ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略

ゆきむらちひろ

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第一章 追放と旅立ち

01:役立たずの錬金術師

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 地鳴りのような咆哮が、湿った洞窟の空気を震わせた。
 目の前で揺らめく松明の炎が、巨大な影を壁面に映し出す。二本のねじくれた角、筋骨隆々たる巨躯、そして血走った眼でこちらを睨む、牛頭の怪物――ミノタウロス・ロード。高難易度ダンジョン「深淵の迷宮」第十五階層の主だ。

「リリア、詠唱を続けろ! ダイン、右側面から攪乱しろ!」

 パーティーのリーダーである勇者アレクの声が、洞窟内に鋭く響く。白銀の鎧に身を包み、陽光を溶かし込んだかのような金色の髪をなびかせて剣を振るう。彼が構える聖剣『ソルブレイカー』が神々しい光を放ち、ミノタウロスの巨躯を怯ませる。その姿はまさしく物語の英雄そのものだった。

「分かってるわ、アレク!――『猛る雷よ、彼の者を穿て』! サンダーランス!」

 勇者の幼馴染である魔法使い、リリア・アーシェンハイトが杖を掲げる。生成された幾筋もの雷の槍が、轟音と共にミノタウロスの分厚い皮膚を焦がした。しかし、致命傷には至らない。

「ちぃっ、硬え野郎だ!」

 リリアの援護に合わせて、剣士ダイン・クラッガーが疾風のごとく駆け抜ける。スラム出身の彼が振るう大剣は、洗練さこそないが、一撃の重さはパーティー随一。それでも、ミノタウロスの振り回す巨大な戦斧に阻まれてしまい、決定打を与えられずにいた。

 そして僕は、その後方で必死に手を動かしていた。
 錬金術師、アルト。十八歳。
 僕の役割は、戦闘にはない。傷ついた仲間の手当て、消耗した魔力を補うポーションの提供、そして損傷した武具の応急修理。それが、このパーティーにおける僕のすべてだった。

「アルト! 回復薬を! ダインが手傷を負った!」

 アレクの鋭い声に、僕はびくりと肩を震わせる。見れば、ダインが戦斧の余波で吹き飛ばされ、肩から血を流していた。僕は慌てて腰のポーチから緑色に輝く液体が入った小瓶を取り出し、駆け寄る。

「ダインさん、すぐに!」
「おせえんだよ! ぐずぐずするな!」

 舌打ちと共にポーションをひったくると、ダインはそれを一気に呷る。彼の肩の傷が淡い光と共に塞がっていくが、その表情は険しいままだ。

「なんだこのポーションは……。回復量が足りねえぞ!」
「す、すみません! 今作れる最高品質の物なんですが……」
「言い訳はいい! 次だ、次!」

 胸ぐらを掴まれんばかりの勢いで怒鳴られ、僕は小さく頷くことしかできない。
 僕のスキルは【アイテム・クリエーション】。物質の構造をイメージし、自らの魔力を注ぎ込むことで、様々な道具を生成する能力だ。

 しかし、複雑な物、高品質な物を作ろうとすればするほど、消費する魔力は跳ね上がる。戦闘の合間に、しかもこれだけ強力な敵を前にして作れるポーションには、どうしても限界があった。

(もっと、僕がもっと頑張らないと……みんなに追いつけない)

 パーティーにスカウトされた日のことを思い出す。「君の力が必要だ」と、勇者アレクは僕に言ってくれた。孤児院で育ち、誰かに必要とされることに飢えていた僕にとって、それは何物にも代えがたい言葉だった。

 その期待に応えたい。
 ただその一心で、僕はスキルを酷使し続けてきた。

「アルト! アレクの聖剣に魔力付与を! 光の属性が弱まってる!」

 今度はリリアの声が飛ぶ。彼女は強力な魔法の反動で息を切らし、額には玉の汗が浮かんでいた。僕は再びポーチから魔力を込めた触媒の石を取り出し、アレクのもとへ走る。

「アレクさん、聖剣を!」
「……早くしろ。役立たず」

 背後で聞こえたのは、僕に向けられたものか、あるいはミノタウロスへの悪態か。
 考えないようにして、聖剣の柄に触媒を押し当て、魔力を流し込んだ。
 剣が再び輝きを取り戻す。

 その瞬間、僕の視界がぐらりと揺れた。
 魔力の使いすぎだ。

「グオオオオオオッ!」

 好機と見たか、ミノタウロス・ロードが咆哮と共に最後の突進を仕掛けてきた。大地が揺れ、巨大な戦斧がアレクに目掛けて振り下ろされる。

「させない!」

 アレクは聖剣を十字に構え、その一撃を正面から受け止めた。
 凄まじい衝撃波が巻き起こる。僕は耐え切れず吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。咳き込みながら顔を上げると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

 キィン、という甲高い金属音。それと共に、聖剣『ソルブレイカー』に蜘蛛の巣のような亀裂が走ったのだ。

「なっ! アレクの剣が……!」
「嘘でしょ! あの聖剣が!?」

 リリアとダインが絶望の声を上げる。
 聖剣は勇者の魂そのもの。それが砕けるなど、あってはならないことだ。これまで僕が応急処置を施してきたが、連戦による金属疲労がついに限界を超えたのだ。

 ミノタウロスは好機を逃さない。亀裂の入った聖剣を戦斧で弾き飛ばし、がら空きになったアレクの胴体目掛けて、巨大な拳を振り上げた。
 絶体絶命。誰もがそう思った。

(させない……!)

