26 / 35
ep19 許せないきもち
しおりを挟む
「私は常々、思っているのですよ。」
芝居がかった仕草で、リューヴェンは部屋の中を行き来している。
目の前には、用意されたお茶と茶菓子。
何も言わずただテーブルに座るミューイも異様に思えた。
「我々は、こんな辺境伯で収まる一族ではないと!
数代前の先祖が何か不手際を起こしたようでしてね……それで、この辺境に飛ばされたようですが。
土地もよければ我々の手腕もよかった――もちろん、隣国もね。」
「そうですわねえ……。ほんとうに、そのとおりです。」
興奮したようなリューヴェンよりも、ミューイのおっとりした口調の方がかえってぞっとした。
微笑みは柔らかいのに、目の奥だけがまるで死んでいる。何を考えているのか、まったく読めない。
「あなたさまは、この土地で収まるような方ではございませんものね。」
「そうだとも!いやあ、この状態で小さくとも“穢れ”が起きてくれて本当に助かった。
神子を手中に収めれば、何もかも思いのままだ。」
「ほんとうに。」
何を言っているのか、理解が追いつかない。
「……俺を、監禁しようと?」
「監禁などと!こちらの望みどおり動いてくれれば、何でも与えると約束しましょうとも。」
「いらない。」
そう返した瞬間、部屋の温度が落ちたように感じた。
「ならば――奴隷だな!」
あっさりと言われて心底ぞっとする。
「あらまあ、仕方ございませんわね。」
「そうだな。金が有り余るかもしれんな!一つの浄化でどれ程の値がつくか楽しみだ。だが、まずは安全を確保せねば!」
「そうですわねえ。」
言葉が通じるとは思えなかった。
明らかな悪なのに、こんな時に限って女神の気配はない。
震える指先で、無意識に手首飾りを触る。
「あんた、領主だろう。“穢れ”が起きてくれて良かったなんて、本当に思ってるのか。」
「思っているとも!どうせ価値のない土地だったが、“穢れ”が起きなければ神子は来なかった。大いに感謝しているさ!」
「ほんとうにそうですわね。」
手首飾りでセリアスに連絡を取れればいいが、魔式を理解していない自分ではこれを発動できない。
だが、もし、目の前の二人が“神子は浄化しかできない”と思い込んでいるなら、それはむしろ好都合だ。
ここ一番の時に有効な魔法を考えなければ――ぐるぐると回る思考は、どがん、という音で途切れた。
数度の破壊音に建物が揺れる。
「おやおや、派手にやってくれて。」
「仕方がないですわ、あくまで私達は“攻め入られた”のですもの。」
ティーカップを口に運ぶミューイの声にはっとなる。
「攻め入られた……?」
「無論だ。理由もなく王子と学院長が死んだのでは、流石に分が悪くなるのでな!」
――“死んだのでは”。
「いま、なんて言った。」
「ああ、神子は王子と恋仲だったのだったか。」
「まあ、それはおかわいそうに。」
言葉にそぐわず、まるで何も思っていない様子の二人など、どうでもいい。
さっきまで胸を締めていた恐怖が、逆にすっと引いていく。
「二人を殺す気か。」
「あらいやだ。偶然ですわよ。
偶然、ダルマードの一部領民達が、偶然、復活した泉を知って、狙って攻め入ってきましたの。
そして偶然、そこに居合わせていたエアリアの王子もろとも、従者や兵士が等しく全て死に絶えるだけですわ。
いかに戦闘に慣れていらっしゃっても――あの規模の人数では、太刀打ちできませんでしょう。
その結果、偶然、この領地は仕方がなくダルマードの植民地となるのですわ。」
初めてしっかりとした言葉を喋ったミューイの言葉は狂気に満ちていた。
ふふ、と口元を押さえる様はもはや正気ではないとさえ思える。
「無論本当に植民地になるわけではない!」
かか、と快活に笑う男が、天井を見上げながら恍惚とした表情を浮かべた瞬間――目の端に“あるもの”が見えてしまって、咄嗟に席を立って距離をとった。
「……頭の悪い方ね。」
ミューイがぼそりと呟くのが聞こえる。
ゆっくりと立ち上がったその手には輝く銀色の刃があった。
興奮した様子のリューヴェンは、ミューイの気配に気づかず捲し立てる。
「神子を盾に各方面に交渉をして、我が一族はさらに繁栄するのだ…!」
物語のワンシーンのように、展開が分かっているのに身体が動かない。
止めなければと思って――声が出る前に、それは起きた。
「――お……?」
厚みのある短刀が、背後からリューヴェンの喉を一息で貫いていた。
「……あなただって、“エアリアの国民”でしょう。わたくしは、“等しく全て”と言ったのに。
あなたはいつも、ほんとうに人の話を聞きませんから。」
その虚ろな瞳がこちらを向く前に、踵を返した。足が震える。
「どうぞお逃げなさい――あなたは“エアリアの国民”ではありませんから。
もっともこの状況で、生き残れるかは、分かりませんが。」
笑い声が背後で響く。
狂ったようなそれに心臓がうるさい。
ばくばくと耳元に心臓を持ってきたかのような音だった。
『ヒナタ!』
手首飾りからセリアスの声がする。
「セリアス!」
悲鳴のような声が漏れた。
「セリアス!リューヴェンが、」
殺された、という言葉を躊躇った矢先、金属がぶつかり合う音や怒号が聞こえて押し黙った。
『ヒナタ、時間がない。簡潔に言う。逃げろ。』
「セリアス、」
『逃げてくれ。いいか、一階の食堂の裏口から逃げるんだ。一刻も早く。』
「セリ、アスは?」
喉が詰まって涙が溢れそうになる。感情が追いつかなかった。
