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第五章 世界の真理を垣間見て
36:混沌の記憶
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古代の祭壇の前に立ち、僕は静かに覚悟を決めていた。
残された時間は、あと三日。この短い時間で、僕たちに残された最大の切り札――この地に施された『邪竜の封印』そのものを、僕たちの武器へと変える。あまりにも無謀な挑戦だったが、それ以外にヴァルガスを打ち破る術はないと、僕は直感していた。
「……アルト様、本当に大丈夫ですかな?」
僕の背後から、ギデオン村長が心配そうに声を掛けた。ゼノンさんも固唾を飲んで僕の様子を見守っている。
「はい。やってみるしかありません」
祭壇の中央に刻まれた、風化した魔法陣の上に、そっと両手を置いた。
ひんやりとした石の感触が、手のひらから伝わってくる。その奥深くで、何か途方もなく巨大で、悲しみに満ちた存在が、永い眠りについているのが感じられた。
これが、邪竜の魂。ヴァルガスの半身。
僕の目的は、この封印を強化すること。
そのためにはまず、この封印が、どのような理屈(ロジック)で機能しているのかを理解しなければならない。そして、封印されている邪竜の魂そのものの性質を把握する必要があった。下手に手を出せば、封印を破壊してしまいかねない。それどころか、邪竜を目覚めさせてしまう危険性さえある。
「……慎重に、だ」
僕は自分に言い聞かせながら、【物質創造】の意識を、封印の魔法陣へと浸透させていった。
僕の魔力が、探針のように、魔法陣の複雑な構造をなぞる。外側から少しずつ、丁寧に丁寧に解析していく。それは昏い洞穴に仕込まれた罠の見えない糸を、一本一本手探りで確かめていくような、極度の集中力を要する作業だった。
(……なるほど。この魔法陣は、単に魂を閉じ込めているだけじゃない。大地の龍脈とリンクさせ、この土地全体の生命力を使って、魂の力を中和し、浄化し続けているのか……)
これを施したのは、約五十年前に邪竜を封じた王家の英雄とその仲間たちだという。驚くべき技術力に、さすがは英雄として名を馳せる人たちだ、と僕は舌を巻いた。
だがそれも、年月を重ねるうちに力が弱まっているようだ。龍脈の淀みと共に、封印の一部には綻びが生じ始めている。ヴァルガスが狙っているのは、おそらく、その綻びだろう。
「……よし」
封印の構はある程度、理解できた。
次に、僕の意識はさらに深部――封印されている『邪竜の魂』そのものへと、慎重に近づいていく。邪竜の魂を刺激しないように気をつけながら。
僕の意識が、邪竜の魂の表層に触れる。
その刹那
――ドクン。
僕の脳内に、直接、巨大な心臓の鼓動のようなものが響き渡った。
そして、次の瞬間。僕の意識は、僕のものではない、誰かの『記憶』の奔流に飲み込まれた。
◇ ◇ ◇
そこは、僕の知る世界とは全く違う場所だった。
空は紫色のオーロラに覆われ、大地には水晶のように輝く奇妙な植物が生い茂っている。重力が軽く、空気そのものが、濃密な魔力で満たされている。
魔界、という場所なのだろうか。
その幻想的な風景の中を、僕は漂っていた。
いや、僕ではない。僕の見ている視界は、巨大な竜のものだった。
今の僕の身体は、黒い鱗に覆われ、その背には大地に影を落とすほどの巨大な翼がある。僕は『邪竜』の記憶を、追体験しているのだ。
