【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

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第2章「陰謀、粉砕祭り」

09:聖女は、商業都市の闇に触れる

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 私と、便利な雑用係ことカインが、ポプラ村を出てから一週間が過ぎた。

 旅はいたって順調だった。
 夜は、私が手頃な岩壁をくり抜いて作った「セレス・スペシャル洞窟ホテル」で快適に眠り。食事は、カインが調達してきた食材を、私が拳の摩擦熱で起こした火で調理する。

 カインは当初こそ、私の常識外れなサバイバル術に戸惑っていた。けれど今ではすっかり諦めの境地に達したらしい。

「セレス様、本日の寝室はこちらの岩壁でよろしいでしょうか? もう少し硬そうな岩の方が、掘りごたえがありますか?」

「セレス様、今日の夕食は猪が獲れました。いつもの『拳骨グリル』で、ウェルダンでお願いできますか?」

 などと、先回りして指示を仰いでくるようになった。彼の瞳から、出会った頃のキラキラした輝きは完全に消え失せ、代わりにベテラン執事のような落ち着きと諦観が宿っている。うん、とても良い傾向だ。私のスローライフがますます快適になっていく。

 そんな旅の果てに、私たちはようやく次の目的地である商業都市「ブリガンディア」にたどり着いた。
 街道の先に見えてきたその都市は、今まで見てきたどの村や町よりも巨大で、活気に満ち溢れていた。高い城壁に囲まれ、その中にはレンガ造りの建物が所狭しと立ち並んでいる。人の往来も激しく、様々な荷を積んだ馬車がひっきりなしに城門を出入りしていた。

「おお……! すごい……! これがブリガンディア……!」

 エネルギッシュな都市の威容や喧騒に、カインは感嘆の声を上げている。彼の瞳が久しぶりに、純粋な興奮の色を浮かべていた。
 私も、その光景に少しだけ圧倒されていた。ポプラ村のようなのどかな田舎とはまったく違う、けたたましいまでのエネルギーがこの街には渦巻いている。

「さて、カイン。まずは情報収集と、食料の買い出しです。手分けして行動しましょう」
「はっ! お任せください、セレス様!」

 私たちは気を取り直して、人混みの中へと足を踏み入れた。
 しかし、街の様子はどこか奇妙だった。
 活気はある。人々は忙しそうに行き交い、店先からは威勢のいい声が聞こえてくる。だが、道端に座り込む人々は、皆一様に疲れたような、暗い表情をしていた。子供たちは痩せこけ、母親はその姿を見て苦しそうに空を見上げている。威勢のいい商人たちの顔にも、どこか焦りの色が浮かんでいるように見えた。

 私たちがまず向かったのは、パン屋だった。村人たちにもらった食料もそろそろ底をつきかけていたからだ。

「すみません。この黒パンをふたつください」

 私がそう言うと、パン屋の主人は申し訳なさそうな顔で言った。

「……あいよ。毎度あり。代金は、銀貨で二枚だよ」
「……え?」

 私は、思わず聞き返した。
 黒パンふたつで、銀貨二枚。
 王都の相場と比べても、三倍以上はする。法外な値段だった。ポプラ村なら、このパンが十個は買えるだろう。

「ずいぶん、高いんですね」
「……すまねえ。俺だって、こんな値段で売りてえわけじゃねえんだ。だが、小麦の値段が、ここんとこ毎日、天井知らずで上がっててよ……」

 主人は、深くため息をついた。
 見れば、店内に並んでいるパンの数も、心なしか少ない。
 私たちは、仕方なく銀貨を支払い、パン屋を後にした。

 次に訪れた八百屋でも、事情は同じだった。野菜はどれもこれも信じられないような高値で売られていた。しかも品物は新鮮とは言えないものばかり。

 街全体が、何かおかしなことになっている。私とカインは、街の中央広場にある噴水の縁に腰を下ろし、今後のことを話し合った。

「どうやら、この街は、長居できるような場所ではなさそうですね」
「はい……。この異常な物価の高騰……何か、裏があるような気がします」

 カインが神妙な顔で言う。彼は元騎士だけあって、こういう社会の歪みには敏感らしい。

「俺が、少し聞き込みをしてきます。セレス様は、ここで待っていてください」
「ええ、お願いします。私は、難しい話は苦手なので」

 私がそう言うと、カインは「承知しております」と、静かに頷き、人混みの中へと消えていった。
 彼も、私の「面倒くさがり」な性格をすっかり理解してくれている。本当に、便利な仲間を拾ったものだ。

 私は噴水の音を聞きながら、ぼんやりと街行く人々を眺めていた。改めて見ても、やっぱり街の人たちに活力が見て取れない。パンでさえ王都の三倍の金額になっているのだ。生活するために必要なあれやこれやが、軒並み同じくらい値上がりしているというなら、想像するだけでもゾッとする。
 しばらく時間が経ち、カインが険しい顔をして戻ってきた。

「セレス様……。どうやらこの街の物価高騰は、ひとつの商会が裏で糸を引いているようです」
「商会、ですか?」
「はい。『オルトロス商会』という、最近になって急激に力をつけてきた商会です。彼らが、この街に運び込まれる小麦や塩といった生活必需品を、強引なやり方で買い占めている、と」
「買い占め……」

