ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略

ゆきむらちひろ

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第五章 世界の真理を垣間見て

36:混沌の記憶

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 古代の祭壇の前に立ち、僕は静かに覚悟を決めていた。
 残された時間は、あと三日。この短い時間で、僕たちに残された最大の切り札――この地に施された『邪竜の封印』そのものを、僕たちの武器へと変える。あまりにも無謀な挑戦だったが、それ以外にヴァルガスを打ち破る術はないと、僕は直感していた。

「……アルト様、本当に大丈夫ですかな?」

 僕の背後から、ギデオン村長が心配そうに声を掛けた。ゼノンさんも固唾を飲んで僕の様子を見守っている。

「はい。やってみるしかありません」

 祭壇の中央に刻まれた、風化した魔法陣の上に、そっと両手を置いた。
 ひんやりとした石の感触が、手のひらから伝わってくる。その奥深くで、何か途方もなく巨大で、悲しみに満ちた存在が、永い眠りについているのが感じられた。

 これが、邪竜の魂。ヴァルガスの半身。

 僕の目的は、この封印を強化すること。
 そのためにはまず、この封印が、どのような理屈(ロジック)で機能しているのかを理解しなければならない。そして、封印されている邪竜の魂そのものの性質を把握する必要があった。下手に手を出せば、封印を破壊してしまいかねない。それどころか、邪竜を目覚めさせてしまう危険性さえある。

「……慎重に、だ」

 僕は自分に言い聞かせながら、【物質創造】の意識を、封印の魔法陣へと浸透させていった。
 僕の魔力が、探針のように、魔法陣の複雑な構造をなぞる。外側から少しずつ、丁寧に丁寧に解析していく。それは昏い洞穴に仕込まれた罠の見えない糸を、一本一本手探りで確かめていくような、極度の集中力を要する作業だった。

(……なるほど。この魔法陣は、単に魂を閉じ込めているだけじゃない。大地の龍脈とリンクさせ、この土地全体の生命力を使って、魂の力を中和し、浄化し続けているのか……)

 これを施したのは、約五十年前に邪竜を封じた王家の英雄とその仲間たちだという。驚くべき技術力に、さすがは英雄として名を馳せる人たちだ、と僕は舌を巻いた。

 だがそれも、年月を重ねるうちに力が弱まっているようだ。龍脈の淀みと共に、封印の一部には綻びが生じ始めている。ヴァルガスが狙っているのは、おそらく、その綻びだろう。

「……よし」

 封印の構はある程度、理解できた。
 次に、僕の意識はさらに深部――封印されている『邪竜の魂』そのものへと、慎重に近づいていく。邪竜の魂を刺激しないように気をつけながら。

 僕の意識が、邪竜の魂の表層に触れる。
 その刹那

 ――ドクン。

 僕の脳内に、直接、巨大な心臓の鼓動のようなものが響き渡った。
 そして、次の瞬間。僕の意識は、僕のものではない、誰かの『記憶』の奔流に飲み込まれた。


  ◇   ◇   ◇


 そこは、僕の知る世界とは全く違う場所だった。
 空は紫色のオーロラに覆われ、大地には水晶のように輝く奇妙な植物が生い茂っている。重力が軽く、空気そのものが、濃密な魔力で満たされている。

 魔界、という場所なのだろうか。
 その幻想的な風景の中を、僕は漂っていた。
 いや、僕ではない。僕の見ている視界は、巨大な竜のものだった。
 今の僕の身体は、黒い鱗に覆われ、その背には大地に影を落とすほどの巨大な翼がある。僕は『邪竜』の記憶を、追体験しているのだ。

 『僕』は、空を飛んでいた。
 風を切り、雲を裂き、眼下に広がる美しい故郷の景色を眺めている。
 その隣には、『僕』と瓜二つの、もう一匹の竜が飛んでいた。

 彼が、『魔竜』。僕の半身。
 『僕』たちは、言葉を交わさずとも互いの考えていることが分かった。
 喜びも、悲しみも、すべてを共有していた。

 『僕』たちの故郷は、驚くほど平穏だった。
 記憶の中には、他の魔族たちの姿も見えた。
 楽しそうに談笑する、サキュバスやインキュバスの集団。その中には、ひときわ妖艶で、女王のような風格を漂わせる、若い頃のセラフィナらしき姿もあった。

