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第二章 エルダ村、楽園創造への道
06:奇跡の大地
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井戸に聖なる水が溢れ出した夜。エルダ村は僕がこの村に来てから初めて、温かい光と笑い声に包まれた。村人たちは、なけなしの保存食を持ち寄り、広場でささやかな宴を開いた。僕の周りには人だかりができ、彼らは代わる代わる僕の手に杯(といっても粗末な木のコップだが)を差し出し、感謝の言葉を口にした。
「アルト様、本当に、本当にありがとうございます!」
「これで子供たちに、毎日綺麗な水を飲ませてやれます……!」
「わしのこの足も、ほれ、この通りじゃ!」
昨日まで虚ろな目をしていた老人たちが、まるで十年も若返ったかのように、生き生きとした表情で語りかけてくる。その一人ひとりの言葉が、僕の疲弊した心に温かく染み渡っていった。勇者パーティーにいた頃に感じていた、上辺だけの賞賛とはまったく違う、心からの感謝。それが、これほどまでに心地よいものだとは知らなかった。
宴の輪の中心で、僕は村長のギデオンさんと向かい合っていた。彼は僕のコップに貴重な果実酒をなみなみと注ぐと、改めて深く頭を下げた。
「アルト殿。いや、もはや殿などと軽々しく呼べる御方ではない。あなた様は、我らが村の伝承に語られる『救い主』そのものです」
「救い主……? 伝承、ですか?」
「はい」
僕が聞き返すと、ギデオンさんは遠い目をして語り始めた。
「この村には、古い言い伝えがございましてな。『大地の呪いが最も深き時、星の欠片より生まれし万物を紡ぐ者が現れ、枯れたる泉に生命を、死せる大地に恵みをもたらす』と……」
「星の欠片より、万物を紡ぐ者……」
その言葉に、僕は自分のスキル【物質創造】の本質を思った。
万物を構成する原子は、遥か昔、星の内部で生まれたという。その星の欠片たる原子を紡ぎ、新たな物質を創造する僕の力は、まさしく伝承の通りだった。院長先生が僕にこの村の地図を渡したのは、この伝承を知っていたからなのだろうか。
「我々は何年、何十年もの間、この日を待ち続けておりました。希望を失いかけ、諦めかけていたところに、あなた様が現れた。これは、神のお導き以外の何物でもありません」
ギデオンの瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。
その後も、村人たちにあれやこれやと称えられ続けた。あまりにも褒められ続けて、むずがゆさから居心地が悪くなってくるくらいだった。
宴が終わり、僕が以前のボロ小屋に戻ろうとする。
すると、村人たちがそれを慌てて引き留めた。
「アルト様! このような場所に救い主様をお泊めするわけにはまいりません!」
「村で一番日当たりの良い、一番大きな家を! さあ、みんなで掃除をするんだ!」
村人たちは僕の辞退も聞かず、夜だというのに空き家となっていた村長宅の隣の家に乗り込んでいく。そして総出で掃除し、修繕し、僕のための寝床として整えてくれた。ふかふかの(といっても干し草を詰めただけのものだが)ベッドに横たわった時、僕は人の温かさに、少しだけ涙が出そうになるのを堪えた。
翌朝、僕が目を覚ますと、家の前には既にギデオンさんをはじめとする村人たちが集まっていた。その表情は、昨日までの歓喜とは少し違う。真剣な光を帯びていた。
「アルト様、おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたでしょうか」
「はい、おかげさまで。……皆さん、どうしたんですか?」
「はい。アルト様にお願いがあって、参りました」
ギデオンさんはそう言うと、村の外れにある畑の方を指さした。
「水の問題は、あなた様のおかげで解決いたしました。しかし、我々にはもうひとつ、深刻な問題がございます。この……死んだ大地です」
僕はギデオンさんに案内され、改めて村の畑を見に行った。
聖水が湧き出たことで、村全体の空気は浄化されたように清々しい。しかし、畑の土は、依然として生命力を感じさせない、乾いた赤茶色をしていた。かろうじて生えている作物も、夜のうちに聖水を撒いたのだろう、昨日よりは少しだけ元気を取り戻しているように見える。けれど根本的な解決には至っていないのは、見るだけで分かった。