『――ヒナ。最後に、口付けができてよかった。そなたがいれば、この世界は』
一際大きい金属音が聞こえて、一拍の間が空く。
『――…逃げろ!』
初めて聞く怒鳴るような声が届いたあと、それきり何も聞こえなくなった。
「セリアス……!」
膝の力が抜けて、腕に顔を埋めた。
どうしろというのか。最後に、なんて死ににいく人間の台詞だ。
自分は死ぬのに世界を救えと言うのか。横暴すぎる。
なにより、こんな状況に陥ってもなお、何も行動を起こさない女神に腹がたつ。
こんなことにくらべたら、あの神官長のことなど。
そう思って頭を振る。違う、そうではない――いま、何かをしなければ、セリアスも、ルーエンも死んでしまう。
考えろ、考えろ――自分にはきっと、人を殺す事などできない。
それでもできることはあるはずだ。
涙を拭って震える手足を踏ん張って立ち上がる。
「大和魂、舐めんなよ。」
思いのままに怒号に包まれたエントランスホールへ駆けた。
芝居がかった仕草で、リューヴェンは部屋の中を行き来している。
目の前には、用意されたお茶と茶菓子。
何も言わずただテーブルに座るミューイも異様に思えた。
「我々は、こんな辺境伯で収まる一族ではないと!
数代前の先祖が何か不手際を起こしたようでしてね……それで、この辺境に飛ばされたようですが。
土地もよければ我々の手腕もよかった――もちろん、隣国もね。」
「そうですわねえ……。ほんとうに、そのとおりです。」
興奮したようなリューヴェンよりも、ミューイのおっとりした口調の方がかえってぞっとした。
微笑みは柔らかいのに、目の奥だけがまるで死んでいる。何を考えているのか、まったく読めない。
「あなたさまは、この土地で収まるような方ではございませんものね。」
「そうだとも!いやあ、この状態で小さくとも“穢れ”が起きてくれて本当に助かった。
神子を手中に収めれば、何もかも思いのままだ。」
「ほんとうに。」
何を言っているのか、理解が追いつかない。
「……俺を、監禁しようと?」
「監禁などと!こちらの望みどおり動いてくれれば、何でも与えると約束しましょうとも。」
「いらない。」
そう返した瞬間、部屋の温度が落ちたように感じた。
「ならば――奴隷だな!」
あっさりと言われて心底ぞっとする。
「あらまあ、仕方ございませんわね。」
「そうだな。金が有り余るかもしれんな!一つの浄化でどれ程の値がつくか楽しみだ。だが、まずは安全を確保せねば!」
「そうですわねえ。」
言葉が通じるとは思えなかった。
明らかな悪なのに、こんな時に限って女神の気配はない。
震える指先で、無意識に手首飾りを触る。
「あんた、領主だろう。“穢れ”が起きてくれて良かったなんて、本当に思ってるのか。」
「思っているとも!どうせ価値のない土地だったが、“穢れ”が起きなければ神子は来なかった。大いに感謝しているさ!」
「ほんとうにそうですわね。」
手首飾りでセリアスに連絡を取れればいいが、魔式を理解していない自分ではこれを発動できない。
だが、もし、目の前の二人が“神子は浄化しかできない”と思い込んでいるなら、それはむしろ好都合だ。
ここ一番の時に有効な魔法を考えなければ――ぐるぐると回る思考は、どがん、という音で途切れた。
数度の破壊音に建物が揺れる。
「おやおや、派手にやってくれて。」
「仕方がないですわ、あくまで私達は“攻め入られた”のですもの。」
ティーカップを口に運ぶミューイの声にはっとなる。
「攻め入られた……?」
「無論だ。理由もなく王子と学院長が死んだのでは、流石に分が悪くなるのでな!」
――“死んだのでは”。
「いま、なんて言った。」
「ああ、神子は王子と恋仲だったのだったか。」
「まあ、それはおかわいそうに。」
言葉にそぐわず、まるで何も思っていない様子の二人など、どうでもいい。
さっきまで胸を締めていた恐怖が、逆にすっと引いていく。
「二人を殺す気か。」
「あらいやだ。偶然ですわよ。
偶然、ダルマードの一部領民達が、偶然、復活した泉を知って、狙って攻め入ってきましたの。
そして偶然、そこに居合わせていたエアリアの王子もろとも、従者や兵士が等しく全て死に絶えるだけですわ。
いかに戦闘に慣れていらっしゃっても――あの規模の人数では、太刀打ちできませんでしょう。
その結果、偶然、この領地は仕方がなくダルマードの植民地となるのですわ。」
初めてしっかりとした言葉を喋ったミューイの言葉は狂気に満ちていた。
ふふ、と口元を押さえる様はもはや正気ではないとさえ思える。
「無論本当に植民地になるわけではない!」
かか、と快活に笑う男が、天井を見上げながら恍惚とした表情を浮かべた瞬間――目の端に“あるもの”が見えてしまって、咄嗟に席を立って距離をとった。
「……頭の悪い方ね。」
ミューイがぼそりと呟くのが聞こえる。
ゆっくりと立ち上がったその手には輝く銀色の刃があった。
興奮した様子のリューヴェンは、ミューイの気配に気づかず捲し立てる。
「神子を盾に各方面に交渉をして、我が一族はさらに繁栄するのだ…!」
物語のワンシーンのように、展開が分かっているのに身体が動かない。
止めなければと思って――声が出る前に、それは起きた。
「――お……?」
厚みのある短刀が、背後からリューヴェンの喉を一息で貫いていた。
「……あなただって、“エアリアの国民”でしょう。わたくしは、“等しく全て”と言ったのに。
