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問7 溢れ出す限界までの容量を計算せよ

答7-8

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 「距離延長」という効果を別のカードに与えるステータスカードはいくつかの種類があるが、どれも限定的で使用が難しい。
 カードの攻撃にはそれぞれ弾速のようなステータスがあるので、予め相手の行動を予測して撃たなければならないし、あまり弾速の遅いものだと視認してから避けることも出来てしまう。
 なので単に効果範囲が伸びるだけで強いわけではない。
 だが、それはそれ。単に「効果範囲が伸びるだけで強い」カードを使えばいいだけの話だ。

 そういった遠距離攻撃に特化させたデッキはシングル戦でも使われるので知っている。「移動砲台サイクルキャノン」というデッキがあるし、パーティーなら「射手アーチャー」と呼ばれるジョブデッキなんかが代表的だ。
 俺の組んだ「サーティーンリスペクト」もその手のデッキだが、遠距離の攻撃を収束させて一撃必殺級にしてぶち込むというちょっと狂ったコンセプトだったので同じようで同じではない。
 
 しかし、と俺は思い返す。

 今まで撃たれた攻撃を頭の中に並べる。
 距離延長が入っていそうなカードは、ある。だが、それは【飛空剣の護り】の設置だけだ。他のカードは視認範囲でさえあれば問題なく使える。この視認範囲というのは画面内でプレイヤーを「認識しているかどうか」という判定なのだが、このフィールド中央にある「舞台」には視認範囲を広げられる特殊な施設が設置されいてるのだ。
 だからこそ俺はそれを優先確保項目にしていたのだが、相手の行動が早すぎた。障害が配置されているはずの舞台を真っ先に制圧し、その上ですぐに俺たちを発見、攻撃を仕掛けたという事になる。

 そうまでして舞台が欲しかったのは、必ず長距離からの先制攻撃を仕掛けたいということ。
 なぜだ?
 普通に考えれば、それはクルーエルさんの遠距離攻撃を活用させたいからだ。
 しかし遠距離と中距離が使い分けられるというのなら、それなりの近さで戦っても良いのだ。だがそうせず、遠距離のみで攻撃してきたのは、何の理由が?
 ――そこまで考え、俺はようやく彼らの作戦にたどり着いた。

 遠距離攻撃を活かしたいから、舞台を確保したのではない。
 遠距離攻撃しか無いとに、舞台を確保したのだ。

 【艶やかな芳香】は俺を足止めしたいと「思わせるため」。
 【飛空剣の護り】は距離延長で設置したと「思わせるため」。
 それ以外の攻撃も、レミングスのそれらしい立ち回りも、全て伏線だ。
 彼は近くに居ないと思い込んだ俺たちが、遠距離からの攻撃が無いと不審がる前に、中距離の大技を当てるために。
 さっきの【虚空穿】だけでは、まだ距離伸張による攻撃だと思いこむところだった。

「既にクルーエルさんが近くに居る! ミューミューさん、気をつけて!!」
「!? ……!!」

 すぐにミューミューもピンと来たようだ。嫌らしい戦い方は俺の十八番おはこだ。向こうも面白い手を打ってくる。

 彼のデッキには、「距離延長」の効果のカードはおそらく無い。
 仲間が設置した壁でも【サイコキネシス:ウォール】で問題なく動かせる。あの【飛空剣の護り】は自分で出した癖にそうとは思わせないように一芝居打ったレミングスのカードだったんだ。

「え、いや、い、いないよ?」

 レミングスが焦ったのか、笑ってるような困ってるような変な顔でド下手な演技をしてきた。アドリブには弱いな。

 狙われるなら、当然俺だろう。
 普通なら、自らの身可愛さに守りに入るかも知れない。
 だがこれはペア戦。重要なのは、自らのライフではなくチームの勝利。それを忘れないことが肝要だ。

 俺は攻撃に転じる。レミングスに飛びかかり、苦手な近接戦闘を挑む。
 レミングスが笑ったのが見えた。それならそれで彼女は願ったり叶ったりの展開なのだろうか。でも、俺は無策で襲いかかったのではない。

「まとめて!!」
「はい!!」

 小気味よい返事。俺を迎撃するべく、レミングの手が伸びる。

 直線的な攻撃に見えるだろう? 俺は【死んだふり】をアクティブに。

 【死んだふり】
 起動したプレイヤーは体から力が抜け、倒れ込んでしまう。ゲーム上ライフを失ったプレイヤーは光の粒へと消えてしまうが、その「死亡エフェクト」が完全に消えるまで対戦相手の画面上では使用したプレイヤーのライフ表示は0になり、まるで敗北したかのように見える。

 相手の意表を突くにはうってつけのカード。けれども使い所が限定されすぎていてうまく使いこなすのは難しい。
 でもうまく使いこなすというのは、【死んだふり】を死んだふりに使わなくても良いと気づくかどうかだと俺は思う。
 このカードのもうひとつの能力。どんなスピード、体勢からでも「死亡エフェクト」のモーションに移ること。

 俺は彼女の攻撃ののために真正面で突如地面に倒れ伏すという通常では不可能な軌道でアバターを動かす。

 レミングスが撃ったバレットカードは俺には当たらなかった。
 そしてミューミューの撃った【石化術】が俺とレミングスを飲み込む円のエフェクトを描いたのは同時だった。
 俺とレミングスは、外界から遮断された空間の中で完全に停止した。

 「石化」の状態異常はプレイヤーのあらゆる行動を制限する。だが同時に、無敵の体も手に入れる。
 有名なゲーム魔法でいうところの「アス○ロン」だ。
 ダメージを全て受け付けなくなり、しかし体は不動となる。
 そして【石化術】の発動中は、その効果範囲円内に影響を与える何らかの効果も全て消え失せる。
 
 だから動けないのを良いことに悪さも出来ない。
 出来るのは、ただ残りの2人の戦闘を見るだけだ。

 【石化術】と同時に、更に撃たれたもうひとつの攻撃がミューミューを捉えていた。
 光る刃が彼女を穿っている。ミューミューのライフが大きく欠損した。

 ようやく姿を見せたクルーエルさんは、あいも変わらず何を考えているか分からない無表情さで、次の攻撃を放つ。
 ライフはミューミューが不利。しかし状況は五分。

 そして俺の「準備」は最高の状態でスタートした。
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