「この土地は、50年前にこの地で討伐された邪竜の呪いを受けております。大地のマナの流れが歪められ、どんな種を蒔いても、まともに育つことはないのです。我々は長年、土を耕し、知恵を絞ってまいりましたが、呪いの力はあまりにも強く……」
ギデオンさんは悔しそうに、足元の土をひと掬いした。その手から、砂のように乾いた土が、ぱらぱらとこぼれ落ちていく。
村人たちの視線が、僕に集まる。
その瞳には、昨日と同じ「希望」が宿っていた。井戸の奇跡を目の当たりにした彼らは、僕ならこの死んだ大地さえも蘇らせることができるのではないかと、信じているのだ。
その信頼が、僕の背中を押した。
勇者パーティーでは、常に僕の力不足が責められた。
僕のスキルは「限界」だと断じられた。
だが、この村の人々は、僕の力の「可能性」を信じてくれている。
その期待に、応えたい。
「……やってみます」
僕がそう言うと、村人たちの間に安堵のどよめきが広がった。
僕は畑の中央に立つと、ゆっくりと目を閉じた。
再び【物質創造】を発動する。そのスキルが影響する範囲を、今度は大地そのものへと深く、広く、浸透させていく。
僕の意識が、土の粒子一つひとつと繋がっていく。
その瞬間、僕の脳内に、この土地の悲鳴が流れ込んできた。
(苦しい……乾く……力が、ない……)
それは、大地そのものの声だった。
邪竜の呪いは、大地を構成する物質の結合を歪め、生命力を循環させるマナの経路をズタズタに引き裂いていた。栄養分は失われ、保水力もなく、土はただの砂と変わらない状態に成り果てている。これでは、いくら聖水を撒いたところで改善など見込めない。まさに焼け石に水だ。
根本から、作り変えるしかない。
この大地の「設計図」そのものを、書き換えるのだ。
僕は膝をつき、両手を直接、乾いた大地につけた。
「【物質創造】――『土壌改良(ソイル・リフォーム)』!」
僕の身体から、昨日井戸を蘇らせた時以上の、膨大な魔力が放出される。
その魔力が、僕の両手を通じて大地へと流れ込み、蜘蛛の巣のように畑全体へと広がっていく。
僕の脳裏には、理想的な土壌の構造式が浮かび上がっていた。
適度な水分と空気を含み、腐葉土や微生物がたっぷりな、黒々とした肥沃な大地。
僕の魔力は、その設計図に従って、奇跡の御業を開始した。
まず、呪いによって歪められた土の分子結合を、一つひとつ解きほぐしていく。形になっていたパズルを一度バラバラにするような作業だ。
次に、空気中から窒素、リン、カリウムといった、植物の成長に必要な元素を抽出する。そして、分解した土の原子と結合させていく。
さらに、聖水が満ちる井戸の水脈から生命エネルギーを引き上げる。それを大地に混ぜ込み、有益な微生物を「創造」する。
ズズズズズ……
僕が手を置いた場所を中心に、信じられない光景が広がり始めた。
乾いた赤茶色の土が、まるで墨汁を垂らしたかのように、黒々と潤いのある土へと色を変えていく。その変化は、波紋が広がるように畑全体へと伝播した。さして時間を要さずに、村人たちの目の前に広がる不毛の地は、見渡す限りの肥沃な黒土へと変貌を遂げた。
土からは、雨上がりの森のような、生命力に満ちた匂いが立ち上っている。荒地だった元の様子はもう微塵もない。村人たちは、目の前で起こった天変地異のごとき変化に、声も出せずに立ち尽くしていた。
「……嘘、だろ……」
誰かが、かすれた声で呟いた。
ひとりの老人が、おそるおそる畑に足を踏み入れ、その黒い土を手に取った。
「……温かい。この土、生きとる……!」
その声が合図になったか。村人たちが次々と畑へとなだれ込み、生まれ変わった大地の感触を確かめ、歓喜の声を上げた。
「すごい……本当に、死んだ大地が蘇ったぞ!」
「この匂い……わしが子供の頃に嗅いだ、豊かな土の匂いじゃ!」
ギデオンさんは、震える手で黒土を握りしめ、その場に崩れるように膝をついた。その肩は、喜びで小刻みに震えている。
「ありがとうございます……アルト様……! これで、我々は……我々はまた、自分たちの手で、作物を作ることができる……!」
僕は魔力を使い果たし、動けなくなってその場に座り込んでいた。けれど、村人たちの涙ながらの感謝の言葉を聞き、心の底から満たされるのを感じていた。
僕の力は、井戸を満たし、大地を蘇らせた。
追放された錬金術師が、世界の果てで、生命そのものを創造したのだ。