あなたはいつも、ほんとうに人の話を聞きませんから。」
その虚ろな瞳がこちらを向く前に、踵を返した。足が震える。
「どうぞお逃げなさい――あなたは“エアリアの国民”ではありませんから。
もっともこの状況で、生き残れるかは、分かりませんが。」
笑い声が背後で響く。
狂ったようなそれに心臓がうるさい。
ばくばくと耳元に心臓を持ってきたかのような音だった。
『ヒナタ!』
手首飾りからセリアスの声がする。
「セリアス!」
悲鳴のような声が漏れた。
「セリアス!リューヴェンが、」
殺された、という言葉を躊躇った矢先、金属がぶつかり合う音や怒号が聞こえて押し黙った。
『ヒナタ、時間がない。簡潔に言う。逃げろ。』
「セリアス、」
『逃げてくれ。いいか、一階の食堂の裏口から逃げるんだ。一刻も早く。』
「セリ、アスは?」
喉が詰まって涙が溢れそうになる。感情が追いつかなかった。
『――ヒナ。最後に、口付けができてよかった。そなたがいれば、この世界は』
一際大きい金属音が聞こえて、一拍の間が空く。
『――…逃げろ!』
初めて聞く怒鳴るような声が届いたあと、それきり何も聞こえなくなった。
「セリアス……!」
膝の力が抜けて、腕に顔を埋めた。
どうしろというのか。最後に、なんて死ににいく人間の台詞だ。
自分は死ぬのに世界を救えと言うのか。横暴すぎる。
なにより、こんな状況に陥ってもなお、何も行動を起こさない女神に腹がたつ。
こんなことにくらべたら、あの神官長のことなど。
そう思って頭を振る。違う、そうではない――いま、何かをしなければ、セリアスも、ルーエンも死んでしまう。
考えろ、考えろ――自分にはきっと、人を殺す事などできない。
それでもできることはあるはずだ。
涙を拭って震える手足を踏ん張って立ち上がる。
「大和魂、舐めんなよ。」
思いのままに怒号に包まれたエントランスホールへ駆けた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました
ホワイトヴァイス
BL
声を奪われ、競売にかけられたΩ《オメガ》――ノア。
落札したのは、冷血と呼ばれる宰相アルマン・ヴァルナティス。
“番契約”を偽装した取引から始まったふたりの関係は、
やがて国を揺るがす“真実”へとつながっていく。
喋れぬΩと、血を信じない宰相。
ただの契約だったはずの絆が、
互いの傷と孤独を少しずつ融かしていく。
だが、王都の夜に潜む副宰相ルシアンの影が、
彼らの「嘘」を暴こうとしていた――。
沈黙が祈りに変わるとき、
血の支配が終わりを告げ、
“番”の意味が書き換えられる。
冷血宰相×沈黙のΩ、
偽りの契約から始まる救済と革命の物語。
動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする
葉空
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。
前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち…
でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ…
優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。
【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―
綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。
一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。
もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。
ルガルは生まれながらに選ばれし存在。
国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。
最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。
一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。
遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、
最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。
ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。
ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。
ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。
そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、
巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。
その頂点に立つ社長、一条レイ。
冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる