【完結】追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する

ゆきむらちひろ

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第2章「陰謀、粉砕祭り」

20:聖女は、再びスローライフ探求の旅に出る

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 宰相閣下の秘密のアジト兼高級レストランを、物理的に半壊させてから一夜が明けた。私たちはあの後、結局また道に迷い、ずぶ濡れのまま森の中で一夜を明かす羽目になってしまったのだ。
 もちろん寝床は、私が手頃な岩をくり抜いて作った「セレス・スペシャル洞窟ホテル ver.2」である。
 昨夜の豪華なステーキと、今のこのワイルドな野営生活。そのあまりの落差に、カインはどこか遠い目をしていた。
 でも、私は割と平気だった。どんな状況でも眠れる場所があり、食べるもの(村人にもらった干し肉)がある。それだけで十分に幸せだ。
 ……私のスローライフのハードルが、日に日に低くなっている気がする。

 翌朝。私たちはようやく森を抜け、見覚えのある街道へと戻ることができた。雨はすっかり上がり、空は嘘のように晴れ渡っている。

「ふう。やっぱり、お日様の下は気持ちがいいですね」
「ええ……本当に……。もう二度とあの森には入りたくありません……」

 カインが心底うんざりしたように呟く。
 彼はどうやら、方向音痴の私とふたりきりで森に入ることに、軽いトラウマを抱いてしまったらしい。

 私たちが今後の身の振り方を相談しながら街道を歩いていると、道の向こうに一台の豪華な馬車が見えた。なにやら猛スピードでこちらに向かってくる。
 その馬車には見覚えがあった。ブリガンディアの街の衛兵隊のマークが描かれていて、私たちの目の前で急停止する。そして中から、ひとりの騎士が慌てた様子で転がり出てきた。

「はあ、はあ……! おお! いらっしゃった! セレス様!」

 その騎士は、ブリガンディアの衛兵隊長だった。オルトロス商会を壊滅させた時に、私に脅されて忠誠を誓った(と私が勝手に思っている)男だ。

「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも! あなた様が街を出てから大変なことに……!」

 隊長の話をまとめるとこうだ。
 私たちが街を去った後、王都から派遣されてきた監察官の横暴はさらにエスカレートした。彼はオルトロス商会の残党と裏で手を組み、街の商人たちに法外な追徴金を課したという。それを私腹を肥やすための資金源にしていたらしい。まさに第二のオルトロス商会の誕生だ。街の人々は再び絶望の淵に立たされたという。

 しかし、昨日の夜のこと。
 突如、王都から緊急の勅令が届いたのだという。

『監察官の任を解き、ただちに王都へ帰還せよ。また、オルトロス商会の残党はひとり残らず捕縛し、その不正に得た財産はすべて没収。街の復興資金に充てること』

 という内容だったらしい。
 監察官は顔面蒼白になり、ほうほうのていで王都へ逃げ帰ったのだという。その後、衛兵隊は勅令を大義名分に残党たちを一網打尽にすることができた。
 ブリガンディアの街はまたしても救われたのだ。

「……これもすべて、セレス様がどこかで我々のために動いてくださったおかげに違いありません! 街の者たちは皆そう信じておりますぞ!」

 隊長はそう言って私に深々と頭を下げた。

「…………」

 私は何も言えなかった。
 いや、何もしていない。私はただ、道に迷ってお腹が空いて、見つけた屋敷に乱入してステーキを食べただけだ。
 しかし、どうやらその一連の能天気な行動が、結果的に宰相の計画を根底からひっくり返し、彼にブリガンディアからの一時撤退を決意させたらしい。彼としては、自分の秘密のアジトがバレてしまった以上、ブリガンディアで事を荒立てるのは得策ではないと判断したのだろう。

 まさに瓢箪から駒。
 いや、ステーキから街の平和か。

「……セレス様」

 私の隣ですべてを察したカインが、呆れたような顔をしている。
 しかし、どこか誇らしげな声で、囁いてきた。

「あなたは、やはり持っておられる……。普通ならありえないような豪運を……」
「……そうみたいですね」

 私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
 どうやら私は意図せずして、またしても街を救ってしまったらしい。

 平和になるのはいいことだ。
 だがそのたびに、私の平穏が崩れ去っているような気がする。
 私のスローライフは一体どこに……。

 隊長は「ぜひ街に戻って皆と勝利の祝杯を!」と熱心に誘ってくれた。しかし私は、それを丁重に断った。
 これ以上あの街に関われば、またどんな面倒ごとが降ってくるか分からない。
 私たちは隊長に別れを告げ、再び南へと歩き始めた。


  ◇   ◇   ◇


 その日の夕暮れ時。私たちは小さな村にたどり着いた。
 一晩の宿を探していると、人だかりができているのを見つける。

「なんでしょう、あれは」
「人が、集まっていますね」

 村の広場が、何やら騒がしい。人々が集まり、一枚の貼り紙を食い入るように見つめていた。
 私たちも気になって、その輪に加わってみる。

「……え?」

 その貼り紙は、王都から発行されたお尋ね者の手配書。なんと、描かれている似顔絵は、私のものだった。以前、ポプラ村で手配書についての噂を聞いた。あれは、これのことか。
 似顔絵は、正直なところあまり似ていない。しかし、金髪で青い瞳、という特徴は一致している。