しかし、僕の奇跡はまだ終わらなかった。
僕は、村人たちが持っていた作物の種が入った袋を受け取ると、再びスキルを発動させた。今度は、種そのものに働きかける。
「【物質創造】――『種子活性(シード・ブースト)』!」
僕の魔力が、眠っていた種の中に秘められた生命情報(DNA)を解析し、その成長ポテンシャルを最大限にまで引き上げる。発芽に必要なエネルギーを内部に凝縮させ、成長速度を何十倍にも加速させる命令を、その設計図に上書きした。
光り輝く種を受け取った村人たちは、半信半半疑のまま、それを黒土に蒔いた。
すると、またしても信じられないことが起こった。
蒔かれた種が、土の栄養と聖水の生命力を吸収し、僕の魔力によるブースト効果で、目に見える速さで芽吹いたのだ。
小さな緑の双葉が、次々と土から顔を出す。それはぐんぐんと茎を伸ばし、葉を広げ、みるみるうちに成長していく。
トマトの苗は瞬く間に実をつけ、その実は宝石のように真っ赤に熟していく。
小麦は黄金色の穂を垂れ、風にそよいでいる。
ジャガイモの葉は青々と茂り、その下の土が豊かに盛り上がるのが分かった。
たった数時間で、死の大地そのものだった土地は、収穫間近の作物で埋め尽くされた。不毛の地だった畑が、豊かな農園へと姿を変えたのだ。
もはや、村人たちに言葉はなかった。
彼らはただ、目の前に広がる奇跡の光景を、涙を流しながら見つめている。
それは、何十年という絶望の時代の終わりと、豊かな未来の始まりを告げる、あまりにも美しく、そして荘厳な光景だった。
僕は、村人たちが収穫した瑞々しいトマトをひとつ、手渡された。
それを一口齧ると、凝縮された太陽の甘みと、生命力に満ちた酸味が、口の中いっぱいに広がった。僕が今まで食べた、どんな高級な果物よりも美味しかった。
この日、エルダ村の大地は、本当の意味で蘇った。
そして、この奇跡の大地こそが、僕がこれから築き上げていく楽園の、最初の礎となったのである。
だが、僕はまだ知らなかった。
僕が起こしたこの奇跡――規格外の魔力の奔流が、村の近くに広がる「魔の森」の奥深くで、永い眠りについていたある存在を、静かに揺り動かしたことを。
新たな出会いと、新たな試練が、もうすぐそこまで迫っていることを、この時の僕はまだ知る由もなかった。
-つづく-
次回、第7話。「森で眠る少女」。
森を冒す魔に囚われた者の、声なき叫び。
ブックマークや「いいね」での評価、感想などいただけると励みになります。
応援のほど、よろしくお願いします。
「アルト様、本当に、本当にありがとうございます!」
「これで子供たちに、毎日綺麗な水を飲ませてやれます……!」
「わしのこの足も、ほれ、この通りじゃ!」
昨日まで虚ろな目をしていた老人たちが、まるで十年も若返ったかのように、生き生きとした表情で語りかけてくる。その一人ひとりの言葉が、僕の疲弊した心に温かく染み渡っていった。勇者パーティーにいた頃に感じていた、上辺だけの賞賛とはまったく違う、心からの感謝。それが、これほどまでに心地よいものだとは知らなかった。
宴の輪の中心で、僕は村長のギデオンさんと向かい合っていた。彼は僕のコップに貴重な果実酒をなみなみと注ぐと、改めて深く頭を下げた。
「アルト殿。いや、もはや殿などと軽々しく呼べる御方ではない。あなた様は、我らが村の伝承に語られる『救い主』そのものです」
「救い主……? 伝承、ですか?」
「はい」
僕が聞き返すと、ギデオンさんは遠い目をして語り始めた。
「この村には、古い言い伝えがございましてな。『大地の呪いが最も深き時、星の欠片より生まれし万物を紡ぐ者が現れ、枯れたる泉に生命を、死せる大地に恵みをもたらす』と……」
「星の欠片より、万物を紡ぐ者……」
その言葉に、僕は自分のスキル【物質創造】の本質を思った。
万物を構成する原子は、遥か昔、星の内部で生まれたという。その星の欠片たる原子を紡ぎ、新たな物質を創造する僕の力は、まさしく伝承の通りだった。院長先生が僕にこの村の地図を渡したのは、この伝承を知っていたからなのだろうか。
「我々は何年、何十年もの間、この日を待ち続けておりました。希望を失いかけ、諦めかけていたところに、あなた様が現れた。これは、神のお導き以外の何物でもありません」
ギデオンの瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。
