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「石頭な鍛冶師・ボルガン」編
01:錆びた金槌と、揺るがぬ哲学
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カン、カン、カン……
鉱山都市・グレンハイムの東地区に、鈍く、不機嫌な金属音が響き渡る。
この街には、誰もが憧れた伝説の鍛冶師一族『アイアンハンマー』が居を構えていた。奏でるように打ちつける金属音は、まるで鋼を歌わせるかのごとくリズミカルに響かせたという。
だが、今響いているその鍛冶の音は、人の口に上るようなものとは似ても似つかない。ただ鉄を殴りつけるだけの無粋な音だった。
音の発信源は、煤と鉄の匂いが染みついた通りに、時代に取り残されたかのようにたたずむ一軒の工房。軒先に掲げられた『アイアンハンマー工房』の看板は、長年の風雨に晒されて汚れ切っている。もはや誇り高き一族の名を判読することは難しい。今ではただの『修理屋』として、街の片隅で寂しくその存在を主張しているだけだ。
工房の主・ボルガンは、今日も汗と油にまみれ、金床の前で仁王立ちになっていた。年の頃は八十を過ぎ、ドワーフとしては壮年期を終え、老境に差し掛かった頃合いだ。だが、その肩幅の広い体躯と、丸太のように太い腕は、未だ衰えを知らない。編み込まれた赤茶色の髭は胸元まで豊かに垂れ下がり、その顔には、まるで岩から削り出したかのような深い皺が刻まれている。
金床の上に乗せられているのは、見るからに使い古され、ひん曲がった農夫の鋤だ。ボルガンはその歪な鉄塊を、まるで親の仇でも見るかのような苦々しい表情で睨みつけ、錆びた金槌を無感情に振り下ろす。カン、と、またひとつ、魂のこもらない音が工房に響いた。
これが、ボルガンの日常だった。
伝説の鍛冶師一族の末裔。その肩書きは、もはや彼にとって誇りではなく、重く、忌まわしいだけの枷だった。彼の父、そして祖父は、王家に献上するほどの剣を打ち、その名を大陸に轟かせた。しかしボルガン自身には、その血に宿るはずの才能が悲しいほどに欠落していた。
彼には鉄の声が聞こえない。
炎の心を読むこともできない。
彼が打つ金属は、かつて一族の者たちが作り上げた名立たる逸品のように、決して歌うことはなかった。
結果として、彼にできる仕事は、街の人間たちが持ち込む、壊れた鍋や、曲がった農具を、力任せに叩いて直すことだけ。それは鍛冶というよりは、むしろ板金作業に近かった。
「ちっ……。軟弱な鉄を使いおって……」
ボルガンは、誰に聞かせるともなく悪態をついた。鋤を打ち延ばすたびに、その素材の質の悪さが、金槌を通して彼の腕に伝わってくる。こんな代物では、数日も畑を耕せば、またすぐに曲がってしまうだろう。
だが、客が求めるのは安く、早い修理だけだ。ボルガンがどれだけドワーフの伝統に則った頑丈な武具の価値を説いても、彼らは面倒くさそうに顔をしかめるだけだった。「そんな重たいものは、扱いきれないよ」と。
いつしか、ボルガンの誇りは、鍛冶の腕から、別のものへと移っていた。
それは、ドワーフという種族そのものに宿る、絶対的な『頑丈さ』。
鋼のごとき肉体。
岩をも砕く石頭。
そして、何者にも屈しない頑固な精神。
それこそが世界において最も価値のあるものだと、彼は本気で信じていた。
カン、カン、と最後の仕上げを終え、ボルガンは鋤を無造作に水の桶へと突っ込んだ。ジュウ、という音と共に、白い蒸気が立ち上る。彼は額の汗を腕で拭うと、修理代として受け取った銅貨を数枚、革袋にしまい込んだ。今日の仕事は、これで終わりだ。
工房の重い扉を開け、外に出る。夕暮れ時の街は、一日の仕事を終えた人々でごった返していた。人間、エルフ、獣人……。様々な種族が入り乱れる雑踏の中を、ボルガンは馴染みの酒場を目指して歩き始めた。
何者にも屈しない。その哲学は彼の日常でも発揮される。
彼は、決して人を避けない。道を譲らない。
なぜなら、「道とは、頑丈な者がまっすぐ進むためにある」からだ。
彼の進路上に、荷物を抱えた、ひょろりと背の高いエルフの商人がいた。ボルガンは、歩く速度を一切緩めない。エルフは直前になってボルガンの存在に気づき、「おっと」と慌てて身を引こうとした。だが、間に合わなかった。