 その瞬間、僕の身体は勝手に動いていた。
 魔力の枯渇による目眩も、全身の倦怠感も忘れて、僕はアレクの前に飛び出る。

「アルト!?」

 驚くアレクの声を背に、僕は両手を前に突き出す。

「【アイテム・クリエーション】!!」

 僕の脳裏に、聖剣の完璧な構造図が浮かび上がる。何百回、何千回と修復するうちに、その構造は僕の魂に刻み込まれていた。
 僕の魔力が、目に見えない無数の糸となって聖剣に殺到する。亀裂の入った金属の原子と原子を、無理やり繋ぎ合わせていく。工房で何日もかけて行うべき精密な作業を、僕はたった数秒で完遂させようとしていた。

「ぐっ……! ああああっ!」

 脳が焼き切れるような激痛が走る。
 全身の血管が沸騰し、鼻から生温かい液体が流れ落ちるのを感じた。

 これは、僕の限界を超えた力の使い方。
 だが、その代償はあった。

 カキン!

 砕け散る寸前だった聖剣の亀裂が、光と共に塞がった。
 完璧な修復ではない。
 だが、あと一撃くらいなら耐えられるはずだ。

「いけっ! アレクさん!」

 僕の叫びに、アレクは我に返る。
 彼は一瞬だけ僕に驚愕の視線を向けたが、すぐにミノタウロスへと向き直った。

「おおおおおっ! これで終わりだ!」

 修復された聖剣に最後の魔力を込め、渾身の一撃を放つ。
 光の斬撃がミノタウロスの太い首を正確に捉え、巨大な胴体から切り離した。

 地響きを立てて、崩れ落ちる巨体。
 後に残ったのは、荒い息遣いと、洞窟に満ちる静寂だけだった。

 僕の身体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
 朦朧とする意識の中、仲間たちが駆け寄ってくる気配を感じた。

(よかった、守れた……これで、少しは認めてもらえるだろうか……)

 そんな淡い期待を抱いたのが、間違いだった。


  ◇   ◇   ◇


 命からがらダンジョン上層まで脱出し、野営地に戻った時。パーティーの空気は凍りつくほど冷え切っていた。誰も口を開かない。リリアは心配そうにアレクの顔色を窺い、ダインは忌々しげに舌打ちを繰り返している。

 そして、誰も僕の奮闘を労ってはくれなかった。僕が差し出したポーションを黙って受け取ると、彼らは僕をいないもののように扱い始めた。

 沈黙を破ったのは、アレクだった。
 彼はゆっくりと立ち上がると、僕の前に仁王立ちになった。その顔には、感謝の色など微塵も浮かんでいなかった。あるのは、冷え冷えとした怒りと、失望だけ。

「アルト」
「は、はい……」
「なぜ、もっと早く聖剣を修復できなかった?」

 静かだが、有無を言わせぬ詰問だった。
 僕は言葉に詰まる。

「え……? あ、あれは、その……僕の全力で……」
「言い訳は聞きたくない。お前があの時、瞬時に剣を修復していれば、俺の聖剣にこれほどの傷がつくことはなかった」

 アレクは、鞘から抜いた聖剣を僕の目の前に突きつけた。見れば、僕が修復した箇所は痛々しい傷跡のように残り、聖剣本来の輝きを曇らせていた。

「そもそも、お前の作るポーションの回復量が低いから、俺たちがこれほど消耗したんだ。リリアの魔力も、ダインの体力も、もっと余裕があればこんな戦いにはならなかった!」
「そ、そんな……」
「その通りよ、アレク」

 リリアがアレクの言葉に同調する。彼女の僕を見る目は、汚物でも見るかのように冷たかった。

「あなたのせいで、アレクが危険な目に遭ったのよ。回復役としても、支援役としても、あなたは中途半端なの」
「ちっ、違います! 僕は、みんなのために、必死に……!」

 僕の悲痛な叫びは、ダインの嘲笑にかき消された。

「必死にやってその程度かよ。結局、戦闘の足手まといにしかなってねえじゃねえか。なあ、勇者様よ」

 三人の視線が、僕に突き刺さる。
 仲間だと思っていた。
 共に世界を救うのだと、信じていた。
 そのために、自分の身を削ることも厭わなかった。

 だが、彼らの瞳に映る僕は、「仲間」ではなかった。
 ただの、期待外れの「道具」だった。

 アレクは、ふぅ、と長い溜息をつくと、僕に背を向けた。
 その背中が、僕との間に、決して越えられない壁を作ったように見えた。

「……もう限界だ」

 凍てつくような声が、夜の空気に響いた。

「お前がいる限り、俺たちは先に進めない」

 その言葉が何を意味するのか、僕に分からないはずがなかった。
 これまで信じてきたものすべてが、足元からガラガラと崩れ落ちていく音がした。
 世界から、色が消えていく。

「役立たず」

 誰かがそう呟いたのか。
 あるいは僕自身の心が叫んだ幻聴か。
 その一言は、僕の心を完全に凍てつかせるには十分過ぎた。
 夜の闇より深い絶望が、音もなく、僕を飲み込もうとしていた。


 -つづく-





次回、第2話。「追放宣告」。
役に立たないから、捨てる。彼らは躊躇いひとつ見せずにそう告げた。

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