その後も、村人たちにあれやこれやと称えられ続けた。あまりにも褒められ続けて、むずがゆさから居心地が悪くなってくるくらいだった。
宴が終わり、僕が以前のボロ小屋に戻ろうとする。
すると、村人たちがそれを慌てて引き留めた。
「アルト様! このような場所に救い主様をお泊めするわけにはまいりません!」
「村で一番日当たりの良い、一番大きな家を! さあ、みんなで掃除をするんだ!」
村人たちは僕の辞退も聞かず、夜だというのに空き家となっていた村長宅の隣の家に乗り込んでいく。そして総出で掃除し、修繕し、僕のための寝床として整えてくれた。ふかふかの(といっても干し草を詰めただけのものだが)ベッドに横たわった時、僕は人の温かさに、少しだけ涙が出そうになるのを堪えた。
翌朝、僕が目を覚ますと、家の前には既にギデオンさんをはじめとする村人たちが集まっていた。その表情は、昨日までの歓喜とは少し違う。真剣な光を帯びていた。
「アルト様、おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたでしょうか」
「はい、おかげさまで。……皆さん、どうしたんですか?」
「はい。アルト様にお願いがあって、参りました」
ギデオンさんはそう言うと、村の外れにある畑の方を指さした。
「水の問題は、あなた様のおかげで解決いたしました。しかし、我々にはもうひとつ、深刻な問題がございます。この……死んだ大地です」
僕はギデオンさんに案内され、改めて村の畑を見に行った。
聖水が湧き出たことで、村全体の空気は浄化されたように清々しい。しかし、畑の土は、依然として生命力を感じさせない、乾いた赤茶色をしていた。かろうじて生えている作物も、夜のうちに聖水を撒いたのだろう、昨日よりは少しだけ元気を取り戻しているように見える。けれど根本的な解決には至っていないのは、見るだけで分かった。
「この土地は、50年前にこの地で討伐された邪竜の呪いを受けております。大地のマナの流れが歪められ、どんな種を蒔いても、まともに育つことはないのです。我々は長年、土を耕し、知恵を絞ってまいりましたが、呪いの力はあまりにも強く……」
ギデオンさんは悔しそうに、足元の土をひと掬いした。その手から、砂のように乾いた土が、ぱらぱらとこぼれ落ちていく。
村人たちの視線が、僕に集まる。
その瞳には、昨日と同じ「希望」が宿っていた。井戸の奇跡を目の当たりにした彼らは、僕ならこの死んだ大地さえも蘇らせることができるのではないかと、信じているのだ。
その信頼が、僕の背中を押した。
勇者パーティーでは、常に僕の力不足が責められた。
僕のスキルは「限界」だと断じられた。
だが、この村の人々は、僕の力の「可能性」を信じてくれている。
その期待に、応えたい。
「……やってみます」
僕がそう言うと、村人たちの間に安堵のどよめきが広がった。
僕は畑の中央に立つと、ゆっくりと目を閉じた。
再び【物質創造】を発動する。そのスキルが影響する範囲を、今度は大地そのものへと深く、広く、浸透させていく。
僕の意識が、土の粒子一つひとつと繋がっていく。
その瞬間、僕の脳内に、この土地の悲鳴が流れ込んできた。
(苦しい……乾く……力が、ない……)
それは、大地そのものの声だった。
邪竜の呪いは、大地を構成する物質の結合を歪め、生命力を循環させるマナの経路をズタズタに引き裂いていた。栄養分は失われ、保水力もなく、土はただの砂と変わらない状態に成り果てている。これでは、いくら聖水を撒いたところで改善など見込めない。まさに焼け石に水だ。
根本から、作り変えるしかない。
この大地の「設計図」そのものを、書き換えるのだ。
僕は膝をつき、両手を直接、乾いた大地につけた。
「【物質創造】――『土壌改良(ソイル・リフォーム)』!」
僕の身体から、昨日井戸を蘇らせた時以上の、膨大な魔力が放出される。
その魔力が、僕の両手を通じて大地へと流れ込み、蜘蛛の巣のように畑全体へと広がっていく。
僕の脳裏には、理想的な土壌の構造式が浮かび上がっていた。
適度な水分と空気を含み、腐葉土や微生物がたっぷりな、黒々とした肥沃な大地。
僕の魔力は、その設計図に従って、奇跡の御業を開始した。
まず、呪いによって歪められた土の分子結合を、一つひとつ解きほぐしていく。形になっていたパズルを一度バラバラにするような作業だ。