ドンッ、という鈍い衝撃。
ボルガンの肩は、まるで走ってきた猪のように、エルフの身体にめり込んだ。
エルフは、「うわっ」と短い悲鳴を上げ、まるで岩にでもぶつかったかのように、あっけなく弾き飛ばされた。抱えていた荷物が手から離れ、中に入っていた色とりどりの香辛料の瓶が、石畳の上で砕け散る。
「な、何をするんだ! 前を見て歩け!」
尻餅をついたエルフが、非難の声を上げた。周囲の人々も、何事かと足を止め、遠巻きに彼らを見ている。
しかし、ボルガンは悪びれる様子もなく、弾き飛ばしたエルフを見下ろした。
「ふん、軟弱者が」
その声には、侮蔑の色があからさまに滲んでいた。
「その程度のことで文句を言うな。俺の道筋に立っていた貴様が悪い。もっと身体を鍛えんか!」
彼に、悪気という概念はない。
弱い者が、強い者に道を譲る。それは彼にとって、太陽が東から昇るのと同じくらい、当たり前の世界の真理だったのだ。ドワーフより頑丈でない他種族が、ドワーフの進路を妨げること自体がそもそも間違っている。彼は、本気でそう信じているのだ。
エルフは、あまりの理不尽に言葉を失い、わなわなと震えている。ボルガンはそんな彼に一瞥もくれず、再びまっすぐに歩き出した。人々が、関わらないようにするかのように、彼の進路を左右に分かれて開けていく。その光景に、ボルガンはかすかな満足感を覚えた。
酒場に着くと、ボルガンはいつものカウンターの隅に陣取り、エールを注文した。木のジョッキになみなみと注がれた黒エールを、彼は一気に半分ほど喉に流し込む。ぷはー、と大きく息を吐き、髭についた泡を手の甲で拭った。
「よう、ボルガン。また、街中で誰かを弾き飛ばしてきたのか?」
カウンターの向こうから、人間の酒場の主人が呆れたように声をかけてきた。
「弾き飛ばされる方が悪い。俺は、ただまっすぐ歩いていただけだ」
「お前のその『まっすぐ』が、周りの迷惑なんだがな……」
「迷惑だと? 頑丈な者が、己の道をまっすぐ進む。これの何が悪い。むしろ、俺の道筋を塞ぐ、軟弱者どもこそが迷惑な存在だろうが」
もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、主人は肩をすくめて、他の客の相手をし始めた。ボルガンは、残りのエールをちびちびと飲みながら、喧騒に満ちた店内を眺める。
すぐ側のテーブルでは、若い人間の冒険者たちが新しい剣の自慢をしていた。
「見てくれよ、この剣。エルフの職人が打った逸品で、風の魔力が付与されてるんだ」
「へえ、軽いのにすごい切れ味だな」
軽いだと?
ボルガンは、心の中で唾を吐いた。
剣とは、重く、分厚く、頑丈でなければ意味がない。オークの棍棒の一撃でへし折れるような、そんなひらひらした代物が、何だというのだ。
エルフの小細工め。
彼はそう悪態を突き、残ったエールを一気に飲み干した。
それから数日後のこと。彼の日常に、ほんの小さな、しかし、彼の頑固な心を確実に揺さぶる変化が訪れた。
その日、ボルガンが工房の扉を開けると、向かいにある長い間空き家だったはずの建物から、槌の音が聞こえてきたのだ。それも、ひとつではない。カン、カン、という軽快な音と、ゴツン、ゴツン、という重い音が、まるで会話でもするように、交互に響いている。
何事かと、ボルガンが眉をひそめて見つめていると、中からひとりの青年が出てきた。年の頃は二十代前半。煤で汚れた顔に、人の良さそうな笑みを浮かべた、人間の若者だった。
「あ、おはようございます!」
青年は、ボルガンの姿を認めると、快活な声で挨拶してきた。
「俺、レオ・クレスウェルって言います。今日からここで、鍛冶工房を開くことになりました。お隣さんですね、よろしくお願いします!」
そう言って、レオは深々と頭を下げた。
ボルガンは、返事もしなかった。ただ、じろりと、レオの工房の中を値踏みするように見つめる。
中には、ボルガンの工房にはない、最新式の魔導炉や、複数の人間が同時に作業できるような、効率を重視した設備が整えられていた。
人間の鍛冶師。それも、こんな若造が。
ボルガンにとって、人間の鍛冶師など、「軟弱者の小細工師」でしかなかった。ドワーフの伝統的な技術と、比べものになるはずもない。
