明らかに威嚇の唸り声を上げる。どうやらターゲットを、男の方から私へと変えたらしい。
 どうやら、対話の必要がありそうだ。

「まあ、お話の前に、少し頭を冷やしましょうか」

 私は、地面に落ちていた手頃な大きさの石――直径三十センチほどの――を拾い上げると、それを野球のボールのように軽々と投げた。
 放たれた石は、ヒュン、と風を切る音を立てて飛び。
 グリズリーの眉間に正確にクリーンヒットした。

 ――ゴツン!

 小気味いい音が、森に響く。
 グリズリーは「グェッ!?」と奇妙な声を上げると、その巨体に似合わない勢いで、綺麗に真後ろへぶっ飛んでいった。そして、数本の木をなぎ倒しながら、地面に大の字になって気絶する。白目を剥き、口から泡を吹いていた。

 もちろん手加減はした。殺してはいない。ただ、二度と人里には近づかないように、という強いメッセージを込めただけだ。

「…………」
「…………」

 現場には、気まずい沈黙が流れた。
 助けられたはずの男は、目の前で起きた超常現象に、口をあんぐりと開けたまま固まっている。錆びついた剣をだらりと下げ、その視線は、気絶したグリズリーと、平然と佇む私とを、行ったり来たりしていた。

「大丈夫ですか?」

 キリがないし、私の方から声を掛けた。
 男はハッと我に返り、慌てた様子で剣を持ち直し、佇まいを直す。

「だ、大丈夫だ! いや、その、ありがとう……助かった。君は、一体……?」

 男は、私を警戒しつつも、興味津々といった様子で問いかけてきた。
 年の頃は、二十代半ばくらいだろうか。赤みがかった茶色い髪を無造作に伸ばし、人の良さそうな、しかしどこか頼りない雰囲気を漂わせている。

「通りすがりの村人です。薬草を採りに来ていただけなので、お気になさらず」
「む、村人……? いや、しかし、今の技は……! 石を投げただけで、あのグリズリーを……! まるで、伝説に謳われる『豪腕の聖女』のようだ!」

 ごうわんのせいじょ。
 なんだその、まったくありがたくない二つ名は。
 どうやら、王都での私の武勇伝(ラリアット事件)は、尾ひれどころか、手足まで生えて、とんでもない形で伝わっているらしい。

「人違いです。私は、ただの力持ちなだけですから」

 私は、面倒なのでそう言ってその場を去ろうとした。
 しかし、男は慌てて私の前に回り込み、その場に膝をついた。

「待ってくれ! 我が名はカイン! かつては王国騎士団に所属していたが、今は訳あって浪々の身! どうか、俺をあなたの弟子にしてほしい!」
「……は?」

 弟子。
 今、この男は弟子と言ったか。
 私の脳が、理解を拒否する。
 何かの聞き間違いだろうか。聞き間違いであってくれ。

「いや、ですから、私はただの村人で……」
「ご謙遜を! その圧倒的なる御力、常人のそれでないことは、このカインの目には明らか! あなたは民を救うために現れた現代の英雄に違いない! 俺は、あなたのその強さに惚れた! どうか、その力の神髄を、この俺に!」

 ……ダメだ、こいつ。
 話が、まったく噛み合わない。
 そして、何より、そのキラキラとした尊敬の眼差しが、ひどく面倒くさい。
 前世にもいた。やたらと意識が高く、こちらの都合もお構いなしに「勉強させてください!」と付きまとってくる後輩。ああいうタイプは、一度捕まると本当にしつこいのだ。

「お断りします。私は、静かに暮らしたいだけなので」

 私が冷たく突き放すと、カインと名乗る男は、子犬のようにしょんぼりとした顔になった。

「そ、そんな……。では、せめて、あなたの護衛をさせてほしい! あなたほどの御仁が、ひとりで深い森を歩かれるのは危険だ! 俺が、この錆びついた剣に懸けて、あなたをお守りする!」