 武具の鍛造に励む、屈強な鬼人族(オーガ)たち。
 水晶の植物を研究する、知的な雰囲気の魔人たち。
 そういった様々な種類の魔族が、各々の日常を営んでいる。

 彼らは、決して邪悪なだけの存在ではなかった。独自の文化を持ち、仲間を愛し、誇りを持って生きる、一つの『種族』だった。

 その中心に、魔王と呼ばれる存在があった。
 魔王は、玉座にふんぞり返っているだけの暴君ではなかった。彼は、民の声に耳を傾け、時には自ら民の中に入り、共に酒を酌み交わす、豪放磊落な王だった。『僕』たち双子の竜は、そんな彼を、心から敬愛していた。

 その平穏が、ある日、突然破られる。
 空が、裂けた。
 『僕』たちの世界の空に、亀裂が走り、そこから、『僕』たちの知らない、眩しすぎる『光』と、薄汚れた『空気』が流れ込んできた。

 さらに、鬨の声と共に無数の軍勢が現れる。
 銀色の鎧に身を包み、鋭い剣を掲げた、人間たちの軍勢だった。

『神の御名において! 不浄なる魔を滅ぼせ!』
『この穢れた地を、我らが聖地へと変えるのだ!』

 彼らは、理由もなく、『僕』たちの同胞を斬り伏た。
 『僕』たちの故郷を焼き払っていった。

 なぜ?
 どうして?

 『僕』たちには、分からなかった。
 『僕』たちは、ただ自分たちの世界で静かに暮らしていただけなのに。

 『僕』の半身である魔竜が、怒りに咆哮した。
 『僕』も、悲しみに咆哮した。
 『僕』たちの平穏は、人間の一方的な侵略によって、踏みにじられたのだ。

 これが、数百年前の大戦の、僕の知らなかった『始まり』の記憶。


  ◇   ◇   ◇


「――ッ!!」

 僕は、まるで魂を殴りつけられたかのような衝撃を受ける。
 それと共に、邪竜の記憶から強制的に弾き飛ばされた。
 気づけば、僕は祭壇の前で尻餅をついていた。
 全身から汗が噴き出し、心臓が激しく鼓動している。

「アルト様! 大丈夫ですかな!?」
「顔色が、真っ青じゃぞ!」

 ギデオン村長とゼノンさんが、慌てて僕に駆け寄ってきた。

 「……大丈夫、です。少し、邪竜の記憶に、触れすぎたみたいで……」

 強烈な拒絶反応だった。
 まるで他人のナイーブな部分に土足で踏み込んでしまったかのような。

「何を見たのじゃ、アルト様」

 僕は、脳裏に焼き付いた衝撃の光景を説明しようとした。
 魔族たちの、意外なほど平穏な暮らし。
 そして、人間たちによる一方的な侵略。
 僕たちが信じてきた歴史が、果たして正しいものだったのか、と。

 僕が、口を開きかけた。
 その時。

 ヒュウウウウウウッ!

 空気を切り裂く凄まじい音が、僕たちの頭上から響き渡った。
 見上げると、空の彼方から何かが近づいてくる。
 ひとつの黒い点が、恐ろしいスピードで、祭壇めがけて落下してきていた。

「……! 危ない!」

 僕は咄嗟に、ギデオン村長とゼノンさんを突き飛ばした。
 その直後。

 ズウウウウウウウン!!!

 黒い点は、祭壇のすぐそばの地面に激突し、大地を揺るがすほどの轟音と巨大な土煙を巻き上げた。

 土煙が晴れた後、そこにできていたのは、直径十メートルはあろうかという巨大なクレーター。
 そして、そのクレーターの中心に、漆黒の翼を持つあの男が立っていた。

「……貴様……」

 魔王軍四天王・ヴァルガスだった。
 彼の全身からは、これまで感じたことのないほどの殺意と怒りが、嵐のように放たれていた。その紅蓮の瞳は血のように赤く、僕ただひとりを、射殺さんばかりに睨みつけている。