「あの……あなたが、アイアンハンマー工房の?」
レオは、おずおずと、ボルガンの工房の、掠れた看板を見上げた。
「俺、子供の頃から、アイアンハンマー一族の武具に憧れてたんです! あなたの父君が打ったという『竜殺しのグレートソード』の伝説は、鍛冶師を目指す者なら誰でも知ってます! その末裔の方とお隣になれるなんて、光栄です!」
レオの目は、尊敬と憧れで、キラキラと輝いていた。
だが、その純粋な賛辞は、ボルガンの心にはまったく響かなかった。むしろ、父の名を出されたことで、彼の心の古傷がずきりと痛んだ。
「……ふん」
ボルガンは、鼻を鳴らすと、レオに背を向け、自分の工房の中へと戻ってしまった。
「え……あ……」
取り残されたレオは、困惑した表情で、閉ざされた扉を、ただ見つめることしかできなかった。
その日から、ボルガンの工房の向かいから、若い活気のある槌の音が聞こえるようになった。それはボルガンが打つ、鈍く、重い音とは、まったく対照的な音色だった。
ボルガンはその音が聞こえるたびに、不機嫌そうに顔をしかめた。
そして自分の金槌を、より一層、力任せに振り下ろす。
彼の信じる、揺るぎない哲学。
彼の守り続けてきた、頑固な誇り。
その硬い岩盤に、新しい時代の波が、すぐそこまで打ち寄せていることに、彼はまだ気づいていなかった。
あるいは、気づいていながらも、その石頭で、頑なに認めようとしなかっただけなのかもしれない。
-つづく-
ゆきむらです。御機嫌如何。
「異世界のぶつかりおじさん」シリーズ、まさかの第3章。
今回も全4話、16000字くらいのボリュームになります。
よろしければ最後まで読んでみてください。
感想や評価などがいただけるとすごく嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
鉱山都市・グレンハイムの東地区に、鈍く、不機嫌な金属音が響き渡る。
この街には、誰もが憧れた伝説の鍛冶師一族『アイアンハンマー』が居を構えていた。奏でるように打ちつける金属音は、まるで鋼を歌わせるかのごとくリズミカルに響かせたという。
だが、今響いているその鍛冶の音は、人の口に上るようなものとは似ても似つかない。ただ鉄を殴りつけるだけの無粋な音だった。
音の発信源は、煤と鉄の匂いが染みついた通りに、時代に取り残されたかのようにたたずむ一軒の工房。軒先に掲げられた『アイアンハンマー工房』の看板は、長年の風雨に晒されて汚れ切っている。もはや誇り高き一族の名を判読することは難しい。今ではただの『修理屋』として、街の片隅で寂しくその存在を主張しているだけだ。
工房の主・ボルガンは、今日も汗と油にまみれ、金床の前で仁王立ちになっていた。年の頃は八十を過ぎ、ドワーフとしては壮年期を終え、老境に差し掛かった頃合いだ。だが、その肩幅の広い体躯と、丸太のように太い腕は、未だ衰えを知らない。編み込まれた赤茶色の髭は胸元まで豊かに垂れ下がり、その顔には、まるで岩から削り出したかのような深い皺が刻まれている。
金床の上に乗せられているのは、見るからに使い古され、ひん曲がった農夫の鋤だ。ボルガンはその歪な鉄塊を、まるで親の仇でも見るかのような苦々しい表情で睨みつけ、錆びた金槌を無感情に振り下ろす。カン、と、またひとつ、魂のこもらない音が工房に響いた。
これが、ボルガンの日常だった。
伝説の鍛冶師一族の末裔。その肩書きは、もはや彼にとって誇りではなく、重く、忌まわしいだけの枷だった。彼の父、そして祖父は、王家に献上するほどの剣を打ち、その名を大陸に轟かせた。しかしボルガン自身には、その血に宿るはずの才能が悲しいほどに欠落していた。
彼には鉄の声が聞こえない。
炎の心を読むこともできない。
彼が打つ金属は、かつて一族の者たちが作り上げた名立たる逸品のように、決して歌うことはなかった。
結果として、彼にできる仕事は、街の人間たちが持ち込む、壊れた鍋や、曲がった農具を、力任せに叩いて直すことだけ。それは鍛冶というよりは、むしろ板金作業に近かった。
「ちっ……。軟弱な鉄を使いおって……」