 もはや、支離滅裂である。
 さっき、熊一匹に腰を抜かしていた男が、私を護衛する、と。
 どちらが守られる側なのか、一目瞭然だろうに。

 私は、頭が痛くなってきた。
 この男をどうやって追い払ったものか。
 しかし、彼の目を見ていると、どうにも邪険にできない。その瞳には下心や悪意はなく、ただ純粋な、子供のような憧れの色が浮かんでいるだけだった。だからこそ面倒なんだけど。
 それに……。

(……仲間、か)

 なんとなく、そんな言葉が頭をよぎった。
 これから先、もしこの村を離れることになったら。
 私はまたひとりで旅をすることになるだろう。
 ひとり旅は気楽でいい。
 でも、時々、ふと寂しくなる瞬間があるのも事実だった。

 この一週間、ポプラ村で村人たちと食卓を囲んだ時間は、とても温かかった。
 もし、この男が隣にいれば。
 面倒なことも多いだろうが、退屈はしないかもしれない。
 何より、彼のこの能天気なまでの真っ直ぐさは、これからの旅で案外、私の助けになるのかもしれない。……それはないか。十中八九、足手まといだろう。

 でも。

「……護衛、ですか」
「はい! 寝食は、自分で何とかします! ただ、あなたの側にいさせてくれるだけでいい!」
「……分かりました。ひとつ、条件があります」
「な、何なりと!」
「私の身の回りの世話を、すべてやってもらいます。食事の準備、洗濯、その他、私が面倒くさいと思うこと、全部です。それができるなら、護衛として雇ってあげましょう」

 そう。私が目をつけたのは、彼の戦闘力ではない。
 彼の、その人当たりの良さと、押しに弱そうな性格だ。
 こいつなら、私の面倒な雑用を、文句も言わずに全部押し付けられる、便利なパシリ……いや、執事になってくれるかもしれない!
 私のスローライフが、さらに快適なものになる可能性が、ここにある。

 私の下心満載の提案に、カインは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「お任せください! 騎士団時代、雑用は得意でした! 必ずや、あなた様のお役に立ってみせます!」
「では、契約成立ですね。私の名前はセレス。以後、お見知りおきを」
「はっ! セレス様! このカイン、命に代えてもお守りします!」

 こうして私はひょんなことから、浪々の身という名の無職男を仲間(という名の便利な雑用係)にした。
 彼は、私のことを「強さに惹かれた」と言っていた。けれどその強さのせいで、私がどれだけ面倒なことに巻き込まれているのか、まだ知らない。
 そして、私が彼のことを「面倒ごとを押し付けられそう」という理由で仲間にしたことも、もちろん知らない。
 私たちは、互いに盛大な認識のすれ違いをしたまま出会い、奇妙な主従関係(?)を始めることとなった。


  ◇   ◇   ◇


 村に戻り、村長さんのところに出向いてカインを紹介する。彼は快くカインの滞在も許可してくれた。

「おお、セレスの護衛殿か! ちょうど、男手がもうひとり欲しかったところじゃ! 頼りにしておるぞ!」
「ははっ! お任せを!」

 カインは早速、持ち前の人の良さで村人たちに溶け込んでいった。
 その夜、私はいつものように納屋で寝転がりながら、隣でいそいそと私のブーツを磨いているカインを眺めていた。

「セレス様! この後、何かお夜食でもお作りしましょうか?」
「……いえ、結構です。それより、静かにしてください。考え事の邪魔です」
「はっ! 失礼いたしました!」

 ピシャリ、と嗜めれば、心得たとばかりに大人しくなるカイン。
 うん、なかなか使い勝手がいい。

 私のスローライフに、新たな仲間が加わった。
 この先、彼の存在が、吉と出るか、凶と出るか。
 まあ、十中八九、面倒ごとの種が増えるだけだろうな。
 私は星空を見上げながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


 -つづく-






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