「人間族ごときが……! 何を思ってか知らぬが、我の半身に、よくも……! よくも触れたなァッ!!」

 まさに、激昂だった。
 邪竜の記憶に触れられたことを察知し、乗り込んできたのだ。

 問答無用。
 彼は、その手に、極大の闇の魔力を収束させた。

「滅びろォッ!!」

 詠唱さえもなく放たれた、純粋な破壊の奔流。それは前回の『黒死の流星雨』を遥かに凌駕する、一点集中の殲滅魔法だった。

 避ける暇などない。
 僕は咄嗟に、後ろにいるギデオンさんたちを守るため、全力の【物質創造】を発動させる。

「『創世の壁 (ジェネシス・ウォール) 』!!」

 魔力のすべてを注ぎ込み、僕が創造しうる最も強固な、何層にも重なったオリハルコンの壁を出現させる。

 破壊の奔流が、創世の壁に激突した。
 世界から、音が消えた。
 凄まじい衝撃が、僕の全身を襲う。

 壁は、ヴァルガスの『繋がりを断つ』力によって崩壊していく。
 外側から一枚、また一枚と、砂のように崩れ去る。
 奇しくもヴァルガスの力の予想を、身をもって確認したことになる。

 だが、そんなことを考えている余裕などない。
 崩壊していく壁を、僕は必死に再創造し続ける。

 創造と破壊の、壮絶な綱引き。
 数秒にも、数時間にも感じられた攻防の末。
 破壊の奔流は、遂にその勢いを失い、消え去った。
 僕の創世の壁も、最後の薄い一枚を残して、すべてが崩壊していた。

「……はぁ……っ、はぁ……っ!」

 僕は、その場に膝をついた。
 たった一撃を防いだだけで、僕の魔力は、ほとんどすべてが奪われてしまった。全身が鉛のように重い。

 辛うじて、防ぎきった。
 だがヴァルガスは、まだ健在だ。

「……なるほどな。やはり貴様の力は厄介だ。だがそれも、ここまでだ」

 怒りをそのまま覇気として放ちながら、ヴァルガスは再びその両手に魔力を収束させる。それは先ほどと同等、いや、それ以上の大きさになっていく。

 今度こそ、絶体絶命。
 次はもう、防げない。

(……くそっ)

 ギデオンさんたちを守れただけでも、良しとしなければならないのか。
 想いだけではどうにもできない状況。僕は、死を覚悟した。
 しかし。

「――血相を変えて飛び出したかと思えば。やれやれ、本当に仕方のない子ですねぇ」

 凛とした、しかし、どこか呆れたような、涼やかな声が響く。

 その声と共に、ヴァルガスの背後に音もなく、人影が現れた。
 スラリとした長身で、銀色の長髪を優雅に流している。
 身なりはまるで貴族の執事のよう。
 身体は無駄のない筋肉で引き締まっていた。
 そして何より、切れ長の瞳に底知れない知性を感じさせた。

「……シルゼリウ。なぜ、貴様がここに」

 ヴァルガスが、驚愕の声を上げる。
 見知った相手ということは、魔王に関わる存在、魔族なのか。

 シルゼリウと呼ばれた男は、ヴァルガスの問い掛けには答えず。
 ただ、その細くしなやかな腕を、彼の首に絡めた。

「ヴァルガス様。主へのご報告の前に、私的な感情で事を荒立てるのは感心いたしませんな」
「離せ! 我は、こいつを……!」
「静かになさいませ」

 シルゼリウが何かを囁くと、あれほど荒れ狂っていたヴァルガスの身体から、すうっと力が抜けていく。彼はまるで子供をあやすかのように、巨体のヴァルガスをいとも容易く組み伏せ、その動きを完全に無力化してしまった。

 僕は、目の前で起こったことが何なのか理解できなかった。
 あまりに唐突な展開に、ただ呆然とするしかなかない。

 そんな僕に、シルゼリウは向き直り。
 優雅に、丁寧に一礼した。

「――失礼いたしました。神の力を持つ錬金術師殿、ですかな? ご覧の通り、わたくしはこの血気盛んな四天王様のお守り役をしております、シルゼリウと申します。以後、お見知りおきのほどを」

 その笑みは、この上なく礼儀正しい。穏やかささえ感じさせる。
 だが。僕に向けている瞳の奥は、ヴァルガスとはまた違う種類の、底知れない闇の色を、湛えていた。


 -つづく-






次回、第37話。「魔族の言い分」。
新たな魔族が口にした事実に、アルトたちは驚愕する。

  ◇   ◇   ◇

次回更新は来週、1月24日になります。

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