ボルガンは、誰に聞かせるともなく悪態をついた。鋤を打ち延ばすたびに、その素材の質の悪さが、金槌を通して彼の腕に伝わってくる。こんな代物では、数日も畑を耕せば、またすぐに曲がってしまうだろう。
だが、客が求めるのは安く、早い修理だけだ。ボルガンがどれだけドワーフの伝統に則った頑丈な武具の価値を説いても、彼らは面倒くさそうに顔をしかめるだけだった。「そんな重たいものは、扱いきれないよ」と。
いつしか、ボルガンの誇りは、鍛冶の腕から、別のものへと移っていた。
それは、ドワーフという種族そのものに宿る、絶対的な『頑丈さ』。
鋼のごとき肉体。
岩をも砕く石頭。
そして、何者にも屈しない頑固な精神。
それこそが世界において最も価値のあるものだと、彼は本気で信じていた。
カン、カン、と最後の仕上げを終え、ボルガンは鋤を無造作に水の桶へと突っ込んだ。ジュウ、という音と共に、白い蒸気が立ち上る。彼は額の汗を腕で拭うと、修理代として受け取った銅貨を数枚、革袋にしまい込んだ。今日の仕事は、これで終わりだ。
工房の重い扉を開け、外に出る。夕暮れ時の街は、一日の仕事を終えた人々でごった返していた。人間、エルフ、獣人……。様々な種族が入り乱れる雑踏の中を、ボルガンは馴染みの酒場を目指して歩き始めた。
何者にも屈しない。その哲学は彼の日常でも発揮される。
彼は、決して人を避けない。道を譲らない。
なぜなら、「道とは、頑丈な者がまっすぐ進むためにある」からだ。
彼の進路上に、荷物を抱えた、ひょろりと背の高いエルフの商人がいた。ボルガンは、歩く速度を一切緩めない。エルフは直前になってボルガンの存在に気づき、「おっと」と慌てて身を引こうとした。だが、間に合わなかった。
ドンッ、という鈍い衝撃。
ボルガンの肩は、まるで走ってきた猪のように、エルフの身体にめり込んだ。
エルフは、「うわっ」と短い悲鳴を上げ、まるで岩にでもぶつかったかのように、あっけなく弾き飛ばされた。抱えていた荷物が手から離れ、中に入っていた色とりどりの香辛料の瓶が、石畳の上で砕け散る。
「な、何をするんだ! 前を見て歩け!」
尻餅をついたエルフが、非難の声を上げた。周囲の人々も、何事かと足を止め、遠巻きに彼らを見ている。
しかし、ボルガンは悪びれる様子もなく、弾き飛ばしたエルフを見下ろした。
「ふん、軟弱者が」
その声には、侮蔑の色があからさまに滲んでいた。
「その程度のことで文句を言うな。俺の道筋に立っていた貴様が悪い。もっと身体を鍛えんか!」
彼に、悪気という概念はない。
弱い者が、強い者に道を譲る。それは彼にとって、太陽が東から昇るのと同じくらい、当たり前の世界の真理だったのだ。ドワーフより頑丈でない他種族が、ドワーフの進路を妨げること自体がそもそも間違っている。彼は、本気でそう信じているのだ。
エルフは、あまりの理不尽に言葉を失い、わなわなと震えている。ボルガンはそんな彼に一瞥もくれず、再びまっすぐに歩き出した。人々が、関わらないようにするかのように、彼の進路を左右に分かれて開けていく。その光景に、ボルガンはかすかな満足感を覚えた。
酒場に着くと、ボルガンはいつものカウンターの隅に陣取り、エールを注文した。木のジョッキになみなみと注がれた黒エールを、彼は一気に半分ほど喉に流し込む。ぷはー、と大きく息を吐き、髭についた泡を手の甲で拭った。
「よう、ボルガン。また、街中で誰かを弾き飛ばしてきたのか?」
カウンターの向こうから、人間の酒場の主人が呆れたように声をかけてきた。
「弾き飛ばされる方が悪い。俺は、ただまっすぐ歩いていただけだ」
「お前のその『まっすぐ』が、周りの迷惑なんだがな……」
「迷惑だと? 頑丈な者が、己の道をまっすぐ進む。これの何が悪い。むしろ、俺の道筋を塞ぐ、軟弱者どもこそが迷惑な存在だろうが」
もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、主人は肩をすくめて、他の客の相手をし始めた。ボルガンは、残りのエールをちびちびと飲みながら、喧騒に満ちた店内を眺める。
すぐ側のテーブルでは、若い人間の冒険者たちが新しい剣の自慢をしていた。
「見てくれよ、この剣。エルフの職人が打った逸品で、風の魔力が付与されてるんだ」
「へえ、軽いのにすごい切れ味だな」
軽いだと?
