【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

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第2章「陰謀、粉砕祭り」

18:聖女は、道に迷って密会に乱入する

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 あの忌々しい遺跡を二度も崩壊させ、ようやく私の平穏な日常が戻ってくる。
 ――はずだった。

 世の中というものは、どうにも私の思い通りには動いてくれないらしい。
 ブリガンディアの街に戻った私を待っていたのは、英雄への称賛ではなく、何やら不穏な空気だった。

「セレス様、大変です!」

 街の入り口で私たちを出迎えてくれたのは、お世話になっている宿屋の主人だった。血相を変えて、待ちかねたとばかりに駆け寄ってくる。ただ事ではない様子で、私たちがいない間に何があったのかを説明してくれた。

「王都から、監察官が派遣されてきました。なんでも、この街の不審な動きを調査するためだとか……」
「監察官?」
「はい。その監察官というのが、非常に高圧的で横暴な男でして……。街の商人たちを呼びつけては、オルトロス商会との癒着を疑い、強引な取り調べを……」

 話を聞けば聞くほど、胸糞が悪くなるような内容だった。
 おそらく、あの宰相がまた新たな嫌がらせを仕掛けてきたのだろう。

 私が物理的に問題を解決したせいで、宰相は表立って私を攻撃できなくなった。だから今度は、法律や権力といった面倒なものを盾にして、この街全体を締め付けようという魂胆に違いない。
 前世のパワハラ上司もそうだった。直接、私を罵倒できなくなると、今度は社内規定の細かいものを使って、重箱の隅をつつくように嫌がらせをしてきたものだ。

 ああ、もう!
 本当に、しつこい!

「……分かりました。しばらく、この街を離れましょう」

 私は、即決した。
 街に留まり続ければ、私を慕ってくれる街の人たちに、さらなる迷惑がかかってしまう。それに、監察官とやらと面倒な口論をするのもごめんだった。

「そんな……。セレス様がいなくなってしまっては、我々は……」

 宿屋の主人が、不安そうな顔をする。

「大丈夫ですよ。あの街の強さは、私ひとりの力ではありません。皆さんが団結することです。あのオルトロス商会の悪行から、街が立ち直った時のように」

 私は、にっこりと、彼に微笑みかけた。
 オルトロス紹介をぶん殴ったのは私だけれど、その後に街の日常が戻ったのは、街の人たちの力だ。私はそう思っていた。
 まぁ、「これ以上、面倒ごとに、巻き込まれたくない」というのが本音ではある。でも口にするわけにはいかない。それくらいの分別は持っている。

 こうして、私たちは街の人々に後ろ髪を引かれながらも、ブリガンディアの街を後にすることになった。
 私の快適なニート生活は、またしても終わりを告げたのだ。

「これからどうしましょうか……」

 次なる目的地は、特に決めていなかった。
 とりあえず、王都からもっと遠ざかることにしよう。
 そんなゆるい理由で、さらに南へと向かうことにした。

「セレス様、これもすべて、俺の力不足のせいです……。俺が、もっとしっかりしていれば……」

 なにやらカインが必要以上に責任を背負い込んで、潰れそうになっていた。私は落ち込む彼の背中を、バン、と叩きながら言う。

「気にすることはありません、カイン。これもスローライフの一環です。たまには気分を変えて、ピクニックとしゃれこみましょう」
「……ピクニック、ですか……」

 カインは、どこか遠い目をしていた。その目の理由が、ブリガンディアを離れたことによることなのか。それとも、この期に及んで能天気なことを言う私に対する諦めなのか。理由まではうかがえなかった。

 そんなわけで、私たちのあてのない旅が、再び始まった。
 しかしどういうわけか、その日の私たちはひどく運に見放されていたらしい。
 街道を歩いていると突然、空が暗くなり、土砂降りの雨になったのだ。

「うわっ! 最悪ですね……」
「セレス様、雨宿りできる場所を探しましょう!」

 私たちは慌てて街道を外れ、森の中へと駆け込んだ。
 しかし、森の中は地面がぬかるみ、生い茂る木の葉の間からは雨粒が滴り落ちてくる。結局、ずぶ濡れになってしまう。
 おまけに雨で視界が悪いせいか、私たちは完全に迷ってしまった。同じような木々に囲まれて、元々歩いていた道がどちらの方だったかも分からない。

「……どうやら、遭難したようですね」
「……ええ。そのようですね」

 私とカインは、大きな木の根元で雨をしのぎながら途方に暮れた。
 身体は冷え切り、お腹も空いてきた。

 あぁ。私のスローライフはどこへ行ってしまったのだろうか……。

 そんな感傷に浸っていると。
 ふと、私の鼻が微かな匂いを捉えた。
 それは、雨の匂いに混じって風に乗ってくる、香ばしい匂い。
 肉が焼ける匂いだ。

「……カイン」
「は、はい」
「どこかから、美味しそうな匂いがしませんか?」
「え? 匂い、ですか……?」

 カインが、くんくんと鼻を鳴らす。

「……本当だ! 確かに、何かを焼いているような……。この森の中に、誰か、いるのでしょうか?」
「行ってみましょう! もしかしたら食べ物を分けてもらえるかもしれません!」