『僕』は、空を飛んでいた。
風を切り、雲を裂き、眼下に広がる美しい故郷の景色を眺めている。
その隣には、『僕』と瓜二つの、もう一匹の竜が飛んでいた。
彼が、『魔竜』。僕の半身。
『僕』たちは、言葉を交わさずとも互いの考えていることが分かった。
喜びも、悲しみも、すべてを共有していた。
『僕』たちの故郷は、驚くほど平穏だった。
記憶の中には、他の魔族たちの姿も見えた。
楽しそうに談笑する、サキュバスやインキュバスの集団。その中には、ひときわ妖艶で、女王のような風格を漂わせる、若い頃のセラフィナらしき姿もあった。
武具の鍛造に励む、屈強な鬼人族(オーガ)たち。
水晶の植物を研究する、知的な雰囲気の魔人たち。
そういった様々な種類の魔族が、各々の日常を営んでいる。
彼らは、決して邪悪なだけの存在ではなかった。独自の文化を持ち、仲間を愛し、誇りを持って生きる、一つの『種族』だった。
その中心に、魔王と呼ばれる存在があった。
魔王は、玉座にふんぞり返っているだけの暴君ではなかった。彼は、民の声に耳を傾け、時には自ら民の中に入り、共に酒を酌み交わす、豪放磊落な王だった。『僕』たち双子の竜は、そんな彼を、心から敬愛していた。
その平穏が、ある日、突然破られる。
空が、裂けた。
『僕』たちの世界の空に、亀裂が走り、そこから、『僕』たちの知らない、眩しすぎる『光』と、薄汚れた『空気』が流れ込んできた。
さらに、鬨の声と共に無数の軍勢が現れる。
銀色の鎧に身を包み、鋭い剣を掲げた、人間たちの軍勢だった。
『神の御名において! 不浄なる魔を滅ぼせ!』
『この穢れた地を、我らが聖地へと変えるのだ!』
彼らは、理由もなく、『僕』たちの同胞を斬り伏た。
『僕』たちの故郷を焼き払っていった。
なぜ?
どうして?
『僕』たちには、分からなかった。
『僕』たちは、ただ自分たちの世界で静かに暮らしていただけなのに。
『僕』の半身である魔竜が、怒りに咆哮した。
『僕』も、悲しみに咆哮した。
『僕』たちの平穏は、人間の一方的な侵略によって、踏みにじられたのだ。
これが、数百年前の大戦の、僕の知らなかった『始まり』の記憶。
◇ ◇ ◇
「――ッ!!」
僕は、まるで魂を殴りつけられたかのような衝撃を受ける。
それと共に、邪竜の記憶から強制的に弾き飛ばされた。
気づけば、僕は祭壇の前で尻餅をついていた。
全身から汗が噴き出し、心臓が激しく鼓動している。
「アルト様! 大丈夫ですかな!?」
「顔色が、真っ青じゃぞ!」
ギデオン村長とゼノンさんが、慌てて僕に駆け寄ってきた。
「……大丈夫、です。少し、邪竜の記憶に、触れすぎたみたいで……」
強烈な拒絶反応だった。
まるで他人のナイーブな部分に土足で踏み込んでしまったかのような。
「何を見たのじゃ、アルト様」
僕は、脳裏に焼き付いた衝撃の光景を説明しようとした。
魔族たちの、意外なほど平穏な暮らし。
そして、人間たちによる一方的な侵略。
僕たちが信じてきた歴史が、果たして正しいものだったのか、と。
僕が、口を開きかけた。
その時。
ヒュウウウウウウッ!
空気を切り裂く凄まじい音が、僕たちの頭上から響き渡った。
見上げると、空の彼方から何かが近づいてくる。
ひとつの黒い点が、恐ろしいスピードで、祭壇めがけて落下してきていた。
「……! 危ない!」
僕は咄嗟に、ギデオン村長とゼノンさんを突き飛ばした。
その直後。
ズウウウウウウウン!!!