ボルガンは、心の中で唾を吐いた。
剣とは、重く、分厚く、頑丈でなければ意味がない。オークの棍棒の一撃でへし折れるような、そんなひらひらした代物が、何だというのだ。
エルフの小細工め。
彼はそう悪態を突き、残ったエールを一気に飲み干した。
それから数日後のこと。彼の日常に、ほんの小さな、しかし、彼の頑固な心を確実に揺さぶる変化が訪れた。
その日、ボルガンが工房の扉を開けると、向かいにある長い間空き家だったはずの建物から、槌の音が聞こえてきたのだ。それも、ひとつではない。カン、カン、という軽快な音と、ゴツン、ゴツン、という重い音が、まるで会話でもするように、交互に響いている。
何事かと、ボルガンが眉をひそめて見つめていると、中からひとりの青年が出てきた。年の頃は二十代前半。煤で汚れた顔に、人の良さそうな笑みを浮かべた、人間の若者だった。
「あ、おはようございます!」
青年は、ボルガンの姿を認めると、快活な声で挨拶してきた。
「俺、レオ・クレスウェルって言います。今日からここで、鍛冶工房を開くことになりました。お隣さんですね、よろしくお願いします!」
そう言って、レオは深々と頭を下げた。
ボルガンは、返事もしなかった。ただ、じろりと、レオの工房の中を値踏みするように見つめる。
中には、ボルガンの工房にはない、最新式の魔導炉や、複数の人間が同時に作業できるような、効率を重視した設備が整えられていた。
人間の鍛冶師。それも、こんな若造が。
ボルガンにとって、人間の鍛冶師など、「軟弱者の小細工師」でしかなかった。ドワーフの伝統的な技術と、比べものになるはずもない。
「あの……あなたが、アイアンハンマー工房の?」
レオは、おずおずと、ボルガンの工房の、掠れた看板を見上げた。
「俺、子供の頃から、アイアンハンマー一族の武具に憧れてたんです! あなたの父君が打ったという『竜殺しのグレートソード』の伝説は、鍛冶師を目指す者なら誰でも知ってます! その末裔の方とお隣になれるなんて、光栄です!」
レオの目は、尊敬と憧れで、キラキラと輝いていた。
だが、その純粋な賛辞は、ボルガンの心にはまったく響かなかった。むしろ、父の名を出されたことで、彼の心の古傷がずきりと痛んだ。
「……ふん」
ボルガンは、鼻を鳴らすと、レオに背を向け、自分の工房の中へと戻ってしまった。
「え……あ……」
取り残されたレオは、困惑した表情で、閉ざされた扉を、ただ見つめることしかできなかった。
その日から、ボルガンの工房の向かいから、若い活気のある槌の音が聞こえるようになった。それはボルガンが打つ、鈍く、重い音とは、まったく対照的な音色だった。
ボルガンはその音が聞こえるたびに、不機嫌そうに顔をしかめた。
そして自分の金槌を、より一層、力任せに振り下ろす。
彼の信じる、揺るぎない哲学。
彼の守り続けてきた、頑固な誇り。
その硬い岩盤に、新しい時代の波が、すぐそこまで打ち寄せていることに、彼はまだ気づいていなかった。
あるいは、気づいていながらも、その石頭で、頑なに認めようとしなかっただけなのかもしれない。
-つづく-
ゆきむらです。御機嫌如何。
「異世界のぶつかりおじさん」シリーズ、まさかの第3章。
今回も全4話、16000字くらいのボリュームになります。
よろしければ最後まで読んでみてください。
感想や評価などがいただけるとすごく嬉しいです。
引き続きよろしくお願いします。
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