次に、空気中から窒素、リン、カリウムといった、植物の成長に必要な元素を抽出する。そして、分解した土の原子と結合させていく。
さらに、聖水が満ちる井戸の水脈から生命エネルギーを引き上げる。それを大地に混ぜ込み、有益な微生物を「創造」する。
ズズズズズ……
僕が手を置いた場所を中心に、信じられない光景が広がり始めた。
乾いた赤茶色の土が、まるで墨汁を垂らしたかのように、黒々と潤いのある土へと色を変えていく。その変化は、波紋が広がるように畑全体へと伝播した。さして時間を要さずに、村人たちの目の前に広がる不毛の地は、見渡す限りの肥沃な黒土へと変貌を遂げた。
土からは、雨上がりの森のような、生命力に満ちた匂いが立ち上っている。荒地だった元の様子はもう微塵もない。村人たちは、目の前で起こった天変地異のごとき変化に、声も出せずに立ち尽くしていた。
「……嘘、だろ……」
誰かが、かすれた声で呟いた。
ひとりの老人が、おそるおそる畑に足を踏み入れ、その黒い土を手に取った。
「……温かい。この土、生きとる……!」
その声が合図になったか。村人たちが次々と畑へとなだれ込み、生まれ変わった大地の感触を確かめ、歓喜の声を上げた。
「すごい……本当に、死んだ大地が蘇ったぞ!」
「この匂い……わしが子供の頃に嗅いだ、豊かな土の匂いじゃ!」
ギデオンさんは、震える手で黒土を握りしめ、その場に崩れるように膝をついた。その肩は、喜びで小刻みに震えている。
「ありがとうございます……アルト様……! これで、我々は……我々はまた、自分たちの手で、作物を作ることができる……!」
僕は魔力を使い果たし、動けなくなってその場に座り込んでいた。けれど、村人たちの涙ながらの感謝の言葉を聞き、心の底から満たされるのを感じていた。
僕の力は、井戸を満たし、大地を蘇らせた。
追放された錬金術師が、世界の果てで、生命そのものを創造したのだ。
しかし、僕の奇跡はまだ終わらなかった。
僕は、村人たちが持っていた作物の種が入った袋を受け取ると、再びスキルを発動させた。今度は、種そのものに働きかける。
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僕の魔力が、眠っていた種の中に秘められた生命情報(DNA)を解析し、その成長ポテンシャルを最大限にまで引き上げる。発芽に必要なエネルギーを内部に凝縮させ、成長速度を何十倍にも加速させる命令を、その設計図に上書きした。
光り輝く種を受け取った村人たちは、半信半半疑のまま、それを黒土に蒔いた。
すると、またしても信じられないことが起こった。
蒔かれた種が、土の栄養と聖水の生命力を吸収し、僕の魔力によるブースト効果で、目に見える速さで芽吹いたのだ。
小さな緑の双葉が、次々と土から顔を出す。それはぐんぐんと茎を伸ばし、葉を広げ、みるみるうちに成長していく。
トマトの苗は瞬く間に実をつけ、その実は宝石のように真っ赤に熟していく。
小麦は黄金色の穂を垂れ、風にそよいでいる。
ジャガイモの葉は青々と茂り、その下の土が豊かに盛り上がるのが分かった。
たった数時間で、死の大地そのものだった土地は、収穫間近の作物で埋め尽くされた。不毛の地だった畑が、豊かな農園へと姿を変えたのだ。
もはや、村人たちに言葉はなかった。
彼らはただ、目の前に広がる奇跡の光景を、涙を流しながら見つめている。
それは、何十年という絶望の時代の終わりと、豊かな未来の始まりを告げる、あまりにも美しく、そして荘厳な光景だった。
僕は、村人たちが収穫した瑞々しいトマトをひとつ、手渡された。
それを一口齧ると、凝縮された太陽の甘みと、生命力に満ちた酸味が、口の中いっぱいに広がった。僕が今まで食べた、どんな高級な果物よりも美味しかった。
この日、エルダ村の大地は、本当の意味で蘇った。
そして、この奇跡の大地こそが、僕がこれから築き上げていく楽園の、最初の礎となったのである。
だが、僕はまだ知らなかった。
僕が起こしたこの奇跡――規格外の魔力の奔流が、村の近くに広がる「魔の森」の奥深くで、永い眠りについていたある存在を、静かに揺り動かしたことを。
新たな出会いと、新たな試練が、もうすぐそこまで迫っていることを、この時の僕はまだ知る由もなかった。
-つづく-
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