黒い点は、祭壇のすぐそばの地面に激突し、大地を揺るがすほどの轟音と巨大な土煙を巻き上げた。
土煙が晴れた後、そこにできていたのは、直径十メートルはあろうかという巨大なクレーター。
そして、そのクレーターの中心に、漆黒の翼を持つあの男が立っていた。
「……貴様……」
魔王軍四天王・ヴァルガスだった。
彼の全身からは、これまで感じたことのないほどの殺意と怒りが、嵐のように放たれていた。その紅蓮の瞳は血のように赤く、僕ただひとりを、射殺さんばかりに睨みつけている。
「人間族ごときが……! 何を思ってか知らぬが、我の半身に、よくも……! よくも触れたなァッ!!」
まさに、激昂だった。
邪竜の記憶に触れられたことを察知し、乗り込んできたのだ。
問答無用。
彼は、その手に、極大の闇の魔力を収束させた。
「滅びろォッ!!」
詠唱さえもなく放たれた、純粋な破壊の奔流。それは前回の『黒死の流星雨』を遥かに凌駕する、一点集中の殲滅魔法だった。
避ける暇などない。
僕は咄嗟に、後ろにいるギデオンさんたちを守るため、全力の【物質創造】を発動させる。
「『創世の壁 (ジェネシス・ウォール) 』!!」
魔力のすべてを注ぎ込み、僕が創造しうる最も強固な、何層にも重なったオリハルコンの壁を出現させる。
破壊の奔流が、創世の壁に激突した。
世界から、音が消えた。
凄まじい衝撃が、僕の全身を襲う。
壁は、ヴァルガスの『繋がりを断つ』力によって崩壊していく。
外側から一枚、また一枚と、砂のように崩れ去る。
奇しくもヴァルガスの力の予想を、身をもって確認したことになる。
だが、そんなことを考えている余裕などない。
崩壊していく壁を、僕は必死に再創造し続ける。
創造と破壊の、壮絶な綱引き。
数秒にも、数時間にも感じられた攻防の末。
破壊の奔流は、遂にその勢いを失い、消え去った。
僕の創世の壁も、最後の薄い一枚を残して、すべてが崩壊していた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ!」
僕は、その場に膝をついた。
たった一撃を防いだだけで、僕の魔力は、ほとんどすべてが奪われてしまった。全身が鉛のように重い。
辛うじて、防ぎきった。
だがヴァルガスは、まだ健在だ。
「……なるほどな。やはり貴様の力は厄介だ。だがそれも、ここまでだ」
怒りをそのまま覇気として放ちながら、ヴァルガスは再びその両手に魔力を収束させる。それは先ほどと同等、いや、それ以上の大きさになっていく。
今度こそ、絶体絶命。
次はもう、防げない。
(……くそっ)
ギデオンさんたちを守れただけでも、良しとしなければならないのか。
想いだけではどうにもできない状況。僕は、死を覚悟した。
しかし。
「――血相を変えて飛び出したかと思えば。やれやれ、本当に仕方のない子ですねぇ」
凛とした、しかし、どこか呆れたような、涼やかな声が響く。
その声と共に、ヴァルガスの背後に音もなく、人影が現れた。
スラリとした長身で、銀色の長髪を優雅に流している。
身なりはまるで貴族の執事のよう。
身体は無駄のない筋肉で引き締まっていた。
そして何より、切れ長の瞳に底知れない知性を感じさせた。
「……シルゼリウ。なぜ、貴様がここに」
ヴァルガスが、驚愕の声を上げる。
見知った相手ということは、魔王に関わる存在、魔族なのか。
シルゼリウと呼ばれた男は、ヴァルガスの問い掛けには答えず。
ただ、その細くしなやかな腕を、彼の首に絡めた。
「ヴァルガス様。主へのご報告の前に、私的な感情で事を荒立てるのは感心いたしませんな」
「離せ! 我は、こいつを……!」
「静かになさいませ」
シルゼリウが何かを囁くと、あれほど荒れ狂っていたヴァルガスの身体から、すうっと力が抜けていく。彼はまるで子供をあやすかのように、巨体のヴァルガスをいとも容易く組み伏せ、その動きを完全に無力化してしまった。