 前世でも、よく聞いた話だ。品物を独占し、値段を釣り上げて、大儲けする。たとえ異世界だろうと、考えることは同じらしい。

「そのオルトロス商会は、街の衛兵たちも金で抱き込んでいるらしく、誰も逆らえないそうです。逆らった商人は店を潰され、街から追い出されるとか……。おまけに、彼らは『黒犬(ブラックドッグ)』と呼ばれる荒くれ者の用心棒集団を雇っており、力づくで商売敵を排除しているとの噂です」

 カインは、そこで一度、言葉を切った。
 そして、私の顔をじっと見つめる。やがてためらいながらも、意を決したように、話を続けた。

「……セレス様。最も憂慮すべきは、そのオルトロス商会の背後に、王都の有力貴族の影がある、という噂です」
「……というと?」
「商会長のガノッサという男は、頻繁に王都と行き来しており、宰相デューク・ヴァルト閣下と、密接な繋がりがある、と……」

 宰相。
 また、あんたか。
 私は、思わずこめかみを押さえた。
 どうやら私は、とんでもない厄介事の巣窟に自ら足を踏み入れたらしい。

 宰相は、私を追放し、刺客を送るだけでは飽き足らず、こんな場所で民衆を苦しめて私腹を肥やしていたのか。
 前世のパワハラ上司も、自分のミスを部下に押し付けたり、手柄を横取りしたりする、どうしようもない人間だった。けれどスケールが違う。宰相のやっていることは、まさに国を蝕む癌そのものだ。

「……セレス様」

 カインが、私の名前を呼ぶ。その声には、強い決意が込められていた。

「この街の惨状、民の苦しみ……見過ごすことはできません。かつて王国に仕えた騎士として、そして何より、セレス様の護衛として。俺は、この悪を断ち切りたい。どうか、俺に、力を貸していただけませんか!」

 彼は、私の前で、深く頭を下げた。
 その姿は、真剣そのものだった。
 彼の目には、かつて私に向けられていたような、無邪気な憧れはない。そこにあるのは、正義感と、民を憂う騎士としての使命感だった。

 私は、そんな彼を見ながら、深く、ふかーく、ため息をついた。
 ああ、面倒くさい。
 本当に、面倒くさい。

 宰相がどうなろうと、この街がどうなろうと、正直、私には関係のないことだ。
 私は、ただ、静かに、平穏に、スローライフを送りたいだけなのだ。
 厄介事には首を突っ込みたくない。
 それが、私の信条だったはずだ。

 でも。
 目の前で、真剣な顔で頭を下げている、このお人好しの元騎士。
 そして、脳裏に浮かぶ、街の人々の疲れた顔。痩せた子供たちの姿。
 ポプラ村で、私に温かく接してくれた、村人たちの笑顔。
 もし、この街の買い占めが続けば、いずれポプラ村のような小さな村にも影響が及ぶかもしれない。マーサおばちゃんや、村長さんが、パンが買えずに困る姿を想像してしまった。

「……はぁぁぁ……」

 私は、今日一番の、大きなため息をついた。
 そして、立ち上がる。

「カイン。そのオルトロス商会とやらは、どこにあるんですか?」
「え……?」

 顔を上げたカインが、驚いたように私を見る。

「場所が分からないと、話が始まりませんよね?」
「は、はい! 街で一番大きな建物だと聞いています! 中央広場の、すぐ向こうです!」
「そうですか」

 私は、ポン、とカインの肩を叩いた。

「難しい話はもう結構です。要するに、その『オルトロス商会』とかいうのを叩き潰せばいい、ということですよね?」
「え、ええ、まあ。端的に言えば、そうなりますが……しかし、相手は用心深く、証拠を掴むのも……」
「証拠? そんなもの、必要ありません」

 私は、きっぱりと言い放った。

「悪党を懲らしめるのに、面倒な手続きなんていらないでしょう?」

 前世では、いつもそうだった。
 上司の不正に気づいても、証拠がなければ何も言えなかった。
 理不尽な要求にも、ただ耐えるしかなかった。
 でも、今は違う。
 この身には、理不尽を粉砕するための力が、有り余るほど宿っている。

「行きますよ、カイン。まずは、腹ごしらえです」
「え? は、はい……」
「その商会の倉庫にはきっと、美味しいものがたくさんあるはずですから」

 私は、ニヤリと笑って見せた。
 カインは、一瞬、呆気に取られたような顔をしたが、すぐに、その表情を力強いものに変えた。

「……承知いたしました、セレス様! どこまでも、お供します!」





 商業都市ブリガンディア。
 この街に渦巻く、シリアスな闇と陰謀。
 そんなもの、私の知ったことではない。
 ただ、私のスローライフの邪魔になりそうだから。
 そして、目の前にお腹を空かせた人たちがいるのが、気に食わないから。
 理由はそれで十分だった。

 私は、これから始まる「大掃除」のことを考えて。
 少しだけ、胸が高鳴るのを感じていた。


 -つづく-






ゆきむらです。御機嫌如何。

第2章がそこそこ書けたので、更新再開です。
脳筋聖女な主人公が、不憫なお供と一緒に新天地へ。
そこでもあれこれ騒動を巻き起こす展開となっております。
楽しんでいただければこれ幸い。

また評価や感想などいただけるとすごく嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
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