 食べ物の匂いに釣られ、私の単純な思考回路は一気に活気を取り戻した。私たちはその匂いを頼りに、森の奥深くへと進んでいく。

 しばらく歩くと、森の中に、不自然なほど立派な、石造りの屋敷が現れた。
 こんな森のど真ん中に、なぜこんなものが?
 どう見ても、普通の狩人の小屋などではない。屋敷の窓からは明かりが漏れ、あの美味しそうな匂いはここから漂ってきているようだった。

「……怪しいですね。セレス様。何か、訳ありの建物かもしれません」

 カインが警戒しながら、囁く。

「そうですね。でも、お腹が空きました」
「……ですよね」

 カインはもう、私の食欲を止めることを諦めたらしい。
 私たちはお互いに頷き合うと、そろり、と屋敷の玄関へ近づいた。

 玄関の扉は重厚な木でできていて、固く閉ざされている。
 私はとりあえず、礼儀正しくノックをしようとした。

 しかし、その手が扉に触れる寸前。
 どこからか、話し声が聞こえてきた。
 私たちは慌てて、身を隠しそうして扉から少し離れる。屋敷の壁にへばりつきながら、周囲に耳と意識を向けた。
 すると、すぐ側の窓から話し声が漏れ出てきた。

 私とカインはしばし目を合わせて。
 そっと、窓から中の様子をうかがった。

「――それで、例の、遺物の件は、どうなった?」

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある冷たい声。
 宰相、デューク・ヴァルトの声だった。

「……申し訳、ございません。宰相閣下。我々の部隊は、遺跡の崩落に巻き込まれ、全滅……。遺物である石版も、瓦礫の下に……」
「……何だと……? あの娘、セレスティアの女狐めが……。私の計画を、ことごとく……!」

 宰相の、怒りに満ちた声が響く。
 どうやらこの屋敷は、宰相一派の秘密の会合場所らしい。
 そして彼らは、今まさに、シリアスな密談の真っ最中であるようだった。

「……セレス様。これは、とんでもないところに迷い込んでしまいましたぞ……」

 カインが、青い顔で囁く。

「宰相閣下がここにいるということは、これは、国家を揺るがすレベルの陰謀です。下手に関われば、我々もただでは……」
「……カイン」
「は、はい」
「お肉の匂いが、強くなってきました」
「……だから、今は、それどころでは、ないんですよ!」

 カインの悲痛なツッコミも、私の空腹の前には無力だった。
 私の頭には、これから繰り広げられるであろうシリアスな展開はこれっぽっちも入ってこない。それよりも、今まさに焼かれているであろう、ジューシーなお肉のことでいっぱいだった。

 我慢が、できない。
 私はすべての思考を放棄した。
 窓の下から、玄関の前へと再び舞い戻り。

「すみませーん! お腹が空いたのでご飯を分けてくださーい!」

 その重厚な扉を、思い切り蹴破った。

 ――ドッゴオォォォンッ!!

 訪れる者を威圧するかのようだった扉は、私の一撃でいとも簡単に吹き飛んだ。
 遮るものがなくなった私は、玄関から堂々と屋内へ入り込む。

「な、何者だ!?」

 玄関先のエントランスには、十数人の貴族らしき男たちがいた。彼らは、私という突然の来客に面食らい、一斉に声を上げる。

 そんな彼らに構うことなく、私は屋敷の奥の方へと足を向けた。
 迷いはない。この芳しいお肉を焼く匂いが、私を導いてくれる。

 ついに到着した。食欲をそそる匂いの根源となる場所に。
 そこは、豪華な食堂のような部屋だった。
 長いテーブルの上には食べきれないほどのご馳走が並べられている。部屋の中央にある暖炉では、巨大な肉の塊が焼かれていた。まさに最高の焼き加減で、ジュウジュウと、音を立てている。
 そして、そのテーブルの上座には、呆然と固まっている人物が。
 我が国の腹黒宰相、デューク・ヴァルト、その人だ。

「……セ、セレスティア……!? な、なぜ貴様がここに!?」

 宰相の顔が、驚愕と恐怖に引きつる。
 他の貴族たちも、「ひぃっ!」「偽りの聖女だ!」とパニックに陥っていた。
 彼らのシリアスな秘密会談は、ずぶ濡れな腹ペコ聖女の能天気な乱入によって、一瞬にして台無しにされてしまったのだ。

「いやあ、いい匂いですねぇ。ちょうどお腹がペコペコだったんですよ」

 私は阿鼻叫喚な貴族たちなどお構いなしに、暖炉の肉塊に歩み寄った。

「カイン! ナイフとフォークを!」
「……は、はい……」

 カインはもはや、ツッコむことすら放棄していた。どこか悟りを開いたような表情で、私の世話を焼き始める。
 国家転覆を企む、悪党たちの秘密のアジト。
 そこはこの瞬間、私たちの、ただの食堂へと成り変わったのだ。

 これからどんな修羅場が待っているのか。
 そんなことはどうでもいい。
 今はただ、目の前の肉に集中するのみだ。
 私はこれから始まるお肉の踊り食いに、胸をときめかせるのだった。


 -つづく-
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