僕は、目の前で起こったことが何なのか理解できなかった。
あまりに唐突な展開に、ただ呆然とするしかなかない。
そんな僕に、シルゼリウは向き直り。
優雅に、丁寧に一礼した。
「――失礼いたしました。神の力を持つ錬金術師殿、ですかな? ご覧の通り、わたくしはこの血気盛んな四天王様のお守り役をしております、シルゼリウと申します。以後、お見知りおきのほどを」
その笑みは、この上なく礼儀正しい。穏やかささえ感じさせる。
だが。僕に向けている瞳の奥は、ヴァルガスとはまた違う種類の、底知れない闇の色を、湛えていた。
-つづく-
次回、第37話。「魔族の言い分」。
新たな魔族が口にした事実に、アルトたちは驚愕する。
◇ ◇ ◇
次回更新は来週、1月24日になります。
ブックマークや「いいね」での評価、感想などいただけると励みになります。
応援のほど、よろしくお願いします。
残された時間は、あと三日。この短い時間で、僕たちに残された最大の切り札――この地に施された『邪竜の封印』そのものを、僕たちの武器へと変える。あまりにも無謀な挑戦だったが、それ以外にヴァルガスを打ち破る術はないと、僕は直感していた。
「……アルト様、本当に大丈夫ですかな?」
僕の背後から、ギデオン村長が心配そうに声を掛けた。ゼノンさんも固唾を飲んで僕の様子を見守っている。
「はい。やってみるしかありません」
祭壇の中央に刻まれた、風化した魔法陣の上に、そっと両手を置いた。
ひんやりとした石の感触が、手のひらから伝わってくる。その奥深くで、何か途方もなく巨大で、悲しみに満ちた存在が、永い眠りについているのが感じられた。
これが、邪竜の魂。ヴァルガスの半身。
僕の目的は、この封印を強化すること。
そのためにはまず、この封印が、どのような理屈(ロジック)で機能しているのかを理解しなければならない。そして、封印されている邪竜の魂そのものの性質を把握する必要があった。下手に手を出せば、封印を破壊してしまいかねない。それどころか、邪竜を目覚めさせてしまう危険性さえある。
「……慎重に、だ」
僕は自分に言い聞かせながら、【物質創造】の意識を、封印の魔法陣へと浸透させていった。
僕の魔力が、探針のように、魔法陣の複雑な構造をなぞる。外側から少しずつ、丁寧に丁寧に解析していく。それは昏い洞穴に仕込まれた罠の見えない糸を、一本一本手探りで確かめていくような、極度の集中力を要する作業だった。
(……なるほど。この魔法陣は、単に魂を閉じ込めているだけじゃない。大地の龍脈とリンクさせ、この土地全体の生命力を使って、魂の力を中和し、浄化し続けているのか……)
これを施したのは、約五十年前に邪竜を封じた王家の英雄とその仲間たちだという。驚くべき技術力に、さすがは英雄として名を馳せる人たちだ、と僕は舌を巻いた。
だがそれも、年月を重ねるうちに力が弱まっているようだ。龍脈の淀みと共に、封印の一部には綻びが生じ始めている。ヴァルガスが狙っているのは、おそらく、その綻びだろう。
「……よし」
封印の構はある程度、理解できた。
次に、僕の意識はさらに深部――封印されている『邪竜の魂』そのものへと、慎重に近づいていく。邪竜の魂を刺激しないように気をつけながら。
僕の意識が、邪竜の魂の表層に触れる。
その刹那
――ドクン。
僕の脳内に、直接、巨大な心臓の鼓動のようなものが響き渡った。
そして、次の瞬間。僕の意識は、僕のものではない、誰かの『記憶』の奔流に飲み込まれた。
◇ ◇ ◇
そこは、僕の知る世界とは全く違う場所だった。
空は紫色のオーロラに覆われ、大地には水晶のように輝く奇妙な植物が生い茂っている。重力が軽く、空気そのものが、濃密な魔力で満たされている。
