【完結】ひかりのそばで、またあした

香澄京耶

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ep19 許せないきもち

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「私は常々、思っているのですよ。」
 
 芝居がかった仕草で、リューヴェンは部屋の中を行き来している。
 
 目の前には、用意されたお茶と茶菓子。
 何も言わずただテーブルに座るミューイも異様に思えた。

「我々は、こんな辺境伯で収まる一族ではないと!
 数代前の先祖が何か不手際を起こしたようでしてね……それで、この辺境に飛ばされたようですが。
 土地もよければ我々の手腕もよかった――もちろん、隣国もね。」
 
「そうですわねえ……。ほんとうに、そのとおりです。」
 
 興奮したようなリューヴェンよりも、ミューイのおっとりした口調の方がかえってぞっとした。
 微笑みは柔らかいのに、目の奥だけがまるで死んでいる。何を考えているのか、まったく読めない。
 
「あなたさまは、この土地で収まるような方ではございませんものね。」
 
「そうだとも!いやあ、この状態で小さくとも“穢れ”が起きてくれて本当に助かった。
 神子を手中に収めれば、何もかも思いのままだ。」
 
「ほんとうに。」

 何を言っているのか、理解が追いつかない。
 
「……俺を、監禁しようと?」
 
「監禁などと!こちらの望みどおり動いてくれれば、何でも与えると約束しましょうとも。」
 
「いらない。」
 
 そう返した瞬間、部屋の温度が落ちたように感じた。

 
「ならば――奴隷だな!」
 
 
 あっさりと言われて心底ぞっとする。
 
「あらまあ、仕方ございませんわね。」
 
「そうだな。金が有り余るかもしれんな!一つの浄化でどれ程の値がつくか楽しみだ。だが、まずは安全を確保せねば!」
 
「そうですわねえ。」

 言葉が通じるとは思えなかった。
 明らかな悪なのに、こんな時に限って女神の気配はない。
 震える指先で、無意識に手首飾りを触る。

「あんた、領主だろう。“穢れ”が起きてくれて良かったなんて、本当に思ってるのか。」
 
「思っているとも!どうせ価値のない土地だったが、“穢れ”が起きなければ神子は来なかった。大いに感謝しているさ!」
 
「ほんとうにそうですわね。」

 手首飾りでセリアスに連絡を取れればいいが、魔式を理解していない自分ではこれを発動できない。
 だが、もし、目の前の二人が“神子は浄化しかできない”と思い込んでいるなら、それはむしろ好都合だ。
 
 ここ一番の時に有効な魔法を考えなければ――ぐるぐると回る思考は、どがん、という音で途切れた。
 
 数度の破壊音に建物が揺れる。
 
「おやおや、派手にやってくれて。」
 
「仕方がないですわ、あくまで私達は“攻め入られた”のですもの。」

 ティーカップを口に運ぶミューイの声にはっとなる。
 
「攻め入られた……?」
 
「無論だ。理由もなく王子と学院長が死んだのでは、流石に分が悪くなるのでな!」

 ――“死んだのでは”。

「いま、なんて言った。」

「ああ、神子は王子と恋仲だったのだったか。」
「まあ、それはおかわいそうに。」
 言葉にそぐわず、まるで何も思っていない様子の二人など、どうでもいい。

 さっきまで胸を締めていた恐怖が、逆にすっと引いていく。

「二人を殺す気か。」

「あらいやだ。偶然ですわよ。
 偶然、ダルマードの一部領民達が、偶然、復活した泉を知って、狙って攻め入ってきましたの。
 そして偶然、そこに居合わせていたエアリアの王子もろとも、従者や兵士が等しく全て死に絶えるだけですわ。
 いかに戦闘に慣れていらっしゃっても――あの規模の人数では、太刀打ちできませんでしょう。
 その結果、偶然、この領地は仕方がなくダルマードの植民地となるのですわ。」

 初めてしっかりとした言葉を喋ったミューイの言葉は狂気に満ちていた。
 ふふ、と口元を押さえる様はもはや正気ではないとさえ思える。

「無論本当に植民地になるわけではない!」
 
 かか、と快活に笑う男が、天井を見上げながら恍惚とした表情を浮かべた瞬間――目の端に“あるもの”が見えてしまって、咄嗟に席を立って距離をとった。
「……頭の悪い方ね。」

 
 ミューイがぼそりと呟くのが聞こえる。
 
 ゆっくりと立ち上がったその手には輝く銀色の刃があった。
 興奮した様子のリューヴェンは、ミューイの気配に気づかず捲し立てる。
 
「神子を盾に各方面に交渉をして、我が一族はさらに繁栄するのだ…!」

 物語のワンシーンのように、展開が分かっているのに身体が動かない。
 
 止めなければと思って――声が出る前に、それは起きた。

 「――お……?」
 
 厚みのある短刀が、背後からリューヴェンの喉を一息で貫いていた。
 
 「……あなただって、“エアリアの国民”でしょう。わたくしは、“等しく全て”と言ったのに。
 あなたはいつも、ほんとうに人の話を聞きませんから。」

 その虚ろな瞳がこちらを向く前に、踵を返した。足が震える。

「どうぞお逃げなさい――あなたは“エアリアの国民”ではありませんから。
 もっともこの状況で、生き残れるかは、分かりませんが。」

 笑い声が背後で響く。
 
 狂ったようなそれに心臓がうるさい。
 ばくばくと耳元に心臓を持ってきたかのような音だった。

『ヒナタ!』

 手首飾りからセリアスの声がする。

「セリアス!」
 
 悲鳴のような声が漏れた。
 
「セリアス!リューヴェンが、」
 殺された、という言葉を躊躇った矢先、金属がぶつかり合う音や怒号が聞こえて押し黙った。
 
『ヒナタ、時間がない。簡潔に言う。逃げろ。』
 
「セリアス、」
 
『逃げてくれ。いいか、一階の食堂の裏口から逃げるんだ。一刻も早く。』
 
「セリ、アスは?」
 喉が詰まって涙が溢れそうになる。感情が追いつかなかった。
 
『――ヒナ。最後に、口付けができてよかった。そなたがいれば、この世界は』

 一際大きい金属音が聞こえて、一拍の間が空く。

 『――…逃げろ!』

 初めて聞く怒鳴るような声が届いたあと、それきり何も聞こえなくなった。
 
「セリアス……!」
 
 膝の力が抜けて、腕に顔を埋めた。
 
 どうしろというのか。最後に、なんて死ににいく人間の台詞だ。
 自分は死ぬのに世界を救えと言うのか。横暴すぎる。

 なにより、こんな状況に陥ってもなお、何も行動を起こさない女神に腹がたつ。
 
 こんなことにくらべたら、あの神官長のことなど。
 そう思って頭を振る。違う、そうではない――いま、何かをしなければ、セリアスも、ルーエンも死んでしまう。

 考えろ、考えろ――自分にはきっと、人を殺す事などできない。
 それでもできることはあるはずだ。

 涙を拭って震える手足を踏ん張って立ち上がる。

 
「大和魂、舐めんなよ。」

 
 思いのままに怒号に包まれたエントランスホールへ駆けた。
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