「偽りの聖女セレスティア。国家への反逆及びブリガンディアにおける騒乱罪の容疑により賞金を懸ける。生け捕りにした者には金貨百枚を与える」

 カインが、小さな声で読み上げる。

「……金貨百枚……」

 私の目が、キラリと光った。
 金貨が百枚もあれば、しばらくは働かなくても暮らしていける。
 私の黄金のニート生活が現実のものとなる大チャンスだ。

「……カイン」
「は、はい」
「私を捕まえて、衛兵に突き出せば大金持ちになれますよ?」
「……本気で言っておられるのですか?」

 カインがジト目で私を見る。どうやら本当に呆れているらしい。たいした忠誠心だ、と呆れてしまいそうだ。

「冗談ですよ」

 手を振りながら、自分の言った言葉を取り下げた。
 半分、本気だったけれど。

 そんな私たちのやり取りを聞いていたのか、村人たちがざわめき始める。

「おい、あそこのお嬢さん……。手配書の女に似てないか?」
「本当だ! 金髪に青い目……!」

 人々の視線が一斉に私に集まる。
 その目には、賞金への欲望の色が浮かんでいた。

 まずい。面倒事になること待ったなしだ。
 私はカインと顔を見合わせ、静かにその場を離れようとした。
 しかし、ひとりの屈強な若者が、私たちの前に立ちはだかった。

「待ちな。お前さん、手配書の偽聖女だな?」

 若者の手には、農具のクワが握られている。何をするつもりか、聞かなくても丸分かりである。
 周りの村人たちも、鋤や鎌を手にして、じりじりと私たちを取り囲んでいく。

 ああ、もう。
 なぜ、こうなってしまうのか。
 ただ、宿を探していただけなのに。

 私は、深くため息をついた。
 宰相の陰謀を、意図せずに阻止することができた。だというのに、その余波がこんな形で私のスローライフを脅かすとは。世の中、本当にままならない。

「皆さん、人違いです。私たちはただの旅の者で……」

 カインが必死に弁解しようとする。だがもはやそんな言葉は、賞金に目がくらんだ村人たちの耳には届かない。

「うるせえ! 観念しやがれ!」

 若者がクワを振りかざし、私に襲いかかってきた。
 素人丸出しの一撃。私はそれを、ため息交じりにひらりとかわす。
 そして、振り下ろされたクワを、いとも簡単に彼の手からひったくる。
 そしてそして、そのまま片手で、クワをぐにゃりと捻じ曲げて見せた。

「…………え?」

 若者の、動きが固まる。
 周りの村人たちも、信じられないという顔で私を見ている。
 私は、捻じ曲げたクワをその場にポイと捨てると、にっこりと微笑んだ。

「お話は、聞かせていただきました。どうやらあなたたちは、私を捕まえたいようですね」
「ひっ……!」
「分かりました。では、今から鬼ごっこをしましょう。私を捕まえられたら、あなたたちの勝ちです。金貨百枚を好きにしてください」

 私はそう宣言すると、村人たちが何かを言う前に地面を強く蹴った。
 私の身体は矢のように加速し、あっという間に村人たちの包囲網を突破する。

「ただし」

 私は振り返り、呆然とする村人たちに告げた。

「あなたたちが私に捕まったら、宿代と夕食代を全部奢ってもらいますからね!」

 一方的なルール説明に、村人たちはただ呆然と立ち尽くすだけだった。


  ◇   ◇   ◇


 その日の夜。私とカインは、村で一番立派な宿屋の一番良い部屋で、豪華な夕食に舌鼓を打っていた。
 もちろん代金はすべて、村人たちの奢りである。

 あの後、繰り広げられた壮絶な(私にとってはただの散歩だったが)鬼ごっこの結果は言うまでもない。
 村人たちはひとり、またひとりと私に捕まっていき。最後には広場で全員が、私に向かって土下座をしていた。まいりました、と。

「……セレス様は本当に、どんな状況でも自分の利を見出すのがお上手ですね……」

 カインが感心したような、呆れたような声で言う。

「当然です。転んでもただでは起きない。それが私の基本理念ですから」

 私は、ふふん、と胸を張った。

 宰相の陰謀は阻止した。
 ブリガンディアの街に戻るのは状況的に難しくなったものの、さらに南へ向かうスローライフの旅への後押しにはなった。
 旅の再開早々から思わぬトラブルはあったが、今夜の宿と食事は確保できた。
 結果だけを見れば、今日はなかなか有意義な一日だったと言えるかもしれない。

 うん。そういうことにしておこう。
 私はそんなポジティブな結論にたどり着き、満足げにワインを傾けるのだった。


 -つづく-
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