魔界、という場所なのだろうか。
その幻想的な風景の中を、僕は漂っていた。
いや、僕ではない。僕の見ている視界は、巨大な竜のものだった。
今の僕の身体は、黒い鱗に覆われ、その背には大地に影を落とすほどの巨大な翼がある。僕は『邪竜』の記憶を、追体験しているのだ。
『僕』は、空を飛んでいた。
風を切り、雲を裂き、眼下に広がる美しい故郷の景色を眺めている。
その隣には、『僕』と瓜二つの、もう一匹の竜が飛んでいた。
彼が、『魔竜』。僕の半身。
『僕』たちは、言葉を交わさずとも互いの考えていることが分かった。
喜びも、悲しみも、すべてを共有していた。
『僕』たちの故郷は、驚くほど平穏だった。
記憶の中には、他の魔族たちの姿も見えた。
楽しそうに談笑する、サキュバスやインキュバスの集団。その中には、ひときわ妖艶で、女王のような風格を漂わせる、若い頃のセラフィナらしき姿もあった。
武具の鍛造に励む、屈強な鬼人族(オーガ)たち。
水晶の植物を研究する、知的な雰囲気の魔人たち。
そういった様々な種類の魔族が、各々の日常を営んでいる。
彼らは、決して邪悪なだけの存在ではなかった。独自の文化を持ち、仲間を愛し、誇りを持って生きる、一つの『種族』だった。
その中心に、魔王と呼ばれる存在があった。
魔王は、玉座にふんぞり返っているだけの暴君ではなかった。彼は、民の声に耳を傾け、時には自ら民の中に入り、共に酒を酌み交わす、豪放磊落な王だった。『僕』たち双子の竜は、そんな彼を、心から敬愛していた。
その平穏が、ある日、突然破られる。
空が、裂けた。
『僕』たちの世界の空に、亀裂が走り、そこから、『僕』たちの知らない、眩しすぎる『光』と、薄汚れた『空気』が流れ込んできた。
さらに、鬨の声と共に無数の軍勢が現れる。
銀色の鎧に身を包み、鋭い剣を掲げた、人間たちの軍勢だった。
『神の御名において! 不浄なる魔を滅ぼせ!』
『この穢れた地を、我らが聖地へと変えるのだ!』
彼らは、理由もなく、『僕』たちの同胞を斬り伏た。
『僕』たちの故郷を焼き払っていった。
なぜ?
どうして?
『僕』たちには、分からなかった。
『僕』たちは、ただ自分たちの世界で静かに暮らしていただけなのに。
『僕』の半身である魔竜が、怒りに咆哮した。
『僕』も、悲しみに咆哮した。
『僕』たちの平穏は、人間の一方的な侵略によって、踏みにじられたのだ。
これが、数百年前の大戦の、僕の知らなかった『始まり』の記憶。
◇ ◇ ◇
「――ッ!!」
僕は、まるで魂を殴りつけられたかのような衝撃を受ける。
それと共に、邪竜の記憶から強制的に弾き飛ばされた。
気づけば、僕は祭壇の前で尻餅をついていた。
全身から汗が噴き出し、心臓が激しく鼓動している。
「アルト様! 大丈夫ですかな!?」
「顔色が、真っ青じゃぞ!」
ギデオン村長とゼノンさんが、慌てて僕に駆け寄ってきた。
「……大丈夫、です。少し、邪竜の記憶に、触れすぎたみたいで……」
強烈な拒絶反応だった。
まるで他人のナイーブな部分に土足で踏み込んでしまったかのような。
「何を見たのじゃ、アルト様」
僕は、脳裏に焼き付いた衝撃の光景を説明しようとした。
魔族たちの、意外なほど平穏な暮らし。
そして、人間たちによる一方的な侵略。
僕たちが信じてきた歴史が、果たして正しいものだったのか、と。
僕が、口を開きかけた。
その時。
ヒュウウウウウウッ!
空気を切り裂く凄まじい音が、僕たちの頭上から響き渡った。
見上げると、空の彼方から何かが近づいてくる。
ひとつの黒い点が、恐ろしいスピードで、祭壇めがけて落下してきていた。
「……! 危ない!」
僕は咄嗟に、ギデオン村長とゼノンさんを突き飛ばした。
その直後。
ズウウウウウウウン!!!
黒い点は、祭壇のすぐそばの地面に激突し、大地を揺るがすほどの轟音と巨大な土煙を巻き上げた。
土煙が晴れた後、そこにできていたのは、直径十メートルはあろうかという巨大なクレーター。
そして、そのクレーターの中心に、漆黒の翼を持つあの男が立っていた。
「……貴様……」
魔王軍四天王・ヴァルガスだった。
彼の全身からは、これまで感じたことのないほどの殺意と怒りが、嵐のように放たれていた。その紅蓮の瞳は血のように赤く、僕ただひとりを、射殺さんばかりに睨みつけている。
「人間族ごときが……! 何を思ってか知らぬが、我の半身に、よくも……! よくも触れたなァッ!!」
まさに、激昂だった。
邪竜の記憶に触れられたことを察知し、乗り込んできたのだ。
問答無用。
彼は、その手に、極大の闇の魔力を収束させた。
「滅びろォッ!!」
詠唱さえもなく放たれた、純粋な破壊の奔流。それは前回の『黒死の流星雨』を遥かに凌駕する、一点集中の殲滅魔法だった。
避ける暇などない。
僕は咄嗟に、後ろにいるギデオンさんたちを守るため、全力の【物質創造】を発動させる。
「『創世の壁 (ジェネシス・ウォール) 』!!」
魔力のすべてを注ぎ込み、僕が創造しうる最も強固な、何層にも重なったオリハルコンの壁を出現させる。
破壊の奔流が、創世の壁に激突した。
世界から、音が消えた。
凄まじい衝撃が、僕の全身を襲う。
壁は、ヴァルガスの『繋がりを断つ』力によって崩壊していく。
外側から一枚、また一枚と、砂のように崩れ去る。
奇しくもヴァルガスの力の予想を、身をもって確認したことになる。
だが、そんなことを考えている余裕などない。
崩壊していく壁を、僕は必死に再創造し続ける。
創造と破壊の、壮絶な綱引き。
数秒にも、数時間にも感じられた攻防の末。
破壊の奔流は、遂にその勢いを失い、消え去った。
僕の創世の壁も、最後の薄い一枚を残して、すべてが崩壊していた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ!」
僕は、その場に膝をついた。
たった一撃を防いだだけで、僕の魔力は、ほとんどすべてが奪われてしまった。全身が鉛のように重い。
辛うじて、防ぎきった。
だがヴァルガスは、まだ健在だ。
「……なるほどな。やはり貴様の力は厄介だ。だがそれも、ここまでだ」
怒りをそのまま覇気として放ちながら、ヴァルガスは再びその両手に魔力を収束させる。それは先ほどと同等、いや、それ以上の大きさになっていく。
今度こそ、絶体絶命。
次はもう、防げない。
(……くそっ)
ギデオンさんたちを守れただけでも、良しとしなければならないのか。
想いだけではどうにもできない状況。僕は、死を覚悟した。
しかし。
「――血相を変えて飛び出したかと思えば。やれやれ、本当に仕方のない子ですねぇ」
凛とした、しかし、どこか呆れたような、涼やかな声が響く。
その声と共に、ヴァルガスの背後に音もなく、人影が現れた。
スラリとした長身で、銀色の長髪を優雅に流している。
身なりはまるで貴族の執事のよう。
身体は無駄のない筋肉で引き締まっていた。
そして何より、切れ長の瞳に底知れない知性を感じさせた。
「……シルゼリウ。なぜ、貴様がここに」
ヴァルガスが、驚愕の声を上げる。
見知った相手ということは、魔王に関わる存在、魔族なのか。
シルゼリウと呼ばれた男は、ヴァルガスの問い掛けには答えず。
ただ、その細くしなやかな腕を、彼の首に絡めた。
「ヴァルガス様。主へのご報告の前に、私的な感情で事を荒立てるのは感心いたしませんな」
「離せ! 我は、こいつを……!」
「静かになさいませ」
シルゼリウが何かを囁くと、あれほど荒れ狂っていたヴァルガスの身体から、すうっと力が抜けていく。彼はまるで子供をあやすかのように、巨体のヴァルガスをいとも容易く組み伏せ、その動きを完全に無力化してしまった。
僕は、目の前で起こったことが何なのか理解できなかった。
あまりに唐突な展開に、ただ呆然とするしかなかない。
そんな僕に、シルゼリウは向き直り。
優雅に、丁寧に一礼した。
「――失礼いたしました。神の力を持つ錬金術師殿、ですかな? ご覧の通り、わたくしはこの血気盛んな四天王様のお守り役をしております、シルゼリウと申します。以後、お見知りおきのほどを」
その笑みは、この上なく礼儀正しい。穏やかささえ感じさせる。
だが。僕に向けている瞳の奥は、ヴァルガスとはまた違う種類の、底知れない闇の色を、湛えていた。
-つづく-
次回、第37話。「魔族の言い分」。
新たな魔族が口にした事実に、アルトたちは驚愕する。
◇ ◇ ◇
次回更新は来週、1月24日になります。
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王国筆頭魔導工学師、アルド。
彼は10年にわたり、勇者の聖剣から王都の巨大結界まで、あらゆるインフラと魔導具の整備を一手に引き受けてきた。
しかし、その仕事はあくまで「裏方」。派手な攻撃魔法を使えない彼は、見栄えを気にする勇者パーティから「地味で役立たず」と罵られ、無一文で国外追放を言い渡される。
「……やれやれ、やっと休めるのか」
ブラックな職場環境から解放されたアルドが辿り着いたのは、誰も住まない辺境の荒野。
そこで彼は、古代文明の遺産――自律型汎用開拓重機『ギガント・マザー』を発掘する。
「あら、栄養失調ですね。まずはご飯にしましょう」
お節介なオカンAIを搭載した多脚戦車とタッグを組んだアルドは、その規格外の採掘能力で荒野を瞬く間に開拓。
地下3000メートルから温泉を掘り当て、悠々自適なリゾートライフを始めることに。
一方、アルドを追放した王国は、インフラが次々と機能を停止し、滅亡の危機に瀕していた……。
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
「雑草係」と追放された俺、スキル『草むしり』でドラゴンも魔王も引っこ抜く~極めた園芸スキルは、世界樹すら苗木扱いする神の力でした~
eringi
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「たかが雑草を抜くだけのスキルなんて、勇者パーティには不要だ!」
王立アカデミーを首席で卒業したものの、発現したスキルが『草むしり』だった少年・ノエル。
彼は幼馴染の勇者に見下され、パーティから追放されてしまう。
失意のノエルは、人里離れた「魔の森」で静かに暮らすことを決意する。
しかし彼は知らなかった。彼のスキル『草むしり』は、対象を「不要な雑草」と認識すれば、たとえドラゴンであろうと古代兵器であろうと、根こそぎ引っこ抜いて消滅させる即死チートだったのだ。
「あれ? この森の雑草、ずいぶん頑丈だな(ドラゴンを引っこ抜きながら)」
ノエルが庭の手入れをするだけで、Sランク魔物が次々と「除草」され、やがて森は伝説の聖域へと生まれ変わっていく。
その実力に惹かれ、森の精霊(美女)や、亡国の女騎士、魔王の娘までもが彼の「庭」に集まり、いつしかハーレム状態に。
一方、ノエルを追放した勇者たちは、ダンジョンの茨や毒草の処理ができずに進行不能となり、さらにはノエルが密かに「除草」していた強力な魔物たちに囲まれ、絶望の淵に立たされていた。
「ノエル! 戻ってきてくれ!」
「いや、いま家庭菜園が忙しいんで」
これは、ただ庭いじりをしているだけの少年が、無自覚に世界最強に至る物語。
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